44.王妃とのお茶会
城門をくぐり、馬車止めの位置に到着すると案内の男性が三人を出迎えてくれた。
「メディウム侯爵家の皆さま、お越しいただき誠にありがとうございます。本日は中庭にてお茶席をご用意しておりますので、ご案内いたします」
男性に連れ立たれ、城内から中庭に抜ける通路を移動する。
その間、セアラは終始キョロキョロしながらポカンと口を開けてた。
外に出てしばらくすると、真っ白なガゼボとテーブル席が見えてくる。
そこには淡い黄色のドレスを着た美しい女性の姿があった。
それが王妃だと認識した瞬間、マリエルの体が緊張で強張る。
王妃のほうもマリエルたちに気づいたようで、微笑みながら優雅に立ち上がった。
「メディウム卿、本日はお茶の招待に応じてくださって、ありがとう」
「こちらこそ王妃陛下よりお誘いいただき大変光栄です」
「夫人も無理を言って、ごめんなさいね……」
「いえ。本日のお茶会は娘も大変楽しみにしておりました。お声がけいただき感謝申し上げます」
そう言ってセアラを前に出すと、王妃の視線がそこへ移動する。
その視線に応えるようにセアラは、先ほどマリエルたちに見せた流れるような動きのカーテシーを披露した。
「おうひへいか、ごきげんよう!」
「あらあら! ちゃんとご挨拶ができるなんてセアラちゃん、偉いわね~!」
「シェアラねー、おうひしゃまにみせるのにカーシテーのれんしゅう、いっぱいしたの!」
「セ、セアラ!」
「あら~ごめんなさいね……。わたくしがセアラちゃんに会いたいと、わがままを言ったばかりに……練習、大変だったでしょう?」
「たいへんじゃないよ? ジョアしぇんしぇいといっしょで、たのしかったよ?」
「そうなの? それは良かったわ。では皆さん、どうぞお座りになって」
セアラの物怖じしない話し方と言い間違いを、サラリと聞き流してくれた王妃の寛大さにマリエルが心の中で感謝しながら席に着く。
対して母親をハラハラさせたセアラは、目の前にあるケーキスタンドに目が釘づけになっていた。
「さて! まずは……セアラちゃん、この中で食べたいケーキはある?」
「シェアラ、このピンクのがいい! あとこの白いのも!」
「ふふっ! わかったわ」
そう言って王妃は、後ろに控えていた侍女に目配せをする。
すると、侍女が二つのケーキを皿に取り、セアラの前に置いてくれた。
「わぁ~! ありがとうごじゃいます!」
「まぁ! お礼も言えて、セアラちゃんは本当に偉いわねー」
「えへへー」
王妃に褒められ、セアラが照れくさそうにモジモジする。
その間、マリエルの前にはお茶とケーキが、サイラスにはお茶のみが出されていた。
「おかしゃま! ケーキたべていい?」
「ええ。でもお行儀よく食べましょうね」
「うん! シェアラ、レデーだから、だいじょうぶなの!」
そう言ってセアラは小さなフォークを手に取り、ケーキを食べはじめた。
以前よりも各段にフォークの使い方が上手くなっている娘の様子にマリエルが驚く。
「セアラ……フォークの使い方が、すごく上手になったわね?」
「ジョアしぇんしぇいにおしえてもらったのー」
ニコニコ顔でケーキを食べているセアラに癒されていたマリエルだが、その癒しは王妃の一言で終了する。
「セアラちゃんはジョアンナ先生と上手くやっているみたいね。一時はどうなるかと思ったけれど……」
独り言のような呟きにマリエルが固まる。
対してサイラスは、平静な様子で話題の主導権を掴みにかかった。
「陛下、その件につきましては――」
「いいの。詳細はこちらが派遣した呪術の専門家と影から報告を受けているから」
「そう……でしたか……。その、こちらからの報告が遅くなり、申し訳ございません」
「気にしないで。結局、呪術的な要因ではなかったのでしょう? こちらもお役に立てなくて、ごめんなさいね……」
「いえ。お気遣い痛み入ります」
まるで互いの出方を探り合っているような二人のやりとりについていけないマリエルは、気を落ち着かせようとお茶を口にする。
だが、ふと自分の横に目を向けると、先ほどレディー宣言をした娘が口元に生クリームをつけてケーキを頬張っていることに気づく。
「セアラ、お口にクリームがついているわよ?」
「むぅーん……」
マリエルがハンカチで口元を拭ってやると、セアラが変な声を出す。
その様子が面白かったのか、王妃が笑いを堪えるように扇子で口元を隠した。
「夫人は本当にお嬢さんを可愛がっていらっしゃるのね……。セアラちゃんもお母様のこと大好きでしょう?」
「うん! シェアラ、おかしゃま大好き! おかしゃま、いつもシェアラとあそんでくれるの!」
「そうなの? いつもどんなことをして遊んでもらっているの?」
「うんとねー、おえかきとー、おにんぎょう遊びとー、あと、ご本よんでくれる!」
その瞬間、マリエルだけでなくサイラスも動きを止めた。
絵本の話題はまずい……。
できればもうこれ以上、掘り下げないでほしい。
二人はそう切に願ったが、無情にも王妃はその話題を掘り下げてきた。
「あら、いいわねー。お母様はいつもどんなご本をよんでくださるの?」
「えっとね、ウサギしゃんのおはなしとー、カエルしゃんのおはなしとー、あと……おしめさまのおはなし!」
「まぁ! たくさんご本を読んでもらっているのね!」
「うん! おかしゃま、ご本よむとき、だいはくりょく!」
またしても謎の読み聞かせ評価を受けたマリエルは、夫から何ともいえない視線を向けられる。
そんな二人は今回、女神関連の絵本の題名が娘の口から出てこなかったことに胸を撫でおろした。
だが、この後すぐにそれは束の間の安堵だったと思い知る。
「じゃあ、お母様が読んでくれたご本の中で、セアラちゃんが一番好きなのは、どんなおはなし?」
「シェアラがいちばん好きなおはなしはねー……魔女さんと聖女さまのおはなし!」
見事に王妃の誘導尋問に引っかかった娘は、両親が最も避けたかった話題に着地する。
「魔女と聖女……もしかして『黒の魔女と聖女』の絵本のことかしら?」
「うん! 聖女さま、わるい魔女さんたおしてくるから、シェアラ好きなの!」
「そう……。じゃあ、聖女様のお母様のお話の『女神リーベ』のご本も読んでもらった?」
王妃の質問にセアラの小さな体が怯えるようにビクンと跳ねる。
「そのおはなし……シェアラ、きらいなの……」
「あら、どうして?」
「すごく……すごく、こわいおはなしだから……」
セアラの返答に王妃が不可解そうな表情を浮かべる。
「夫人……もしかしてセアラちゃんは、この年齢で女神リーベの後日談を知っているの?」
「い、いえ……。後日談どころか、娘はリーベのお話自体知らない様子です」
「そう……では、なぜこんなに怖がっているのかしら。不思議ね……」
王妃の呟きとともに三人でセアラに目を向けると、なにかに耐えるように小さな手でギュッとフォークを握りしめていた。
娘の取り皿になにもないことを確認したマリエルアは、優しくその手を包み込む。
「セアラ、もうフォークはいらないんじゃないかな?」
「うん……」
フォークを手放させると小さな手は少し白くなっていた。
どうやらリーベの話題で不安になり、フォークを強く握りすぎてしまったようだ。
「ごめんなさいね……。苦手なご本のお話をしてしまって……」
「シェアラ、だいじょうぶなの……」
まったく大丈夫ではなさそうなセアラの様子に王妃も罪悪感を抱いたようだ。
急に明るい声を出して、あることを提案してきた。
「ねぇ、セアラちゃん。良かったらお城のお庭をお父様と一緒にお散歩してみない? 今ね、きれいなピンクの薔薇がたくさん咲いているの!」
「ピンクのバラ!」
「あとね、ちょうちょさんもいっぱ飛んでいるのよ?」
「シェアラ、ちょうちょさん好き! これもちょうちょさん! おかしゃまがくれたの!」
大興奮で自分の頭のカチューシャを指さす少女に王妃がニッコリ笑みを浮かべる。
だが、夫のサイラスは王妃の提案に顔から表情を失っていた。
「陛下、もしお庭を拝見させていただけるのであれば、私よりも妻が一緒のほうがよろしいかと……」
「いやだわ、メディウム卿。夫人がお嬢さんと行ってしまったら、わたくしとあなただけになってしまうじゃない……。わたくし、堅苦しそうなあなたよりも夫人と会話を楽しみたいわ」
明らかに妻と二人きりになりたがっている王妃の様子にサイラスが深く息を吐く。
「……かしこまりました。ではお言葉に甘え、娘とともに素敵なお庭を拝見させていただきます」
「はい。いってらっしゃい!」
「おとしゃま! はやくはやく!」
父親の気も知らない娘が椅子から飛び降り、大はしゃぎでその手を引っ張る。
「セアラ、わかったから少し落ち着きなさい……」
「シェアラ、おつついてるよ!」
「それでは陛下、妻をお願いいたします。マリエル、陛下に失礼がないように」
「はい……」
「セアラちゃん、あとでちょうちょを何匹見つけたか教えてね?」
「うん! おうひしゃま、またねー!」
先ほど中庭まで案内をしてくれた男性に案内されながら去る夫と娘をマリエルが見送る。
すると、王妃がニッコリとした笑みを向けてきた。
「では、ここからは女性同士の楽しい会話を楽しみましょう!」
「はい」
夫がチラリと心配そうにこちらを振り返る。
だが、当のマリエルは今のこの状況を好機と捉えていた。





