69.聖女の力
セアラの豊穣の力なのか、どこからか伸びてきた大人の親指ほどの頼りない一本の茨がリーベの腕に絡みつく。
よく見ると、その茨は先ほどまで室内の花瓶に活けられていたバラの茎から新たに芽吹いたものが急成長したもののようだ。
その茨をリーベは意地の悪い笑みを浮かべ、一瞬で枯らしてしまう。
まだ幼いセアラにはリーベを封印するまでの力はついていないようだ。
黒の魔女と幼い聖女の力の差に室内が絶望に包まれる。
「あらあら~、こんな細い茨でしか私を閉じ込められないなんて、小さな聖女さんは本当に惨めで憐れね~?」
セアラを嘲笑うように枯れた茨のツルを振り払ったリーベは、今度は標的をセアラに変えて襲ってきた。
だが、それは外から大量に伸びてきた茨に阻まれ、リーベはあっという間に茨に絡めとられる。
「セアラ、聖女様じゃないもん! お母様の子だもん! お母様、とっても強いからセアラも強いんだから!」
そう叫んだセアラは、さらに茨を急成長させる。
対するリーベはセアラが成長させた茨で全身を覆いつくされるも、また一瞬で枯らして拘束を逃れる。
「まだ子供のくせに……なんて忌々しいの!」
室内を逃げ惑うリーゼを捕縛しようと茨も急成長しながら、その後を追う。
だが茨で逃げ場がなくなると、リーベは窓から室内に侵入していた茨を枯らし外に飛び出た。
そして大量の黒い煙を城中心にまき散らし、周辺の作物を一瞬で枯らしてしまう。
「これでしばらく茨は育たな――――」
そう言いかけたリーベの足にどこからか伸びてきた茨が再び絡みつく。
「まったく! なんてしつこい茨なの!!」
忌々しそうに吐き捨てたリーベは、その茨も枯らし足から振りほどく。
だが周辺に目を向けた瞬間、リーベは驚くように目を見開いた。
「どうして……? だってここ一帯の植物は、今すべて枯らしたのに……」
先ほど黒い煙で枯らした植物たちは、すぐに若葉を芽吹き青々と育っていた。
気づけば空も清々しいほどの晴天を取り戻している。
そんな光景に呆然としたリーベに一斉に茨が襲いかかり、その姿を覆いつくす。
しかし、しばらくすると茨の塊は茶色く変色し崩れ落ちた。
その中から飛び出たリーベは、両手で空を切り裂くように大量の黒い煙をまき散らす。
再び城周辺の草花が一瞬で枯れるが、すぐに下から新芽が顔を出し、青々とした葉をつけ伸びはじめた。
「くっ……! どうなってんのよ!! これじゃ、きりがないじゃない!!」
全方位から襲いかかってくる茨を黒い煙で散らしたリーベは屋外では分が悪いと判断し、先ほどまでいた部屋に戻ろうとした。
すると、窓から自分を見据えるセアラと目が合う。
「黒い人……逃がさないもん!!」
そう叫んだセアラは、両手をリーベに向かってゆっくりと真上に掲げ、勢いよく振り降ろす。
すると、大量の茨がリーベに向かって伸び、その体に絡みつこうとした。
それを黒い煙で枯らしながら蹴散らしたリーベは、真っ赤な瞳をギラつかせながらセアラに一直線で向かってきた。
その恐ろしい状況に思わずマリエルが叫ぶ。
「セアラ!!」
「大丈夫! セアラ、負けない!」
部屋に突っ込んできたリーベの全身をセアラの茨がのみこむ。
その度にリーベは茨を枯らすが、すぐに新たな茨が伸びてくるので、二人は何度もその攻防を繰り返した。
すると、リーベがこれまでで一番濃厚な黒い煙を全身から大量に放ち、城周辺の植物を一気に枯らした。
一瞬、訪れた静寂にリーベは射貫くような鋭い視線をセアラにぶつける。
「いいわ……。どちらが先に力尽きるか勝負しましょう? 小さな聖女さん」
「セアラ、聖女様じゃないもん!」
セアラが再びリーベに茨をけしかけると、先ほどとは比べ物にならないほどの速さで枯れては成長を繰り返す。
そのあまりにも激しい攻防をマリエルたちは呆然としながら見守ることしかできなかった。
すると、茨の枯れる頻度が下がりはじめる。
「お前……一体なんなの!? 子供のくせに……どうしてエティカの娘と同じくらいの力を――」
そう言いかけたリーベは、一瞬だけ驚きの表情を浮かべた。
そしてなぜかセアラからマリエルに視線を移し、憎悪に満ちた目で睨みつけてきた。
「マリエル、あなたのせいね……?」
「えっ……?」
「母親のあなたが生きているから……あなたが無駄に愛情とやらを注いだから、この子供はこんなにも力が強くなってしまったんじゃない!!」
部屋がビリビリするほどの怒声で叫んだリーベが、再び大量の黒い煙を放つ。
そして茨から解放されると同時に憤怒の表情でマリエルに突っ込んできた。
だが、マリエルの首に手をかける直前に、リーベは再び茨に足をとられ引き戻される。
「お母様に触らないで!!」
「人の子の分際で私に指図するなぁぁぁぁ!!」
リーベは黒い煙をまき散らし、体をよじらせながら逃れようとした。
だが、セアラの茨はあらゆる方向から成長し、容赦なくリーベの体を締め上げる。
「もうセアラの大好きな人たちに酷いことなんてさせない……。セアラ、あなたのこと絶対に許さないんだからぁぁぁ!!」
セアラがそう叫ぶと茨はリーベの全身をのみ込み、部屋の中心に巨大な茨の塊が現れる。
すると、室内に一瞬の静寂が訪れた。
「お、終わったのか……?」
唖然としながらサイラスが呟くと、再び茨の塊が茶色に変色する。
だが、その上からすぐに青々とした茨が絡みつき、茨の塊は何度も茶色と緑に色を変えた。
その間、一瞬だけ苦悶の表情を浮かべたリーベが顔を覗かせたが、すぐに茨にのみ込まれる。
頻繁に死と再生を繰り返す茨の塊だったが、徐々にその頻度は下がり、最終的には青々とした茨の塊にとどまった。
すると、先ほどの攻防戦が嘘だったように室内が静まり返る。
窓ガラスは砕け落ち、茨が暴れたことで物が散乱した室内は黒の魔女と聖女の戦いが、いかに激しいものだったかを物語っていた。
そんな大役を勝手に背負わされたセアラは、まだ六歳という幼い身でやりきってくれたのだ。
「セアラ……」
娘が無事だったことと、自分がなにも出来なかった不甲斐なさでマリエルの視界が歪む。
すると、我に返った国王が部屋の外に向かって叫んだ。
「皆、もう部屋に入っても問題ない! そしてこの茨の塊を城内にある広い敷地に運んでくれ!!」
どうやらこの間、部屋の外では護衛や警備の人間がかなり待機していたようだ。
だが、援護で入ってもリーベに生命力を奪われ、逆に力をつけさせてしまうと判断した国王は室外に待機させていたらしい。
ぞろぞろと室内に入ってくるガタイのよい騎士たちの様子をマリエルは茫然としながら眺めていた。
すると国王が騎士たちにある指示を出す。
「その敷地には火を放てる道具の準備と、できるだけ多くの消火要員を待機させておいてくれ!」
あまりにも残酷なことを彷彿させる指示内容にマリエルは耳を疑う。
「陛下、お待ちください! まさかこの茨に火を放つのですか!? それでは中のリーベが!」
「焼き殺すわけではない……。今のリーベは茨に力を吸収され、肉体を失っている状態なのだ。過去にこの状態で地下牢に隔離していたことがあるが数年で復活してしまい、再びその代の聖女が封印したという事例が残っている。以来、リーベを封印した茨は、代々王家では焼き払うことになっているんだ……」
「それでまた……何百年後にリーベは復活するのですか……?」
「ああ……。だが、その時は、また聖女が現れているはずだ」
黒の魔女と聖女の戦いは永遠に続く。
王家もその状況にずっと歯がゆい思いをしているようで、国王が悔しそうな表情を見せる。
すると、茨を運び出そうとしている騎士たちの前に小さなセアラが立ちはだかった。
「ダメ! それ、燃やさないで!!」





