39.元親友の来訪
夜会に参加した翌日、マリエルはすぐにリアラへ手紙を送った。
すると、すぐに返事があり二人は三日後に侯爵邸内で会うことになった。
だが、リアラからの手紙の文面は他人行儀で堅苦しい言葉使いで書かれていた。
その状況から親友からは、まだ許しを得ていないことをマリエルが痛感する。
そして三日後、リアラがマリエルの住む別邸にやってきた。
「本日はご招待いただき、誠にありがとうございます」
社交辞令丸出しの挨拶をした友人は、書斎兼応接室の長椅子に静かに腰をおろす。
セアラに関しては今日は別邸に来させないようマリエルはテレーズたちに指示していた。
今この重苦しい部屋にいるのはマリエルとリアラ、そして給仕を務めるフェニアのみである。
「リア、誘いに応じてくれて、ありがとう……。でも、もうその堅苦しい話し方はやめてもらえない?」
気まずそうにマリエルが頼むとリアラが深いため息をついた。
「わかったわ……。とりあえず今は以前の話し方に戻します。それで? 今日の私はどんな話を聞かされるのかしら? あなたが好き勝手に暴れまわっていた五年間の記憶を都合よく忘れてしまったから、和解して欲しいとか?」
「ええ、そうよ……。私、都合よくこの五年間の記憶を持っていないの」
「記憶を持っていない? まるで最初からあたなの中には、その記憶がないような言い方をするのね?」
更に嫌味を言われマリエルがグッと唇を引き結ぶ。
だが、この状況はすでに父と兄で経験済みだ。
ここで怖気づいてしまえば、リアラとの関係修復は望めない。
今は一人でも自分に力を貸してくれる人が欲しいマリエルは、思い切って真実を告げることにした。
「その通りよ。私、この五年間は体の中で昏睡状態になっていたらしいの」
マリエルの告白にリアラがあからさまに眉をしかめる。
「なにを言っているの? 真面目に話す気がないのなら帰らせてもらうけれど」
「私はこの五年間、何かに乗り移られて体を奪われていたの」
「そう……真面目に話す気は一切ないのね。もういいわ! 私、帰らせてもら――」
「記憶を失う前の私は……階段から転落する直前まで娘のセアラを虐待していたの」
その瞬間、立ち去ろうとしていたリアラの動きが止まった。
「あなたが……子供を虐待……?」
「ええ……。階段から転落する二週間前に雇った娘の教育係に敢えてミスを誘発させる教材で授業をやらせて、ミスをしたら娘を鞭で打つように指示していたそうよ……」
「嘘……でしょう? だってあなた、昔から小さい子供が大好きだったじゃない! 何度もあなたの趣味の孤児院通いにつき合わされたけれど、そんな素振り一切なかったわ!」
「でも夫からはそう聞いたの。階段から落ちたのも、そのことを夫から問い詰められて、それを適当にあしらおうと注意が散漫になって階段を踏み外したそうよ……。それ以前に私は、娘を生んでから一度も抱いたことがなくて、ずっと『アレ』と呼んでいたらしいの……」
マリエルの話に唖然とするリアラは、先ほどの席にゆっくりと座り直す。
「もしその話が本当なら……この五年間、社交場で下位の令嬢に嫌味を浴びせたり嫌がらせをしていたのも、婚約者がいる男性に気のあるふりをして二人の仲を壊そうとしていたのも、あなたの意志ではなかったということ……?」
「待って! 私、そんなことをしていたの!?」
「ええ……。令嬢たちの嫌がらせは大分、私が妨害したけれど……。婚約者持ちの男性の件は、あまり口を出せなかったからサイラス様が対処されていたみたい」
その話にマリエルの顔色が一気に青くなる。
「そ、それじゃあ私は……誰かの婚約を何組か潰したことがあるってこと!?」
「そうね……。ただ不幸中の幸いなのは、あなたが男性を奪って婚約をダメにしたというケースはないみたい。相手の男性があなたになびきはじめると、婚約者の女性が飽きれて解消になったケースが殆どよ。その女性も初めから乗り気でなかった婚約だったみたいで、あなたに感謝している人も多いから……。逆に婚約解消に至らなかったケースでは、男性の誠実さが証明されて、二人の仲がさらに深まったという方々も多いわ」
「そ、そうなの……?」
予想外の結果にマリエルは一瞬だけホッとする。
だが、リアラのほうはうんざりするような深いため息をついた。。
「でも婚約解消にまで発展した男性は、自分の振る舞いを棚に上げて侯爵家に抗議していたわ……。それをサイラス様は示談などで対処されていたご様子だけど」
「そ、そんな! サイラス様はそんなことは一言も……」
「言えないのではなくて? 責め立ててもあなたにはその記憶がないのだもの。あなたにとっては、やってもいないことを責められているような状態になるじゃない」
リアラの言い分で、マリエルは記憶を取り戻したばかりの頃に夫から言われた言葉を思い出す。
『君を責めても意味はないし、その状態で謝罪をされても誠意なんて感じられない』
突き放されたと思っていたサイラスからの言葉。
だが、実際は記憶を失っているマリエルを配慮するものだった。
記憶がない状態で責め立てても、マリエルが傷つくだけだと控えてくれたのだ。
だがそれ以上にサイラスは、この五年間マリエルのせいで苦労させられている。
それを一言も口にせず、マリエルが五年間の自分の行動について聞きたがると、必ず同じ言葉を口にして話すことを渋った。
『聞いたら傷つくとわかっているのに、なぜ聞きたがるんだ』
呆れながら口にしていた夫だが、その言葉にはマリエルの心を守ろうとする気遣いと配慮が、かなり含まれていたのだろう。
今さらながらその優しさに気づいたマリエルの視界が涙で歪みだす。
すると、苦笑したリアラがハンカチを差し出してきた。
「あなたは、とても素敵な男性のところへ嫁いだのね……。流石、便箋十二枚にも渡って婚約者の女性に惚気るような内容の手紙を書かせてしまうほどの男性だわ」
その瞬間、マリエルの涙が一瞬で引っ込む。
「リ、リア……まさかとは思うけれど、あの手紙……まだ持っているの……?」
すると、リアラがニッコリと微笑む。
「ええ。もしあなたに難癖をつけられた時の切り札にしようと思って!」
「嫌ぁぁぁぁぁぁー!! 捨てて! 今すぐ捨てて!」
「嫌よ。マリーの素敵すぎる痛々しい思い出の記録なんだから一生、大切に保管しておくわ」
「お願いだから捨ててぇー……」
いつの間にかマリエルを愛称で呼ぶリアラは、悪戯めいた笑みを返す。
その変化に気づけないほどマリエルは、五年前にリアラ宛で手紙を書いたことを後悔していた。
その手紙は、サイラスと初めて顔合わせをした日の夜にフェニア宛の手紙と一緒に書いたものなのだ。当然、中身はサイラスを称賛する言葉と当時のマリエルの恋心が情熱的につづられている。
その恥ずかしすぎる過去の自分に打ちのめされていると、部屋の扉が盛大に開け放たれた。
「おかしゃまー! このご本、よんでー!」
元気いっぱいな声で部屋に突撃してきたのは娘のセアラだった。





