番外編②:クッキー作り対決①
―――――【時間軸】―――――
25話のセアラの誕生日会~27話間のお話になります。
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その対決はセアラが発したある一言で勃発した。
「シェアラ、フェニのクッキーが一番好き!」
その瞬間、別邸に試作品のデザートを持ってきていたメディウム侯爵邸の副料理長クラムの動きがピタリと止まる。
「お嬢……今、なんておっしゃいました?」
「シェアラ、フェニのクッキー大好きなの! 一番おいしいの!」
クラムにとどめを刺すような追撃をセアラは、悪びれることもなく口にした。
その状況にマリエルはクラムに憐憫の眼差しを向け、賛辞をもらったフェニアはクラムに勝ち誇るような笑みを浮かべた。
「セアラお嬢様に気に入っていただけて嬉しいです! 実はお嬢様のお母様も子供の頃からこのクッキーが大のお気に入りだったんですよ?」
「おかしゃまもこのクッキー好きだった?」
「ええ。フェニのクッキーはどれもサクサクで、チョコチップがたくさんはいっているから大好きだったの」
「シェアラといっしょなのー!」
ニコニコしながら再びクッキーを口に入れたセアラだが、ふとあることに疑問を感じたようで、不思議そうにコテンと首をかしげる。
「おかしゃまもシェアラみたいに子供だったの?」
その言葉にマリエルとフェニアが同時に噴き出した。
「そ、そうね。お母様にもセアラみたいに子供だった頃があったのよ」
「おかしゃま、シェアラといっしょで子供だったの!? すごいの! おかしゃま、すごく大きくなったのー!」
当たり前のことに感動しているセアラの様子に完全に笑いのツボを打ち抜かれたマリエルとフェニアが、再び吹きそうになり二人同時に口元を抑える。
感情が乏しいレスリーでさえ、笑いを堪えるように無表情のままフルフルと震えている。
しかし、そんな中で約一名なぞの闘争心を燃やしている人物がいた。
副料理長のクラムである。
「お嬢! その言葉は聞き捨てなりません! 以前は『クラムが作ったクッキーが一番好き!』って言ってくれたじゃないですか!」
「シェアラ、クラムのクッキーも好きよ? でも今はフェニのが一番好き!」
「そんなぁ……」
ダメ押しするようなセアラの一言にクラムがテーブルに両手を突いて盛大に項垂れる。
その様子を嘲笑うかのようにフェニアが追い打ちをかける。
「どうやらセアラお嬢様は、高級感のある完璧なクッキーよりも素朴な味わいのこのクッキーのほうがお好きみたいです」
「っ……!」
「たとえどんなに優秀な料理人でも家庭の味には勝てないようですね!」
「ぐぐっ……」
悔しそうにテーブルに両手を突いたまま打ちひしがれるクラムの様子にマリエルが慌ててフェニアをたしなめる。
「ちょ、ちょっとフェニ! クラムを煽りすぎよ!?」
「ですが、セアラお嬢様が今一番のお気に入りなのは、私が作ったクッキーです!」
どうやらフェニアは、毎回やめてほしいと訴えているのに一向に「フェニアちゃん」呼びをやめないクラムに対して、ここぞとばかりに仕返しをしているらしい。
自分よりも年上の二人の子供じみた張り合いにマリエルが盛大にため息をつく。
すると、テーブルに手を突いてうなだれていたクラムがボソリと呟いた。
「納得できない……。お嬢! なぜです!? なぜ急に心変わりをなさったんですか!?」
「シェアラ、クラムのクッキーも好きよ?」
「でも一番はフェニアちゃんのクッキーなんですよね!?」
「うん!」
「くぅー……」
「クラムさん、素直に負けを認めたらどうですか?」
「いや、まだだ……。俺はまだ負けちゃいない!」
そう叫んだクラムは、ビシリとフェニアを指さす。
「俺はまだ諦めない! フェニアちゃん! クッキー作りで俺と勝負だ!」
「望むところです! 返り討ちにして差し上げます!」
「ちょ、ちょっと! フェニ!」
闘争心をむき出しにし合う二人の様子にマリエルが慌てて仲裁に入る。
もしクラムが負けるようなことがあれば、侯爵家の副料理長が一介のメイドにクッキー勝負で負けたという噂が出てしまう。
そもそもフェニアの作るクッキーは、平民からのし上がった実家の子爵家に代々伝わる秘伝のレシピのクッキーなのだ。
見た目は素朴でどこか懐かしい庶民的な味わいだが、その食感は貴族でも癖になるほどのサクサク感と絶妙な甘さである。
フェニアの母である子爵夫人が作るこのクッキーは、社交界でも密かに有名だ。
舌が肥えているはずのセアラのお気に入りになるのも当然である。
だがクラムは、その背景を知らない。
負ければ確実に彼の料理人としてのプライドが傷ついてしまうだろう。
そのことを懸念して仲裁に入ったマリエルだが、ここで更に二人を煽るような提案をする人物が現れる。
「そのお二人のクッキー対決、私が取り仕切りましょう」
「レスリー!?」
普段は気配と感情が薄い優秀なメイドのまさかの煽り行動にマリエルが素っ頓狂な声を上げる。
しかし、すでに「クッキーを食べたい」という欲望に忠実になってしまったレスリーの暴走は止まらない。
「お二人はクッキー作りに並々ならぬ情熱と誇りをお持ちです。我々はそれを見届けるべきではありませんか?」
「そんなことを言って……あなた、ただ甘い物が食べたいだけでしょう!?」
「私はこの状況を平和的に解決する方法として提案しております。ご覧ください、セアラお嬢様の期待に満ちたお顔を!」
娘に目を向けると、レスリーの提案に瞳をキラキラさせていた。
「シェアラ、クッキー対決、見たい!」
「お嬢様もこうおっしゃっております。奥様、ここは我々がお二人の戦いを見届けるべきかと」
「レスリー……あなた、人が変わりすぎじゃない……?」
「勝負は明日の午後のティータイム、この別邸で開催します。審査員は、お嬢様と奥様と私でおこないます」
「ねぇ……私の話、聞いている?」
どんどん話を進めるレスリーにマリエルが呆れ気味の視線を向ける。
一方、クラムとフェニアはやる気に満ち溢れた様子を見せており、セアラはその提案を手を叩いて大絶賛している。
「なお、セアラお嬢様は審査員長となりますので、選ばれたクッキーには特別に二票入ります」
「レスリー……あなた、引き分けの可能性を高めて次回に繋げようとしていない?」
もはや甘味の魅力に取りつかれたレスリーにマリエルのツッコミは届かない。
そんな中、セアラは一人気張った表情を浮かべる。
「しんさいんちょう……シェアラ、せきにんじゅうだい!」
「セアラはセアラで、どこでそんな言葉を覚えてくるの!?」
もはやツッコミが追いつかない状況にマリエルが、力尽きるようにガクリと肩を落とす。
しかし、マリエル以外の四人のやる気はまさに頂点に達していた。
「フェニアちゃん……悪いが明日は副料理長の名に懸けて勝たせてもらう!」
「大した自信をお持ちですね。その鼻、へし折って差し上げます!」
「盛り上がってきましたね」
「シェアラ、二人とも応援するの!」
こうしてバチバチに闘争心をむき出しにするクラムとフェニアのクッキー対決は、明日の午後にマリエルの住む別邸で開催されることになった。





