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6.使用人からの報復

 翌朝、絶望しすぎて生気を失ったマリエルのもとに二人のメイドが挨拶にやってきた。


 一人は無表情でまったく感情が読めないレスリーというメイドだ。

 基本的にテレーズの手が離せない時は、彼女がメインでマリエルの世話をしてくれるらしい。

 手際がよく所作も美しいが、かなり事務的な対応をするのでマリエルをどう思っているかは読み取れない。


 もう一人は、小柄でオドオドした印象が強いセイリーンというメイドだ。

 仕事は丁寧だが、明らかに記憶を失う前のマリエルに辛く当たられた経験があるようで終始怯えていた。

 彼女はテレーズもレスリーも来れない時に臨時でマリエルの世話をしてくれるらしい。


 二人ともまだ二十代になっておらず、マリエルよりも年下だそうだ。

 だがセイリーンは、この初日以降やってこなくなった。

 代わりにやってきたのが……。


「奥様、お食事はもうお下げしてもよろしいですか? ほとんどお召し上がりになっていないご様子ですが」

「ええ……。今日もあまり食欲がなくて……残して、ごめんなさい」

「いい加減になさってください。いくら記憶をなくされたとはいえ、今さら悲劇のヒロインぶられても、この邸の者は誰も奥様に同情などいたしませんよ? それだけ酷いことを奥様は使用人たちにしたのですから!」

「…………」


 嫌悪感をむき出しにしながら食事を下げるメイドの言葉にマリエルがうつむく。

 セイリーンの代わりにやってきたのは、カレンというメイドだった。

 なんでもマリエルの世話を完璧にこなす自信がないとセイリーンが思い詰めていたので、交代を申し出たらしい。


 マリエルが記憶を失ってから一週間が経つが、その間カレンは三回ほど朝食を運んできた。

 だが、彼女は記憶を失う前のマリエルに酷い扱いをされたようで、かなり当たりが強かった。

 その復讐のような辛辣さは食事を運ぶ回数を重ねるごとに酷くなっている。


 世話係に関しては、なるべく遺恨が少ない使用人が手配されているはずなのだが、これまでのマリエルの使用人に対する接し方が酷かったようで、カレンのようなメイドでもマシな部類に入るらしい。

 元伯爵令嬢のマリエルに対してこのような態度をとれる彼女は、同じく伯爵家の生まれで年齢も同じだそうだ。


 しかしいくら同家格の家の生まれとはいえ、今は侯爵夫人であるマリエルに対しては目に余る接し方だ。

 これではメディウム侯爵家の使用人の質が疑われてしまう酷さである。

 対してもう一人のメイドのレスリーは、私情を挟まず黙々と仕事に徹してくれていた。

 侯爵家ともなれば、本来レスリーのように忠義に厚い者しか使用人として選ばれないはずなのだ。


 では、なぜカレンのようなメイドが雇われ続けているのか。

 その原因は、これまで屋敷の管理を取り仕切る女主人がまったく仕事をしていなかったからだ。

 つまり、それは現メディウム侯爵夫人のマリエルのことである。


 本来のマリエルであれば、ここまで態度の悪い使用人には毅然とした態度で対抗できる気が強い性格だ。

 しかし現状は、どうしても強く出ることができなかった。

 それはこの五年間の自分が、どれだけ酷いことを使用人にしていたかの記憶がないことが大きく関係している。


 今のマリエルがカレンのような使用人を注意しても、これまでやりたい放題だった女主人の言葉など誰も耳を貸さないだろう。

 マリエルのほうも自分のおこないを棚に上げて注意することには、自分自身が納得できない。


 しかし主人を蔑ろにする使用人を野放しにすれば、侯爵家の威厳に関わる。

 それを理解しているにもかかわらず、マリエルがカレンの嫌味を甘んじて受けているのは、自分が実の娘を虐待していたことに打ちのめされていたからだ。


 娘を冷遇していた自分など、どんな扱われ方をされても仕方がない。

 そんな考えから、ここ一週間のマリエルはカレンからの辛辣な言葉を甘んじて受け入れていた。

 すると、言い返してこない主に味をしめたカレンが、さらに調子づく。


「奥様は凄いお方ですね。メディウム侯爵家の資産を湯水のように使っただけでなく、最後は記憶をなくされ逃げ切ったのですから。そのせいでサイラス様が領地運営にどれほど苦労されているかも忘れてしまったのですか?」


 聞き捨てならない話に驚きながら、マリエルがゆっくりとカレンに視線を向ける。


「それは……どういうこと? 私、領地の運営資金にまで手を出していたの!?」

「まぁ! 本当にご自身の都合の悪いことはお忘れになっているのですね! 奥様はセアラ様をご出産後、すぐに社交界に復帰されましたが、ドレスや装飾品類を大量に購入されたり、頻繁に保養地で豪遊されたりしていらしたではありませんか! それがどれほどこのメディウム家の負担になっていたか、すっかりお忘れなのですね!」


 その話にマリエルは勢いよく立ち上がり、クローゼットの中を確認する。

 すると、パンパンに詰め込まれた華美なデザインのドレスと、一度も開けられた形跡のないリボンでラッピングされた箱が大量にクローゼットの中に積まれていた。

 その状況を目にした瞬間、マリエルは膝から崩れ落ちる。


「これを……すべて私が購入したの? そ、そんなっ……!」


 今のマリエルであれば、絶対に選ぶことのない色とデザインのドレス。

 目についた装飾品も無駄に大きな宝石ばかりが施され、侯爵夫人として身につけるにはあまりにも品のないデザインである。


 どうやらこの五年間のマリエルは、今の自分とは別人のようにかけ離れた人間性だったらしい。

 好みや性格、周囲への振る舞い方も何一つ共感できない。

 そんな絶望的な様子のマリエルにカレンが満足そうな笑みを浮かべる。


「奥様は三カ月ごとにこの量でお買い物をされ、その後は一度も使わずに売り払い、再び同じ量のドレスや宝飾品を購入されておりました。いくら三大侯爵家といわれるメディウム家でも財政難に陥ります。そんな女性に仕えなければならない私たちの気持ちが、奥様にわかりますか?」


 カレンの言い分が正論すぎるため、自分を責めるようマリエルが押し黙る。

 その状況を好機と言わんばかりにカレンは、さらに追い打ちをかけてきた。


「これまではサイラスさまも多忙だったため、奥様の浪費対策まで手が回らないご様子でした。ですが、セアラ様の件が明るみになった以上、奥様は離縁される可能性を覚悟されたほうがよろしいと思いますよ?」


 勝ち誇るような笑みを浮かべながら食器を下げるカレンの言葉を、マリエルは無表情で聞き流す。

 そもそも離縁の覚悟など、マリエルはとうに出来ていた。


 これまではマリエルとの結婚が王令だったため、サイラスも離縁を口には出来なかった。

 だが今回の娘の件で、事態は一変するのでサイラスも王家に離縁を訴えやすくなったはずだ。


 誰がどう見てもマリエルの侯爵夫人という立場は風前の灯である。

 それをわざわざ嫌味たらしく強調してくるカレンは、よほど酷い扱いを受けたのだろう。

 そんな考えに至ったマリエルは、カレンがぶつけてくる不満を甘んじて受けるしかなかった。


 だが、マリエルのその考えはノック音と共に入室してきた人物が驚きの表情を浮かべたことで一変する。


「失礼いたします。手が空きましたので、担当の交代――――えっ? なぜカレンさんが、こちらに?」


 入ってきたのは、マリエルの世話をメインで任されているもう一人のメイドのレスリーだった。

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