32.王家からの誘い
勉強部屋での騒動があってから三日後、突如姿を消したメイドのデイジーが自主的に侯爵邸に戻ってきた。
デイジーはカレンと同じく伯爵家の生まれだが、四女であるため結婚は考えておらず、侯爵家でのメイド実績を積んで自立を目指している成人前の少女であった。
実家の伯爵家は騎士家系で彼女自身も護身術などが得意だったので、将来は高位貴族の家で護衛も出来るメイドとして働くことを目標にしていたらしい。
そんな目標があったデイジーは、解雇されることを覚悟で泣きながら侯爵邸に戻ってきたのだが、この三日間の記憶は一切なく、ふと気がつけばいきなり実家の自室にいたそうだ。
どうやら謎の存在は、その三日間でより自身の条件を満たす人物に乗り移ったと考えられる。サイラスは、引き続き捜索を依頼した機関にこの三日間のデイジーの動向を調べさせているそうだ。
その間、マリエルとともに憑りつかれた人間に共通点がないか確認しはじめる。
この日もセアラがジョアンナの授業を受けている間、二人は別邸で情報をまとめていた。
今のところわかっている被害者の共通点は二点だけである。
憑りつかれたのは全員女性であること。
そして全員が伯爵家の生まれであること。
ちなみに年齢は特に関係ないようだ。
二人は未婚でうち一人は成人前、マリエルとジョアンナは既婚者で出産経験もある。特にマリエルは憑りつかれている間に結婚と妊娠、そして子供まで出産しているのだ。
その状況に複雑な気持ちを抱くマリエルだったが、それ以上にサイラスのほうが酷くショックを受けていた。
先ほどからテーブルの上で頭を抱えるようにうなだれている。
「あの淫乱娼婦のように三回も襲ってきたのは、君の体を乗っ取った別人だったのか……」
「サイラス様……ショックなのはわかりますが、その詳細はあまり耳にしたくないのでブツブツと呟かれるのは、少しお控えいただけませんか……?」
「いや、だって! 薬で意識が混濁していたとはいえ、未成年の少女に馬乗りになられて襲われ、男の尊厳を踏みにじられただけでも相当なトラウマなのに、そこに君の意志はなかったんだぞ!?」
「嫌ぁぁぁぁぁー!! やめてください!! 昼間からそんな卑猥な話をなさらないでください!!」
「卑猥って……君がしたことじゃないか!」
「私ではありません! 私の中に入っていた痴女の仕業です!」
「痴女って……」
マリエルにピシャリと言い切られたサイラスが、再びうなだれる。
もちろん、マリエルも当時サイラスが心の傷になるほどの酷い経験をしたということは理解している。
だが、それはマリエルにも言えることなのだ。
「私だって、ショックなんです……。婚約者が無理矢理体の関係を強要され、三回も襲われて……その犯人のことは絶対に許すことなんてできません! でも――」
そこでマリエルは、思いつめたように言葉を詰まらせる。
「体は私のものだったんです……。サイラス様とそのような行為に及んだのも、セアラを身ごもり出産したのも、私の体なんです……」
絞り出すようにこぼされた言葉にサイラスが、ゆっくりと目を見開く。
「憑依した存在には、はらわたが煮えくり返るほどの怒りしかありません。でも事実だけで見れば、私は婚約者と結婚し、子供を授かっている状態なんです……。夫と娘を得ている今の生活に集中するほうがいいのか、それとも奪われた時間を恨み続けるべきなのか。私はこの怒りと、どう向き合っていいのか、わからないんです……」
「マリエル……」
「ごめんなさい……。サイラス様の立場からだと、今の私はとても無神経なことを口にしていますよね……。でも記憶を奪われたことを恨み続けても、自分が苦しいだけだと思ってしまって……」
マリエルが胸の内を打ち明けると、サイラスがねぎらうような笑みを向けてきた。
「そうだな……。やり場のない深い怒りや悲しみを抱き続けることは、苦しさしかないよな……。ならばその感情と向き合えるようになるまで、なるべく考えないようにして、自分を守ることも大切だな」
「向き合える日は……きますかね……」
「一番簡単な方法は、忘れてしまうことだ。だが、傷が深ければ深いほど、それは難しい。そうなると気長に時間が解決してくれることを待つしかない」
「サイラス様は……時間をかければ向き合えそうですか……?」
その質問に一瞬、驚きの表情を浮かべたサイラスだったが、すぐに苦笑する。
「それは……君次第だな」
「私次第?」
「君が五年前、私にとんでもないトラウマを植えつけたんだぞ? ならばそれを払拭できるくらいなことを君にして貰わないと向き合えそうにない」
「そ、それはとてつもなく難しいことでは?」
「そうでもないさ。この先、必須となることだから気長に待たせてもらう」
「な、なにやら重圧がすごいのですが……ご期待に応えられるよう努力はさせていただきます!」
「ああ。頼む」
そんな話をしていると、扉がノックされセアラが部屋に飛び込んできた。
「おべんきょうおわったの~。おかしゃま! シェアラとあそぼ?」
抱きついてきた娘を受け止めたマリエルは、今日セアラを連れてきたのがテレーズではなく、レスリーであることに気がついた。
「そういえば……レスリーがここに来るのは久しぶりね?」
「はい。ここ三日ほどお休みをいただいておりました。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「気にしないで。今はテレーズだけでなく、フェニもいるし……。セアラに関しては、ジョアンナ先生がいらっしゃるから、大分助けていただいているわ」
「お気遣いいただき、ありがとうございます。フェニアさんも不在の間、ご対応いただいて、ありがとうございました」
「お互い様ですよ。それにレスリーさんの穴は殆どテレーズさんが埋めてくださってましたし」
「そうでしたか……。では、あとでテレーズさんにもお礼を申し上げないと」
相変わらず表情変化は乏しいレスリーだが、意外なことに義理堅い面がある。
そんな彼女は、ふとテーブルの上のメモ書きに目を向ける。
「こちらは?」
「ええと……今、諸事情でこの四人になにか共通点がないか探しているの」
「もしや先週の勉強部屋での出来事が関係しておりますか?」
レスリーからの意外な質問内容に驚いたマリエルは、理由を確認するようにサイラスに目を向けた。
「レスリーはセアラ付きのメイドなので、例の件は把握してもらったほうがいいと思い、テレーズに情報共有をするよう指示しておいたんだ」
「そうでしたか……では今この屋敷で、そのことを把握している使用人は……ここにいる四人とテレーズとオネスト、そしてデイジーですかね」
「デイジーには、引き続き雇用することを条件に詮索しないように口止めをしているので情報共有はしていない。代わりにセアラと接する機会が多いクラムには、少し話をしている。あと使用人ではないが、ジョアンナ先生も情報共有済みだ」
「なるほど……。ではそれ以外の使用人の前では、この話は控えますね」
「そうしてくれ」
マリエルたちが互いの認識をすり合わせていると、テーブルの上のメモ書きをジッと見ていたレスリーが、あることを呟く。
「豊穣の乙女……」
「えっ?」
「奥様、こちらにお名前が書かれている皆様は、全員伯爵家のお生まれですよね?」
「え、ええ。そうね」
「でしたら、奥様と同じように豊穣の乙女の判定をされた方々ではありませんか?」
その瞬間、マリエルとサイラスが勢いよく顔を見合わせる。
「そうか……伯爵家なら濃さはともかく、リーベの血が入っている可能性が高い。現に退職手続きをしたカレンの経歴書には、豊穣の乙女の認定を受けていることが書いてあった。ルグレ夫人に関しては、ご主人とのロマンス話でそのことは有名だ!」
「ではデイジーも!?」
「デイジーは……すまない。雇用した際の経歴書を確認しないとわからない」
「奥様! 私、今からデイジーさんに豊穣の乙女の認定を受けていないか確認してまいります!」
「フェニ、お願い!」
急にバタバタしはじめた大人たちの動きに、セアラがキョトンとした表情を浮かべる。
「おかしゃまー。『ほうじょのおとめ』って、なぁーに?」
「『ほうじょ』じゃなくて、『豊穣の乙女』よ。うーん……でも今のセアラには難しいことだから、説明するのは少し早いかなー……」
「シェアラ、まだしらなくてもいいことー?」
「そ、そうね! シェアラはまだ知らなくてもいいことね! もう少し大きくなったら教えてあげるわね?」
「そっかー、シェアラ、まだしらなくてもいいことかぁー」
父親によく言われているからか、難しい言葉に遭遇した時のセアラの潔さにマリエルが苦笑する。
そんな娘の様子に一瞬、緊張感が緩んだマリエルだったが、戻ってきたフェニアの報告で再び緊張感が戻ってきた。
「奥様! やはりデイジーさんも豊穣の乙女の判定を受けていらっしゃいました!」
「やっぱり……。レスリー、よく気づいたわね?」
「男爵家出身の視点では、伯爵家にお生まれの方は豊穣の力をお持ちな方が多いという認識なのです」
「そうなの?」
マリエルの返答にフェニアが苦笑する。
「これまで奥様の周囲には、豊穣の力をお持ちのご友人が多かったですからね……。身近な力すぎて皆、当たり前に持っているという感覚だったのでは?」
「た、確かにそうだったかも……」
マリエルが気まずそうに目を泳がせていると、サイラスがテーブルの上のメモ書きに一文を書き加えた。
「これで四人の共通点が一つ増えたな。だが……長く憑依するケースと移動手段だけで憑依するケースがあるようだ。その違いはなんだ?」
「確かに……私から憑依が外れた時、カレンでなくデイジーに憑依すれば、長く侯爵邸に居続けられましたものね……」
「もしかして、各々の豊穣の力の強さに関係しているのか?」
「どうなのでしょうか……」
四人で唸りながら考察をしていると、突然扉がノックされた。
サイラスが入室許可をすると、オネストが一通の手紙を持って現れる。
「旦那様、至急こちらのご確認を……」
「セグレート王家から?」
封蝋印を確認したサイラスが、怪訝そうな表情で手紙を開封する。
だが、中身を確認した瞬間、ピタリと動きを止めた。
「……このタイミングでか?」
「あの……なにが書かれていたのですか?」
「一週間後におこなわれる夜会の招待状だ。ただし、今回は出入り禁止になっている君と一緒に参加するように書かれている……」
その言葉に今度はマリエルが、石像のようにピシリと固まった。





