63.お兄様なお友達
セアラが豊穣の乙女の鑑定を受けてから一週間後。
王太子の婚約者候補としての噂が広がってしまった姪を心配して、義姉のフリーデが息子と娘とともにメディウム侯爵邸を訪ねてきた。
「マリーには覚悟はしたほうがいいと伝えたけれど……まさかこんなにも早く王家が動くとは思わなかったわ……」
「私もです……」
中庭の一角で、弟のルイスとフリーデの第二子フランに取り合いされてを困惑した笑みを浮かべているセアラに目を向けながら、マリエルたちは深いため息をつく。
「当のセアラはレオンハルト殿下との婚約をどう思っているの?」
「それが……お兄様みたいなお友達という感覚で、今のところ恋愛感情などは抱いていない状態です」
「まだ六歳だものね……。まぁ、早い子はそれぐらいで初恋を経験する子もいるけれど、マリーの血を引いているのであれば、セアラは恋よりも外で駆けまわって遊ぶほうへの興味が強いと思うから、そこは安心かも」
「お義姉様……それはどういう意味でしょうか?」
婚約する前の兄夫妻は、マリエルも含む幼馴染という関係であった。
そのためフリーデは、幼少期の頃のお転婆だったマリエルのこともよく知っている。
「セアラは、見た目はサイラス様似になのに中身は幼い頃のマリーそっくりになっていくわよね……」
「残念そうに言わないでください……」
そんな会話をしていたら、同じテーブル席に着いて静かに本を読んでいた甥のルドルフが話に入ってきた。
「マリエル叔母様……セアラって王太子殿下と婚約しちゃったの?」
悲しそうに質問してきた甥にマリエルはある可能性を感じとる。
「こ、婚約はまだしていないのよ!? あくまでも候補なの! だ、だからね、ルドが悲しむことは……」
すると、なぜかルドルフがマリエルに白い目を向けてきた。
「叔母様……もしかして僕がセアラと結婚できないって悲しんでいると思ってる?」
「ち、違うの!?」
「確かにセアラは見た目は可愛いし好きだよ? でもそれってフランに対する好きと一緒なんだよね……」
そう言ってルドルフは、ルイスとセアラを取り合いしている自身の妹にチラリと目をやる。
「そ、それじゃあ、なぜさっきはガッカリしていたの!?」
「だって……僕、来年入学する王立アカデミーでレオンハルト殿下と同学年になるんだよ? そうしたらセアラの従兄ってことで声をかけられちゃうよ……」
「ルドは、殿下にお声がけいただくのは嫌なの?」
「うん……。僕、できれば静かに学園で過ごしたい。でもセアラが子供向けのお茶会に参加しはじめてから、色んな子からセアラのことを聞かれて、すぐ人に囲まれちゃうんだ……。これで殿下からも学園内で声なんてかけられたら、セアラのことを好きな子だけでなく、殿下に取り入ろうとしている子たちにも絡まれちゃうよ……」
そう言ってルドルフは、読んでいた本をテーブルに立てたまま眉間に深い皺を刻む。
どうやらセアラは、年の近い子供たちの間でもかなり注目されているらしい。
特に男の子からは、あの天使のような容姿でかなり人気があるようだ。
一方、二年前まで人見知りが激しく内向的だったルドルフは、社交性が高いセアラの影響で大分人見知りを克服したが、なぜかおじいさんのような落ち着きある成長の仕方をしている。
そんな甥は、現在本の読み過ぎでメガネをかけているが、両親である兄夫妻がそこそこ整った顔立ちをしているので、どちらかといえば将来有望な容姿をしていた。
読書好きなので同年代の子供たちの中では学力が高く、しかも叔母のマリエルが三大侯爵家に嫁いでいるため子供同士を交流させて繋がりを持ちたいと思っている親が多いようだ。
ただでさえ侯爵令嬢のセアラと従妹関係というだけでも注目されていたルドルフ。
だが、今回その従妹のセアラが王太子の婚約候補者に選ばれたとなれば、周囲どころかレオンハルトからも側近として目をつけられる可能性が高い。
どうやらルドルフは、その状況をかなり懸念しているようだ。
「僕、なるべく目立ちたくないのに……セアラがすごく目立つから、その従兄ってことで人が集まってくるんだよね」
「ご、ごめんね! でもセアラも好きで目立っているわけではないから!」
「なぁーに? 今、セアラのこと呼んだ?」
マリエルたちのもとに戻ってきたセアラが、自分の名前が出たことに反応しながらテーブル席に着く。
その後ろをフランとともにヨチヨチと追ってきたルイスをマリエルは抱き上げ、膝の上にのせた。
フリーデも自分の娘を抱き上げて息子の隣の席に座らせると、不思議そうな顔を向けてきた姪の質問に答える。
「セアラが王太子殿下の婚約者候補に選ばれて、すごいって話していたのよ?」
「それって、すごいの?」
「うん! だってもしそのまま王太子殿下と婚約が決まったら、セアラは将来この国の王妃様になっちゃうんだもの!」
「お、お義姉様!」
「あら、だってそうでしょう?」
フリーデが茶化すように言うと、なぜかセアラは暗い表情を浮かべる。
「もし王妃様になったら……セアラ、お母様やルーと離れ離れになっちゃう?」
「「えっ?」」
「だって、王妃様になったらお城で暮らさないとダメでしょ? そうしたらセアラだけ、お家違っちゃうもん……」
シュンとする娘の言い分にマリエルとフリーデが困惑気味に顔を見合わせる。
すると、本を読んでいたルドルフが会話に入ってきた。
「セアラは王妃様にならなくても、大人になったらこの家を出て行かなきゃならないよ」
「ええっ!? ど、どうして!?」
「だって女の子は大人になったら結婚して、相手のお家にお嫁に行くじゃないか……」
「そ、そんなぁ……じゃあ、セアラ、誰とも結婚しない! ずっと、ここにいる!」
突然、行かず後家宣言をした娘にマリエルが焦りだす。
「セ、セアラ~。結婚しないと真っ白でキレイなウエディングドレスが着れなくなっちゃうわよ~?」
「そんなの着れなくてもいい! セアラ、ずっとお母様たちと一緒にいる!」
早くも結婚に夢を抱かなくなった娘の様子にマリエルが焦りだす。
すると、発端を作ってしまったルドルフが責任を感じたようで、レオンハルトを推しはじめた。
「でもレオンハルト殿下は、大人になったらすごくカッコいい人になると思うよ? セアラはカッコいい人を旦那様にしたくはないの?」
「レオン殿下よりもお父様のほうが、カッコいいもん!」
その主張からマリエルとフリーデが、あることに気づく。
セアラの理想の男性像の基準が、父サイラスのせいでかなり高くなっていると……。
するとルドルフが、マリエルが一番知りたがっていた部分を無自覚で質問してくれた。
「でもこの間、殿下に遊んでもらった時、セアラは楽しかったんだよね? その時、殿下のことを好きになったりはしなかったの?」
「セアラ、よくわかんない……。遊んでもらった時は楽しかったけれど、レオン殿下はルド君みたいにお兄様みたいなお友達って思ったから……」
「まぁ、僕と殿下は同じ歳だからね」
「ええ!? レオン殿下も八歳なの!?」
「知らなかったの?」
「殿下、セアラよりも五つくらいお兄様だと思ってた……」
どうやらあまりにもレオンハルトが達観しすぎていたため、セアラは自分よりもかなり年上だと思っていたらしい。
確かに二人が一緒に遊んでいる様子は、王太子がセアラの遊び相手をしてあげているという状況ではあった。
すると、ルドルフの妹のフランがクイクイっとセアラの服の袖を引っ張った。
「シェアラねえしゃま、おしめしゃまになるの?」
「えっ?」
「だって、王子しゃまのお嫁しゃんは、おしめしゃまよ?」
二年前まではお姫様になりたいとよく口にしていたセアラだが、今は「お母様みたいな豊穣の乙女になる!」に変わっていた。
だが、お姫様にも、まだ少し未練はあるらしい。
「お姫様かぁー……」
「言っておくけれど、セアラが殿下と結婚したらお姫様じゃなくて王妃様だからね」
「あっ!」
「でも王子しゃまのお嫁しゃんキレイなの! シェアラねえしゃまにピッタリなの!」
兄の指摘に反論するように妹のフランが、取り分けてもらったケーキを頬張りながらセアラを大絶賛する。
そんな妹の主張にルドルフが呆れた表情を浮かべた。
「王子様のお嫁さんになるのは大変なんだぞ?」
「でもシェアラねえしゃま、キレイだからおしめしゃまになったほうがいいよ?」
もうすぐ四歳になるフランの言葉にマリエルとセアラが苦笑する。
すると、フリーデが気まずそうにセアラに謝罪したきた。
「ごめんね、セアラ……。この子、ずっとセアラのことをお姫様みたいって思っているから……。だから今この子が言ったことは気にしないでね?」
「うん。でもね、セアラ、お嫁さんはわからないけれど、殿下とはもっと仲良しのお友達になりたいから頑張るね!」
そう意気込んでいたセアラだが……その後、面会日が近づくと憂鬱そうな表情をするようになる。
その異変にマリエルが気づいたのは、セアラが王太子との三回目の交流を終えた直後だった。





