番外編①:おでかけしたカチューシャ
※時間軸はセアラ四歳の誕生日会の三日後の出来事です。
(25話と26話の間の話)
セアラが四歳の誕生日を迎えてから三日後。
この日、セアラはマリエルから誕生日に贈られたパールとブルートパーズが施された蝶のカチューシャを着けながら、ご機嫌な様子で『自称朝食後の見回り』で本邸内をウロウロしていた。
すると、前からやってきた仕事中の若いメイドに遭遇する。
「おはようなのー」
「おはようございます。セアラお嬢様」
元気いっぱいな朝の挨拶をしたセアラは、おもむろに頭を少し下げた。
そして自身の頭部のある場所を指さす。
「あのね、これね、おかしゃまがシェアラにお誕生日プレゼントでくれたの!」
「まぁ! 素敵なカチューシャですね! よくお似合いです!」
「シェアラ、おしめさまみたい?」
「はい! お嬢様は大変可愛らしいお姫様のようです!」
「シェアラ、おしめさまなのー!」
この三日間、使用人たちの間ではお馴染みとなっているセアラのカチューシャ自慢の洗礼を受けた若いメイドは、ニコニコ顔で対応する。
一カ月前まで不可解現象のせいで母親の愛情を受けられなかったセアラだが、屋敷の使用人たちからは、とても可愛がられていた。
今は母マリエルも自我を取り戻して娘を溺愛しているので、ここ最近のセアラは幸せいっぱいな日々を送っている。
そんなセアラは使用人とすれ違う度にマリエルから貰った蝶のカチューシャを見せびらかしていた。
すると、今度は執務室から出てきた父サイラスに遭遇する。
「おとしゃま、おはようなのー」
「おはよう、セアラ」
「これね、おかしゃまがくれたカチューシャなの!」
そう言ってズイッと頭を突き出してきた娘にサイラスが苦笑する。
「セアラ、そのカチューシャは昨日も見せてもらったよ?」
「うん! でもね、おしめさまみたいにきれいだから、おとしゃまもいっぱい見ていいよ?」
なぜか上から目線でそう主張する娘の言い分にサイラスは困惑気味に笑みを浮かべながら、娘を軽々と抱き上げた。
同じ高さの目線となった娘のカチューシャを改めて観察すると、蝶の装飾部分にはめ込まれたブルートパーズに目が行く。
「この蝶はセアラの瞳の色と同じだね」
「うん! でもね、このちょうちょしゃん、ブリしゃんのとこだと黄色だったの」
「そうなのかい? だったらお母様は、どうしてもセアラの瞳と同じ色のちょうちょさんのカチューシャを贈りたかったんだろうね」
一カ月前まで事情があったとはいえ娘と交流ができなかったマリエルは、自我を取り戻してからは、その反動でセアラへの溺愛が激しい。
改めて妻が娘を可愛がっている状況を実感したサイラスは、自然と口角が上がった。
だが、そんなしみじみとしている父親の解釈にセアラの訂正が入る。
「ちがうよ」
「え?」
「このちょうちょしゃんはね、おかしゃまの代わりなの!」
「お母様の代わり? どういう意味かな?」
「あのね、このちょうちょしゃんの色、シェアラだけじゃなくておかしゃまのおめめとも一緒なの。だからおかしゃまがいない時は、かわりにシェアラを守ってほしいっておねがいして、青い色のちょうちょしゃんにしたんだって!」
娘の説明でサイラスが一瞬、動きを止めた。
このカチューシャには『自分の代わりに娘を見守ってほしい』というマリエルの願いが込められていたのだ。
「このちょうちょしゃんはシェアラがおかしゃまの子供っていう『おしるし』なの。だからシェアラはおかしゃまと、ちょうちょしゃんに守られてるの!」
プリエール工房でマリエルは蝶の部分にはめ込むブルートパーズ選びにかなり時間をかけていた。
それは恐らく自分たちの瞳に一番近い色味の石にしたかったのだろう。
その理由が『娘を守ってほしい』という願いだけではなく、『この子は私の娘』という主張もこめられていたのだ。
そんな想いをひそかに込めて娘にカチューシャを贈ったマリエルの気持ちを思うと、サイラスは複雑な気持ちになる。
これまで王令で交わされた婚姻ということで、離縁するという概念がなかったサイラスだが、セアラの教育係に虐待に近い教育指導を命令していたことが発覚した際は、娘の身の安全を確保するためにマリエルとの離縁を検討していた。
だが自我を取り戻したマリエルに対しては、その考えは一切ない。
むしろ、このまま婚姻を継続したいという考えが強くなっている。
今のマリエルは、初顔合わせの時にサイラスが関係を深めたいと感じた大変好ましい人格なのだ。
爵位と容姿で女性に言い寄られることが多かったサイラスにとって、内面を見極めて交流をしてくれる女性は貴重だ。
その女性が今、自分の妻の座に収まってくれている。
だがこの五年間のことを思うと素直にこの状況を喜んでいいのか、わからない。
状況を把握していなかったとはいえ、記憶を失った直後の妻にサイラスは、かなりきつくあたった。
その後すぐに態度を改めたとはいえ、突然味方がいない状況に放り込まれたマリエルを追い詰めてしまったことは事実である。
今さら夫婦としてやり直したいと伝えても、簡単には受け入れてはもらえないことは容易に想像できた。
それでも最初の好印象を抱いたマリエルが戻ってきたことで、夫婦としてやり直したい思いは強くなっている。
不可抗力で非常識な行動をしていた自分に絶望し続けるのではなく、今の自分はなにができるかを必死に模索できる前向きさ。
自分の譲れない部分に関しては、決して妥協や諦めを見せない芯の強さ。
なによりもセアラ最優先で物事を考える姿勢に深い愛情と母性があることを知ってしまったら、今のマリエルに惹かれてしまうのは仕方のないことだと思う。
しかし、これまでの五年間の時間がマリエルに惹かれるサイラスの想いに歯止めをかけてくる。
急に妻として扱えば、マリエルには手のひら返しな態度に見えてしまう。
少しずつ……自分は信じてもいい相手だとマリエルに認識してもらえるように立ち回らなければならない。
夫婦的な関係修復はそれからだと。
そう思っていても、すでに妻という立場であるマリエルに対して、つい踏み込みすぎてしまいそうになる。
夫であるサイラスには、無条件で好きなだけ触れることも抱きしめる権利もとっくに手にしている状態なのだ。
だが現状は、それが許されない状況である。
記憶を失った直後にきつい当たりをしてしまった自分は、妻からの信頼をかなり失っている。
ゆっくりと信頼関係を築き直さなければ、マリエルからの信頼は得られない。
そういう意味では、娘のセアラは一瞬で妻に受け入れてもらっているので羨ましく感じてしまう。
「セアラは、とてもお母様に愛されているんだね……」
「シェアラ、おかしゃま大好きよ。おかしゃまもシェアラのこと大好きだって! おとしゃまは、おかしゃま大好きじゃないの?」
その質問にサイラスが黙り込む。
好きか嫌いと問われれば、確実に『好き』という返答になる。
そもそもこの五年間、人格が変わる前のマリエルに未練があったから、本格的に離縁する行動に踏み切れずにいたのだ。
娘を守りたいという思いと、妻が以前のような人格に戻る可能性への期待で葛藤していたサイラスだが、現状はマリエルが階段から転落したのをきっかけにどちらの懸念も解消されている。
しかし記憶を失った直後の接し方で一度信頼を失っているサイラスには、マリエルは不安や弱音を吐いてはくれないだろう。
「おとしゃま……ちがうの?」
押し黙ってしまった父にセアラが不安そうに確認する。
「ちがくないよ。お父様もお母様のことが大好きだよ……」
「ほんと!? シェアラね、おとしゃまとおかしゃまが仲良しじゃないと、やーんなの! だからずっと仲良ししててね」
「うん……。約束する。お父様たちはずっと仲良しだ」
「じゃあ、シェアラとおやくそく!」
左腕に腰掛けている娘から小さな手で握手を求められたサイラスは、なんとも言えない笑みを浮かべながら空いている右手で握り返す。
自分たちはまだ『仲良し』と呼べるほど、関係修復ができていない。
早くそうなりたいとサイラスが思っていても、失った五年間でマリエルが受けた心の傷はまだ深いままなのだ。
弱みにつけいるように強引に距離を詰めたくはない。
ゆっくりと、妻の心の傷が塞がるペースに合せて少しずつ関係をやり直したい。
そう思ってもセアラが身につけているカチューシャに目を向けると、なんとも言えない気持ちになる。
『このちょうちょしゃんは、シェアラがおかしゃまの子供っていう『おしるし』なの』
先ほどの娘の説明から、マリエルの中でセアラが自分との間にできた子であることが抜けているように思えた。
それを証明するように娘のカチューシャには、淡い水色のブルートパーズしかはめ込まれていない。
それがサイラスの心を酷くざわつかせ、切ない気持ちにさせてくる。
思わずカチューシャに触れると、セアラが不思議そうな顔を向けてきた。
「おとしゃま?」
「セアラ……このカチューシャ、しばらくお父様が預かってもいいかな?」
「それ、シェアラやーんなの! このカチューシャ、シェアラのお気に入りなの!」
「もし預けてくれたら、もっとお姫様みたいなキラキラにしてあげられるんだけどなー」
「もっとキラキラ……?」
「うん。ここにすごくきれいな緑の石を入れたいんだ」
そう言ってサイラスは、カチューシャにほどこされている銀枠のみの葉っぱ部分を指さす。
「みどり……葉っぱしゃん、お色がつくの?」
「うん。でもその為にはしばらくカチューシャをプリエール工房に預けなくてはならないんだ」
「そうしたら、これ、ブリしゃんのところにおでかけしちゃう?」
「そうだね。でも三日くらいだよ。もちろん、セアラがこのままのほうがいいならおでかけは中止させるけど……どうする?」
父親の提案にセアラが眉間にキュッと皺をよせ考え込む。
「葉っぱしゃん、お色ついてたほうがシェアラもいいと思う……」
「それじゃあ、このカチューシャは少しの間だけお父様が預かってもいいかな?」
「うん……。でも、でもね! それシェアラの宝物なの!」
「わかっているよ。大切に預かってもっとお姫様みたいにしてあげるから」
「絶対よ!? おとしゃま、シェアラとおやくそく!」
「さっきもお約束したんだけどなー」
「これは絶対の絶対なの!」
握手というよりもがっしりと両手を掴んできた娘にサイラスは再び苦笑した。
◆◆◆
翌日、サイラスは新たな教育係との面接内容の打ち合わせをするためにセアラとともに別邸を訪れた。
すると、マリエルが今日のセアラが蝶のカチューシャをつけていないことに気づく。
「あら? セアラ、今日はちょうちょさんのカチューシャはお休みなの?」
「ちょうちょうしゃん、今おでかけしてるの」
「ええっ!? お、おでかけ!?」
憑依中の自分を「おでかけしていた」と表現されたからか、ここ最近のマリエルは娘の口から「おでかけ」という言葉が出ると過剰に反応するようになっている。
その反応に苦笑しつつもサイラスがカチューシャの現状について補足する。
「すまない。実はあのカチューシャにもう少しアレンジを加えたくて、三日ほどプリエール工房に預けてあるんだ」
「アレンジ?」
「あのね! おとしゃまが葉っぱしゃんにお色つけてくれているの!」
「葉っぱ部分に色……ですか?」
「その……君がカチューシャの蝶の色を自分と同じ色にした理由が見守りと親子の印だとセアラから聞いて、私も自分の瞳の色の石を入れて真似をしたくなったというか……」
気まずそうにサイラスが白状するとマリエルが慌てだす。
「も、申し訳ございません! あ、あれは見守りたいという気持ちのほうが強くて、親子の印という部分を主張しようとした訳ではないんです! 私はこの子がメディウム侯爵家の長女であることをしっかりと認識――――」
「あー……そうではなくて。私が気になったのは、君にとってセアラは私との間にできた子だということが抜けているんじゃないかと感じたからなんだ」
「あ、あの私……そんなつもりじゃ……」
「自分の被害妄想だということは、もちろんわかっている。それでも……私にはもう家族は君とセアラだけなんだ」
その言葉にマリエルが息をのむ。
サイラスは二年前に馬車の事故で両親を亡くしている。
そんな今の彼が家族と呼べる存在は、娘のセアラと妻のマリエルだけなのだ。
現状十六歳の感覚であるマリエルにとって、今のサイラスは自分よりもずっと大人の男性という認識だったので、それだけの悲しみを背負っていることをすっかり失念していた。
「サイラス様……」
「すぐにとは言わない。だが、これからはセアラだけでなく私のことも少しずつ家族として受け入れてくれないか?」
マリエルが正気を取り戻した際、責め立ててしまったことを気にしているのか、珍しく自信なさげに申し出てきた夫にマリエルの心が締めつけられる。
すると、隣に座っていたセアラがピョンと長椅子から飛び降り、トテトテと父親のもとへ向かい、その大きな手に両手を添えた。
「おとしゃま……シェアラたちに仲間はずれにされたっておもってたの?」
「あー……うん。ちょっとだけ思ってしまったかな?」
「シェアラ、そんないじわるしないよ?」
「うん。そうだね」
「おかしゃまもおとしゃまみたいに、いじわるしないよ?」
娘の予想外な一言に先ほどまで切ない笑みを浮かべていたサイラスの顔が引きつる。
「待ってくれ。いつお父様がお母様に意地悪なことしたんだい?」
「だっておとしゃま、二回もお話ししているだけでおかしゃま泣かしたでしょ?」
「それはお父様のせいじゃないとこの間、お母様が言っていたじゃないか……」
「泣かしたもん」
「…………」
「でもね、シェアラ優しいからおとしゃまもセアラの見守り隊に入れてあげるね」
「見守り隊?」
「シェアラね、今おかしゃまとちょうちょしゃんに守られてるでしょう?」
「あー……それが見守り隊か……」
「葉っぱしゃんにお色ついたら、おとしゃまも入れてあげるね。だってみどりは、おとしゃまのおめめのお色だもん。そしたらシェアラ、おかしゃまとおとしゃまから守られてるでしょ?」
娘の言い分にサイラスが一瞬だけ驚くように目を見開く。
どうやらセアラは、父親が緑色の石をカチューシャに追加したい理由を理解していたらしい。
その状況にサイラスの口元が自然と緩んだ。
「そうだね……。葉っぱが緑色になったら、もう誰もセアラに意地悪できないね」
「うん! シェアラ、おとしゃまとおかしゃまのお守りがあるから最強なのー」
そう言って再びマリエルのもとにトテトテと戻っていったセアラは、その膝の上に飛び乗り、母親に抱きつく。
「まったく、うちの娘はどこでそういう言葉を覚えてくるんだ……」
サイラスがそう呟くと、マリエルが笑いをこらえるように口元に手を当てる。
確かに一瞬で幸せいっぱいな空気に変えてしまう娘は、最強なのかもしれない。
母親に抱きつき甘える娘の様子にサイラスの口元は、いつの間にか優しい笑みが浮かんでいた。
しかし三日後、サイラスは違う意味で娘の最強さを痛感することになる。
なぜなら再びセアラのカチューシャ自慢が始まってしまったからだ。
嬉しそうに毎朝カチューシャを見せびらかしてくる娘に引きつった笑みを浮かべながら、サイラスはその対応に一カ月間耐えしのぐことになった。
番外編までお読みいただき、ありがとうございます!
こちらの更新ですが、書き溜めストックがないため執筆終了後にその都度、更新するスタイルなります。
ペース的には週に一回くらいで、一話読み切りの本編のオマケ的なエピソードです。
恐らく5~6話くらい追記するかと思いますので、よろしければお楽しみください。
【※番外編更新からなろチア設定をオンにしてます※】
理由としては……オフにしても広告のウザさはあまり変わらない印象だったのでオンにしました……。
ただはち助作品に関しては、代表作と直近投稿した2作品しかなろチア設定しないマイルールを設けているのでご理解のほどよろしくおねがいします。





