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百年後に蘇った勇者は、自らが遺した三本の聖剣を破壊する  作者: situ725


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第29話 最後の聖剣

 痛い。


 息を吸うだけで。


 胸の奥が裂ける。


 腕を動かせば。


 筋肉の内側を。


 鋭い刃で切り刻まれるような痛みが走った。


 レオニスは。


 エアリアルの柄を握ったまま。


 膝をつきそうになる身体を支えていた。


 手を離したい。


 だが。


 指が動かない。


 淡い緑色の光が。


 柄から腕へ伸び。


 皮膚の下へ食い込んでいる。


 背中には。


 四枚の風の翼。


 自分の意思とは関係なく。


 巨大な力が。


 身体からあふれ続けていた。


 地下祭壇の天井は割れ。


 そこから。


 聖都の空が見える。


 渦を巻く雲。


 吹き上がる瓦礫。


 激しく揺れる鐘楼。


 地上では。


 多くの人々が。


 この力を見上げている。


 勇者。


 救済者。


 戦争を終わらせる英雄。


 そう呼ばれているはずだった。


 だが。


 レオニスには。


 自分が何を救っているのか。


 もう分からなかった。


「立ちなさい」


 オルディスの声が聞こえる。


 いつもと変わらない。


 穏やかな声。


「三国の民が」


「あなたを待っています」


「僕は……」


 声を出した瞬間。


 胸へ痛みが走った。


 血の味。


 口元から。


 赤いものがこぼれる。


「この力を」


「制御できません」


「制御する必要はありません」


「エアリアルを振るえばよいのです」


「違う」


 レオニスは。


 苦しみながら顔を上げた。


「これは」


「僕の力じゃない」


「あなたへ与えられた力です」


「違う!」


 声と同時に。


 風が爆発した。


 祭壇の柱が折れる。


 教団兵たちが。


 壁際へ吹き飛ばされた。


 レオニス自身も。


 風を止められない。


「フィオナ様から」


「奪った力だ」


「自然から」


「集めた力だ」


「それを」


「僕のものだと言わないでください」


 オルディスは。


 わずかに目を細めた。


「力の由来など」


「重要ではありません」


「それを用いて」


「何を成し遂げるかが重要なのです」


「何を?」


「平和です」


 平和。


 何度も聞いた言葉。


 幼い頃から。


 教団で教えられてきた。


 勇者は。


 争いを終わらせる者。


 弱き者を守る者。


 人々を正しい道へ導く者。


 だから。


 レオニスは剣を握った。


 自分が迷えば。


 誰かが死ぬ。


 自分が弱ければ。


 戦争は終わらない。


 そう思っていた。


「この力を使えば」


 オルディスが続ける。


「ガルディアも」


「ルミナスも」


「抵抗できません」


「三国の軍を武装解除し」


「国境を消し」


「一つの統治機構へ従わせる」


「戦争は終わります」


「従わない人は?」


「導きます」


「それでも従わなければ?」


「拘束します」


「それでも?」


 オルディスは。


 答えなかった。


 その沈黙が。


 答えだった。


 レオニスは。


 エアリアルを見る。


 淡い緑色の刀身。


 美しい剣。


 教団の聖堂で。


 初めて手へ触れた日を思い出す。


 司祭たちは泣いた。


 新たな勇者が現れた。


 神が自分たちを見捨てなかった。


 そう言って。


 自分を囲んだ。


 誰も。


 レオニス本人へ。


 何を望んでいるのかとは聞かなかった。


 勇者になりたいのか。


 剣を持ちたいのか。


 戦場へ行きたいのか。


 誰も。


 尋ねなかった。


「僕が」


 レオニスは言った。


「ここで剣を置けば」


「三国はまた争う」


 自分へ言い聞かせるように。


 口にする。


「ガルディアは」


「失ったフレイムベルグの代わりを求める」


「ルミナスは」


「アクアレギアを失った不安から」


「軍を増やすかもしれない」


「セルディアの民も」


「勇者を失ったと知れば」


「恐れる」


「だから」


「僕が」


「この力で」


「全部を従わせれば」


 そこで。


 言葉が止まった。


 全部を従わせる。


 それは。


 自分が嫌っていたものと。


 何が違うのか。


 ガルディアは。


 飢えた民を救うために。


 他国へ攻め込んだ。


 ルミナスは。


 国を守るために。


 他国から水を奪った。


 セルディアは。


 戦争を終わらせるために。


 他国を従わせようとしている。


 理由は違う。


 だが。


 行っていることは。


 同じだった。


「剣で従わせた世界を」


 アルトの声がした。


「平和とは呼ばない」


 レオニスが振り返る。


 暴風の向こう。


 黒髪の青年が立っている。


 右腕は。


 ほとんど形を失っていた。


 右足からも。


 光の粒がこぼれている。


 握っている無銘の剣には。


 無数の亀裂。


 その背後では。


 ノアがフィオナを支えていた。


「あなたは」


 レオニスが言う。


「二本の聖剣を壊した」


「ああ」


「そのせいで」


「三国の均衡は崩れた」


「ああ」


「人々は不安になった」


「そうだな」


「なら」


 レオニスは。


 エアリアルを構えた。


「あなたにも」


「責任がある」


「ある」


 アルトは否定しなかった。


「百年前」


「聖剣を残した責任も」


「今」


「壊した責任も」


「俺にある」


「なら!」


 レオニスの周囲で。


 四枚の翼が広がる。


「最後まで」


「あなたが守ればいい!」


「聖剣を壊して」


「その後も争いが起きないように!」


「全部」


「あなたが決めればいい!」


 アルトは。


 少しだけ目を伏せた。


「それができるなら」


「百年前にやっていた」


 レオニスの胸に。


 苛立ちが生まれる。


「できないから」


「人に任せたんですか?」


「ああ」


「その結果が」


「この戦争だ」


「ああ」


「それでも」


「また人に任せるんですか?」


「任せる」


 即答だった。


 レオニスは。


 言葉を失う。


「人は間違える」


 アルトは言った。


「俺も間違えた」


「カインも」


「エレナも」


「ミリアも」


「正しい答えだけを」


「選べたわけじゃない」


「なら」


「間違えないように」


「強い力で決めればいい!」


「誰が?」


 レオニスは。


 答えられなかった。


「俺か?」


 アルトが尋ねる。


「お前か?」


「オルディスか?」


「それとも」


「次の誰かか?」


 エアリアルへ流れ込む力が。


 さらに膨れ上がる。


 刀身から。


 風があふれた。


「一人が決め続ければ」


「その人間が間違えたとき」


「誰も止められない」


「だから」


「争いが起きてもいいと?」


「いいとは言わない」


「でも」


 アルトは。


 亀裂だらけの剣を構えた。


「争わないことと」


「選べないことは違う」


 レオニスの視界が。


 緑色へ染まる。


 身体の内側が。


 さらに壊れていく。


 肩の筋肉が裂ける。


 骨が軋む。


 呼吸するたび。


 胸の奥から血が上がる。


 それでも。


 剣を置けない。


 置けば。


 自分は何になる。


 勇者ではなくなる。


 教団から必要とされなくなる。


 民衆から失望される。


 自分には。


 何も残らない。


「来るぞ」


 アルトが言った。


「何が?」


「力が」


 次の瞬間。


 レオニスの腕が。


 自分の意思に反して動いた。


 エアリアルへ流れ込んだ。


 膨大な精霊力。


 その力が。


 彼の筋肉と神経を。


 無理やり動かしている。


 横薙ぎ。


 巨大な風の刃が。


 地下祭壇を切り裂く。


 アルトが跳ぶ。


 だが。


 右足が追いつかない。


 風が脇腹をかすめる。


 身体の一部が。


 光となって散った。


 それでも。


 アルトは倒れない。


 無銘の剣を床へ滑らせ。


 風の流れを横へ逃がす。


「やめてください!」


 レオニスが叫ぶ。


「僕は」


「攻撃するつもりじゃ――」


「分かってる」


 アルトが答える。


「今は」


「お前が力を制御しているんじゃない」


「流れ込んだ力に」


「身体を動かされている」


 レオニスの背中で。


 四枚の翼が。


 同時に羽ばたいた。


 身体が。


 一瞬でアルトの前へ移動する。


 速い。


 レオニス自身も。


 何が起きたのか理解できない。


 刀身が。


 アルトの首へ迫る。


 無銘の剣が受けた。


 衝突。


 亀裂が増える。


 アルトの右膝が落ちた。


 レオニスの腕にも。


 激痛が走る。


 骨に。


 ひびが入る音がした。


「どうして」


 レオニスが歯を食いしばる。


「どうして」


「そんな身体で戦うんですか?」


「お前を止めるためだ」


「僕を殺すために?」


「違う」


 アルトは。


 押し込まれた剣を。


 わずかに横へずらした。


「お前が」


「自分で選べるようにするためだ」


     ◇


 剣が離れる。


 レオニスの姿が消えた。


 次に現れたのは。


 アルトの背後。


 風の刃。


 アルトは。


 振り返らずに剣を立てる。


 衝撃。


 身体が前へ飛ぶ。


 石床を転がる。


 無銘の剣を支えに。


 立ち上がる。


 右腕は。


 もうほとんど使えない。


 左手だけで。


 柄を握る。


 レオニスも。


 無傷ではなかった。


 速く動くたび。


 脚の筋肉が裂ける。


 エアリアルを振るうたび。


 腕の骨に亀裂が増える。


 風が。


 壊れた身体を支えている。


 だが。


 治しているのではない。


 精霊力が。


 動かなくなろうとする身体を。


 無理やり動かしているだけだった。


「やめろ」


 アルトが言う。


「剣を置け」


「置けません」


「このままなら死ぬぞ」


「あなたもでしょう!」


「ああ」


「なら」


「僕だけ止まれと言うんですか?」


「そうだ」


「勝手だ!」


「勝手だな」


 レオニスが。


 エアリアルを振るう。


 風の刃。


 アルトは。


 正面から受けない。


 床。


 柱。


 壁。


 風の流れを読み。


 わずかな隙間へ身体を滑り込ませる。


 百年前。


 エアリアルを扱っていた。


 その経験だけが。


 アルトを生かしていた。


 この剣は。


 振り始める前に。


 周囲の風を集める。


 翼の角度で。


 次に進む方向が分かる。


 刀身の光が強まる場所に。


 風の核が現れる。


 だが。


 分かっていても。


 身体が追いつかない。


 三度目の斬撃。


 アルトの肩を。


 風の刃が切り裂く。


 淡い光が散る。


 左手から。


 力が抜ける。


 無銘の剣を落としかける。


「アルト!」


 フィオナの声。


「大丈夫だ」


「大丈夫じゃない!」


「まだ立ってる」


「それを大丈夫とは言わないの!」


 アルトは。


 少しだけ笑った。


「戻ってきたな」


「今それを言う?」


「声が聞こえる」


「当たり前でしょう!」


 フィオナの声とともに。


 左手首の契約印が。


 わずかに光った。


 ほんの少しだけ。


 力が流れ込む。


 弱い。


 以前とは比べられない。


 それでも。


 アルトの指が。


 もう一度。


 無銘の剣を握る。


「フィオナ」


「何?」


「無理はするな」


「あなたにだけは」


「言われたくないわ」


「二度目だな」


「覚えていたのね」


「これは最近だからな」


 レオニスが。


 再び迫る。


 剣と剣がぶつかる。


 アルトは。


 真正面から押し返さない。


 エアリアルの刀身を。


 斜めへ滑らせる。


 レオニスの身体が前へ流れる。


 アルトは。


 柄を肩へ当て。


 地面へ倒した。


 エアリアルから。


 強い風があふれる。


 アルトの身体が吹き飛ぶ。


 二人とも。


 距離を取る。


 呼吸が続かない。


 レオニスは。


 片膝をついた。


 その手には。


 まだ剣がある。


「地下巡礼路に」


 アルトが言った。


 レオニスが顔を上げる。


「カインの言葉が残っていた」


「カイン・アステル?」


「ああ」


「教団では」


「勇者へ最も忠実だった騎士と」


「教えられました」


「違う」


「何が?」


「一番」


「俺に逆らった」


 レオニスの目が。


 わずかに揺れる。


「嘘だ」


「俺が間違っていると思えば」


「命令を拒否した」


「無茶をすれば怒った」


「それでも止まらなければ」


「剣を抜いた」


「勇者に」


「剣を向けた?」


「ああ」


「どうして」


「そんな人が」


「仲間だったんですか?」


「止めてくれるからだ」


 アルトは。


 一歩ずつ。


 レオニスへ近づいた。


「カインが」


「地下へ残した言葉は」


「教団が伝えるものとは違う」


 レオニスが。


 エアリアルを握り直す。


 だが。


 すぐには立てない。


「正しさを疑う者にのみ」


「この道を残す」


 風が。


 一瞬だけ弱くなった。


「違う」


 レオニスが言う。


「カインは」


「勇者に従った」


「最後まで」


「教典には」


「そう書いてある」


「教団が伝えるカインは」


「そういう人物になっている」


「ですが」


「本人が残した言葉は違った」


「そんな証拠は」


「地下に残ってる」


「でも」


 レオニスは。


 苦しそうに首を振る。


「僕は」


「カインじゃない」


「分かってる」


「同じ姓だからって」


「僕が何かを受け継いでいるとは限らない」


「それも分かってる」


「なら」


「どうして僕に話すんですか?」


 アルトは。


 無銘の剣を下げた。


「カインは」


「誰かへ従うために」


「剣を持ったんじゃない」


「自分で考え」


「自分で選ぶために持っていた」


 レオニスの指が。


 震える。


「お前も」


「自分で選べ」


 短い言葉。


 命令ではない。


 勇者としての教えでもない。


 答えでもない。


 ただ。


 選べと言われた。


 これまで。


 誰にも言われなかった言葉。


 勇者になれ。


 剣を持て。


 戦争を終わらせろ。


 民衆の期待へ応えろ。


 すべて。


 決められていた。


「僕が」


 レオニスが言った。


「自分で選んで」


「間違えたら?」


「間違えるかもしれない」


「人が死んだら?」


「責任を負う」


「それだけ?」


「それしかできない」


「そんなの」


「無責任だ」


「ああ」


 アルトは。


 否定しなかった。


「でも」


「誰かに選ばせて」


「間違ったときだけ」


「その人のせいにするよりはいい」


 レオニスは。


 エアリアルを見る。


 この剣を置けば。


 三国は不安定になる。


 人々は。


 また争うかもしれない。


 自分を信じた者たちは。


 裏切られたと思うかもしれない。


 教団からは。


 勇者失格と呼ばれる。


 何も持たない。


 ただの青年になる。


「勇者でなくなったら」


 レオニスは尋ねた。


「僕には」


「何が残る?」


 アルトは。


 すぐに答えた。


「何もないなら」


「これから選べる」


 レオニスが。


 顔を上げる。


「カインも」


「俺の仲間になる前は」


「ただの騎士だった」


「俺たちは全員」


「最初から英雄だったわけじゃない」


「選んで」


「失敗して」


「それでも」


「ここまで歩いてきただけだ」


「俺だって」


「剣が少し得意なだけの人間だった」


「でも」


「あなたは勇者になった」


「ああ」


「それで」


「正しいことだけをしたんですか?」


「してない」


 迷いのない答え。


「間違えた」


「失敗した」


「救えなかった人もいる」


「それでも」


「自分で選んだ」


「だから今」


「間違いを終わらせに来た」


 レオニスは。


 目を閉じた。


 エアリアルの柄が。


 手の中で脈打っている。


 大量の精霊力が。


 身体へ流れ続けている。


 もっと振るえば。


 誰も抵抗できなくなる。


 すべての国を。


 従わせられる。


 だが。


 それは。


 自分の望みではない。


 教団の命令でも。


 民衆の期待でもない。


 自分は。


 どうしたい。


 戦争を終わらせたい。


 人を救いたい。


 だが。


 誰かから奪った力で。


 人を従わせたいわけではない。


 選択を奪いたいわけではない。


 勇者になりたいのではない。


 自分が信じられることを。


 自分で選びたい。


 レオニスは。


 ゆっくりと立ち上がった。


「レオニス」


 オルディスの声が響く。


「何をしているのです」


 レオニスは。


 振り返らない。


「剣を構えなさい」


「彼を倒せば」


「すべて終わります」


「違います」


「何が?」


「あなたの言う終わりは」


「誰も選べなくなることだ」


「それが平和です」


「僕は」


 レオニスは。


 エアリアルを見つめた。


「それを」


「平和だとは思わない」


「勇者としての役目を」


「放棄するのですか?」


「僕は」


「勇者になることを」


「自分で選んでいません」


 オルディスの表情が。


 初めて大きく歪んだ。


「民が」


「あなたを勇者と信じています」


「民が信じれば」


「僕が何を考えていても」


「関係ないのでしょう?」


「そのとおりです」


「なら」


 レオニスは。


 わずかに笑った。


「僕が剣を置いても」


「勇者という物語だけは」


「残るかもしれませんね」


「やめなさい」


 オルディスが一歩踏み出す。


 風が。


 彼の前を遮った。


 それだけではない。


 床から巻き上がった風が。


 オルディスの法衣と両腕を。


 背後の柱へ押しつける。


 レオニスが起こした。


 初めて。


 誰かに命じられず。


 自分の意思で動かした風だった。


「僕は」


 エアリアルの柄から。


 指を一本ずつ離していく。


 緑色の光が。


 手へ食い込む。


 大量の精霊力が。


 離すことを許さないように。


 腕の筋肉を硬直させている。


 皮膚が裂ける。


 血が流れる。


 それでも。


 指を開く。


「もう」


 最後の指。


 剣とのつながり。


 教団から与えられた役目。


 勇者という名前。


 すべてを。


 自分の手から離す。


「この剣を選ばない」


 緑色の光が。


 一斉に消えた。


 四枚の風の翼が。


 大きく揺らぐ。


 レオニスの身体から。


 エアリアルが離れる。


 剣は。


 祭壇の中央へ落下した。


 金属音。


 静寂。


 次の瞬間。


 エアリアルの刀身が。


 不規則に明滅した。


 持ち主を失った聖剣の内部で。


 膨大な精霊力が。


 行き場を失って暴れ始める。


「何をした!」


 オルディスが叫ぶ。


 風の拘束を破ろうと。


 身体へ力を込める。


 だが。


 完全覚醒したエアリアルから。


 レオニスが最後に放った風は。


 彼を柱から離さなかった。


 レオニスの膝が。


 床へ落ちる。


 そのまま前へ倒れかけた身体を。


 アルトは左肩で支えた。


 だが。


 二人分の重さには耐えられない。


 アルトも。


 片膝をつく。


 ノアが駆け寄り。


 レオニスの身体を支えた。


「自分で」


 レオニスは。


 かすかな声で言った。


「選びました」


「ああ」


「正しかったかは」


「分かりません」


「俺も分からない」


「それでも?」


「それでいい」


 エアリアルから。


 強い光があふれる。


 地下祭壇が。


 再び揺れ始めた。


 風の塊が。


 刀身の周囲へ集まる。


 このまま爆発すれば。


 地下祭壇だけではない。


 大聖堂。


 三国聖堂。


 聖都の市街。


 すべてが。


 暴風に飲まれる。


 レオニスは。


 アルトを見る。


「あとは」


「あなたに任せます」


 アルトは。


 少しだけ困ったように笑った。


「結局」


「任されるのか」


「嫌ですか?」


「今度だけだ」


 アルトは。


 レオニスの身体を支えるノアを見る。


「彼を頼む」


「アルト様は?」


「剣を壊す」


「その身体で?」


「この身体だからだ」


「祭壇の外周へ下がれ」


「ですが――」


「ここにいれば」


「二人とも巻き込まれる」


 ノアは。


 レオニスの腕を。


 自分の肩へ回した。


 崩れかけた祭壇の外周へ向かう。


 レオニスの足は。


 もう自分では動かせない。


 ノアは。


 引きずるようにして。


 残っていた石壁の陰まで運んだ。


 アルトは。


 二人が離れたことを確かめる。


 フィオナも。


 その姿を見届けた。


 オルディスは。


 今も柱へ押しつけられている。


 風の拘束が。


 わずかに弱まり始めていた。


 長くはもたない。


 アルトは。


 床に落ちていた。


 無銘の剣を拾った。


 刀身全体へ。


 亀裂が走っている。


 あと何度。


 振るえるか分からない。


 エアリアルの周囲で。


 風が暴れている。


 近づくだけで。


 身体が削られる。


 アルトの輪郭から。


 光の粒が散った。


「フィオナ」


「分かってる」


 彼女は。


 自分の足で。


 アルトの隣へ立つ。


「力を送るわ」


「無理はするな」


「今さらでしょう」


 フィオナの手が。


 アルトの左手首へ触れる。


 契約印が光る。


 翠色の力が。


 無銘の剣へ流れ込んだ。


 だが。


 弱い。


 フィオナから奪われた力の大半は。


 エアリアルの内部にある。


 今の彼女だけでは。


 暴走を抑えられない。


「足りない」


 フィオナが言った。


「ああ」


「このまま斬れば」


「核が砕ける前に」


「精霊力が爆発する」


「聖都ごと吹き飛ぶな」


「分かっていて」


「何でそんなに落ち着いてるの?」


「慌てても」


「力は増えないからな」


 アルトは。


 剣を下ろした。


 目を閉じる。


 地下祭壇。


 そのさらに下。


 水の流れる音。


 地熱。


 地上の灯火。


 高原を吹く風。


 聖都に暮らす。


 小さな精霊たちの気配。


 かつて。


 フレイムベルグから解放された力。


 アクアレギアから戻った力。


 それらが。


 遠くから直接飛んでくるわけではない。


 すでに。


 大地へ。


 水脈へ。


 大気へ。


 植物へ。


 自然の循環へ戻っている。


 その一部が。


 今。


 聖都の周囲にもある。


 アルトは。


 命令しなかった。


 力を奪おうともしなかった。


「少しだけ」


 声は。


 地下祭壇へ響いた。


「力を貸してくれ」


 フィオナも。


 アルトの左手首へ触れたまま。


 聖都に宿る精霊たちへ。


 呼びかける。


「お願い」


「奪われた力を」


「もう一度」


「自然へ返すために」


「私たちに力を貸して」


 しばらく。


 何も起きなかった。


 エアリアルの明滅だけが。


 激しさを増している。


 アルトは。


 呼びかけを繰り返さなかった。


 フィオナも。


 精霊たちを急かさない。


 選ぶのは。


 精霊たち自身だった。


 やがて。


 最初に。


 小さな赤い光が現れた。


 壁際に残る祭壇の火。


 大聖堂の灯火。


 地上の鍛冶場。


 地下の地熱。


 人々が暖を取る。


 小さな炎。


 そこに宿る精霊たちが。


 赤い光となって集まる。


 次に。


 青い光。


 地下水脈。


 井戸。


 貯水槽。


 高原に降る雨。


 植物の中を流れる水。


 水の精霊たちが。


 無銘の剣の周囲を回り始める。


 最後に。


 淡い緑色の光。


 高原を吹く風。


 聖都上空の気流。


 エアリアルから。


 解放されようとしている風。


 小さな精霊たちが。


 暴風の中から姿を現す。


 誰も。


 強制されていない。


 誰も。


 閉じ込められていない。


 精霊たちは。


 自分たちの意思で。


 無銘の剣へ力を貸した。


「来てくれた」


 フィオナがつぶやく。


「ああ」


「あなたが」


「百年前に使っていた聖剣より」


「ずっと少ない力よ」


「十分だ」


「三つを同時に使えば」


「その剣も」


「あなたも」


「持たない」


「それも分かってる」


「アルト」


 フィオナの声が。


 震える。


「まだ」


「言っていないことがある」


「終わったら聞く」


「終わった後が」


「あるように言わないで」


 アルトは。


 フィオナを見る。


「聞くまで」


「終われない」


「そういう言い方は」


「ずるいわ」


「そうか?」


「そうよ」


 フィオナは。


 泣きそうな顔で。


 それでも。


 小さく笑った。


「本当に」


「そういうところは変わらないのね」


「百年くらいじゃ」


「変わらないらしい」


 アルトは。


 無銘の剣を構えた。


 炎。


 水。


 風。


 三つの力が。


 同時に刀身へ宿る。


 本来なら。


 交わらない属性。


 だが。


 今は。


 一つの目的のために集まっている。


 奪われた力を。


 自然へ戻す。


 聖剣を。


 終わらせる。


 無銘の剣全体へ。


 亀裂が広がった。


 白い光が漏れる。


「行くぞ」


 アルトが。


 エアリアルへ踏み込む。


 暴風が。


 身体を削る。


 右腕が。


 光へ変わる。


 右足の一部が。


 消える。


 それでも。


 前へ進む。


 風の壁。


 無銘の剣へ宿した風が。


 同じ流れを作り。


 余剰の力を上空へ逃がす。


 エアリアルの核が。


 刀身の中央で光る。


 アルトは。


 炎の力を前へ集めた。


 核を焼く。


 防護層が。


 赤い光によって崩れる。


 内部の精霊力が。


 一気に膨張する。


「アルト!」


 フィオナの声。


 アルトは。


 水の力を広げた。


 暴走する精霊力を。


 冷却する。


 爆発しようとする力が。


 青い光によって抑えられる。


 残る余剰の風。


 すべてを。


 聖都の空へ逃がす。


 地下祭壇の天井。


 割れた大聖堂の床。


 その上。


 雲の渦へ。


 巨大な風の柱が伸びた。


 聖都を吹き飛ばすはずだった力は。


 街へ降り注がなかった。


「これで」


 アルトが。


 無銘の剣を振り上げる。


「最後だ」


 振り下ろす。


 刃が。


 エアリアルの核へ届いた。


 一瞬。


 すべての音が消えた。


 次に。


 白い光。


 地下祭壇。


 大聖堂。


 聖都の空。


 そのすべてを。


 眩しい光が包んだ。


 エアリアルの核に。


 一筋の亀裂が入る。


 それが。


 二つ。


 三つと増え。


 刀身全体へ広がる。


 最後の聖剣が。


 砕けた。


 蓄えられていた精霊力が。


 巨大な光の柱となって。


 聖都の空へ昇る。


 暴走した力は。


 それ以上。


 聖都を破壊しなかった。


 水の力が。


 熱と衝撃を抑え。


 風が。


 余剰の力を空へ運び。


 炎が。


 聖剣の核だけを焼き切った。


 光の中。


 無銘の剣にも。


 最後の亀裂が走った。


 刀身が。


 根元から砕ける。


 古い鉄。


 大樹の枝。


 精霊たちが貸してくれた力。


 すべてが。


 光の粒となって散った。


 アルトの手には。


 柄だけが残る。


 彼は。


 それを見つめた。


「急ごしらえにしては」


「よくもったな」


 フィオナが。


 光の向こうで答える。


「持ち主に似たのよ」


 アルトは。


 小さく笑った。


 最後の聖剣は。


 その役目を終えた。


 その瞬間。


 左手首の契約印が。


 静かに薄れ始めた。


 アルトの指先も。


 光の粒へ変わっていく。


 すべてを終えた身体が。


 現世へとどまる理由を。


 失い始めていた。


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