番外編②:クッキー作り対決③
「くっそぉぉぉー! 負けたぁぁぁー!」
その結果にクラムが悔しそうに叫ぶ。
すると、フェニアが淡々とクラムが負けた要因を解説しはじめた。
「今回の勝敗は、完全にクラムさんのおもてなし精神不足が敗因です。クラムさんは、お嬢様が喜びそうな演出しかなさいませんでした。ですが、審査員はチョコがお好きな奥様、甘い物がお好きなセアラお嬢様とレスリーさんです。そして旦那様は甘い物が得意ではありません。今回私は、お仕えしている侯爵家の方々全員のお好みを満たす味で、それぞれクッキーを作りました」
「だけど旦那様は参加していないじゃないか。なのになんで塩味のクッキーを……」
すると、フェニアが勝ち誇るような表情を浮かべる。
「その考えが甘いのです! 今回旦那様が参加されていなくても、我々はあくまでメディウム侯爵家に仕える身……常に侯爵家の方々に満足いただけるよう心がけることが基本となります!」
そこまで口にすると、フェニアは決めポーズをするようにビシリとクラムを指さす。
「これが気遣いに特化したメイド魂の集大成です! 目先の勝利に囚われ、おもてなし精神を忘れて敗北したクラムさんとの大きな違いです!」
フェニアの主張にクラムが、打ちのめされるように近くのテーブルに両手を突く。
「くっ……一切、反論できない……。完敗だ……」
「ふふっ! 私の実力、ご理解いただけましたか?」
両手を腰に当て、自身の勝利をアピールするフェニア。
しかしガックリうなだれていたクラムは、なぜか突然立ち直ったかのようにフェニアに詰め寄る。
「フェニアちゃん……このサクサククッキーのレシピ、俺に伝授してくれないか?」
「は……い?」
「今回は完膚なきまでの俺の負けだ……。確かに俺は、相手をもてなすという考えが抜けていた……。だが、それとは別に一番の敗北原因は、そのクッキーの癖になるほどの絶妙なサクサク食感だったと思う……。それは計算しつくされた匙加減で作られた生地と、完璧な焼き加減が完全に一致しないと生まれないサクサク感のはずだ。頼む! その秘伝のクッキーのレシピを俺に教えてくれ!」
そう言って、詰め寄っていたクラムはフェニアの両手をガシリと掴み、懇願しはじめた。
対するフェニアは、その圧の凄さに後ずさりをする。
「ダ、ダメです! このクッキーは我が子爵家に代々伝わる秘伝のレシピで――」
「そこを何とか! どうしても……どうしてもそのサクサク加減の秘密が知りたいんだ!」
「そ、そんなことをいわれても……外部の人には簡単に教えるわけにはまいりません!」
フェニアが毅然とした態度で断ると、クラムが一瞬だけ考え込みはじめる。
そして何かを思いついたようで、真っ直ぐな視線をフェニアに向けてきた。
「わかった……。なら俺がフェニアちゃんに婿入りする! そうすれば、君の子爵家の一員になるのだからレシピを教えてもらえる権利が得られるはずだ!」
「た、たかがクッキーのレシピごときでご自身の人生を賭けないでください!」
「俺は本気だ! そのクッキーのレシピには、俺の人生をかけてもいいほどの価値がある!」
「どうしてそうなるのですか!?」
なにやらおかしな方向に話が展開しはじめた状況にマリエルが唖然とする。
すると、隣にいたレスリーが冷静にこの状況を的確な言葉で言い当てる。
「あれは……どさくさにまぎれて自身の願望を実現させようとしてます」
「が、願望……? それってクッキーのレシピを手に入れたいってこと?」
「今はそういうことにしておきましょう。ですが、フェニアさんはこれまで以上にクラムさんにつきまとわれると思います……」
「待って! フェニは私の大切な専属メイドだから、それは困るのだけれど!」
「ご安心ください。その件に関しては、私が全面的にフェニアさんをお守りします。ですが、クラムさんは本当にしつこいので、フェニアさんが陥落してしまうのも時間の問題です」
「陥落!?」
「ですので、奥様……共にフェニアさんをお守りしましょう!」
「レスリー……あなたの話の趣旨が全く見えてこないのだけれど……」
不穏なことを言い出したレスリーにマリエルが困惑していると、隣に座っているセアラが声をかけてきた。
「おかしゃまー。シェアラ、もっとこのクッキーたべたいの……。おかしゃまのお皿のクッキー、食べてもいい?」
セアラの要望にレスリーが専属メイドとしての自覚を取り戻し、我に返る。
「大変失礼いたしました、お嬢様。クッキーのおかわりでございますね?」
「うん! あのね、シェアラ、白っぽいクッキーをたくさん食べたいの!」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
そう言っていつも通りの優秀なメイドに戻ったレスリーは、大皿に載っているクッキーの中から色の薄いクッキーのみを小皿に取る。
どうやらセアラは、カスタード味のクッキーがお気に召したらしい。
しかしそのセアラの様子を今のフェニアは、確認することができなかった。
「頼む! フェニアちゃん、婚約者とかいないだろう!? しかももう二十六で行き遅れ状態じゃないか! 俺なら二つ年上なだけだから丁度いいはずだ!」
「なぜ私の個人的な情報をご存じなんですか!? そもそもクッキーのレシピ欲しさに求婚なさらないでください!」
「だって子爵家の一員にならないとレシピは教えてもらえないんだろう!? 君にとっては行き遅れから脱出できる渡りに舟、俺にとっては秘伝のクッキーレシピが手に入る! 互いにメリットしかないじゃないか!」
「求婚の動機が不純すぎます! そんな申し出はお受けできません!!」
どうやらクラムの中では、クッキーのレシピを入手する必須条件にフェニアとの結婚がセットになってしまっているようだ。
もちろん、そんな動機での求婚を真面目な性格のフェニアは受け入れるはずもない。
ギャーギャー言い合いをしている自分より年上の二人の様子を呆れた表情でマリエルが眺めていると、セアラが服の袖をクイクイと引っぱってきた。
「おかしゃま、クッキーたべないの? サクサクもおいしいけど、動物しゃんのもおいしいよ? シェアラと一緒にクッキーたべよ?」
ニコニコ顔で口の周りにクッキーのカスをつけた娘に促されたマリエルは、そのマイペースぶりに苦笑する。
「そうね……。あの二人は放っておいても良さそうだから、お母様もそうしようかしら。レスリー、新しくお茶を入れてくれる?」
「かしこまりました」
「よかったら、レスリーも一緒にクッキーを――」
「ありがとうございます! 是非ご一緒させていただきます!」
「あなた、本当に甘い物に目がないのね……」
前のめり気味で即答してきたメイドに呆れながら、まだ言い合いをしているフェニアたちにマリエルがチラリと視線を向ける。
恐らくフェニアの家に伝わる秘伝のクッキーに対するクラムの興味は一時的なものだろう。
そう楽観視していたマリエルだったが……。
先ほどレスリーが口にしていた『どさくさにまぎれて自身の願望を実現させようとしている』という言葉の意味を理解していなかった。
その言葉の本当の意味を知るのは、クラムの『フェニアちゃん』呼びが急に『フェニア』に変わった二年後であった。





