41.帰還した執事見習い
リアラを別邸に招いた翌日、マリエルはサイラスに本邸に呼び出された。
迎えにきたテレーズの話では、王家から手紙が届いたので、そのことで相談があるのではないかとのことだった。
恐らくその手紙の内容は、王妃が送ってきたお茶の招待状だろう。
憂鬱な気持ちでテレーズと共にマリエルは執務室に向かった。
だが、扉をノックしようとすると、室内から男性二名の楽しげな声が聴こえてきた。
一人は夫のものだが、もう一人は聞き慣れない声である。
不思議に思いながらもノック後に中に入ると、見知らぬ男性と目が合う。
すると、男性ではなく夫のサイラスが声をかけてきた。
「マリエル、急に呼び出してすまない」
「いえ……。ええと、こちらの方は?」
マリエルが改めてその男性に目を向けると、優雅で美しい礼をとられる。
「今の奥様にとっては、初のご挨拶になりますね。私はシュルトと申しまして、現在この屋敷で執事見習いとして旦那様にお仕えしていおります」
「執事見習いの方?」
「はい。ちなみに現執事のオネストは私の父です」
「まぁ! ではオネストの息子さん?」
「はい。ちなみに母はかなり前に亡くなっておりますが、旦那様の乳母をやっておりました」
「ではサイラス様とは、つき合いが長いのね」
すると、シュルトが肯定するようにニコリと笑みを浮かべる。
「シュルトは私の乳兄弟で幼馴染でもある。彼はここ三カ月間、私に代わって遠方の領地の視察に行ってもらっていた」
そういえば……とマリエルは、記憶を失くしたばかりの頃にサイラスが領内の視察は、最も信頼している人間に代理でおこなわせていると言っていたことを思い出す。
その『最も信頼している人間』というのが、このシュルトなのだろう。
サイラスと乳兄弟であるなら年齢は同じくらいだろうか。
黒髪に淡い紫の瞳が少しミステリアスな印象を与えてくる。
体の線はサイラス以上に細いが、手刀でジョアンナを気絶させたオネストの息子なので護身術は身につけているはずだ。
「シュルトには君が記憶を失っている経緯や、これまでの五年間のことなど手紙であらかた伝えてある。少々食えあないところもあるが、一応これでも執事見習いだ。オネスト同様になにか困ったことがあったら使ってくれ」
「主……ずいぶん私の扱いが雑ではありませんか? これでも三カ月間も領内の視察に尽力していたのですよ? もう少しねぎらいの言葉あってもよいのでは?」
「先ほどねぎらってやったじゃないか……」
「足りません。もっとねぎらっていただきたい」
「面倒な奴だな……」
目の前で繰り広げられるやりとりから、二人がかなり気心がしれた関係であることが窺える。
恐らくサイラスにとって、もっとも本音で話せる相手なのだろう。
そんなことを考えていたら、シュルトが再びマリエルのほうへと向き直る。
「奥様、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします」
「ええ。こちらこそよろしくね」
すると、シュルトは驚くような表情をしながら一瞬だけ動きを止めた。
「ええと……なにかしら?」
「いえ、その、私の奥様の印象がまだ記憶を失われる前の状態のままだったもので、少々驚いてしまって……大変失礼いたしました」
「気にしないで。この五年間の私の行動を思うと、受け入れがたい気持ちになるのはわかるから」
「お気遣い、感謝いたします」
シュルトの紹介が終わるとサイラスが仕切り直す
「さて、挨拶も済んだようだし本題に入らせてもらおう。今日、君にここへきてもらったのは――」
「王妃陛下からお誘いがあったのですね……」
「ああ。一週間後、一家三人宛のお茶の誘いだ……。その際、必ずセアラは連れてきてほしいと書いてある」
そう言ってサイラスが手渡してきた手紙をマリエルも確認する。
確かにそこには、しっかりとセアラに会いたいと書いてあった。
その文面にマリエルが盛大なため息をつく。
「王妃陛下は、セアラに会ってどうするおつもりなのでしょうか……」
「わからない。ただこの呼び出しは、セアラが憑依者を『黒い人』として認識できることが一番の理由だと思う」
「では城内に『黒い人』がいないかセアラに確認をさせたいとか?」
「いくらなんでも一日で確認は無理じゃないか? そう考えると、今回はセアラが知っている憑依者の情報を引き出したいのかも……」
「憑依者の情報?」
「例えば……セアラには憑依者がどう見えているかとか、憑依されていた君やルグレ夫人から言われた言葉などだ。ついでにその質問をした際の我々の反応も確認したいんじゃないか?」
「私たちの反応もですか?」
「我々がその質問内容に反応することで、どこまで憑依者のことを把握しているか、少しは見当がつくだろう?」
サイラスのその話にマリエルが息をのむ。
「そ、それでは私たちも王妃陛下の言葉に下手に反応しないほうがいいということですか?」
「そういことになる……。堪えられそうか?」
「な、なんとか頑張ります!」
そんなやりとりをしていると、執務室の扉が盛大に開かれた。
つい最近、同じような状況を体験したマリエルが既視感を覚えながらも振り返ると、満面の笑みのセアラが飛びついてきた。
「おかしゃまー! きょうシェアラのお家きてるー!」
その後ろには、またしても息を切らしているテレーズの姿もあった。
「も、申し訳ございません……。奥様が本邸にお見えだとわかると、ものすごい速さでお嬢様が部屋を飛び出してしまいまして……」
「テレーズ……いつも苦労をかけるわね……」
娘を受け止めながらメイド長をねぎらっていると、シュルトがジッと見つめてきた。
「シュルト? どうかした?」
「……失礼いたしました。ずいぶんお嬢様は、奥様に懐いていらっしゃるなと思いまして」
「そうよね……三カ月前までこの子は私の姿を目にすると、すぐに逃げ出していたものね……」
体の中身は自分ではなかったとはいえ、自分の姿で娘に拒絶されていた状況を思い浮かべてしまったマリエルは寂しげにセアラの頭を撫でる。
すると、セアラが眉間に小さな皺を寄せムッとしはじめた。
「シェアラ、にげてないよ! おかしゃま、おでかけしてただけだもん!」
「そうね……。お母様、その時おでかけしていたのよね?」
「シェアラ、こわかったの『黒い人』だもん! おかしゃまじゃないもん!」
両手で握りこぶしを作って主張する娘の姿が愛らしすぎて、ついマリエルの口元が緩む。
すると、サイラスがテレーズに目配せをした。
「お嬢様、今はお母様たちは大事なお話をされているので、お部屋に戻りましょう?」
「やーん! シェアラ、これからおかしゃまとあそぶのー!」
再びしがみついてきた娘に目線を合わせるため、マリエルがしゃがみ込む。
「セアラ。お父様たちとお話が終わったら遊んであげるから。それまでテレーズと一緒に別邸でお母様のこと待っててくれないかな?」
「おかしゃま……すぐくる?」
「うん。お話が終わったら、すぐに別邸に戻る!」
「じゃあ、シェアラ、おかしゃまのおうちでまってる……」
テレーズに手を引かれながら、セアラはしょんぼり気味で執務室を出ていった。
その様子にサイラスが苦笑まじりのため息をつく。
「王妃陛下を警戒する前に、まずはセアラがお茶席で大人しくできるかが問題だな……」
「そうですね……。せめて挨拶くらいはできるようにしておかないと……。この後、すぐにジョアンナ先生に相談してみます」
「ああ、頼む。ちなみに登城する際に君が着るドレスだが――」
「ご心配なく。この間、本邸に泊った時にテレーズが何着か外出用のドレスを用意してくれていたので、その中から選ぶつもりです」
「だが、あと一週間もあるのだからセミオーダーで新しい物を……」
「必要ありません。テレーズが用意してくれたドレスで十分なので」
「……わかった。では当日はそのドレスで」
やや不満そうな夫にマリエルが首をかしげる。
すると、気まずそうな様子のサイラスにスッと目を逸らされた。
「あの……ジョアンナ先生にセアラの件をお願いしに行きたいので、もう私は失礼してもよろしいでしょうか?」
「ああ、かまわない」
「では、失礼いたします」
執務室を出たマリエルはジョアンアのもとへ向かいながら、もう一度首をかしげる。
「サイラス様、どうしたのかしら……。もしかしてドレス、新調した方がよかったとか?」
ブツブツ言いながら歩いていると、後ろからコツコツと足音が近づいてきた。
振り返ると、ニッコリと笑みを浮かべるシュルトがいた。
「シュルト? 私になにか用でも?」
「いえ。大したことではないのですが……奥様たちの仲睦まじい様子を目にしたら、あることが気になってしまって……」
「あること?」
マリエルが聞き返すと、先ほどまで穏やかな笑みだったシュルトの口元が意地の悪い笑みへと変わる。
「奥様は、ご自身がセアラお嬢様をご懐妊された経緯をご存じですか?」
その質問をされた瞬間、マリエルはビクリと体を強張らせた。





