25.本邸に一泊
ちょっとした手違いで開始予定時刻から二十分遅れで始まったセアラの誕生日会はこの後、盛大な盛り上がりをみせ、夕方の十六時頃にお開きとなった。
その間、セアラは使用人たちからお祝いの言葉とともにたくさんの誕生日プレゼントをもらい、父サイラスからは宝石箱のようなオルゴールを貰って大興奮していた。
使用人たちにとっても良い息抜きになったようで、中にはこの機を利用して新規で雇った使用人との交流を図っている者もいた。
それ以外にも子供を持つ使用人たちが提案した輪投げ対戦や、子供向けの手遊びゲームなども用意されており、セアラは大はしゃぎで楽しんでいた。
ちなみに輪投げ対戦ではクラムが大人げなく本気を出したため、無駄にレベルの高い大人同士の戦いとなり、違う意味で盛り上がり見せる。
だが見事に優勝を勝ち取ったのはクラムではなく、レスリーだった。
自分の専属メイドの活躍にセアラは大喜びしていた。
そんな楽しい一日を満喫したセアラは軽い夕食を済ませると力尽きてしまい、マリエルに抱きついたまま眠ってしまった。
熟睡して重くなった娘を膝上で抱きかかえながら、マリエルは向かいでお茶を口にしている夫に話しかける。
「サイラス様、使用人の件では大変ご配慮をいただき、ありがとうございます」
「私はオネストが持ってきた書類にサインをしただけで特になにもしていない」
「ですが……退職を希望する使用人の新たな勤め先への打診は、サイラス様が動いてくださっているのでは?」
「侯爵家に仕えている彼らなら先方もすぐに打診に応じてくれるので、そこまで手間ではないさ。ただ……」
そこでサイラスは一旦、言葉を溜めた。
「現状でも希望した新しい職場の採用返答待ちの人間がいる。今回セアラの誕生日会は、引き続き君に仕える選択をした者と、この五年間の君のおこないを知らない新規で雇った者のみ参加を許可したんだ。本邸には、まだ君に対して嫌悪感を抱いている者がいることは一応、頭の中に入れておいてくれ」
「はい……」
どんなにセアラが母親を慕う様子を周囲に見せていても、どうしてもマリエルを受け入れられない使用人がいるのは仕方のないことだ。
マリエルに覚えがなくても傷つけられた人間からすれば、そんなのは関係ない。
『マリエル』という人間から酷い扱いを受けた経験は、彼らにとってゆるぎない事実なのだ。
その現実を受け入れるべきだとマリエルは理解しているつもりだ。
それでも心のどこかで自分が理不尽な目に遭っているという考えが、くすぶってしまう。
そんな妻の心境を察したのかサイラスが補足をする。
「それでも三カ月以内には、先方との話はまとまるはずだ。だからあまり気に病まないでくれ」
「お気遣い……ありがとうございます」
夫の労いに感謝するも、マリエルにとってはそう簡単に割り切れるものではない。
引き続き漂う重い空気に耐えかねたのか、サイラスは別の話題を振りはじめる。
「そういえばセアラの新しい教育係が決まった」
「本当ですか!? 良かった……。あんなことがあったので、もっと時間がかかるかと思っておりました」
「今回は王家に紹介を頼んだので、そこは安心してくれ。担当してくれるのはジョアンナ・ルグレ男爵夫人だ。昨年まで王家が主催していた淑女向けの講習会の講師を任されていた女性で、受講生の令嬢からの信頼も厚く、夫人自身も息子さんを二人立派に育て上げいる」
「王家からの紹介というだけでも凄いのに……そんな優秀な方がセアラの教育係に? 流石、三大侯爵家……」
すると、サイラスが呆れながら片眉を上げる。
「この間からそれを口にしているが……その三大侯爵家の一つであるメディウム侯爵家の夫人は君だぞ? 今の発言だと自画自賛にならないか?」
「た、確かに……」
「君の中では、未だに『自分は伯爵令嬢』という感覚なのだな……」
「も、申し訳ございません……。できるだけ認識を切り替えるように善処いたします」
「まぁ、たった一日寝ただけで、いきなり子持ちの侯爵夫人になっていたのだから無理もないか……。だが、少しずつ自覚はしていってくれ」
「はい……」
そんな話をしていたら、部屋の隅で控えていたテレーズが二人に声をかけてきた。
「お話し中に失礼いたします。そろそろセアラお嬢様のおやすみの準備をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「もうそんな時間か……。そうだな。今日のセアラは、はしゃぎすぎて良い意味で力尽きているからな」
「では、私も別邸に戻りますね。テレーズ、セアラをお願い」
そう言ってマリエルがテレーズにセアラを託そうとした瞬間、小さな手がガッシリと服を掴んできた。
「やーん! きょう、シェアラ、おかしゃまとねるぅー!」
「ええっ!? で、でも……」
目をこすりながら駄々をこねだした娘の要望に困惑しながら、マリエルがサイラスの反応を窺うと不思議そうな顔を返された。
「なぜ私の顔を見るんだ? 今日は本邸に泊っていけばいいじゃないか」
「で、ですが……」
さらにマリエルが困惑すると、なぜかテレーズがセアラの援護をはじめた。
「ご安心ください。奥様のお休み時のお召し物は本邸でもご用意しております」
「そ、そこを心配しているのではなくてね?」
「フェニアもこちらに泊まらせますので、明日のお支度も問題ございません」
「テレーズ……あなた、なぜそんなに乗り気なの……?」
「こんなこともあろうかと、奥様が別邸に移られたあと旦那様へご相談し、何着か奥様のサイズでデイドレスを用意しておりました」
「…………」
どうやらそのデイドレスをマリエルに着せたいらしい。
あまりにも用意がいいメイド長にマリエルが呆れながら黙り込む。
すると、膝上のセアラがぐずりだした。
「シェアラ、もうおねむなのー……。おかしゃま、いっしょにおねむしよう?」
「えっと……」
「ほら、奥様!」
「今日はセアラにとって特別な日なのだから、要望をきいてくれないか?」
「わ、わかりました……」
この日、マリエルは『娘と添い寝』という母親らしい体験を初めて経験する。
そして翌朝、本邸の使用人たちから謎の良い笑顔を向けられながら、家族三人での朝食も初体験した。
その間、セアラはプリエール工房へ出かけた時と同じくらい大興奮していた。
そんな娘の反応から、この四年間どれだけ寂しい思いをさせてきたのかとマリエルの心が少し痛んだ。
だが今の自分は、その四年間を補うための機会を手にしている。
この一カ月間、失った記憶の自分自身の行動に打ちのめされ続けてきたマリエルだが、しっかりと現実を受け止め、いつの間にか前に進める強さを身につけていた。





