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7.見えてきた現実

 入室してきたレスリーは、カレンがこの場にいることに怪訝そうな様子を見せた。

 あまり顔に感情が出ないレスリーの反応から、カレンがここにいることにかなり驚いていることをマリエルが感じとる。

 するとカレンが、被せるようにレスリーの質問に答えた。


「セイリーンが奥様を怖がっていたから私が代わってあげたのよ」

「怖がっていた? セイリーンさんが?」


 そんな二人のやり取りから、マリエルは使用人同士の関係性にある問題点があることに気づく。

 どうやらカレンは最初にマリエル付きになっていたセイリーンから担当を奪ったようだ。

 対してセイリーンは、レスリーと同じく男爵家の出なので伯爵家出のカレンの頼みを断れなかったのだろう。


 そんなカレンが、マリエルの担当を望んだのは忠義心によるものではない。

 記憶を失ったマリエルが以前に比べて大人しくなったという話を耳にし、嫌がらせ目的でセイリーンに交代を強要したと思われる。


 恐らく今の屋敷内では、使用人たちの間で身分による格差が発生しているようだ。

 先ほどの二人の会話でそのことに気づいたマリエルは、カレンに対する罪悪感を一瞬で消し去った。

 そして本来の気が強い性格を復活させ、すぐに反撃を開始する。

 

「カレン、確かあなたは伯爵家の生まれだったわよね?」


 突然マリエルから質問をされ身構えたカレンだったが、それはすぐに挑発的な笑みへと変わる。


「はい。奥様と同じ伯爵家の生まれでございます」

「ならば今まで自分と同じ家格だった私に仕えることは、さぞ屈辱的だったのではなくて?」

「まさか! 私は奥様と違って、そこまで狭量な人間ではありませんわ」

「あら、そう。でももし苦痛であれば、今後はサイラス様付きの担当に変更するよう私からテレーズに口添えをしてあげられるのだけれど?」


 カレンにとって魅力的な提案をしてみたが、彼女もバカではないようで警戒心をむき出しにする。


「なぜ、そのようなご提案を私に?」

「このお屋敷であなたよりも家格が上の人物はサイラス様だけよ。格下や同家格の人間に仕えることは伯爵令嬢のあなたにとっては屈辱的でしょう? それに私はこれまであなたにかなり酷いことをしてきたようだから、お詫びも兼ねて提案しているの」


 マリエルの真意を探るようにカレンが疑わしげに目を細める。

 するとマリエルは、わざとらしくにっこりと微笑んだ。

 ますます不信感を募らせたカレンだが、マリエルからの魅力的な提案を無視することはできなかったらしい。


「そうですね! そうやって一人ずつ使用人を懐柔し、自分が変わったアピールをされたい奥様に利用されるのもいいかもしれませんね! そのご提案、喜んでお受けいたしますわ」

「喜んでもらえて良かった! この後テレーズに配置換えの件を伝えておくから、早ければ今日の寝室の準備からサイラス様付きになると思うわ。これからもメディウム侯爵家のために忠義を尽くしてね?」


 目が一切笑っていない表情でマリエルが微笑むと、カレンが面白くなさそうに下げた食器をのせたワゴンに手をかける。

 それをマリエルは片手を上げて制止した。


「カレン、片づけはいいわ。レスリーにやってもらうから。あなたはもう下がっていいわよ」


 すると、カレンは不満そうな表情で頭を下げ、足早に部屋を出ていった。

 それを確認したマリエルは深いため息をつく。


「あの、カレンさんを旦那様付きにされてよろしいのですか?」

「ええ。だって彼女、サイラス様の後妻を狙っているのでしょう?」

「それをご存じなのに、なぜ……」

「ねぇ、レスリー。私はこの五年間、侯爵夫人としての役割を果たしていた?」

「えっ?」

「これまでの私は、女主人としてお屋敷の管理をちゃんとこなしていたかしら?」

「それは……」


 あまり感情を見せないレスリーの気まずそうな反応にマリエルが苦笑する。


「いいの。なんとなく覚悟はしていたから。でもそのせいで今のメディウム邸は使用人の質が下がっているのではないかしら」


 答えづらい質問内容にレスリーが肯定するように押し黙る。


「主を敬わないのも大いに問題なのだけれど、それ以上に気になるのが使用人たちの間で身分による格差が生じていることよ。そもそもなぜ伯爵家の令嬢がメイドとして採用されているの? 身分が高い彼女たちなら、本来は花嫁修業のために城勤めを希望するはずでしょう?」


 そんな主張をしながらマリエルは、カレンが下げたワゴンの上の料理を再びテーブルの上に並べ、先ほど残してしまった分を食べはじめた。


「カレンの様子から、自分よりも家格が低いメイド仲間に仕事を押しつけている印象を受けたわ。その状況が放置されているのは、私が屋敷の管理を怠っていたからでしょう?」


 マリエルの推察にレスリーが再び押し黙る。


「ならば、せめて離縁前に前侯爵夫人であるお義母様が管理されていた状況に少しでも戻さないと……。でも五年間も好き放題していた私の言葉では、誰も耳を傾けてはくれないわ」

「ですが、カレンさんを旦那様付きにされるのは……」

「レスリーは、私が挙式前に娘を妊娠した経緯を知っているかしら?」

「はい。先輩方からの噂で……」

「そんな私のせいで、サイラス様は女性に迫られると酷く嫌悪感を抱くはずよ。その状況でカレンがサイラス様を誘惑したらどうなると思う?」

「カレンさんは解雇……って、もしやその状況を狙われたのですか?」

「だって自業自得とはいえ、私が訴えても『また使用人いびりをはじめた』って思われてしまうでしょう? だったらカレンには身をもって自分の立場を学んで貰おうと思ったの」


 そう口するマリエルからは、先ほどまでの弱々しい雰囲気は一切ない。

 すると、この五年間のマリエルと雰囲気が重なったのかレスリーが身構えた。

 そんな反応をされたマリエルは、苦笑しながら補足する。


「もしかして今、私が記憶を失う前の状態に戻ってしまったと思った?」

「いえ……」

「この五年間の私がどんな人間だったかは、まだ思い出せないけれど……私、元からこういう性格なの。兄からは、よく頑固で気が強いとか無駄にお節介とか言われたわ」


 食事を終えたマリエルは、以前の平穏な暮らしを懐かしむように自分の性格を説明しながら、クローゼットに向かう。

 そしてその中から一番落ち着いたデザインのデイドレスを手に取った。


「奥様、それは私が――――」

「おまけに負けず嫌いな性格で、よく子供の頃に慕っていた年上のメイドの真似をしていたの。着替えはもちろん、料理や刺繍でも勝負をしていたから大抵の身の回りのことは自分でできるわ」


 そう言って一人で着替えをはじめてしまったマリエルを、レスリーが慌てて手伝いはじめる。


「奥様……これでは私の仕事がなくなってしまいます」

「あら、そうしたらレスリーは他の仕事に専念できるでしょう? あなたは真面目で仕事も丁寧だから、皆から重宝されているのではなくて?」


 マリエルが悪戯めいた笑みを向けると、レスリーが深いため息をつく。


「本日は昨日とは別人のように生き生きされていますね……」

「ええ。だって先ほどのあなたたちのやりとりで、自分にはやるべきことがあるって見えてきたから」

「『やるべきこと』ですか……?」

「今このお屋敷は管理を怠っていた私のせいで、身分が高い使用人が楽をして真面目な使用人が損をしている状況なのでしょう?」

「それは……」

「私は遅かれ早かれサイラス様には離縁されると思うわ。でもその前に……自分がめちゃくちゃにしてしまったお屋敷の体制を少しでも立て直したいの」


 まるで決意表明をするように力強く言い切ったマリエルが鏡台の前に座ると、レスリーが驚くように一瞬だけ目を見開く。

 だが、それはすぐに苦笑する表情へと変わった。

 表情変化が少ない彼女の珍しい反応に今度はマリエルのほうが驚いてしまう。


「奥様のお気持ちは、よくわかりました。それで……本日はどのような髪型になさいますか?」

「そうね。気合いを入れたいからキッチリとしたまとめ髪にしてくれる?」

「かしこまりました」


 心なしか笑みを浮かべたレスリーは、一瞬でマリエルの髪を美しく結い上げた。

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