60.鑑定の義
一週間後、マリエルたちはセアラの豊穣の乙女の鑑定をおこなうため、セグレート城に向かっていた。
ちなみに今回ルイスはテレーズに預け、お留守番である。
だが、出発時に大きな瞳に溢れんばかりの涙を溜めながら「かーしゃ! ねぇー!」と叫んでいたので、さっさと終わらせて早く帰ろうとマリエルは思っている。
そしてそれは姉のセアラも同じ気持ちのようだ。
「ルー、すごく泣いてたね……」
「そうねぇー。ルイスはセアラのことが大好きだから離れるのが寂しかったみたい」
「ルーはお母様のことも大好きよ? 本当はね、セアラ今日の付き添い、ルーがかわいそうだからお父様だけにお願いしようと思ってたの……」
「そうなの?」
「うん……。でもね、お母様にもセアラが鑑定しているところを見てほしくて……。ルーからお母様をとっちゃったの……」
申し訳なさそうに胸の内を話す娘にマリエルが苦笑する。
ルイスが生まれてからのセアラは、姉という自我が芽生えた反面、我慢することが増えてきている。
年が離れているせいか、無自覚で弟優先で行動しがちなのだ。
だが、その傾向はセアラにもルイスにもよくない状況だとマリエルは思っている。
姉がなんでもかんでも弟優先で動けば、ルイスは姉が譲ってくれるのが当たり前だと思ってしまう。
同時にセアラも我慢することで親に頼ろうとする考えが薄れ、一人で抱え込んでしまう状況が増えてくるだろう。
そのためマリエルとサイラスは、できるだけ『姉なのだから我慢しなさい』という言い方はしないように心がけていた。
「そんなことないわよ。だってお母様もセアラの鑑定の義が見たかったのだもの。だからセアラは、気にしなくていいの! それにルイスは強い子だから、一人でも大丈夫よ」
「でもルー、すぐ泣いちゃうよ?」
「まだ小さいからね……。でももう少し大きくなれば、セアラより強くなっちゃうわよ?」
「え~? それはちょっとセアラ嫌だなぁー」
そう言って困惑ぎみな表情をする本日の娘の服装は、真っ白なドレスワンピースに水色の差し色がほどこされた清楚な印象が強いものだった。
特に決まりはないのだが、豊穣の乙女の鑑定の義では白いドレスを着るというのが、暗黙の了解で根づいている。
それはひと昔前まで、豊穣の乙女が神より使わされた巫女のような扱いをされていた名残だと思われる。
だが今のセアラの見た目は巫女というよりも聖女のような神々しさだ。
夫譲りのプラチナブロンドにマリエル似の水色の瞳。
それが真っ白なドレスワンピースによって、さらに際立っている。
同時にその聖女のような印象から、とんでもない鑑定結果を叩き出しそうだとマリエルは懸念していた。
もしセアラが異例の豊穣の乙女の力を持っていたら、すぐに王太子との婚約を結ばれてしまうだろう。
王家と憑依者との間には、確実に遺恨がある。
そんな一族に憑依者が判別できる娘を嫁がせたくないというのがマリエルとサイラスの考えだ。
だが、流石に三大侯爵家といえども王令で婚約を下されてしまえば抗えない。
セアラが膨大な豊穣の力を持っていることは、ほぼ確定している状況だが、それでも僅かな希望を今日の鑑定の義に結果にマリエルは賭けている。
その思いが顔に出ていたからか、向かいに座っている夫がなんともいえない表情で笑みを向けてきた。
「そんなに気張らなくてもいい。仮に婚約の話がでても、すぐに受け入れるつもりはない」
「そんなこと……できるのですか?」
「今回もし話を切り出されたら『候補者の一人』ということで話をつける。そもそも現王妃はアバローナ侯爵家の出身だ。立て続けに三大侯爵家から次期王妃を選べば、他の高位貴族たちも黙っていないだろう」
夫の言い分に現王妃が前アバローナ侯爵の妹であることをマリエルが思い出す。
美しい銀髪を持つ王妃は、二年前にプリエール工房でマリエルに話しかけてきたミルドレッドの叔母なのだ。
王家とアバローナ侯爵家は、憑依者から何らかの理由で恨まれている様子だ。
そのことを思うと、ますますそんなところに大切な娘を嫁になどやりたくない。
「サイラス様……覚悟は決めておりますが、できるだけ抵抗いたしましょうね!」
「もちろんだ」
二人で気合いを入れあっていると、話の内容がわからなかったセアラも見当違いの方向で気合いを入れる。
「セアラ、よくわからないけれど、鑑定がんばるね!」
「セアラ! そんなに頑張らなくていいから! 普段と同じように受ければいいから!」
「そうだ! むしろ投げやりな気持ちで受けなさい!」
「サイラス様……それはちょっと……」
「『投げやり』ってなぁに? 槍を投げながら受ければいいの?」
そんな的外れな会話を三人でしていると、あっという間に城に到着してしまう。
登城するなり三人は、大聖堂に案内された。
マリエルにとっては、足を踏み入れるのは実に十七年ぶりである。
当時は兄に手を引かれて、そのまま鑑定水晶に手をかざした記憶がよみがえる。
「お母様、すごいの! 窓がとってキレイ!」
「あれはステンドグラスというのよ」
「ステンドグラス、すごい!」
外から差し込む光を色鮮やかにさせているステンドグラスにセアラがはしゃいでいると、鑑定をおこなう神官三名が大聖堂に入ってきた。
「お待たせいたしました。これよりセアラ様の豊穣の乙女の鑑定をおこなわせていただきますが、よろしいでしょうか」
「はい。お願いします」
サイラスの返答を合図にマリエルは、娘の小さな手を引きながら水晶が載っている台まで移動する。
「セアラ、この水晶にゆっくりと手をかざしてくれる?」
「はい……」
神妙な顔つきで踏み台を上ったセアラはジッと水晶を見た後、恐る恐る手をかざした。
その瞬間、大聖堂中が激しい光に包まれる。
その眩しすぎる光にマリエルが眼前で手をかざした。
「――――っ!」
だが、光は水晶に吸い込まれるようにすぐにおさまる。
しかし、その場にいた人間はあまりにも予想外の状況に全員言葉を失っていた。
「どういうことだ……? 二年前に君が水晶に手をかざすところ見たことがあるが……淡く光る程度だったぞ?」
「私も……まさかこんな光り方をするなんて予想外でした……」
「わ、我々もこのような光り方をするのは、初めて目にしました……。とりあえず、セアラ様が豊穣の乙女であることは確かです! ですが――」
そこで神官は一度、言葉を詰まらせる。
「このような結果は異例なので、すぐに国王陛下にご報告しなければなりません。メディウム卿……恐れ入りますが、別室にご案内いたしますので、奥様とお嬢様とご一緒にお待ちいただけますか?」
「はい……」
覚悟は決めていたつもりだったが、ここまで尋常でない光り方をするとはサイラスだけでなく、マリエルも予想していなかった。
そして当事者のセアラは、急に大人たちが神妙な顔つきで慌てだしたことで不安になったようで、すぐに踏み台から飛び落りマリエルに抱きついてきた。
「お、お母様ぁ……。セアラ、いけないこと、しちゃった?」
「セアラ、違うのよ? ただちょっと……セアラの豊穣の力が強すぎて、みんながびっくりしちゃっただけだから」
「セアラ、力強すぎるの? それは……よくないこと?」
「いいえ、とてもいいことよ。でも神官さんたちも初めて見た光り方だったから……国王陛下にご相談しなければいけないみたいなの。それで少し待っててほしいって」
すると、セアラがシュンとした様子を見せる。
「でもルーが待ってるから、セアラ早く帰りたい……」
「そうね。お母様もルイスに会いたいから早く帰りたいわ……」
そう口にしたマリエルだが、本当に早く帰りたい理由は今の鑑定結果で王家から確実に婚約の打診をされることを恐れているからだ。
そのことを訴えるように夫に目を向けるが静かに首を振られる。
とりあえず王家がどう出てくるか様子をみるしかない。
内容によっては、夫とともに全力で抗うつもりだが、それが難しいことをマリエルは嫌になるほど理解していた。





