62.囲い込み
「少し……考える時間をいただけないでしょうか」
一分ほど考え込んでいた夫の口からでたのは、保留という答えだった。
だが、その迷いが責めどころだと見極められ、国王に先手を打たれてしまう。
「構わない。だが、セアラ嬢が息子の婚約者候補に選ばれたことは、近々公表させていただく」
「お待ちください! それでは話が違――」
「候補であれば、まだ正式な婚約者ではないのだから撤回は可能だ。だが、息子の婚約者候補が決まらないと動けない家も多い。こちらとしても早い段階で、三大侯爵家が相手でも引けをとらない家格の令嬢のみに候補者を絞り込みたい」
「……陛下は、随分と強引な手段をとられるのですね」
「百四十年ぶりに現れた異例の力を持つ豊穣の乙女だ。こちらとしても是が非でも王家に取り込みたいと思うのは当然だろう」
かなりピりついた雰囲気となった状況にマリエルは、ハラハラしながら国王と夫のやり取りを見守しかなかった。
王妃が口を挟んでいない状況では、マリエルも静観するしかない。
なによりも夫が誰かに口でやり込められる状況を初めて目にした。
流石、一国を背負っているだけあって国王は権力の使いどころを心得ているようだ。
サイラスもここまではっきりと王族から要望を口にされてしまったら折れるしかなかった。
「……かしこまりました。ですが、あくまでも婚約者候補です。娘が将来的に婚約を望まなかった場合は、候補から外していただくようお願い申し上げます」
「善処はしよう。だが、約束はできない」
国王の容赦ない返答にサイラスが唇を引き結ぶ。
どうやら王家は、なんとしてでもセアラを引き入れたい様子だ。
マリエルが夫とともに重苦しい表情を浮かべると、今度は静観していた王妃が口を開く。
「お話はまとまったようね……。わたくしからも一つ提案させていただいてもよろしいかしら?」
「内容にもよりますが……お伺いいたします」
「現状セアラちゃんは、あくまでも婚約者候補という扱いにはなるけれど、今後のことも考えてレオンハルトとは、なるべく早く信頼関係を深めてほしいの。そのためにセアラちゃんには、週に一度、登城していただくことは可能かしら?」
王妃の提案にサイラスがあからさまに不快な表情を浮かべた。
これでは完全にセアラを王家に取り込むための囲い込みである。
「お言葉ですが、娘はまだ婚約者候補という扱いなので万が一のことを考え、それは辞退させていただきたいのですが」
「メディウム卿、仮にセアラちゃんが息子の婚約者候補から外れたとしても、三大侯爵家の生まれである以上、王族との交流や連携などは将来的に必要不可欠よ。もしこの先、国を揺るがすような状況が起こった場合、三大侯爵家とはできるだけ連携をとれる関係は築いておきたいというのが陛下のお考えなの」
王妃の言葉にサイラスは押し黙る。
現在の三大侯爵家と王家の交流は、アバローナ侯爵家とは王妃との繋がりがあり、フジューム侯爵家は現侯爵が国王と王立アカデミー時代の学友で親しい。
だがメディウム侯爵家は、現王家とは事務的な交流しかおこなっていない。
現国王とサイラスの年齢は八歳差。
サイラスの父である前侯爵も国王とは年が離れすぎていたので接点がなかったのだ。
そんな経緯から国王夫妻は、政略的な意味でセアラを王太子の婚約者として大分前から目をつけていたようだ。
それを裏付けるように王妃はさらに正論をぶつけてくる。
「昨年お生まれになったご子息では、うちの子とは年が離れすぎているから側近として仕えてもらうことは難しいわ。でもセアラちゃんとうちの子は二歳差……。今から交流を深めておけば、たとえ婚約者候補から外れたとしても、将来的に友人としての関係はしっかり築けているはずよ」
「確かに……おっしゃる通りです……」
どうやら現国王夫妻は、国王だけでなく王妃も弁がたつらしい。
対等な家格であれば強引な理由でサイラスも反論できたが、流石に王家相手では難しいのだろう。
悔しそうに唇を噛む夫の腕にマリエルがそっと手を添え、口を開いた。
「国王陛下、発言をお許しいただけますでしょうか」
「ああ、もちろん」
「今後、メディウム侯爵家が王家との繋がりを持つ重要性は今の王妃陛下のお話より、十分理解いたしました。毎週末に娘が登城する件も承知いたしました。ですが、その際、必ずわたくしも付き添いとして登城することをお許しいただけますでしょうか」
「それは構わないが……子供たちが交流している最中は、夫人は別室で待機してもらうことになるが、よろしいか?」
「構いません」
「ならば許可しよう」
「ありがとうございます」
早々に娘と王太子との面会を受け入れた妻にサイラスが驚くような表情を向ける。
「マリー……」
「大丈夫です。私がしっかりとセアラを支えるので」
「そうか……。では、君に任せよう」
「はい」
マリエルたちのやり取りに流石の国王夫妻も多少の罪悪感を抱いたらしい。
王妃がすまなそうな表情をしながら謝罪してきた。
「ごめんなさい……。こちらの一方的な要望ばかりを押しつけてしまって……。でもね、本当にセアラちゃんのことを思っての申し出なの……」
「はい。承知しております」
そう返答したマリエルだが、どう考えても王家はセアラの力を利用しようとしているとしか思えなかった。
それは豊穣の力だけでなく、憑依者を判別できるという部分でも……。
「陛下、恐れ入りますがそろそろ娘のもとへ戻ってもよろしいでしょうか。あの子はしっかりしているとはいえ、まだ六歳になったばかりなので」
「そうだな……。一時とはいえ両親から引き離すようなことをしてすまなかった」
「いえ。それでは我々は失礼いたします」
そう言ってマリエルたちは、早々に会議室のような部屋を出ると、廊下で控えていた案内係にすぐさまセアラのもとまで案内してもらう。
だが案内された部屋に入った瞬間、二人は固まった。
「お母様! お父様!」
床の遊戯スペースに玩具をたくさん広げたセアラの隣には、妖精のような銀髪の美しい男の子が一緒になって遊んでいたのだ。
セアラの呼びかけでマリエルたちに気づいた男の子は、淡い紫色の大きな瞳を向けてきた。
「メディウム侯爵夫妻、お初にお目にかかります。セグレート国第一王子のレオンハルトと申します」
セアラよりも二歳年上の王太子は、八歳とは思えないほどの優雅な礼を二人に披露する。
王太子の銀色の髪は王妃譲り、淡い紫の瞳は国王譲りだ。
王家もフジューム侯爵家と同様に銀髪とプラチナブロンドの髪の子供が生まれやすい。
「ご挨拶いただき、ありがとうございます。失礼ですが、殿下はなぜこちらへ?」
「父の側近が見慣れない小さな少女を案内していたのが目に入り、少々気になってしまって……。お名前を伺った際、メディウム侯爵家の令嬢とわかり、ご挨拶をさせていただきました」
「そうでしたか……。娘は殿下に失礼はなかったでしょうか?」
父親のその質問にセアラがムッとした表情をする。
「セアラ、失礼なことなんてしてないです! レオン殿下と楽しく遊んでいました!」
頬を膨らませている娘の主張にサイラスとマリエルの顔色が一気に変わる。
「セ、セアラ! レオンハルト殿下でしょ!」
「でもお名前が長いからって、殿下が……」
すると、レオンハルトがフワリと微笑んだ。
「夫人、大丈夫ですよ。僕のほうからそう呼んでほしいとお願いしたので」
そう口にする王太子の様子にマリエルは、思わず息をのんだ。
どんなに幼くてもレオンハルトは王族なのだ。
すでにこの年齢で、本音を隠すための社交向けの仮面を手に入れている。
「娘の遊び相手だけでなく、寛大なご配慮をいただきありがとうございます」
「夫人、僕はまだ八歳ですよ? そんな堅苦しくならないでください」
そういってニッコリと微笑む王太子だが、すでにこの年で大人と対等に渡り合える処世術を身につけている。
幼いとはいえ、油断ならぬ思わぬ伏兵にマリエルが怯んでいると、娘のセアラが袖を引っ張ってきた。
「お母様、国王陛下とのお話、もう終わった?」
「え、ええ……。待たせてしまってごめんなさいね」
「じゃあ、もうお家帰れる?」
すると、先ほどまで静観していたサイラスがセアラを後ろから抱きかかえる。
「ああ。もう帰れる」
恐らく早くレオンハルトからセアラを引き離したかったのだろう。
マリエルの代わりに返答したサイラスは、大人相手に浮かべる表情のまま八歳の王太子に向き直る。
「レオンハルト殿下、娘のお相手をしていただき、ありがとうございます。ですが………この子の弟が姉のことを首を長くして待っているので、そろそろ失礼してもよろしいでしょうか?」
「もちろん。セアラ嬢、続きはまた今度遊ぼうね」
「はい! レオン殿下、今日は一緒に遊んでいただき、ありがとうございました!」
父親に抱かれながら元気に別れの挨拶をする娘とは違い、マリエルたちの中では危機感が渦巻く。
王妃の差し金か、それとも王太子が独断で自らに接触してきたのか……。
どちらにせよ、王家がセアラを全力で囲い込もうとしていることは確かである。
それを裏づけるように――。
翌日から三日間にかけて、メディウム侯爵家の令嬢が王太子の婚約者候補の一人として名前が上がっているという噂が、あっという間に社交界で広まっていた。





