49.豊穣の乙女たち
医師のグレードルの診察が終わったマリエルはこの日から三日間、体力が回復するまで以前使用していた本邸の自室で過ごすことになった。
もちろん、フェニアも一緒で彼女は隣の部屋で常に待機してくれている。
その間、セアラは毎日のようにマリエルの部屋に入りびたり、就寝時間になると父親によって自室へ回収されていった。
そんなサイラスは、一日三回はマリエルの様子を確認しにやってきていた。
ちなみに同じような動きをメイド長のテレーズと執事のオネストもしている。
今回の功労者であるレスリーは、マリエルが目覚めるとクラムとともにやってきて、あの状況で現場を離れてしまったことを酷く後悔しており、謝罪してきた。
あの時のレスリーは相手が人間であると思い込んでいたため、先に自分が侵入者を捕縛してしまえばマリエルたちの安全が確保できると考えての判断だったそうだ。
だが、実際は素早い動きが可能な犬の姿で襲撃されてしまい、その行動力を見誤った結果、マリエルを守り切れなかったと酷く落ち込んでいた。
対してレスリーの上司らしきクラムは、部下の失態を謝罪しつつも「流石、奥様! 精神面だけでなく、お体も頑丈ですね!」と無神経なことを口にし、フェニアとレスリーに睨まれていた。
そんなクラムは、マリエルの予想通り代々王家の影を担っている伯爵家の嫡男だった。
ただ料理好きが高じて家督を継ぎたくないと言い張り、現在は弟が家を継いでいる。
両親からは跡取りから外す代償として、今後は料理人になりすまして王家の影として仕えることが絶対条件で出されており、現状はレスリーと共にこのメディウム侯爵家の専属護衛として王令で動いているそうだ。
だが、なぜマリエルたちを護衛する必要があるかまでは聞かされていないらしい。
王家の意図はまったくわからないが、少なくともマリエルたちを守ろうとしてくれているのは確かなようだ。
ちなみに今回の件で、サイラスも二人が王家の影であることを把握したそうだ。
大分、自分たちを取り巻く環境が見えてきたマリエルたちだが、憑依者に関しては犬の件で、ますます謎が深まってしまった。
恐らく憑依者の憑りつく対象は人間だけではなく生物全般。
だが、長期間憑依するには、対象にある条件が求められるようだ。
そしてマリエルとジョアンナは、それを満たしていたらしい。
その条件として考えられるのは、各々の豊穣の乙女たちの力の強さの違いである可能性が高い。
豊穣の乙女たちの力の強さは、六歳の頃に受けさせられた鑑定結果を基準にある程度は予想することができる。
王家は彼女たちの力を数値化して記録しているので、その記録が確認できれば憑依されやすいタイプの傾向もわかり、防衛策も立てやすくなる。
サイラスはマリエルが目覚めた後、すぐに王家にその記録の開示を依頼していた。
そして三日後、その記録の写しがメディウム侯爵邸に届けられた。
その記録を手にしたサイラスが、マリエルの部屋を訪れる。
「マリエル、体調はどうだ?」
「もうすっかり良くなりまして、昨日の昼過ぎから普段通りの生活をしております」
「三日も意識が曖昧な状態だったのに? もう少し体を休めたほうがいいんじゃないか?」
「いえ。これ以上、寝台に拘束されるほうが精神的に病みそうです」
「そ、そうか……。だったら、もう話し合いをしても大丈夫そうだな」
そう言ってサイラスは、室内にあるテーブル席のほうへとマリエルを促した。
マリエルが席に着くと、サイラスは手にしていたファイルから小冊子のような物を何冊か取り出す。
「王家より貸し出してもらったここ五十年間の豊穣の乙女の鑑定記録の写しだ。この中に君とルグレ夫人、カレンとデイジーの記録がある」
夫から差し出された小冊子には栞が挟んであり、マリエルはそのページを開いた。
年代からジョアンナの名前が書かれているページのようなので彼女の名前を探す。
すると、ページの真ん中辺りに誕生日とともに旧姓でジョアンナの名が記載されていた。
その一番左端の欄には『六十七』の数値が記されていた。
恐らくこれが豊穣の乙女としての彼女の力なのだろう。
同じ要領で別の小冊子の栞が挟まっているページも確認する。
マリエルの力の数値は『六十三』。
同年齢のカレンも同じページに名前があり数値は『十六』だった。
デイジーはまた別の小冊子に名前が記載されており、数値は『二十八』。
マリエルが広大な田畑の育成を促進をできることに対して、カレンとデイジーは小さな庭の草木の育成を促す程度の力だろう。
だが、マリエルは自分の力の数値を知らされていない。
恐らくそれは他の豊穣の乙女たちも同じだろう。
もしかしたら力の低い豊穣の乙女たちに対する王家なりの配慮かもしれない。
「豊穣の乙女の情報管理に携わっている文官の話では、鑑定対象者が水晶に触れると対になっている別室の水晶に数値が表示されるらしい。それを王家は記録しているそうだ」
「なんのためでしょうか……」
「文官の話では、王家が縁組の調整をする際に参考にするらしい。ちなみに数値が四十台以下だった場合は、王家の縁組調整の対象から外されるようだ」
「なるほど……。そういえばジョアンナ先生も元々は調整対象でしたものね」
「ちなみに歴代の豊穣の巫女の殆どは、この数値が九十以上だそうだ」
サイラスの話でマリエルが自分たちの代のページを確認すると、一年先に鑑定した年代のところにアバローナ侯爵家のミルドレッドの名があった。
数値は『九十五』、マリエルの記憶でも確かに彼女はこの年の豊穣の巫女に選ばれていた。
「ちなみに空欄の場合は測定不能だったという意味らしい。だが、ここ百年はそういう豊穣の乙女は出ていないそうだ」
「そ、そんな規格外な力の豊穣の巫女が過去にいたのですか……?」
「文官の話では、百年から二百年くらいの周期で誕生しているそうだ。その場合、即王家との縁組が交わされるらしい」
「セ、セアラは大丈夫でしょうか……」
「こればかりはそうでないことを祈るしかないな」
まるで祈るように天を仰ぐ夫にマリエスが苦笑をもらす。
すると、サイラスが再びマリエルの名が記載されているページを開く。
「だが、これで君とルグレ夫人の豊穣の力が同じくらいだったことが確認できたな」
「はい。それと憑依が可能な条件は、対象の力の数値が七十以下の場合のようですね」
「なぜ、そう思う?」
「先ほど別のページに義姉のフリーデの名がありました。義姉の数値は『七十二』。もし憑依できるのであれば、私よりも義姉に憑りつくと思います」
「なるほど……。憑依可能な条件の境界線は力が七十以下の豊穣の乙女ということか」
「ですが、なぜ憑依者は力の強い乙女を好んでいるのでしょうか……」
「わからない。そもそも我が家に居座ろうとしていることが一番の謎だ。一応、歴代の家長が残した記録を片っ端から確認してみたが、憑依者と繋がりそうな内容の記録は見当たらなかった……」
難しい顔で考え込んでしまった夫の手元にある小冊子には、ちょうどマリエルの名前が記載されているページが開かれたままになっていた。
なんとなくそこへ視線を落とすと、たまたまドロシーの名前が目に入る。
ドロシーの豊穣の力の数値は『三十六』。
意外なことにドロシーは王家による縁組調整の対象ではなかった。
「ドロシー様は、王家の縁組調整の対象ではなかったのですね……」
たまたま視界に入ったので話題に出してしまったマリエルだが、王妃のお茶会の帰りにサイラスから言われた言葉を思い出して焦りだす。
「も、申し訳ございません! 彼女の名が目に入ったため、つい話題に……」
必死で言い訳をはじめたマリエルの様子にサイラスが苦笑する。
「そういえば、なぜ私がドロシーのことを避けているか、話していなかったな」
「ええと、その……む、無理にお話ししていただかなくても大丈夫なのですが……」
「いや、むしろ君にはしっかり話しておきたい」
そう言い切ったサイラスは気持ちを落ち着けるように短く深呼吸をした。
そして真剣な表情でマリエルを見据える。
「私が彼女を避けるようになったのは、君にされた行為を彼女からもされそうになったからだ」
「はい?」
「ようするに君とのことがあったその一カ月後、私は彼女からも睡眠薬と催淫効果のある薬を盛られたんだ」
夫の口から出た衝撃的な話にマリエルは一瞬、言葉を失った。





