61.提案という名の要求
王城の一室に案内されたマリエルたちは、そこで十五分ほど待たされた。
その間、サイラスと今後の対策を話し合う。
「サイラス様……先ほどの雰囲気ではセアラの力は……」
「確実に何百年に一人の逸材……ということになるだろうな」
「やはりそうですか……」
「問題は、今後セアラが王家からどういう扱いを受けるかだ。セアラの異例の力を公表し、絵本の聖女のように祭り上げて国民の愛国心の向上に利用するか。力のことを秘匿し、例年通り豊穣の巫女として何食わぬ顔をして王家に取り込むか……」
「どちらもあまり良い印象は抱けないのですが……」
「そうだな……。王家にいいように利用されることには変わりはないな」
そんな話をしていると、先ほどからうつむいていたセラがボソリと呟く。
「ごめんなさい……」
「どうしてセアラが謝るの?」
「だって……セアラの力、強すぎてお父様とお母様を困らせているから……」
しょんぼりしながら謝罪してきた娘の健気さにマリエルは思わずギュッと抱きしめる。
「セアラはなにも悪くないのよ? さっきも言ったけれど、セアラの豊穣の力が強いことは、とてもいいことなの」
「本当……?」
「本当! だって力が強ければ、野菜が上手く育たなくて困っている人たちの畑をたくさん元気にできるのだもの。前にお母様の豊穣の祈りを見せたことがあったでしょう?」
「うん。お母様の豊穣の祈り、すごかった。しおしおだった葉っぱが、すぐに元気になってた」
「セアラの力は、葉っぱが元気になるだけじゃなくて、すぐにお野菜が実ってしまうほど強い力かもしれないの。それはたくさんの困っている農民を助けられるっってことなのよ」
「セアラ、そんなことできるの……?」
「ええ。だから力が強いからって落ち込むことはないのよ。お父様もお母様も、セアラがそんなすごい力を持っていることは自慢なんだから!」
そう言ってマリエルが顔を覗き込むと、やっとセアラの顔に笑顔が戻る。
「よかった……。セアラの力、たくさんの人を助けられる力だった……」
安堵する娘の頭をマリエルが優しく撫でると、突然扉がノックされる。
「失礼いたします。大変お待たせいたしました。国王陛下より今回の件でメディウム卿と奥様にご相談されたいことがあるとのことで、別室にお連れするよう言付かってまいりました」
「私たちだけ? できれば娘も同席させたいのですが……」
「申し訳ございません……。陛下はかなり込み入ったお話をされたいそうで、幼いセアラ様には、お子様用の遊具などがあるお部屋にご案内するよう指示を受けております」
その言い分にサイラスが押し黙る。
国王からの指示と言われてしまえば、もう引くしかない。
「わかりました。ではうちのメイドを一人、娘につけても?」
そう言ってサイラスは、壁際に静かに控えていたレスリーに目配せをする。
すると、レスリーは心得たように静かに頭を軽く下げた。
「はい。それは問題ございません」
その瞬間、セアラがマリエルの袖をグッと掴む。
「お母様……セアラ、おいていかれちゃうの?」
「ごめんね、セアラ……。お母様たち、国王陛下と大切なお話をしなければいけないの。だから少しだけレスリーと一緒に待っててくれる?」
「……うん」
不安そうに頷く娘の様子にマリエルの胸が痛んだ。
だが、案内係は容赦なく二人の移動を促してくる。
「それでは陛下のもとへご案内いたします。こちらへどうぞ」
「セアラ、またあとでね……」
「うん……。早く迎えに来てね?」
「ええ」
娘の頭を優しく二回撫でたマリエルは、夫ととともに案内係の後に続いて部屋を出る。
長い廊下を歩いていると、少しずつ周囲の重厚感が増していくのを感じた。
しばらくすると案内係は厚みのある大きな両開き扉の前でピタリと止まり、扉をノックする。
「メディウム侯爵ご夫妻をお連れいたしました」
「どうぞお入りください」
中から扉が開かれ、案内されるまま中に入るとそこは会議室のような部屋だった。
真ん中に設置されている円卓には、すでに国王夫妻が席に着いていた。
その姿を目にしたマリエルたちは、すぐさま礼をとる。
「メディウム卿、そしてマリエル夫人、急に呼びつけてしまい、すまない」
「いえ。お気になさらずに。お話があるということですが、それは娘のセアラのことでよろしいでしょうか?」
気にするなと言いつつも、早々に本題を切り出す夫の様子から苛立っていることをマリエルは感じとる。
国王もその苛立ちを感じとったようで、気まずそうな笑みを向けてきた。
「ああ、その通りだ。とりあえず、まずは座っていただこう」
「それでは失礼いたします」
夫とともに席に着くと、国王が深く息を吐く。
「メディウム卿、落ち着いて聞いてほしい。本日の豊穣の乙女の鑑定結果で、ご息女が百四十年以来の異例な力を持っていることが判明した」
「そのようですね」
「驚かないのか?」
「産後の妻の豊穣の力が大幅に上がっていたので、ある程度覚悟はしておりました」
「そうか……」
なかなか本題を切り出してこない国王にサイラスは淡々とした様子で答える。
すると、なにかを決意したように国王が口を開く。
「では今から私が話す内容も予想がついていただろう。ならば率直に言おう。貴殿のご息女のセアラ嬢を我が息子レオンハルトと婚約させたい」
国王のその提案にサイラスが小さく息を吐く。
「恐れ入りますが、そのお申し出を受けるには、いくつか問題点があるかと存じます」
「どのような問題点かな?」
「一つ目は、王妃陛下が三大侯爵家の一つアバローナ侯爵家のご出身であることです。二代続けて三大侯爵家から王妃を娶れば、他の高位貴族たちより不満の声が上がります」
「なるほど。他には?」
「王家に嫁いだ場合、娘の豊穣の力のあり方が無駄になります。仮に娘が王太子殿下の子を産んでも、優先的に遺伝するのは王家の豊穣の力です。ならば娘は、まだリーベの子孫の血が一滴も入っていない家に嫁ぐ方が、国内の豊穣の乙女の増加と質が上げられるかと思います。王家が豊穣の乙女が生まれる家の縁組をご調整されているのは、このことが目的のはずではなかったでしょうか?」
正論すぎる指摘に国王が一瞬、押し黙る。
それを好機と見たサイラスは、さらに畳みかけはじめた。
「なによりも妻に憑依していた者の情報を提供をしていただけない状態で、娘を嫁がせることには不安しかございません」
最後は不敬ともとられる態度で不満をはっきり口にした夫にマリエルが息をのむ。
だが国王のほうは冷静な様子で、その言い分を受け入れる姿勢を見せた。
「貴殿の言い分はわかった。だが、こちらにもセアラ嬢と息子の婚姻にはメリットがあるため提案している。まず次期王妃が異例の豊穣の力を持っている状況は、かなり国民の注目を集め、よい経済効果が見込めるだろう。豊穣の力に関しては、すでに国内の有力貴族のもとに四代目のリーベの子孫が入っている。もし新たに豊穣の巫女の血を受け継ぐ一族を増やすのであれば、伯爵家を増やすことになるが、それは子爵家を格上げさせることになるので、彼らがいい顔をしないだろう」
一応、国王の言い分は筋が通っているようにも思えるが、サイラスの主張ほどの説得力はない。
このまま押せば娘と王太子との婚約は回避出来る。
そう思ったマリエルだったが、国王は予想外の反撃をしてきた。
「最後の件だが……もしセアラ嬢が正式に息子の婚約者になれば、我々は親族という関係になる。そうなれば憑依者とやらについて、こちらが把握している情報を貴殿らにも提供できるのだが?」
「娘と引き換えに王家が把握されている憑依者の情報を共有していただけると?」
「貴殿が知りたがっている情報は、王家が代々守り抜いてきた情報だ。そう簡単に教えられる内容ではない。だが、身内となれば話は変わってくる」
正論ではなく、足下を見るようなやり方で形勢を覆してきた国王にサイラスが眉間に皺を寄せる。
王家は確実に憑依者の正体を知っている。
それが判明すれば、かなり家族を守りやすくなるはずだ。
だが、それは娘を差し出してまで得る価値のある情報なのかは、まったく確信がない。
この提案に夫はどう返すのか……マリエルは固唾をのんで事の成り行きを見守るしかなかった。





