番外編②:クッキー作り対決②
翌日、いつもと違う緊張感に包まれた午後のティータイムの時間になる。
審査をするマリエルたちの手元には、いつ作ったのかレスリーお手製のクラムとフェニアの名前が書かれた小さな手持ち看板が用意されていた。
なかなか本格的な準備がされているので、完全にレスリーが次回の開催を目論んでいることが、よくわかる。
その状況にマリエルが呆れていると、ノック音とともにクラムとフェニアが自信作のクッキーを持って、部屋に入ってきた。
どちらもお皿にシルバーのフードカバーが被せてあるので、どんなクッキーなのかはまだ分からない。
すると、いつの間にか主催者と化したレスリーが、この場を仕切り出す。
「それでは皆様、よろしいでしょうか。これより第一回クラムさんとフェニアさんのクッキー対決を開催いたします」
「第一回……」
さりげなく二人の勝負をルーティーン化しようとしているレスリーにツッコむようにマリエルが、ボソリと呟く。
二人が何度も勝負をすれば、その都度レスリーは大好きな甘い物が食べられるという仕組みらしい。
そんな自分の専属メイドの策略を知らないセアラは、純粋に楽しんでいるようでパチパチと手を叩いて喜んでいる。
そしてクラムとフェニアもバチバチに闘争心をむき出しにしていた。
「それでは、まずはクラムさんのクッキーからお願いします」
レスリーに促され、クラムが手にしていた皿に被せてあるフードカバーを取る。
すると、そこには犬やウサギ、クマなどの可愛い動物の形をしたクッキーが、ご丁寧に色々な色のチョコで可愛くデコレーションされた状態で現れる。
そのクッキーを目にしたセアラが興奮気味で叫んだ。
「動物しゃんのクッキー! おかしゃま! アベルもいるの!」
「ふふふ……必殺! 子供が大好き動物クッキーだ! フェニアちゃん、悪いが今回は料理人の技術を全力で使い、本気で潰させてもらう!」
そう言ってビシリとフェニアを指さし、クラムが勝ち誇る。
対するフェニアは、取り乱すこともなく無表情を貫いていた。
だが、明らかに菓子職人レベルのデコレーション技術なのでレスリーがボソリと呟く。
「クラムさん、大人げないです……」
「うるさい! こっちは現役料理人としてのプライドがかかってんだ! メイドのフェニアちゃんに負けるわけにはいかないんだよ!」
もはや手段は選ばないという選択をしたクラムは、瞳をキラキラさせながらクッキーに目が釘づけになっているセアラの様子に勝利を確信しているようだ。
そしてなぜかクラムとレスリーは互いに相手に対して容赦がない。
もしや二人は、そこそこ親しい間柄なのでは……などとマリエルが考えていると、レスリーが試食を促してきた。
「それでは早速試食いたしましょう」
その合図でマリエルは、クラム作のウサギの形のクッキーを手にして口に運んだ。
見た目だけでなく、味のほうもかなり計算されているようで、バターの風味はしっかりあるのに洗練された上品な味だ。表面はサクサクなのに中はしっとりしている。
お茶との相性もよく、婦人会などで出したら大絶賛されることは間違いないだろう。
これではいくらフェニアの家の秘伝クッキーであっても勝つことは難しい。
そんなことを考えながらクッキーを口に運んでいたマリエルだが、ふと隣のセアラに目をやると、難しい顔をしながらクッキーを食べずに見つめていた。
「セアラ、どうしたの? クラムのクッキー、食べないの?」
すると、セアラが悲しそうな表情をマリエルに向ける。
「だって……食べたら、ウサギしゃん痛いってなっちゃうもん……。シェアラ、これ食べられない……」
「「ええっ!!」」
まさかの反応にマリエルとクラムが同時に驚きの声を上げた。
その予想外の展開をレスリーが冷静に解説しはじめる。
「これは見た目に凝りすぎたことが完全に裏目に出ましたね。心優しいセアラお嬢様は、この可愛らしい動物クッキーを食することに罪悪感を抱いてしまうようです」
「嘘だろう!? だって子供って、こういうのが好きじゃないか!」
「クラムさんはやりすぎです。こんなにも可愛らしさを全力で出されたら、多くの女性は『食べるのがもったいない』となるではありませんか……。無駄に菓子職人の技術を見せびらかしたいという卑しい部分が完全に裏目に出ましたね」
「レスリー……お前、随分言いたい放題いってくれるじゃないか」
「事実では?」
「くっ……」
自身の浅はかな作戦が大失敗したことにクラムが悔しそうにうつむく。
だが、流石にこれで不戦勝というのもクラムが報われないので、マリエルが助け舟を出す。
「セアラ、それならクッキーを裏返しにして食べたらどうかな?」
「裏返し?」
「うん。そうすれば動物さんのお顔が見えないから、ウサギさんの形をしたクッキーになるでしょう?」
そう言ってマリエルがクッキーを裏返してみせる。
「ほんとだ! ウサギしゃん、いなくなった!」
「これなら食べられる?」
「うん! シェアラ、クラムのクッキーだべる!」
そう言ってパクリとウサギのクッキーを口にしたセアラの瞳が、一瞬で輝く。
「ウサギしゃん、すごくおいしい! シェアラ、このクッキー好き!」
歓喜の声を上げたセアラは、他の動物のクッキーも裏返しにしてパクパクと口に運んだ。
その状況を複雑そうな表情で見つめるクラムにレスリーが、ものすごい速さでサクサクとクッキーを食べながら、とどめの一言を口にする。
「これは完全に気合いの空回りという結果になりましたね。しかも奥様のお口添えがなければ、危うく試食すらしてもらえない可能性もありましたし」
「レスリー……お前、本当に俺に容赦ないな?」
クラムが恨みがましそうに睨むもレスリーはいつもの無表情のまま何事もなかったようにこの場を再び仕切りだす。
「お次はフェニアさんのクッキーを試食いたしましょう!」
「俺の苦情は全面的に無視かよ!」
不満を訴えるクラムを完全に放置したレスリーは、今度はフェニアにクッキーの披露を求める。
するとフェニアが、皿に被せていたフードカバーを取り外した。
そこには……これまでセアラとマリエルに作っていたクッキーとほぼ同じようなクッキーが山盛りに積まれていた。
「私はクラムさんのように見た目の小細工は一切いたしません。味のみで勝負いたします!」
フェニアの強気な発言にクラムが一瞬、怯む。
その間、フェニアは自身が作ったクッキーをなぜか六枚ずつ皿に取り分け、マリエルたちに振る舞った。
見た目はいつものフェニアが作るごつごつしたクッキー。
しかし、よく見るとクッキーの色の濃さが微妙に違った。
とりあえず一枚、マリエルは手に取り口に運んだ。
すると、口の中にいつもとは違う甘さがブワッと広がる。
その甘さを一緒に練り込まれているチョコチップが、絶妙なバランスで調整してくる。
どうやらこのチョコチップは、ビターチョコを使っているようだ。
するとセアラも同じクッキーを食べたようで、瞳をキラキラさせながら叫ぶ。
「あまぁーい! でもすごく美味しいの! いつものサクサクなのー!」
そう言って今度は少し色の濃いクッキーをセアラが口に入れた。
「今度はチョコのクッキーなの! お口の中、チョコでいっぱいなのー!」
幸せそうに両頬に手を添え、うっとりしたセアラだが、すぐに次のクッキーに手を伸ばす。
実はフェニアのクッキーは、絶妙なサクサク感から食べると止まらなくなるというものなのだ。
それを知っているからか、フェニアはあえて数を多めに作ってきたのだろう。
「今回は少し味を変え、チョコ味、カスタード味、塩味でご用意してみました。見た目ではあまり変化はありませんが、口にするとそれぞれ味の違いがはっきりわかります。ちなみに塩味には敢えてチョコチップは入れず、甘い物が苦手な方でも食べられるように仕上げております」
その説明を聞いたクラムが、まだ取り分けられていないクッキーの山からチョコチップが入っていないクッキーを手に取り、口に放り込む。
「本当だ……。バターをしっかり使うことで塩の良さが最大限に引き出されている。これなら男性でも食べやすい。特にワインとは、ものすごく相性がいい……」
「でもシェアラ、この甘いクッキーが一番好きなのー!」
「私はこのチョコたっぷりなのが一番好みかしら」
審査員親子の反応にフェニアが満足そうな笑みを浮かべる。
一方、クラムはいかにも窮地に追いやられたという様子だ。
そんな別々の反応を見せる二人にレスリーがサクサククッキーを頬張りながら、今回の勝負のジャッジをマリエルたちに促す。
「これで両者のクッキーの試食が終わりました。それでは奥様、お嬢様、『せーの』で美味しかったクッキーを作った方のお名前の札をあげていただけますか?」
レスリーの言葉に深く頷いたマリエルとセアラは、テーブルの傍らに置いてある木製の小さな看板のような札を手に取る。
「それでは……せーの!」
レスリーの合図でバッとマリエルたちが札を上げる。
結果は、満場一致でフェニアの名前の札だった。





