番外編③:ドレスの色
※時間軸は34話であまり詳しく書かなかったドレス選びのお話です。
王家より夫婦そろっての参加を義務づけられた夜会に招待されてしまったマリエルは、ドレスを新調するためプリエール工房のデザイナーたちを待っていた。
その間サイラスが、現在マリエルが所持している酷いドレスを確認したいと言い出したので、別邸の衣装部屋で夫と娘にそのドレスを披露していた。
すると、サイラスが顔を引きつらせてボソリと呟く。
「本っ当ーに酷いデザインだな……」
「シェアラ、このドレスやーんなの……」
「…………」
夫だけでなく、娘からもダメ出しされたマリエルが気まずそうに視線を泳がせる。
二人に見せている三着のドレスは、どれも共通した欠点があった。
ベースの色と差し色の組み合わせが、恐ろしいまでに妖艶で毒々しいのだ。
赤いドレスに黒の差し色、濃い紫に金の差し色、中でも一番異様な雰囲気を放っているのが、目がチカチカするような強烈に鮮やかなピンクのドレスである。
差し色の白とスカート内部を埋め尽くすほどのパニエが何とも言えない背徳感を助長し、いかがわしさを感じさせた。
もちろん、マリエル自身もこの三着のドレスは、無駄に派手でセンスのないデザインだと感じている。
だが、これでも売却したドレスと比べれば大分まともなデザインである。
なによりもこの三着のドレスはセンスは壊滅的でも、生地や装飾品は一流の物が使われていた。
この五年間、自分の中にいた憑依者が侯爵家で浪費を繰り返していたことを思うと、これ以上自分にお金をかけるような行為をマリエルは控えたかったのだ。
そんな思いから、今後もし夜会に参加しなければいけない状況がきたら、この酷いデザインのドレスをできるだけ低予算でリメイクして対応しようと考えていた。
そもそも自分はこの先、侯爵夫人として社交場に参加する機会などないだろうと思っていたので、今回は想定外の展開である。
「マリエル……本気でこの三着のどれかで、王家主催の夜会に参加しようと思っていたのか?」
「まさか! ある程度は見られるような状態まで手を加えて着回そうかと……」
「このデザインでは、どんなに手を加えても救いようがないと思うが?」
「うっ……」
言葉に詰まるマリエルに、セアラがさらに追い打ちをかける。
「シェアラ……このお色、ぜんぶやーんなの……」
「うう……」
二人からダメ出しをされたマリエルが、ガックリと肩を落とす。
その様子にサイラスが盛大なため息をついた。
「ドレスや装飾品の費用は、侯爵夫人としての君の品位を保つための必要経費だ。だから気にしなくていい。むしろこんな変なデザインのドレスで隣に立たれるほうが大被害だ……。ドレスの予算を節約するよりも、今後はできるだけ君が不可抗力で落としてしまった世間的な評価を回復させることに尽力してくれ」
「はい……」
マリエルがしょんぼりしながら返事をすると、セアラがワンピースの裾を引っ張ってきた。
「だいじょうぶよ? シェアラがおかしゃまにおしめさまみたいなすごいドレス、選んであげるから!」
「セアラ……」
娘の優しさに感動する気持ちが半分、高額なドレスを選ばれそうな不安が半分という心境のマリエルは無意識に涙目になる。
すると衣装部屋の扉がノックされ、テレーズが部屋に入ってきた。
「旦那様、プリエール工房の方々がおみえになりましたので、本邸の衣装部屋にご案内いたしました」
「わかった。すぐに向かう。マリエル」
「はい……」
「おかしゃま、行こう! シェアラがおてて繋いであげるね!」
スタスタと歩く夫の後をスキップする娘に手を引かれながら、マリエルも重い足取りで本邸の衣装部屋へと向かう。
すると、そこには以前対応してくれたプリエール工房のオーナーのブリジットと、デザイナーらしき女性、そしてお針子らしき女性が二名待ち構えていた。
マリエルたちの入室と同時に立ち上がった四人は深々と頭を下げ、その代表としてブリジットが挨拶をしてきた。
「メディウム侯爵、そして奥様、本日は当工房にお声がけくださり、誠にありがとうございます」
「急に呼び出して、すまない。実は一週間以内に王家主催の夜会に参加するための妻のドレスを一着、至急用意してほしいんだ」
「かしこまりました!」
「それと……今後のことも考え、フルオーダーのドレスも五着ほど依頼したい」
「まぁ! フルオーダーのドレスを五着も! ご注文いただき、ありがとうございます! 奥様の魅力を最大限に引き出すドレスがご用意できるよう尽力いたします!」
大口の注文が入ったことに歓喜の声をあげたブリジットは、今度はグリンとマリエルに視線を向けてニッコリと微笑む。
「奥様、お急ぎのドレスのお話がまとまりましたら、その後じっくりとフルオーダーの五着のドレスのお話し合いをいたしましょうね!」
「は、はい……」
明らかに豪華なドレスを作る気満々なブリジットに、マリエルは弱々しい返答をする。
その横で「シェアラもおかしゃまのすごいドレス考えるのー!」とはしゃぐ娘の様子にも、マリエルはガックリと肩を落とした。
そんなマリエルの気も知らないブリジットは、張り切った様子で連れてきたデザイナーとお針子たちに持参した三つの箱の中身を取り出すように指示する。
「本日は至急とのことでしたので、既製品をできるだけアレンジして奥様にお似合いのドレスを提案したいと考えております。お色は三色ご用意いたしました。一着目は侯爵とお嬢様の髪色に合わせた柔らかな淡い黄色。二着目は侯爵の瞳と同じ鮮やかな緑。三着目は奥様とお嬢様の美しい瞳と同じ水色でございます。もしこれ以外のお色をご希望でしたら、明日改めてご要望に沿ったお色をご案内させていただきます。いかがいたしますか?」
手際よく三着のドレスがトルソーに着せられていく様子をマリエルが呆然としながら眺めていると、隣に座っていたセアラが一着のドレスに駆け寄り抱きついた。
「シェアラ、これがいいと思う! これ、シェアラとおかしゃまのおめめと同じお色なのー!」
全力で水色のドレスを推す娘にサイラスが難しい表情を浮かべる。
「確かに水色も悪くないが……今回はできるだけ私との不仲を軽減させる演出をしたい」
そういってドレスに抱きついているセアラを抱き上げたサイラスは、黄色のドレスのもとへと移動した。
「セアラ、お父様はこの淡い黄色のドレスもいいと思うんだけど、どうかな? これもセアラの髪と同じ色だよ」
すると、セアラが悩むようにムッと眉間に皺を寄せる。
「でもシェアラ、おかしゃまのドレスはピカピカなお色よりも、キレイなお色のほうがいいとおもうの……。シェアラ、水色のほうがいいな……」
「でもそうなると、お父様の髪の色ではなくなってしまうから、周りの人たちからお父様たちが仲が悪いって思われてしまうんだ……」
演技がかった悲しげな表情でサイラスが娘に訴える。
しかし、今回はその演技が裏目に出てしまう。
「でも! でも水色のドレスはシェアラと仲良しに見えるよ! おかしゃま、シェアラが大好きだから、やっぱりこっちがいいと思う!」
自分の瞳の色をマリエルに着せれば「仲良しアピール」になると思い込んでしまっているセアラは、さらに熱心に父親に迫る。
「でもセアラはパーティーにお呼ばれしていないから、お母様が水色のドレスを着ていても誰もセアラと仲良しだって気づけないよ?」
「でも! 黄色のドレス着てたら、おかしゃまはシェアラよりもおとしゃまと仲良しって、みんな思っちゃうの……」
「お母様がお父様と仲良しだと思われるのが嫌なのかい?」
すると、セアラは静かに首をふる。
「おかしゃまとおとしゃまは仲良しがいいのよ? でもおかしゃまと一番仲良しはシェアラじゃないと、やーんなの……」
眉間にかわいい皺を寄せ、不満をこぼす娘の言い分にマリエルが心を打ち抜かれる。
「サイラス様……今回はセアラの希望通り水色のドレスに――」
「ダメだ。それでは私たちの不仲説が軽減できない」
「で、ですが、あからさまな色合わせをしてしまうほうが演技だと疑われやすいですよ!?」
なぜか黄色のドレスに強くこだわる夫を不思議に思いながらもマリエルは、娘の希望を叶えてやろうと意見する。
しかしサイラスの考えは変わらないようで再度、娘を説得しはじめた。
「黄色のドレスでも、みんなにセアラが一番お母様と仲良しだって伝わるよ? だってこの色はセアラの髪の色じゃないか」
「でもおとしゃまのお髪も同じ色だもん! 水色じゃないとシェアラだけってならないもん! おとしゃま、ずるいー! シェアラもおかしゃまと仲良しってしたいのにー!」
そういってセアラはサイラスの腕の中でジタバタと暴れ、下におろされると同時にトルソーに着せられた水色のドレスにしがみつく。
「シェアラ、おかしゃまは水色のドレスがいいの……」
「セアラ……」
涙目でいじらしく訴える娘に寄り添いながら、マリエルも水色のドレスにしたいと夫に目で訴える。
すると、サイラスは呆れるように盛大にため息をついた。
「セアラ……どうしてもドレスは水色じゃないとダメかい?」
「うん……」
「この後、お母様の髪飾り選びをするのだけれど、それをセアラのカチューシャと同じ物にしようとしているのに?」
その一言でセアラが勢いよく顔をあげ、瞳をキラキラと輝かせる。
「シェアラと同じちょうちょしゃんのカチューシャ!?」
「うん。そのほうがドレスをセアラの瞳の色にするよりもお母様はセアラと仲良しに見えるんじゃないかな?」
「おかしゃまと、いっしょ!? シェアラ、そっちがいい!」
「じゃあ、ドレスは黄色でもいいかな?」
「うん!」
あっさり娘の水色のドレスに対する執着心を打ち消した夫の言葉巧みな様子にマリエルがポカンと口を開ける。
すると、その様子を目にしていたテレーズがボソリと呟いた。
「旦那様……大人げないです」
「勘違いしないでくれ。私はなにもセアラと張り合って黄色いドレスをマリエルに着せようとしているわけじゃない。彼女の社交界に広がっている悪評を少しでも軽減させようと――」
そう言い訳をはじめたサイラスだったが、テレーズから冷たい視線を向けられ口を閉ざす。
気まずそうに沈黙する夫と呆れ顔のメイド長の様子に、マリエルだけが不思議そうに首をかしげる。
しかしこの後、そんなことを気にかけていられない状況がやってくる。
なぜなら家族会議が終わったと判断した商魂たくましいブリジットが、ニコニコしながら声をかけてきたからだ。
「では取り急ぎのご注文分は、この淡い黄色のドレスをベースにしたセミオーダーのドレスと、お嬢様とお揃いの蝶のカチューシャでよろしいでしょうか?」
「ああ。それで頼む」
「ちなみにイヤリングや首飾りなどの装飾品はいかがいたしますか? 本日は侯爵の瞳のお色のイメージに近い高品質のエメラルドがあしらわれた装飾品を数点お持ちしております。ドレスの淡い黄色には差し色として映えますし、奥様のこげ茶の美しい髪色とも、とても相性がよろしいですよ」
「エ、エメラルド!?」
ブリジットの提案にマリエルの顔から血の気が引く。
エメラルドは宝石の中でも上位に入る高価な石なので確実に高くつく。
できるだけ予算を抑えたいマリエルは、購入を阻止しようと慌てて声を上げた。
「サ、サイラス様! そんな高価な宝石の装飾品は――」
「では、私の瞳の色に一番近いエメラルドでそれらを用意してくれ」
「サイラス様ぁ!?」
「かしこまりました! お買い上げありがとうございます!」
明らかに高額であろう商品を即決購入した夫にマリエルは唇を震わせた。
対してブリジットは、大口の注文をとれたのでニコニコ顔である。
そんなやり手の彼女は、更に追い打ちをかけるようにセアラにも声をかける。
「セアラお嬢様、もしよろしければお母様のカチューシャの蝶にはめ込む石をお選びになりますか?」
「シェアラとおなじ色のお石、ある?」
「はい。ご用意しております。ですが、少しお色の濃さが違います。ご覧になりますか?」
「みるー! シェアラね、おかしゃまのちょうちょしゃんにつけるお石、選んであげるのー」
ノリノリで石を選ぼうとする娘にマリエルが再び焦りだす。
セアラはまだ四歳だが、侯爵令嬢だけあって生まれた頃から一級品に囲まれた生活をしている。
すなわち幼いながらも非常に目が肥えているのだ。
もう嫌な予感しかしないマリエルは、せめてカチューシャの代金だけでも抑えようとした。
しかし背後から無数の手が伸びてきて、身体の自由を奪われる。
「奥様、恐れ入りますが、こちらでドレスの寸法を測らせていただきますので、ご協力をお願いいたします」
振り返ると、ブリジットが連れてきたデザイナーの女性とお針子の女性二名がニコニコ顔でマリエルを包囲していた。
「で、でも……カチューシャにつける石選びを……」
すると、セアラが元気いっぱいの声をあげる。
「だいじょうぶよ! シェアラ、とってもきれいなお石、おかしゃまに選んであげるの!」
「そ、それが心配だから一緒に……」
「さぁ、奥様! お時間もございませんし装飾品につきましては、ご主人とお嬢様にお任せし、ドレスのアレンジデザインをご一緒に考えましょう!」
「で、でも……」
ずるずると引きずられるように衝立のほうへ誘導されていると、ブリジットから石を見せられていたセアラが歓喜の声を上げる。
「シェアラ、このお石がいいの!」
「まぁ! お嬢様、なんてお目が高い! そちらのブルートパーズは本日お持ちした中でもっとも高品質のお品ですよ!」
「このお石、すごいの?」
「はい! この中では一番お色が濃く、美しいお品です!」
「じゃあ、シェアラ、これにする! おとしゃま、これ!」
「セアラはいい目を持っているね」
「シェアラ、すごい?」
「ああ、すごいよ」
「えへへ~、シェアラ、すごいの!」
そんな夫と娘の会話をデザイナーとお針子によって動きを封じられたマリエルは、涙目になりながら聞くことしかできなかった。





