36.食えない国王夫妻
サイラスに手を取られながら馬車を降りると、おごそかで豪華な入口が一年ぶりにマリエルを出迎えてくれた。
現在のマリエルの記憶の中で最後に登城したのは、十五歳の頃である。
その時の夜会には、兄レシオンにエスコートされ参加した。
よみがえってきたその記憶にマリエルの胸が痛む。
あれから兄はもちろん、父親とも連絡は取っていない。
そして今後も事務的なやり取り以外では、できるだけ連絡は取らないとマリエルは決めていた。
その代わり義姉のフリーデには連絡を取るつもりでいた。
しかし、ここ最近マリエルの周辺がバタバタしていたので先送りになっている。
誰よりも早くマリエルが体を乗っ取られていることに気づいてくれていた義姉には、早く今の状況を報告したいと思っていたが、次から次へと新たな展開を見せる現状に気を取られ連絡ができなかったのだ。
義姉にも近況報告をしなければと思いながら、マリエルは夫とともに城内へと進む。
今回の夜会は、セグレート王家が毎月の野菜出荷量が目標数値を大幅に超えた際に開いてくれているものだ。
マリエルも十五歳の頃に二度ほど参加しており、その華やかさに感動していた。
だが、今回はそんな雰囲気を楽しめる余裕は微塵もない。
夫の予想通り、マリエルが会場に足を踏み入れた瞬間、会場内が一瞬でざわついた。
「あれはメディウム侯爵? 社交場に顔をだされるのは久しぶりだな。その隣の女性は誰だ?」
「後妻じゃないのか? ついに侯爵もあの悪妻と縁を切ったか……」
「いいえ! あの方、大分雰囲気が変わっていらっしゃるけど奥様のマリエル夫人よ!」
「どういう風の吹き回しかしら……。そもそもマリエル様って王城には出入り禁止になっていたのではなくて?」
「嫌だわ……。わたくし、また絡まれそう。あまり近づかないようにしないと」
大方どのような結果になるかは予想していたが、あまりにも酷い言われようにマリエルは、心の中で『無心』と呟いて悟りを開きだす。
隣の夫も心なしか呆れ気味な表情を見せていた。
「サイラス様……ここ五年の私は、かなり酷い暴走をしておりましたか?」
「はっきり言わせてもらうと、私でも手に負えないほどの暴走を見せていた」
「…………」
二人で虚ろな表情をしながら国王夫妻の入場と開会宣言を待つ。
すると、楽団の指揮者が姿を見せ、指揮台に上がった。
そしてファンファーレとともに国王夫妻が会場入りを果たす。
六年前に王位を継いだ国王は現在三十代になったばかりで、まだ若い。
その即位した年に息子が誕生しているので、王太子は六歳くらいになっていると思われる。
マリエルが五年間の記憶から現状を考察していると、国王の挨拶がはじまった。
「此度は皆の頑張りで今月の目標数値を大幅に上回る国益を得ることができた。そのねぎらいの意を込め、ささやかながら夜会を開かせてもらった。今宵は皆、大いに楽しんでくれ」
国王の挨拶終了とともに会場中の人間が一声に礼をとった。
すると、頭を上げるタイミングで楽団が優雅で華やかな曲を演奏しはじめる。
それを合図に爵位の高い貴族たちが、国王へ挨拶するため列を作りはじめた。
「気が進まないが、我々も挨拶に向かおう」
「サイラス様、今の発言は不敬になります」
「君だって今、同じ気持ちだろう」
「…………」
列に向かうと、侯爵家以下の貴族たちが暗黙の了解で国王夫妻までの道を二人に譲りだす。どうやら今回は三大侯爵家で参加しているのはマリエルたちのみのようだ。
王族への挨拶は、社交界デビューを果たした十四歳の頃に一度しただけなので、マリエルの体が緊張で強張る。
それにひきかえ隣のサイラスは、いつも通りの涼しい顔をしていた。
玉座の前まで進み出た二人は、宮廷式の挨拶で頭を下げると国王から話しかけられる。
「メディウム卿、今宵は奥方とともに招待に応じてくれたことに感謝する」
「こちらこそ、ご招待いただきまして、ありがとうございます。つきましては、一つ伺いたいことがあるのですが、発言をお許しいただけますか?」
「かまわない」
「ありがとうございます。もし差し支えなければ教えていただきたいのですが、なぜ今回は妻の登城をお許しいただけたのでしょうか?」
いきなり核心をつく質問をする夫にマリエルは頭を下げたままギョッとする。
すると、国王が今度はマリエルに話しかけてきた。
「夫人、頭を上げてくれ」
「はい……」
「実は風の噂で最近、貴殿の奥方の雰囲気が大分変ったと耳にした。すると妻が是非、会ってみたいといいだしてな」
侯爵邸に影を派遣していることを大っぴらに口にできないからか、遠回しな言い方をしてきた国王にマリエルの警戒心が一層に強まる。
どうやら国王は、マリエルの持つ記憶を妻の王妃に探らせるつもりのようだ。
美しい銀髪を持つ王妃に柔らかに微笑まれたマリエルは、再び深く一礼する。
「王妃陛下におかれましては、わたくしが過去に信じられないほどの非礼な振る舞いをおこなってしまったことを、深くお詫び申し上げます……」
「気にしないで。もう四年も前のことだもの。それにしても本当にお人柄が変わられたのね? 四年前とはまるで別人のようだわ」
裏が読めない王妃の言葉に反応しないようにマリエルは頭をさげたまま、グッと堪える。
「寛大なご対応をいただき、感謝申し上げます」
「でも……もしそのことを気にされているのであれば、一つわたくしのお願いをきいてほしいの」
「ご要望にお応えできるものであれば、なんなりと」
「お二人には確か四歳になるお嬢さんがいらしたわよね?」
その瞬間、マリエルの体がビクリと反応してしまう。
「この間、アバローナ侯爵夫人が、プリエール工房であなたとお嬢さんに会われたお話をしてくれたのだけれど、お嬢さんが天使のように可愛らしいと聞いて……。わたくしも一目だけでもと会いたくなってしまったの」
その話にマリエルがゆっくり顔を上げると、ニコリと微笑む王妃と目が合う。
「今度お嬢さんとご一緒にわたくしのお茶の誘いを受けていただけないかしら?」
王妃の申し出にどう答えていいかマリエルが困惑していると、隣にいるサイラスがすかさず間に入ってくれた。
「お声がけいただき、ありがとうございます。ですが、娘は四歳になったばかりで、まだ物事の分別がつかない状態です。王妃陛下に失礼があってはなりませんので、このお話は辞退させていただいてもよろしいでしょうか?」
「嫌だわ、メディウム卿。そんな堅苦しく捉えないで? わたくしは、ただ天使のような愛らしいお嬢さんとお会いしたいだけなの。それにわたくしも一応、幼い息子を持つ身です。子供がどういう動きをするか、よく知っているつもりよ?」
「ですが……四年前の妻の非礼もござますので、今回は……」
「でしたら、あなたも同席すればいいのではないかしら? お嬢さんもご両親が一緒であれば安心だと思うし! ねぇ、そうしましょう!」
夫の国王から「なんとしてもセアラを登城させろ」と言われているのか、まったく引かない王妃にサイラスが折れる。
「……かしこまりました。ではそのお誘い、謹んでお受けいたします」
「良かった! 日取りに関しては、後日お手紙でご都合がよろしい日を確認させていただくわね? ああ! お嬢さんにお会いできるのが楽しみだわ!」
大袈裟な様子で喜ぶ王妃を前にマリエルとサイラスが、硬い表情でこっそりと顔を見合わせる。
すると、国王が申し訳なさそうな様子で声をかけてきた。
「すまない。妻が無理を言ってしまって……」
「いえ、こちらこそ貴重なお声がけをいただき光栄に存じます」
そう口にしたサイラスだが、その表情からはちっとも光栄などとは思っていない様子が丸出しである。
それはマリエルも同じで、つい心の中で『あなたが無理を言わせたのでしょう!?』と国王に悪態をついてしまった。
すると、サイラスがあからさまに背後に視線を向ける。
「次の方がお待ちのようなので、我々はこれで失礼させていただきます」
「ああ、この後も是非、夜会を楽しんでくれ」
「お心遣い、ありがとうございます」
一礼して下がった二人は、すぐさま会場の隅へと移動し話し合いをはじめた。





