表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百年後に蘇った勇者は、自らが遺した三本の聖剣を破壊する  作者: situ725


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/30

第22話 百年前の仲間たち

 聖都の鐘が、昼を告げていた。


 大聖堂の尖塔から響く音が、白い建物の間を抜けていく。


 一度。


 二度。


 重い鐘の音が空気を震わせるたび、広場を歩く人々が足を止め、大聖堂へ向かって祈りを捧げた。


 教団が指定した宿の二階。


 アルトは窓辺の椅子へ座り、その光景を眺めていた。


 右腕には、薄い布が巻かれている。


 傷を隠すためではない。


 布の下にある腕は、ところどころ輪郭が薄れていた。


 陽の光が当たると、指先から肘にかけて、背景がかすかに透けて見える。


「閉めるわよ」


 フィオナが窓へ手をかけた。


「まだ見てる」


「見なくていいものまで見えるでしょう」


「聖都の景色くらい見てもいいだろ」


「あなたの腕の話をしているの」


 窓が閉められる。


 薄い布越しに差し込んでいた光が弱まり、腕の透けも目立たなくなった。


 アルトは右手を開閉する。


 感覚はある。


 動かすこともできる。


 だが、以前より力が入りにくい。


 決闘で無銘の剣を握っていたときも、何度か指が柄から離れかけた。


「痛む?」


 フィオナが尋ねる。


「痛くはない」


「また、それだけ?」


「ほかに言いようがない」


「冷たいとか、重いとか、感覚が薄いとかあるでしょう」


「少し力が入りにくい」


「どうして最初から言わないの?」


「聞かれなかったから」


 フィオナは無言でアルトを見つめた。


「悪かった」


「反省している顔には見えないわ」


「顔は元からこうだ」


「百年前も、同じことを言っていたわね」


 フィオナはアルトの右腕へ手を伸ばした。


 触れる直前で、わずかにためらう。


 それから布の上へ手のひらを重ねた。


 淡い翠色の光が流れ込む。


 右腕の輪郭が少しだけ濃くなった。


 同時に。


 アルトの左手首に刻まれた契約印も、淡く輝く。


「どうだ?」


「二本目を壊した直後よりは安定している」


「なら、問題ないな」


「安定しているだけよ」


 フィオナは光を止めた。


「元に戻ったわけではない」


「分かってる」


「分かっている人は、決闘場で無理に風を使わない」


「あれは必要だった」


「倒れかけるほど?」


「倒れてはいない」


「私とリナが支えなければ倒れていたでしょう」


「それは倒れていないのと同じだ」


「全然違うわ」


 部屋の隅から、小さな音がした。


 リナが机へ木の器を置いた音だった。


「二人とも、食べながら話したら?」


 机の上には、宿から運ばれてきた昼食が並んでいる。


 硬いパン。


 豆と野菜を煮込んだスープ。


 薄く切られた干し肉。


 聖都へ入ってから、何度も出された料理だった。


 アルトは椅子から立ち上がり、机へ移動する。


 右手で器を持とうとして。


 途中で左手へ替えた。


 その動きを。


 リナは何も言わずに見ていた。


「食べられそう?」


「腹は減ってる」


「味は?」


「まだ分からない」


 アルトはパンをちぎる。


 口へ運び、噛む。


 硬さは分かる。


 温度も分かる。


 だが。


 味は、ほとんど感じなかった。


「どう?」


 リナが尋ねる。


「昨日よりは柔らかい」


「味を聞いたんだけど」


「同じだ」


 リナの表情が曇る。


「無理に食べなくてもいいよ」


「腹は減るからな」


「食べても満たされないんでしょう?」


「身体を保つには必要らしい」


 アルトがフィオナを見る。


「そうなんだろ?」


「人間と同じように食事から身体を作っているわけではないけれど、習慣としての行為は魂を安定させる」


「だそうだ」


「だからって、何でもないみたいに言わないで」


 リナは自分の器へ視線を落とした。


 スプーンを持ったまま、動かない。


「私たちが食べている横で、何も味がしないものを食べるのって、嫌じゃないの?」


「嫌だと言ったら、食べなくて済むのか?」


「そうじゃないけど」


「なら、食べる」


 アルトはスープを口へ運んだ。


 やはり味はしない。


 それでも。


 湯気が顔へ触れる感覚。


 器の温かさ。


 向かいで食事をする二人の気配。


 それだけは分かった。


 百年前。


 魔王を追っていた旅でも。


 三人の仲間とフィオナに囲まれながら、何度も同じような食事をした。


 食べ物が足りない日も。


 雨に濡れながら食べた日も。


 誰かが怒って、誰も口を利かなかった日もあった。


「何?」


 リナが顔を上げる。


「いや」


「今、笑った?」


「笑ってない」


「少し笑ってた」


 フィオナが言った。


「何を思い出したの?」


「昔の旅だ」


 アルトはパンを机へ置いた。


「似たようなことがあったと思ってな」


「似たようなこと?」


「味のしない食事?」


 リナが聞く。


「違う。全員が黙って食べてたことだ」


「喧嘩でもしたの?」


「食料の分け方で、カインと揉めた」


 リナの手が止まった。


「カインって……レオニスの祖先?」


「そうだ」


「勇者教典だと、あなたの命令には絶対に逆らわなかったんじゃなかった?」


「実際は、一番逆らった」


 アルトは少し考える。


「いや。エレナも同じくらいだったか」


「エレナ?」


「魔術師だ」


「百年前の仲間?」


「ああ」


 リナは器を机へ置いた。


 興味を示しながらも、少し迷うような顔をする。


「聞いてもいい?」


「何を?」


「あなたの仲間のこと」


 アルトはすぐには答えなかった。


 フィオナも、アルトを見る。


「教典には少し書いてあったけど」


 リナが続ける。


「勇者を支えた四人の従者って」


「従者ではない」


 アルトは反射的に答えた。


 思った以上に強い声が出た。


 リナが目を見開く。


「悪い」


「ううん」


「従者と呼ばれていたことが、嫌なの?」


「違うものを、そう書かれているのが嫌なんだ」


 アルトは左手で器を置いた。


「俺が命令して、全員が従っていたわけじゃない」


「教典には、そう書いてあった」


「だから間違ってる」


 フィオナが椅子へ座る。


「話してあげたら?」


「今?」


「今でなければ、いつ話すの?」


「それに」


 リナはアルトを見る。


「私も知りたい」


 百年前に。


 何があったのか。


 誰と戦ったのかではない。


 アルトが、誰とともに戦ったのか。


 その問いが、リナの目に浮かんでいた。


 アルトは息を吐いた。


「長くなるぞ」


「今日は外へ出られないんでしょう?」


 宿の周囲には、教団兵が配置されている。


 通行保証があるため拘束はされていない。


 だが、決闘が再開されるまで、勝手な行動は認められていなかった。


「時間ならあるよ」


「そうだな」


 アルトは背もたれへ身体を預けた。


 百年前の記憶へ意識を向ける。


 最初に浮かんだのは。


 赤い髪の女だった。


「エレナは、魔術師だった」


「強かった?」


「強かった」


 アルトは即答した。


「俺よりも?」


「使う力が違う」


「また答えを避けた」


「正面から剣で戦えば俺が勝つ。離れた場所から魔術だけを撃たれ続けたら、たぶん負ける」


「たぶん?」


「本人は絶対に自分が勝つと言ってた」


 フィオナが小さく笑う。


「エレナなら、そう言うでしょうね」


「どんな人だったの?」


「口が悪かった」


「アルトには言われたくないでしょうね」


 フィオナが言う。


「俺は悪くない」


「自覚がないだけよ」


 リナが少し笑った。


 アルトは続ける。


「エレナは、南方の魔術都市で育った。精霊術と違って、人間が組み立てた術式を使う」


「精霊から力を借りない?」


「まったく借りないわけじゃない。ただ、精霊へ直接頼むより、周囲にある力を術式へ流し込んで形を変える」


「それって、聖剣と似てる?」


「似ているようで違う」


 フィオナが答えた。


「通常の魔術は、周囲の力を一時的に借りて、使い終えれば循環へ戻す。でも聖剣は、力を内部へ奪い続ける」


「エレナが、それに気づいたの?」


「ああ」


 アルトはうなずく。


「魔王を倒した後だった」


     ◇


 魔王城が崩れた翌日。


 空は、灰色に染まっていた。


 城を覆っていた結界が消え。


 長く閉じ込められていた雲が、低い空を流れていた。


 焼けた大地。


 崩れた城壁。


 黒く変色した森。


 生き残った兵士たちは、負傷者を運びながら撤退の準備をしていた。


 アルトは倒れた石柱へ腰を下ろしていた。


 全身に包帯を巻かれ。


 右脚には、折れた骨を固定するための木が添えられていた。


 フレイムベルグは、すぐそばの地面へ突き刺してある。


 赤い刀身から。


 まだ、わずかな熱が漏れていた。


「それに触らないで」


 赤い髪を乱した女が、地面へ座り込んでいる。


 エレナ。


 両手には、複雑な術式を描いた紙が何枚も握られていた。


「俺の剣なんだけど」


「今は私が調べてる」


「返してくれ」


「歩けないくせに、何に使うの?」


「杖代わりに」


「折るわよ」


「魔王を倒した剣を?」


「世界を救った道具だから、何をしても許されると思わないで」


 アルトは返事をしなかった。


 エレナは紙へ視線を戻す。


 術式の線が、淡い光を放っている。


 フレイムベルグから漏れる精霊力の流れを、記録していた。


 少し離れた場所で。


 神官ミリアが負傷兵の治療を続けている。


 白い法衣は血と泥で汚れ。


 長い栗色の髪も、ほとんど結び目がほどけていた。


 それでも。


 手を止めない。


 淡い光で兵士の傷を塞ぎ。


 次の負傷者へ移る。


 カインは。


 崩れた門の上に立っていた。


 銀色の鎧は半分以上壊れ。


 右腕を吊っている。


 左手だけで剣を握り。


 魔王軍の生き残りが近づいてこないか、周囲を見張っていた。


 そして。


 フィオナは。


 黒く焼けた森の前に立っていた。


 消えていく精霊たちの光を。


 黙って見送っていた。


「アルト」


 エレナが呼ぶ。


「何だ」


「この剣、壊しましょう」


 あまりにも平然と告げられ。


 アルトは一瞬、言葉の意味を理解できなかった。


「今、何と言った?」


「壊すの」


 エレナがフレイムベルグを指さす。


「これと、残りの二本も」


「魔王を倒したばかりだぞ」


「だから何?」


「また同じような脅威が現れたらどうする」


「それまで世界を壊し続ける剣を残すの?」


 エレナは術式の紙をアルトへ差し出した。


「見て」


「見ても分からない」


「分かるように説明してあげる」


「最初からそうしてくれ」


「この剣は、周囲の精霊力を吸い続けている」


「戦っていない今も?」


「今も」


 アルトはフレイムベルグを見る。


 赤い刀身。


 魔王を倒した力。


 何度も自分たちを救った剣。


「少量じゃないのか」


「少量なら、フィオナがあんな顔をしていない」


 二人は焼けた森を見る。


 フィオナは、こちらへ背を向けている。


 それでも。


 何人もの仲間を失ったことは、その姿だけで分かった。


「聖剣は力を作っているんじゃない」


 エレナが言う。


「自然から奪って、中へ蓄えている」


「使えば戻るんじゃないのか」


「一部はね」


「なら――」


「戻らない分がある」


 エレナは術式へ指を滑らせた。


「使うたびに、剣の核へ蓄積される」


「放置すれば、力を吸い続ける」


「魔王を倒したことで、今までよりも多くの力を取り込んだ」


「このまま三本を残せば」


「いつか、精霊のいない土地が生まれる」


 アルトは答えられなかった。


 フィオナが森から戻ってくる。


「エレナの言っていることは本当よ」


「知っていたのか」


「確信はなかった」


 フィオナはフレイムベルグへ視線を向ける。


「魔王との戦いが始まる前から、聖剣の近くでは小さな精霊が弱っていた」


「どうして言わなかった」


「言えば、あなたは使わなかったでしょう」


「当然だ」


「使わなければ、魔王を倒せなかった」


 その言葉へ。


 誰も反論できなかった。


 聖剣がなければ。


 魔王の結界を破れなかった。


 城へ入ることも。


 生きて帰ることもできなかった。


「だから、もう役目は終わった」


 エレナが言う。


「壊しましょう」


「待て」


 城門の上から、カインの声がした。


 右腕を吊ったまま。


 ゆっくりと石段を下りてくる。


「魔王が一人だけだった保証はない」


「何が言いたいの?」


「同じ力を持つ存在が、どこかに残っているかもしれない」


 カインはフレイムベルグの前で足を止めた。


「今すぐ三本すべてを壊すべきではない」


「自然が壊れても?」


「次の魔王が現れて、人間も精霊も滅びれば同じことだ」


「次が現れるかもしれないという理由で、今起きている被害を放置するの?」


「被害を止める方法を探せばいい」


「壊す以外に?」


「封印する」


 エレナが眉を寄せる。


「誰が?」


「俺たちが」


「死ぬまで?」


「必要なら」


「あなたたちが死んだ後は?」


 カインは答えなかった。


 エレナが言葉を続ける。


「王に預ける?」


「教会?」


「魔術都市?」


「どこへ預けても、その力を使おうとする人間は出てくる」


「なら、人の手が届かない場所へ封じる」


「そんな場所がどこにあるの?」


「探す」


「それは、考えていないのと同じよ」


「破壊方法も確立していないだろう」


「核を壊せばいい」


「失敗した場合は?」


 エレナの口が止まった。


 カインは続ける。


「魔王一体分の力を蓄えた剣だ」


「下手に核を壊せば、周囲の国ごと消し飛ぶ可能性もある」


「それでも残す方が危険よ」


「安全な方法を見つけるまでだ」


 二人の声が強くなる。


 近くにいた兵士たちが。


 何事かと振り返る。


「怪我人の近くで怒鳴らないで!」


 ミリアの声が響いた。


 治療を終えた兵士を寝かせ。


 血で汚れた手を布で拭きながら歩いてくる。


「聞こえてたのか」


 アルトが言う。


「これだけ大声なら、魔王の死体にも聞こえています」


 ミリアはフレイムベルグを見る。


「私は、エレナの意見に賛成です」


「ほら」


 エレナが言う。


「ただし、今すぐ壊すことには反対します」


「どっちなの?」


「最終的には壊すべきです」


 ミリアは静かに答えた。


「でも、カインの言うとおり、安全な方法が分からない」


「失敗すれば、多くの人が死にます」


「なら、どうする」


 アルトが尋ねた。


「まず、どの国にも渡さないことです」


 ミリアの声が低くなった。


「王にも」


「教会にも」


「魔術都市にも」


「誰にも」


「人間を信じていないのか」


 カインが尋ねる。


「信じています」


 ミリアは答えた。


「だから、恐れているのです」


 疲れ切った顔。


 それでも。


 目だけは揺らがなかった。


「人は、守りたいもののためなら、何でも正当化できます」


「国を守るため」


「家族を守るため」


「信仰を守るため」


「平和を守るため」


「理由が正しければ正しいほど、剣を使うことを止められなくなる」


 誰も話さなかった。


 魔王との戦いで。


 アルトたちも。


 世界を守るためという理由で、聖剣を使い続けた。


 精霊が消えていることに気づきながら。


 詳しく確かめることもせず。


 目の前の敵を倒すことを優先した。


「アルト」


 カインが呼ぶ。


「決めろ」


「俺が?」


「聖剣の使い手は、お前だ」


「五人で話しているだろ」


「最後に決めるのはお前だ」


「嫌だ」


 カインの眉が動く。


「嫌?」


「俺一人で決める話じゃない」


「勇者だろう」


「だから何だ」


「お前が決めなければ、まとまらない」


「俺が間違えたら?」


「俺たちが止める」


「なら、最初から全員で決めればいい」


 カインはしばらくアルトを見た。


 やがて。


 左手の拳で、アルトの頭を軽く殴った。


「痛い」


「なら、逃げるな」


「殴る必要はないだろ」


「お前が一人で決めないなら、全員が納得するまで話す」


「それでいい」


「三日かかっても?」


「構わない」


「負傷兵を運ぶ時間は残せ」


 ミリアが言った。


「食料も限られているわ」


 エレナが続ける。


「二日で決めましょう」


「勝手に短くするな」


「魔王を倒すより難しい話を、二日で決めるの?」


 フィオナが呆れたように言った。


 アルトは。


 そこにいる四人を見た。


 誰も。


 自分の命令を待ってはいなかった。


 自分の意見を持ち。


 反対し。


 疑い。


 それでも。


 同じ答えを探そうとしていた。


     ◇


「それで、封印を選んだの?」


 リナが尋ねた。


「ああ」


 アルトは過去の記憶から戻る。


 机の上のスープは、すでに冷め始めていた。


「二日で決まった?」


「決まらなかった」


「じゃあ、何日?」


「七日」


 フィオナが答えた。


「その間に、エレナとカインは三回喧嘩したわ」


「五回だ」


「細かな言い争いを含めれば、もっとよ」


「ミリアも怒ってた?」


「一番怒っていたかもしれない」


 アルトは思い出す。


「封印場所を決めるとき、教会へ預けようと言った兵士がいた」


「それで?」


「二度とその話をするなと、治療杖で殴った」


「神官なのに?」


「神官だからだろう」


 ミリアは。


 信仰を持っていた。


 人を救うために祈り。


 多くの命を助けた。


 だからこそ。


 信仰の名で力を持つ者が、どれほど危ういかも知っていた。


「最後は三本を別々の場所へ封じることにした」


 アルトが続ける。


「一か所へ集めれば、奪われたときに全部使われる」


「だから、三つの国が一本ずつ持ってるの?」


「封じた場所の近くに国ができた」


 フィオナが答える。


「百年前には、今の三国は存在していなかった」


「封印を守るための集落が、大きくなった場所もあった」


「最初は、封印を守る人たちだったんだ」


「そうだ。誰にも剣を使わせないために、封印の周囲へ残った」


 アルトはうなずく。


「封印方法も、全員で考えた」


「エレナが術式を組み」


「ミリアが、人間の信仰や権力から切り離す仕組みを作った」


「フィオナと周囲の精霊が、自然の力で封印を支えた」


「カインが?」


「封印場所を守る騎士たちを選んだ」


「あなたは?」


「三本を運んだ」


 リナがアルトを見る。


「それだけ?」


「封印の中心に、俺の魔力が必要だった」


 フィオナが補足する。


「三本ともアルトが使っていたから、剣の核は彼の魔力へ最も強く反応した」


「それが、今の身体を支えていることにも関係してるんだ」


「そういうことらしい」


 アルトは左手首の契約印を見る。


 三本の聖剣へ残った魔力。


 フィオナはそれを道標にして、アルトの魂を呼び戻した。


 そして。


 蘇生された身体は、知らないうちに聖剣とのつながりを支柱としていた。


「でも」


 リナが言う。


「どうして、破壊するまで百年も待ったの?」


「安全な破壊方法を探していた」


「見つからなかった?」


「完全には」


 エレナは。


 封印後も研究を続けていた。


 聖剣の核を壊し。


 蓄積された力を自然へ戻す方法。


 周囲を巻き込まずに。


 精霊を傷つけずに。


 剣だけを終わらせる方法。


「エレナは、何か残さなかったの?」


「研究記録は残したはずだ」


「はず?」


「俺は、最後まで見届けられなかった」


 アルトの声が少しだけ低くなる。


 聖剣を封印してから。


 アルトは各地を回った。


 戦火で傷ついた町。


 魔王軍が残した魔物。


 国境を巡る小さな争い。


 助けを求める場所は、いくらでもあった。


 その途中で。


 仲間たちは、それぞれの道へ分かれた。


「エレナは、魔術都市へ戻った」


「聖剣の研究を続けるために?」


「それもある。魔王との戦いで失われた術式をまとめるためでもあった」


「ミリアは?」


「故郷に戻った」


「教会へ?」


「小さな治療院を作った」


 教典では。


 神官ミリアは、勇者の教えを人々へ広めた聖女とされている。


 だが。


 実際のミリアは。


 アルトを神聖視されることを嫌っていた。


「俺の像を作ろうとした町長を、追い返したこともある」


「像が嫌だったの?」


「本人がまだ生きているのに、墓みたいなものを作るなと言ってた」


「正しいと思う」


 フィオナが言った。


「今は、聖都の真ん中に巨大な像があるけどな」


「ミリアが見たら壊すでしょうね」


「治療杖で?」


「たぶん」


 リナが小さく笑った。


「カインは?」


 笑みが消える。


 レオニスの祖先。


 教団では、勇者に仕えた忠誠の騎士として語られている。


「カインは、封印の一つを守る役目についた」


「エアリアル?」


「ああ」


 カインは、第三聖剣の封印地へ残った。


 高原にある古い神殿。


 今のセルディア聖教国の聖都。


「最初は、教団なんてなかった」


「カインが作ったんじゃないの?」


「違う」


「じゃあ、どうしてカインの子孫が二代目勇者になってるの?」


「俺にも分からない」


 分からないことが。


 多すぎた。


 カインが何を残したのか。


 どのように伝えられたのか。


 なぜ、勇者へ反対し続けた男が。


 絶対の忠誠を捧げた従者として祭り上げられたのか。


「あなたは、みんなと別れてから会わなかったの?」


「何度かは」


「最後に会ったのは?」


 アルトはすぐに答えなかった。


 最後。


 誰と。


 どこで会ったか。


 百年という時間を越えた今。


 思い出すだけで。


 胸の奥へ、鈍い重さが残る。


「エレナとは、二十七歳の頃だ」


「研究室へ押しかけて、食事をしろと言った」


「三日寝てなかったからな」


「怒られなかった?」


「実験用の石を投げられた」


「ミリアとは?」


「二十八歳」


「治療院を手伝った」


「治療できるの?」


「怪我人を運んだ」


「カインは?」


「二十九歳」


 アルトは少しだけ目を伏せる。


「エアリアルの封印を確認しに行った」


「何を話したの?」


「よく覚えていない」


 嘘ではない。


 ただ。


 すべてを口にする気にはなれなかった。


 あの日のカインは。


 白髪が増えていた。


 右肩の古傷も悪化し。


 剣を振ると痛むと言っていた。


 それでも。


 封印地を離れようとはしなかった。


『お前は、まだ走り回っているのか』


『助けを求められるからな』


『いつまで続ける』


『必要がなくなるまで』


『そんな日は来ない』


『なら、死ぬまでだ』


『本当に馬鹿だな』


『お前に言われたくない』


 カインは笑った。


 昔のように。


 それから。


 別れ際に。


『次に会ったら、もう少し自分のために生きろ』


 そう言った。


 アルトは。


 結局、その言葉へ答えられなかった。


 次に会うこともなかった。


「アルト?」


 リナの声で、意識が戻る。


「何だ」


「腕」


 右腕を見る。


 布の下で。


 輪郭が再び薄くなっていた。


 フィオナが立ち上がる。


「少し休みなさい」


「話してただけだ」


「記憶をたどることも、今のあなたには負担になる」


「そんなことまで?」


「魂で作られた身体なのよ」


 フィオナはアルトの隣へ座り、右腕へ手を重ねた。


 翠色の光が流れる。


 アルトは抵抗しなかった。


 リナは立ち上がり、窓へ向かった。


「少し空気を入れ替えるね」


 閉められていた窓を、わずかに開く。


 冷たい風が入り込み、食事の残り香を外へ運んでいった。


 リナは席へ戻ると、少し迷ってから尋ねる。


「後悔してる?」


「何を?」


「聖剣を封印したこと」


 開かれた窓の外から。


 人々の声が聞こえる。


 勇者をたたえる祈り。


 教典を読む司祭。


 広場を巡回する教団兵。


 聖都の地下には、エアリアルが眠っている。


 正確には。


 もう眠ってはいない。


 一人の青年に握られ。


 国を支える武器として使われている。


「あのときの判断が、全部間違っていたとは思わない」


 アルトは答えた。


「壊し方が分からなかった」


「魔王と同じ脅威が、もう一度現れる可能性もあった」


「封印して、方法を探す」


「その選択自体は、間違いではなかったと思う」


「じゃあ、どうして」


「正しかったからって」


 アルトは左手を握る。


「今の結果を放っておいていい理由にはならない」


 三本の聖剣は。


 百年前とは違う意味を与えられていた。


 国を守る剣。


 敵を滅ぼす剣。


 正義を証明する剣。


 勇者を作る剣。


「俺たちは、未来の人間が正しく扱うと信じた」


「自分たちが死んだ後も」


「その選択だけは、残り続けた」


 フレイムベルグは国を焼いた。


 アクアレギアは川をせき止めた。


 エアリアルは。


 今も、教団が作り上げた勇者の腰にある。


「だから壊すの?」


 リナが尋ねる。


「ああ」


「自分が消えても?」


 アルトは答えなかった。


 フィオナの手に力が入る。


 翠色の光が、わずかに強くなった。


「それを今、聞く必要はないわ」


「でも」


「リナ」


 フィオナの声は穏やかだった。


 ただ。


 それ以上を言わせない強さがあった。


 リナは口を閉じる。


 アルトは右腕へ流れ込む光を見る。


 フィオナの力。


 残された一本の聖剣とのつながり。


 それによって。


 自分は、まだここにいる。


「百年前も」


 アルトが言う。


「全員で話した」


「意見が合わなくても」


「誰か一人の答えへ従うんじゃなく」


「間違っていると思えば、止めた」


「今も同じだ」


「同じ?」


「俺が間違っていると思うなら、止めればいい」


 リナはアルトを見る。


「止めてるよ」


「そうだったな」


「フィオナも」


「百年前から止めているわ」


「でも、聞かない」


 リナが言う。


「ときどきは聞く」


「ときどきじゃ困る」


 アルトは小さく笑った。


 リナも、呆れたように息を吐く。


 フィオナだけは。


 笑わなかった。


 アルトの腕へ手を添えたまま。


 開かれた窓の向こうへ目を向けている。


 その視線の先。


 宿の屋根を挟んだ向かい側に。


 大聖堂へ続く回廊があった。


     ◇


 白い柱の陰。


 レオニスは、教団兵に付き添われ、勇者専用の居室から祈祷室へ向かっていた。


 本来なら。


 宿の前で足を止める理由はない。


 アルトたちへ近づくことも禁じられている。


 そのとき。


 昼を告げる最後の鐘が鳴り、回廊の空気が震えた。


 開かれた宿の窓から、風に乗って誰かの声が届く。


 鐘と人々の声に紛れ、言葉の大半は聞き取れない。


 付き添っている司祭も。


 教団兵も。


 宿の方へ目を向けることなく歩き続けている。


 それでも。


 風の気配に慣れたレオニスの耳は、その中から聞き覚えのある声を拾った。


『カインは、封印の一つを守る役目についた』


 レオニスは。


 無意識に足を止めた。


「レオニス様?」


 前を歩く司祭が振り返る。


「何でもありません」


「お急ぎください」


「……はい」


 足を動かそうとする。


 鐘の余韻が消える直前。


 もう一つだけ、途切れた言葉が耳へ届いた。


『俺が間違っていると思うなら、止めればいい』


 レオニスの胸が強く脈打つ。


 カイン・アステル。


 教典に描かれた忠誠の騎士。


 勇者の命令へ一度も逆らわず。


 自らの意思を捨て。


 剣として仕えた者。


 そう教えられてきた。


 しかし。


 古い日誌には。


 カインが勇者へ反対し。


 怒鳴り。


 殴り。


 脚を斬ってでも止めると記されていた。


 さらに。


 魔術師エレナも別の道を探すよう主張し。


 神官ミリアも、負傷者を置いて進むことへ反対していた。


 それが事実であることは、すでに分かり始めていた。


 そして今。


 アルト自身が、間違っていると思うなら自分を止めればいいと語った。


 古い日誌に残されていた言葉と。


 アルト本人の考えがつながる。


 聖剣を封印したときも。


 勇者一人が答えを決め、仲間へ命じたわけではなかったのだろう。


 それぞれが自分の意見を持ち。


 互いの間違いを止めながら。


 全員で一つの選択をした。


 教団が語る勇者の旅とは。


 根本から違っていた。


「レオニス様」


 司祭が、もう一度呼ぶ。


「体調が優れませんか」


「少し、風に当たっていただけです」


「祈祷室へ参りましょう」


「はい」


 レオニスは歩き出した。


 振り返らない。


 宿の窓を見ることもしなかった。


 それでも。


 聞いた言葉は消えなかった。


 レオニスは腰のエアリアルへ触れる。


 勇者の証。


 教団から与えられた、正しさの象徴。


 これを握り。


 誰かの命令どおりに戦い続けることが。


 本当にカインの意志を継ぐことになるのか。


 まだ。


 答えは出なかった。


 ただ。


 誰かへ従うことと。


 同じ道を選ぶことは違う。


 そのことだけは。


 少しずつ、理解し始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ