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【本編完結】記憶を失くした悪妻侯爵夫人は冷遇していた娘を溺愛する  作者: もも野はち助
【本編】

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68.八百年前の悲劇

【※今回、残酷な描写が一部ございます※】

 苦手な方はご注意を!

 リーベの告白に室内が息をのむように静まり返る。

 だが、その静寂はサイラスによってすぐに打ち砕かれた。


「なるほど? あなたは女神でありながら人を一人殺めているのか」

「違うわ! 私、ユランを殺す気なんてなかったの!!」

「だが、彼は死んでいるのだろう?」

「だって……ユランがあの女を庇うから!」

「あの女?」

「ユランにまとわりついていたエティカよ!!」


 リーベが訴えるように叫ぶと、再び黒い煙が彼女を中心にブワリと広がる。

 その度に外の草花や木々が悲しげな茶色に変色していった。


「では、なぜユラン王子は、そのエティカという女性を庇ったと思う?」

「それは……私が彼女を殺そうとしたから……」


 先ほどまで怒りをまき散らしていたとは思えないほどの小さな声でリーベが呟く。

 その返答にサイラスは、噴き出しながら豪快に笑い出す。


「ふはっ! あはははは! これは傑作だ! まさか女神という身でありながら、あなたは二人も人間を殺めたのか!」

「違う! ユランは……ユランは本当に殺すつもりなんてなかったのよ!」

「だが、殺した。そしてすぐにエティカという女性も殺したのだろう? あなたが愛する人間が命をかけて守ろうとした女性を!」

「仕方がないじゃない!! だってエティカがユランのことを諦めないから!」


 女神を煽るような会話展開をする夫に冷や冷やしながら、それをマリエルは見守る。

 もしリーベが逆上すれば夫は殺されるかもしれない……。

 妻がそんな不安に苛まれているなど知らない夫は、さらに女神を責め立てた。

 どうやらサイラスは、リーベが自分には攻撃してこないことを見抜いているようだ。


 聖女の父である八百年前の王太子と夫の顔立ちは生き写しのように似ているらしい。

 現状のリーベは、八百年前に殺したユランという王太子に責められているような感覚なのだろう。

 それをよく理解した上でサイラスは、リーベを追い詰めている。


「先ほどあなたは、我々に豊穣の力を奪われたと喚いていたが、それは本当なのか?」

「本当よ! 私がエティカの胸をこの手で貫いた時、あの子供が母親の体を介して私の力を吸い上げるように奪ったのよ!!」


 その瞬間、マリエルはセアラの頭を抱きかかえるようにその両耳を慌てて塞いだ。

 とてもではないが、今のリーベの話は幼い子供に聞かせられないほど残酷なものだった。

 室内にいる大人でさえ、その残虐すぎる女神の話に顔をしかめている。


 そして意外だったのは、国王夫妻もそのことを知らなかったことだ。

 恐らく駆けつけた第二王子が凶器を見つけられなかったので、殺害方法は不明とされていたのだろう。


「二人とも……素手で殺したのか……?」

「私は神よ。当時この世界には、私の体を傷つけられる物なんてなかったの。今は人間のような軟弱な作りになってしまったけれど……それでも他の生き物から生命力を奪えば、すぐに修復できるわ! お前たちのように一度破損したら終わりではないのよ!」

「ユラン王子も……その手で胸を一突きして殺したのか……?」


 すると、はじめてリーベが悔やむような表情を見せた。


「ユランは殺したくなかった……。彼は、私が見守っていた土地にはじめてできた国の王と王妃の子供なの。親と同じように私に毎日感謝の祈りを捧げてくれた。誰よりも私を熱心に信仰してくれたの……。そしてとても素敵に成長していった」


 そこまで静かに語ったリーベだが、急に強い視線でサイラスを見据える。


「いつしか私は見守るだけでは満足できなくなっていたの……。ユランの隣にあのエティカという女が現れてからは、特に! あの女は誰よりもユランの近くにいた。私は触れることができないのに彼にたくさん触れていた……。あの女が触れるたびに彼が汚れていくような気がした! 彼の側にいていいのは、この私よ! あの女じゃない!! だから私は……神界の掟を破って地上に降りたの」


 どうやらリーベは地上に降りた時点で神々の掟を破っていたらしい。

 人間に恋をして地上に降り、挙句の果てに女神という立場で二人も殺めたのだ。


「神々にとって殺生は禁忌とされているのではないのか……?」

「ええ、その通りよ……。でも私は地上に降りたことで、すでに罪を犯している。それほどの覚悟を持ってユランに会いにいったのに……」

「ユラン王子が選んだのは、婚約者のエティカという女性だったというわけか」

「違う!! ユランはエティカを選んでなんかいない!! 彼は……彼はあの女に騙されたのよ!!」

「騙されていた? なにを根拠にそう思う?」

「だって! 女神の私に愛されているのにそれを受け入れないなんて、そんな人間いるわけないじゃない!! ユランはいつも私に感謝の言葉を捧げてくれた! 私が地上に降りた時は、誰よりも親身になって気遣ってくれたもの!」


 リーベの主張にその場にいた誰もが、当時どのような状況であったかを察してしまう。

 王太子ユランは、地上に降り立ったリーベとは恋仲になどなってはいない。

 むしろ誠実に婚約者との関係を続けていた。

 その証拠に彼は自身の婚約者であるエティカとの間に子を設けている。


 だが、国に恩恵をもたらすリーベの化身と偽った女神を邪険にもできなかったのだろう。

 女神の化身として丁重に扱っていたら、リーベに好意と勘違いされてしまったようだ。

 そんな女神の独りよがりな言い分は、さらに続いた。


「エティカがいたからユランは私を選べなかったのよ! だから、あの女を排除しようと私は色々やったわ。食事に毒草を入れたり、窓から突き落とそうとしたり、寝ている部屋に火を放とうとしたこともあった……。そうしたらあの女、それをユランに訴えたのよ!」


 自分の行動は正当なものだと主張する女神に、マリエルたちは困惑する。

 そんな周囲の反応に気づかないリーベは、さらに自分は被害者だと訴えた。


「その後、二人はいつの間にか城からいなくなっていた……。誰に聞いても二人の居場所を教えてくれない。それどころか皆、私を避けだした! 最初は私を奇跡の存在だと褒めたたえていたくせに……なぜ急にそんな扱いをされなければならないの!? 私は豊穣の女神よ!? 人間は皆、私を慕うのが当然でしょ!? それなのに……全部エティカが騒いだせいよ!!」


 あまりにも自分本位な主張をする女神に全員が憐れむような視線を向ける。

 どうやらこの女神の精神年齢は永遠に少女のままのようだ。

 幼さゆえの純粋さと残虐性、それを同時に持ち合わせている状態である。

 さらに厄介なのが、神は無条件で人間から愛されるのが当然だと思い込んでいるようだ。


「私は二人を必死に探したわ……。一年ほどかかってやっと二人が、この国の端にある屋敷でひっそりと暮らしていることを知ったの。私はすぐに向かい、まずはユランを連れ帰ろうとした。でも彼はうなずいてはくれなかった。エティカに子供ができたから離れられないって……。だから私、エティカと子供を殺してしまえばいいと思ったの。でもエティカの胸を一突きしようとしたら……ユランが前に飛び出してきて……」


 そこでリーベはキュッと唇を引き結ぶ。

 ユランを手にかけてしまったことは後悔しているようだが、エティカを殺そうとしたことに対しては罪悪感は生まれないようだ。

 その異常すぎる彼女の思考が人間ではないことを物語っていた。


「私、泣きながら何度も謝ったわ……。殺す気はなかったって。でもユランは私を一切見ようとしなかった。虚ろな瞳で何度もエティカの名を呼んでいたの……」


 悔しそうに語ったリーベは、王太子と同じ顔をしているサイラスを真っ直ぐ見据える。


「どうして? 彼を一番愛しているのは私よ!? それなのに……なぜ彼が求めたのはエティカだったの!? そんなの……おかしいじゃない! きっとエティカが甘い言葉でユランをたぶらかしたのよ!! あの女さえいなければ……ユランは私と幸せになれたのに!!」


 もはや病的としか言いようがないリーベの王太子ユランに対する執着心に、マリエルたちは言葉を失う。

 八百年前の悲劇は、すべて豊穣の女神の独りよがりな想いが招いた嫉妬が原因だったのだ。


「それなのに……ユラン王子が必死に守ろうとしたエティカという女性までも殺したのか?」

「許せなかった……。私が何度も呼びかけてもユランは一切反応しないのに……エティカが駆け寄ると、彼は必死にあの女を求めたわ! そしてあの女は、子供は絶対に自分が守ると彼と約束をしていた……。でも腹の中の子は、ユランがあの女に穢された証なのよ!? そんなおぞましい存在を産み落とそうとするなんて……許せるわけないじゃない!!」


 発狂するように叫んだリーベは、これまでで一番濃厚な黒い煙を周囲にまき散らした。

 その影響なのか、空も一気に薄暗くなる。


「だから今度はあの女の腹を狙った。でも直前で屈まれて狙いが胸のほうへずれたの……。その瞬間、私は力がごっそり奪われるのを感じた。慌てて腕を引く抜こうとしたけれど、エティカはさらに体を丸め、自分の体から私が腕を引き抜けないようにしたのよ!」


 そのあまりにも残酷すぎる話にマリエルは片手で口元を抑える。

 すると、両耳を解放されたセアラが不思議そうに母を見上げた。


 エティカという女性がそのような行動に出たのは、自分が死んだらすぐにお腹の子が狙われることを懸念したからだ。

 そのため少しでも我が子が生き残れる可能性を考え、必死でリーベの動きを封じようと時間稼ぎに出たのだろう。

 しかし体を突かれたまま、何度も腕を捻られたら発狂するほどの痛みがあったはずだ。


 そんな残虐な行為をこの堕ちた女神は平然と彼女にやってのけたのだ。

 リーベは神という存在だからか、人間の持つ感覚を一切持ち合わせていない。

 肉体が滅びても復活させられるリーベは、死に対する苦しみや恐怖心を持ち合わせていないのだろう。


「なんて……なんて酷いことを!!」


 涙目になりながらマリエルが訴えると、リーベが真っ赤な瞳をギロリとさせる。


「なにが酷いの? 酷いのはエティカじゃない!! あの女は、腹の子が私の力を吸い取っていることに気づいて、私が腕を引き抜けないように妨害したのよ!? その後、やっとあの女の体から腕を引き抜けたと思ったら、今度は突然現れたクルトに剣で切りつけられ、私は必死でその場から逃げたわ! 豊穣の女神であるこの私が! たかが人間ごときに脅威を感じたなんて、どれほどの屈辱かお前たちにわかる!?」


 クルトというのは、伝承でエティカの子を取り上げたことになっている第二王子のことだろう。

 単身で乗り込んできたことを考えると、兄夫妻の居場所がリーベに知られたことに気づき、慌ててあとを追ってきたようだ。

 恐らくもうこの時点で、王位は第二王子が継ぐと決まっていたのだろう。

 王太子が城を出ていることから、王位を継ぐことを辞退していることがわかる。


 それほどの覚悟を決め、手に入れようとした王太子の幸せを粉々に壊しておきながら、この女神は未だに自分が被害者だと思っている。

 人間の感覚でいうならば、正気とは思えない状態だ。


「その後、私がどんなみじめな生活を送っていたと思う? 力を奪われたせいでこの姿になった私は、どこに行っても不気味がられた……。以前、豊穣の舞をしてあげた村人でさえ、気味が悪いと私に石を投げつけてきたのよ!?」


 どうやらリーベは、今の禍々しい姿になってしまったのは力を奪われたせいだと思っているようだ。


「頭にきて私はその村人に掴みかかった。そうしたら、その村人から生気が消えていったの。そこで私は自分が生き物から生命力を奪えることを知ったわ。そしてどうしても以前の姿に戻りたかった私は、色々な生き物から力を抜き取った。でも……元の姿には戻れず、生命力を奪う私はますます周囲から嫌われていった。死ぬことも歳をとることもない私は人目を避け、山奥でひっそりと暮らすしかなかったわ……」


 いかに自分が不幸だったかを語る女神だが、マリエルたちには自業自得としか思えない。

 神界の掟を破って地上に降りてきた挙句、人間を二人も殺しているのだ。

 邪神のような姿になってしまったのは力を奪われたからではなく、殺生によってリーベの魂が汚れたからではないかと考えてしまう。


「そんな生活を二十年も強いられていたある日、私は生命力を奪うだけでなく、植物などを枯らす力があることにも気づいたの。そしてある考えを思いついた。女神である私を拒絶するこの国など滅ぼしてしまえばいいと……」


 枠組みだけとなった窓に視線を向けたリーベは、真っ赤な瞳に不穏な光を宿す。

 現在、外はセグレート城を中心に草木が枯れはじめ大騒ぎしている。

 その状況は、まさに『黒の魔女と聖女』の絵本の始まりを彷彿させる光景だった。

 そんな黒の魔女の元となった女神リーベは、さらに語る。


「私は二十年間溜めた生命力を使って、この国の森や田畑を枯らしはじめた。食べ物がなくなって苦しむ人間の姿は見ていて、とても楽しかったわ! でも、そんな私にエティカの娘が立ちはだかってきた……。あの娘は私から奪った力を使い、森や田畑を復活させていったの。人間の分際で……あの娘は、女神である私の力を我が物顔で使っていたのよ!? それが許せなかった私は、あの娘を殺して自分の力を取り戻そうとした。そうすれば以前の姿にも戻れると思ったから! でも――」


 そこで言葉を溜めたリーベは、ギロリとマリエルに守られているセアラを睨みつける。


「あの娘は私の力で急成長させた茨で私を閉じ込めた。その茨に殆どの力を奪われた私は肉体を失い、羽虫のような弱々しい姿にさせられたの……。そこから十年、やっと私の力を持つ者に憑りつけば肉体を復活されられることが分かって、必死で百年以上も力をかき集めた。だけど肉体が復活すると、必ずエティカの娘の魂を持った者が現れる。そしてまた茨に閉じ込められ、肉体を奪われる……」


 そう言って少しずつ室内を上昇していったリーベは、天井にぶつかりそうなギリギリのところで止まった。

 その動きに警戒しながらマリエルが身構えていると、リーベが凶悪な笑みを見せる。


「この五百年間、私は何度もそれを繰り返させられてきたのよ!!」


 突然リーベは声を荒げると、マリエルたちに向かって突っ込もうとしてきた。

 だが、すぐに王家の影たちが動いてマリエルたちを守ろうとする。

 しかし二人はリーベが小さく放った黒い煙で視界を塞がれ、すぐに首を掴まれた。


「死にたくなかったら邪魔をしないでちょうだい……」


 そう言って一気に生命力をギリギリまで奪ったリーベは、二人を壁に向かって放り投げる。

 そして再びマリエルたちに向かって突っ込んできた。

 だが、その直前でサイラスがリーベのドレスの裾を引っ張り、妻たちへの突進を妨害する。


「まぁ、サイラス。私と遊びたいの?」


 ニンマリと笑みを浮かべたリーベは瞬時にサイラスと距離を詰め、その首を掴む。


「くっ……」

「ふふっ! 本当に顔だけはユランとそっくり! そうだわ。もしこの国を滅ぼしても、あなただけは助けてあげる。そして私と二人きりで、この国で楽しく暮らしましょう?」

「ふざ…け……るな……」

「サイラス様!!」

「あらあら。マリエルはうるさいわね。夫が女神の捧げものに選ばれたのだから、もっと喜びなさい?」

「ふざけないで!! あなたなんかに……あなたみたいな忌み嫌われている女神なんかに夫は絶対に渡さないわ!!」


 すると、リーベは真っ赤な瞳をカッと見開き血走らせる。


「誰が……忌み嫌われている女神だと……?」

「あなたよ!! 愛した王子にも受け入れてもらえず、ずっと見守ってきたこの国の民にも拒絶され、どこへいっても一人ぼっち。最高神にも見捨てられ、神ですらなくなった黒の魔女リーベ、あなたのことよ!!」


 夫を救うため敢えて女神を煽ったマリエルは、素早くセアラを自分から遠ざける。

 すると、瞳孔が開いた状態のリーベが怒りで奥歯をガタガタいわせた。


「人間風情が……戯言を申すなぁぁぁぁ!!」


 そしてあっという間にマリエルと距離を詰め、その細い首を掴んだ。


「っ……くっ……」

「お前からは生命力など取らない……。このまま首をへし折ってやる!!」


 そう宣言したリーベはマリエルの首を掴んだ手に容赦なく力を込め、ゆっくりと上昇しはじめた。


「……っ! マリィィィィー!!」


 咳き込みながらサイラスが悲痛な声を上げる。

 だが次の瞬間、リーベの体がなにかに引っ張られるように後ろに傾いた。

 その反動でマリエルの首が手から離れる。

 座るような体勢でビタンと床に落とされたマリエルが激しく咳き込んだ。


「かっ……はっ……」


 だが、なぜリーベが急に自分を解放したのかわからない。

 涙目になりながら状況を確認しようと、顔を上げたマリエルは目の前の光景に絶句した。


 そこには、片腕を茨に取られた女神リーベと、母親を庇うように足で踏ん張り、両手を天にかざす娘の姿があった。

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瞬殺された断罪劇の後、殿下、
あなたを希望します


  ISBN:9784434361166
 発行日:2025年7月25日
 お値段:定価1,430円(10%税込)
 出版社:アルファポリス
レーベル:レジーナブックス

★鈍感スパダリ王子✕表情が乏しい令嬢のジレジレ展開ラブコメ作品です★

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