35.王家への疑惑
王家から夜会の招待状が送られてきてから一週間後。
マリエルは、以前使用していた本邸の衣裳部屋でテレーズとフェニアに着つけてもらった淡い黄色のドレスに身を包んでいた。
「おかしゃま、きれい~! おしめさまみたい!」
「ふふ! ありがとう!」
「あとねー、これ、シェアラといっしょなの!」
そう言ってセアラは、自分の頭に着けているマリエルから贈られたカチューシャを指さす。
「そうね! 今日のお母様はセアラとおそろいね!」
「『おそろい』って、なぁーに?」
「えーと、誰かと誰かが一緒の物を身に着けていたり、持っていたりすることよ」
「シェアラとおかしゃま、おそろい?」
「うん、おそろい! これ、セアラがお母様のために選んでくれたのよね? ありがとう」
「えへへ~、シェアラ、えらい?」
「うん! 偉い偉い!」
そう言いつつも今回セアラが一番値の張る良質な宝石を選んだことに関しては、マリエルは泣きそうになっていた。生まれた頃から一流品に囲まれているせいか、どうやらセアラの審美眼はとても優れているらしい。
そんなことを思いながら娘の相手をしていると扉がノックされ、室内にサイラスが入ってきた。
「マリエル、そろそろ……」
そう言いかけてジッと見つめてくる夫をマリエルも見つめ返す。
サイラスの容姿が整っているのは、もうわかり切っているので簡単には動じない。
そう心に決めていたマリエルだが、正装姿の破壊力が大きすぎて堪えるように唇をむ。
対するサイラスも、物珍しい様子でマリエルの全身を眺めまわしてきた。
「メイクやドレスの色合いが違うと、かなり雰囲気が変わるな……。今の君からは、初めて顔合わせをした時の印象を思い出す」
「初めて顔合わせをした時の印象と言いますと?」
「見た目は初々しい雰囲気なのに自分の意見はしっかり持っている印象を受けた。一見、気が強いタイプかと思ったが、話題は家族や友人を褒めるような内容が多かったな。そんな他人の長所を素直に認められる部分から、君は劣等感とは無縁な人間で、自分の中にしっかりとした価値観を持っているタイプだと思った」
スラスラと自身の内面的特徴を夫に挙げられたマリエルが唖然とする。
「た、たった一度会っただけで、そこまで私の人間性を読み取られたのですか!?」
「三大侯爵家の跡取りという立場だと、すり寄ってくる人間が多いんだ。そんな環境であれば、嫌でも人を見る目が養われる」
そう言ってサイラスはサッと手を差し出し、マリエルをエントランスまでエスコートしはじめる。
「だが、この五年間の君の印象は違った。周囲の人間の欠点や不満を常に口にし、相手によって悪い意味でコロコロと態度を変える。自分は絶対的な存在であるという自己主張は強いのに、周囲から拒絶されることに怯えている様子だった。あれは一度、誰かに酷く拒絶された経験がある人間の特徴だ……。自分の中にしっかりとした価値観があり、周囲の評価に翻弄されない強さを持っている今の君とは真逆なタイプだ」
「それが私の体を乗っ取った人物の内面……」
「あくまでも私の考察だが……憑依者は弱い自分が認められず、周囲を攻撃することで自分が強いという自尊心を満たしているタイプに見えた。自分の弱さを認め、周囲ではなく自己改善に走る雑草のような強さの君とは正反対だろう?」
「雑草……」
「言っておくが、誉め言葉だ」
「褒められている気がしません……」
そんな会話をしていたら、あっという間にエントランスに到着する。
オネストが開け放っている出口の向こうには、すでに馬車が用意されていた。
「だが、今はその憑依者の人格分析よりも、王家の動向を警戒したほうが良さそうだ」
「えっ……?」
確かにこれまでの経緯から、憑依者と王家の間に深い確執があることはなんとなく想像できる。
だが、なぜ自分たちが王家を警戒しなければならないのか、マリエルにはよくわからなかった。
そんなことを考えていたら、ドレスの裾になにかがポスンと引っついてきた。
「シェアラも、おかしゃまたちといっしょにいきたい……」
眉間に愛らしい皺を刻みながらドレスにしがみつく娘の姿に苦笑をもらしながら、マリエルが膝を折る。
「ごめんね……セアラ。今日お呼ばれされているのはお父様とお母様だけなの。もう少し大きくなったらセアラもお呼ばれされるから、今日はいい子でお留守番をしててくれる?」
「いい子してたら、おかしゃまたち、はやくかえってくる?」
「うん。セアラがいい子で頑張ってくれるなら、お母様も早く帰れるように頑張る! そうだ! どっちがたくさん頑張れるか、お母様と勝負しようか?」
「シェアラ、まけないよ!」
「お母様も負けない! じゃあ、勝負ね!」
開戦宣言をするように娘の小さな手と握手をしたマリエルは、後ろに控えていた執事とメイド三名にセアラを託す。
「それじゃ、みんな、セアラのことをお願いね」
「かしこまりました。お二人も道中お気をつけていってらっしゃいませ」
オネストに送り出されたマリエルは娘に小さく手を振り、夫にエスコートされながら馬車に乗り込む。
「城まで大体、四十分弱かかる。到着まで大分時間があるから、今回の件で互いに感じている疑問点や気づいたことがないか、意見を出し合おう」
「では早速なのですが……先ほどの『王家の動向を警戒』とは、どういう意味でしょうか?」
すると、サイラスの眉間に皺が寄る。
「言葉の通りだ……。これまで私は、自身では対応が難しいケースはかなり王家を頼っていたが、今はそれを見直すべきだと感じている」
「それは憑依者と王家の間に何らかの確執があるからですか?」
「いや、警戒心を抱いたのは、このタイミングで私たちが夜会に招待されたからだ」
「ええと……なぜ、そのことをきっかけに警戒を?」
「君が記憶を失ったばかりの頃、異性関係のトラブルを懸念して王家の影を監視につけたという話をしただろう」
その瞬間、マリエルがビクリと肩を震わせる。
「それは今現在でも続いている。だが、今は監視というよりも君とセアラの護衛という意味合いが強くなっているが……」
「でしたら、王家の影は安心できる要素では?」
「いや、今回ルグレ夫人が被害にあった出来事で見方が変わった」
夫から意外な人物の名が挙がったことにマリエルが首をかしげる。
「王家は影に君を監視させていたのだから、記憶を失った君の性格が変わったことを把握していたはずだ。だが、その際は動きがなかった。それなのにルグレ夫人が被害にあった途端、君との接触を図ってきた。なぜだと思う?」
「それは……王家にとって私の人格が本来のものに戻っても特に問題視していなかったからでは?」
「影をつけてもらったのは、君の問題行動を監視するためだったのに?」
サイラスのその言い方でマリエルは、あることに気づく。
「そう、ですよね……。私が本来の自分に戻ればその必要性はなくなるのに、なぜ王家はそのまま監視を続けたのでしょうか?」
「これはあくまでも私の考えだが……王家は君の問題行動を監視する建前で、君が余計なことを口にしないかを監視していたのだと思う」
「余計なこと?」
「君が登城禁止になった時、憑依者は王家に対する不満を口にしていたと話しただろう? その詳細だ」
「それは……『嘘つき』や『裏切り者の一族』に該当する内容ということですか?」
「そうだ。その詳細を君がどこまで把握しているか……もっというと、君が本来の人格に戻った後もその詳細の記憶が残っているのか、確認したかったんじゃないか?」
その瞬間、マリエルの顔から一気に血の気が引く。
「そ、それは……私が憑依されたことで王家の重大な秘密を知ってしまったと、疑われているのですか!?」
「そうでないことを祈りたいが……その可能性は高い」
サイラスの容赦のない返答にマリエルが涙目になる。
「そ、そんなぁ……。今の私は、憑依者のせいで王家に危険分子とみなされているということじゃないですかぁー……」
「今の仮説が当たっていたら、そういうことになる。だから王家は、いざとなったら君をどうにかしようと影に監視させていたんだと思う」
「ど、どうにかって……ま、まさか暗殺!?」
「憑依された状態のままだったら、その可能性もあったかもしれないが……現状は君がどこまで、その詳細を知っているか確認したいだけだと思う。仮に君にその記憶が残っていた場合は箝口令を発令され、一生、王家の影の監視がつくくらいだろう」
「そ、それは一生、王家から危険分子扱いされるということじゃないですか!」
「物は考えようだ。一生、王家専属の護衛が自分についてくれると考えれば……」
「そんな楽観的になんて考えられません!!」
夜会参加前なので、マリエルは必死に涙を堪えて不満を訴える。
そんな妻にサイラスは憐憫の眼差しを向けた。
「これに関しては、君に運がなかったとしか言いようがない……。だがこの後、ルグレ夫人も同じ被害にあっただろう? 今回、君がこの夜会に招かれたのは、陛下ご自身が君に王家が秘匿したい情報の記憶があるか、探りを入れるつもりなのだろう。もし君にその記憶が残っていたら、第二の被害者であるルグレ夫人も同じ状態になるので、王家はどこまで秘密が漏れてしまっているのか把握したいのだと思う」
今の話で馬車内の空気が一気に重くなる。
もしサイラスの仮説が当たっていたら、王家にはある問題点が二つある。
一つ目は、五年前にマリエルの性格が豹変したことが何者かに憑依されている状態だと、王家は早い段階で気づいていたということだ。
それを知っていながら、王家は夫のサイラスにその情報を一切提供しなかったことになる。
二つ目は、憑依者が握っている王家の重要な秘密だ。
憑依者が『嘘つき』『裏切り者の一族』と口にしていたくらいなのだから、恐らく王家にとっては汚点となる内容なのだろう。
しかも激しい怒りを露わにしていた憑依者の反応から、その秘密はかなり根深い遺恨がありそうだ。
あくまでもサイラスの仮説であって、実際はどうなのかわからない。
単純に王家は、マリエルがまともになったことを確認したいだけかもしれない。
だが、このタイミングで夜会に招待されたのは、かなり引っかかる。
モヤモヤしながらそんな考えをマリエルが張り巡らせていると、向かいに座っているサイラスが深いため息とともにうなだれた。
「あの時、王家に呪術の専門家を依頼するんじゃなかった……」
「ジョアンナ先生の意識が戻った時ですか?」
「ああ。呪術によって体を乗っ取っているのか、霊的な現象で体を乗っ取っているのかわからなかったから、深い話になる際に一応、彼を部屋に残したんだ……。だが、彼は王家にあの時の話のやり取りの詳細が全て報告したと思う」
「それは仕方がないと思います……。そもそも私に王家の影がついている時点で、屋敷でのやりとりは王家には筒抜けです。ちなみにどの使用人が影なのかは、サイラス様も把握されていないんですよね?」
「知ってしまうと、その人物を影と意識してしまうから、敢えて聞かなかった。だが、今思うと全部裏目に出ている気がする……」
そう言って再び頭を抱え込んでしまった夫にマリエルが苦笑する。
「それでもこの二カ月で、かなり真相には近づいていると思います。とりあえす私の体に五年も居座った存在は、今の時間軸を生きていない存在だと思います」
「過去の亡霊か……」
「それも王家にかなり恨みを持っている存在かと」
「厄介だな。警戒しなければならない存在が、もう一つ増えた……」
「それが王家だなんて、戦い甲斐がありますね」
「君は、なんでそんなに前向きで強気なんだ……?」
「もう落ちるところまで落ちたので……あとは這い上がるしかないんです、私」
自虐的なことを口にしながら苦笑すると、サイラスがなにかを振り切るように短く息を吐く。
「そうだな。今はあれこれ考えたり後悔しても仕方がない。とりあえず、今日は王家の出方を見てみよう」
「はい!」
「ちなみに会場入りしたら、君は悪い意味で注目の的になるので覚悟しておいてくれ」
「……はい」
夫からまったく励ましにもならない助言を貰ったマリエルは、市場で売られる子牛のような心境で馬車に揺られながら城門をくぐった。





