33.王家と憑依する者
「マリエル……大丈夫か?」
わかりやすいほどに硬直したマリエルに、サイラスが呆れ気味な様子で声をかける。
「大丈夫ではないです……。そもそも『出入り禁止になっている』とは、どういうことでしょうか?」
「聞かない方がいいと思う」
「またそれですか!? 教えてください!」
「だから君は、聞いたら傷つくとわかっているのになぜ聞きたがるんだ……」
「聞きたくなくても聞かなければ対処しようがないからです!」
これから死地にでも行くような気迫で迫ってくる妻にサイラスが気まずそうに話し出す。
「以前、君が銀髪の女性に必要以上に突っかかっていたという話をしたのを覚えているか?」
「はい……」
「では、王妃陛下の髪の色は?」
「銀ぱ……ま、まさか……」
「その、まさかだ。君は王妃陛下にも喧嘩腰で危うく不敬になるような発言をしかけ、私が慌てて会場から連れ出し、その日は君だけを先に帰宅させた。残った私は両陛下に謝罪後、君を城へ出入り禁止にしてもらうように進言したんだ……」
「な、なんてことを……。サイラス様、両陛下にそのように進言していただき、ありがとうございます!」
「まぁ、その分、他の夜会に頻繁に参加し、君は自身の悪評を広めていったが……」
「…………」
その話で改めて体を乗っ取っていた存在への憎しみがマリエルの中で燃え上がる。
するとサイラスが、急に深刻そうな顔つきになった。
「だが、今思うとそれは君の中にいた存在の行動だったわけだろう? あの時の君は王妃陛下に喧嘩腰なだけでなく、王家に対しても不満を口にしていた。会場から連れ出し馬車に押し込んだ際、君は王家を嘘つき呼ばわりしていたんだ」
「王家を嘘つき呼ばわり? な、なぜ……?」
「具体的な理由は口にはしていなかったが……『嘘つき』や『裏切り者の一族』とわめきちらして、その時は手がつけられないほどの怒りを爆発させていた」
「で、ではその時の私は、精神的に病んでいるように見えていたのでは?」
「私もそれを懸念してグレードル先生に診てもらおうと思ったんだが……君は『少し取り乱しただけだ』と言って診察を受けてくれなかった。しかも登城禁止の件を伝えると、あっさり受け入れたんだ」
「興奮気味で王家を非難していたのにですか?」
「ああ。ただその時の私は、君はかなり気まぐれな性格だと思っていたので、急に王家に執着をしなくなっても、あまり気に留めなかった……」
そう言ってサイラスは、自身の見落としを悔やむ様子を見せる。
しかし当時は、妻の中に別の存在が入り込んでいるとは夢にも思っていなかったのだから、仕方のないことだとマリエルは思ってしまう。
それより気になるのは、憑依していた存在が王家を敵視していたことだ。
『嘘つき』『裏切り者の一族』、どちらも被害者が発する言葉である。
だが『一族』という言葉からは、現在の王家よりもそれ以前の王家を指しているようにも感じられた。
そんな経緯から、憑依者は今の時代を生きている人間ではないとマリエルは考える。
「サイラス様……もしかしたら憑依者は、王家に恨みを抱いている亡霊なのではないでしょうか……」
「なぜ、そう思う?」
「先ほどの話で憑依者が『一族』という言葉を使っているからです。それは今の王家ではなく、過去の王家に裏切られたから、そのような言葉を使ったのではないかと……」
「なるほど。憑依者は過去の人間ということか……。確かに憑依中は、ひと昔前に流行したドレスを好んで着てい――」
そこでなぜか言葉を止めたサイラスは、思い立ったようにジッとマリエルを見つめてきた。
「ところで……君は一週間後の夜会に着ていくドレスは、すぐに準備できるのか?」
「えっ!?」
「この手紙には必ず夫婦一緒に参加するように書かれている。だが、君はつい最近、本邸のクローゼットの衣類や宝飾品をかなり処分しただろう。その売却金を私に全額返そうとしてきたから受け取りは半額だけにして、残りは君の身の回り品に使うように伝えたはずだが……その後、新たなドレスを購入している気配がないのだが?」
「えっと、その……」
「まさか一着もないのか!? フェニア! 現在の彼女の夜会用のドレスはどうのような状況だ!」
「現在の奥様が所持している夜会用のドレスは、黒がアクセントな真っ赤で品のない色合いのドレスと、金がアクセントの艶めかしい紫のドレスと、なにを血迷ったか白のフリルがふんだんに使われた少女が着るようなピンクのドレスの三着のみになります。ちなみにすべて奥様のお好みとは、かけ離れたデザインばかりです」
「フェニ!」
忠義に厚いはずのメイドに裏切られたマリエルが、抗議するように叫ぶ。
「酷い有様だな……」
「そ、その……この先もう自分は夜会に参加する機会はないだろうと思っていたので、全力で処分してしまいました……」
「侯爵夫人という立場で、それが許されるとでも?」
「で、ですが! 辛うじてドレスコードに引っかからなそうなドレスは確保しております!」
「今のフェニアの見立てでは、最悪なデザインばかりのようだが?」
「…………」
気まずそうに押し黙るマリエルにサイラスが、深いため息をつく。
「レスリー。今すぐ本邸に行って、至急プリエール工房のデザイナーを呼ぶようにオネストに伝えてくれ」
「かしこりました」
「サ、サイラス様!」
「これは侯爵夫人としての君の役割だ。ただでさえ悪評を吹聴されているのに、そんな変なドレスを着て王家主催の夜会に参加させられるわけがないだろう!?」
「で、でしたらご予算は抑え気味に……」
「今回は準備に時間がない為、セミオーダーになるが、今後のことを考えてフルオーダーのドレスを最低でも五着は注文する!」
「そ、そんな! 折角、本邸の悪趣味なドレスを売却して、少しだけ返金できたのに!」
涙目で訴えてきたマリエルにサイラスが白い目を向ける。
「そんな気遣いは必要ない。ちなみに君……ダンスは得意なのか? この五年間の君は『ダンスは嫌いだ』と言い張っていたから、一度も踊った姿を見たことがないのだが」
すると、マリエルは再びピシリと固まる。
「ええと……スピード感のあるダンスでしたら得意なのですが……」
「なるほど。公式の場で踊る機会が多いワルツは苦手だと」
「あ、あと……これまで兄としか踊ったことがありません……」
後ろめたそうに視線を泳がせるマリエルの様子にサイラスが、深く息を吐く。
「特訓だな……」
「えっ……?」
「今日明日でドレスの準備を! その後は私が空いている時間を全て君のダンスの練習にまわす!」
「そ、そんなぁ! そ、その間、セアラの相手はどうするのですか!?」
娘を引き合いに出して、なんとか難を逃れようとマリエルが主張する。
しかし、その娘は予想外な反撃を見せてきた。
「シェアラ、おかしゃまとおとしゃまのダンス、みたい!」
「ええっ!?」
「あとねー、シェアラもおかしゃまのドレス、えらんであげるのー」
「そうだね。セアラ、お母様にはうんと豪華なドレスを選んでくれるかい?」
「うん! シェアラにおまかせあれ~」
「…………」
こうしてマリエルは、翌日から侯爵夫人らしい動きを強制的にはじめさせられることとなった。





