24.誕生日会
翌日、マリエルはいつもセアラと過ごしている書斎兼応接室で、フェニアが入れたお茶を飲んで落ち着いていた。
すると、室内の時計に目を向けたフェニアが寂しそうに呟く。
「そろそろセアラお嬢様のお誕生日会がはじまった頃ですね……」
「そうね……。確か十時に開始とレスリーが言ってたわ」
「奥様、行かれなくてもよろしかったのですか?」
「だって私は招かれていないのだもの……。それに私が顔を出したら、本邸の使用人たちが警戒して、重苦しい雰囲気になってしまうじゃない」
「それは……考えすぎではないでしょうか」
「フェニ。私はこの五年間、周囲にとても酷いことをしてきたの。特にこのメディウム侯爵邸の使用人たちは、五年間もそんな私に仕えていたのよ? 不当に解雇された人間もいれば、言いがかりで罰せられた人間も多いと思うわ。そんな私が現れたら、どうなると思う? 気まずい空気になって折角の娘の誕生日会が台無しになってしまうでしょ?」
そう自分で主張したマリエルだが、だんだん悔しい気持ちが込み上げてくる。
数日前にサイラスとの話で上がった『誰かに体を乗っ取られていた』という仮説がもし本当なら、その非道な行いをやったのは自分ではなく、その別人になる。
その人物のせいで今のマリエルは周囲から嫌悪されている状態なのだ。
だが現実的に考えると、その別人はマリエル自身が生み出したもう一人の自分という可能性も捨てきれない。
それは誰のせいでもなくマリエル自身の責任になってくる。
現状マリエルを擁護する姿勢をみせてくれるサイラスや義姉は、前者の乗っ取り説で考えてくれている。
だが、もし心疾患が原因だった場合の責任はどうなるのだろうか。
そんなことを考えながら深いため息をつくと、別邸内の玄関口の扉が乱暴に開かれる音がした。
不思議に思い、思わずフェニアと顔を見合わせる。
「誰か来たのかし――」
マリエルがそう言いかけた瞬間、バタバタとした足音とともに部屋の扉が盛大に開かれる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
驚いてそちらのほうに目を向けると、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたセアラが、長椅子に座っているマリエルの腹部めがけて突っ込んできた。
「ぐふっ!!」
「なんでぇぇぇー!? なんでおかしゃま、こないのぉぉぉー!?」
「えっ……? ええっ!?」
「シェアラ、今日おたんじょうびって、いったでしょう!? なんでおかしゃま……いないのぉー!?」
腹部に張りついたまま、グリグリと頭を押しつけて抗議してくる娘にマリエルが戸惑っていると、その後ろから疲れ果てた顔をしたサイラスとテレーズが現れる。
「ええと……」
「頼む、マリエル……。使用人と顔を合わすのが気まずいのはわかるが……誕生日会に参加してくれ……」
「私からもお願いいたします! このままでは二週間も前から準備していたお嬢様のお誕生日会が台無しになってしまいます!」
ぐったりした様子のサイラスと涙目のテレーズから懇願されたマリエルだが、どうも状況がよくわからず困惑する。
「で、でも……私、招待されていな――」
「シェアラ、おかしゃま、さそったもん!!」
「ええっ!? いつ!?」
「ウサギしゃんのおかしゃまにアベルでおさそいしたもん!!」
「あっ……」
セアラの話から一週間前にした人形遊びのことをマリエルが思い出す。
「で、でもあれはお人形遊びの……」
「なんで、おさそいしたのにきてくれないのぉ!? シェアラのこと、きらいになっちゃったのぉ!?」
「ち、違うわ! その……お母様、あれがお誕生日会のお誘いだって気づかなくて……」
「シェアラ、ちゃんと、さそったもぉぉぉぉん!!」
部屋中に響き渡る声量で号泣しながら訴えてくる娘に困惑したマリエルは、思わずサイラスたちに目で救いを求める。
すると、なぜか二人に深くうなずかれた。
「あ、あの……」
「参加してくれるよな……?」
「奥様……」
「ええと……」
「参加してくれるよなっ!」
「……はい」
「奥様!」
半ば強制的に夫に承諾させられたマリエルは、エグエグと自分にしがみついて泣いている娘の頭を優しく撫でる。
「ごめんね……セアラ。お母様、お誘い受けてるの気づかなかったの。今からお誘い受けるから、もう泣かないで?」
「うっ……ふっ……おかしゃま……きてくれるの……?」
「うん。お母様もみんなと一緒にセアラのお祝いするね」
「ふぅっ……ふわぁぁぁぁぁぁん!! お、おかしゃま、き、きてくれるぅぅぅー!!」
今度は嬉しさで号泣しだした娘の背中をトントンしながら、マリエルは立ち上がる。
そして疲労困憊という様子のサイラスたちに向き直った。
「配慮が足らず申し訳ございませんでした……」
「いや……今の話からだとセアラの誘い方も悪かったようだな」
「奥様をお待ちしておりましたのに一向にお見えにならないので、お声がけに向かおうとしたところ、先にお嬢様がこのような状態になってしまって……」
「ご、ごめんなさい! テレーズにも苦労をかけたわね……」
グシュグシュ言っている娘の背中を撫でながら、マリエルはフェニアも連れて本邸に向かう。
だが、正直なところセアラの誕生日会に参加することは少し怖かった。
どんなに娘が参加を望んでくれても、使用人たちにとってのマリエルは五年間も自分たちを虐げてきた存在である。
たとえ記憶を失ったことで大人しくなったと聞いていても、使用人たちのマリエルに対する不信感は簡単には消えないはずだ。
本邸に行けば、厳しい視線が必ず向けられるだろう。
だが、こんなにも娘が自分の参加を強く望んでくれている。
ならば娘のために自分は参加すべきだ。
そう自分を奮い立たせながら、かなりの覚悟を決めて誕生日会場に足を踏み入れたマリエルだが、それは取り越し苦労に終わる。
「ああー! 奥様、やっと来られた! なにやってたんですか! もう奥様がお見えにならないから、お嬢が泣き叫んで大変だったんですよ!?」
最初に声をかけてきた使用人は、すっかり今のマリエルに順応している副料理長のクラムだった。
「ご、ごめんなさい。その……セアラからお誕生日会に誘われていることに気づいていなくて……」
「それ、どういう状況ですか……? お嬢、一週間前から奥様を誕生日会に招待したって、ニコニコしながら屋敷中で吹聴してましたよ?」
「ええっ!?」
クラムの話に驚いていると、抱きかかえていたセアラがモソモソしはじめる。
そんな娘を床に降ろすと、今度はマリエルの手を掴んで自分の席のほうへ連れて行こうとする。
「おかしゃま、ここー! シェアラのとなりー!」
立食式のパーティーなので椅子は主役のセアラの分しか用意されていないのだが、とりあえず娘の要望通り隣に立つ。
すると、執事のオネストが果実水の入ったグラスを手渡してきた。
「奥様、こちらをどうぞ」
「あ、ありがとう……」
マリエルがグラスを受け取ると、セアラを挟んで反対側に立っているサイラスや二十人以上の使用人たちも、いつの間にかグラスを手にしていた。
だが、その使用人たちからは一切嫌悪の視線は飛んでこなかった。
不思議に思っていると、サイラスが手にしているグラスを少しだけ高く持ち上げる。
「本日は娘の四歳になる祝いの席に集まってくれたことに感謝する。このとおり皆の助けで娘もここまで成長することができた。今日はその労いも兼ね、仕事を忘れ存分に楽しんでほしい」
そう述べたサイラスは主役席に座っているセアラに声をかける。
「セアラ、頼めるかい?」
「うん!」
すると、セアラは自分の目の前にあるオレンジ色の果実水が入った小さなグラスを手にし、大きく息を吸い込む。
「かんぱーい!」
「「「「「乾杯!」」」」」
グラスを軽く上げる者もいれば、隣同士でグラスをぶつけている者もいる。
セアラの一声で会場中の人間が楽しげな会話とともに動き出した。
その光景にマリエルがポカンとしていると、隣に座っているセアラのもとにメイドが二人やってくる。
「セアラお嬢様、お誕生日おめでとうございます!」
「これ、お祝いなのですが……よろしければお使いください!」
「わぁ! 小さいネコしゃん! おかしゃま! 見て! かわいいネコしゃんもらったー!」
「よかったわねー。でもお礼は?」
「あっ! ネコしゃん、ありがとうなのー!」
恐らく手作りと思われる毛糸で作られた小さな猫の人形を貰ったセアラが、嬉しそうにマリエルに見せてくる。
すると、そのメイド二人が今度はマリエルに話しかけてきた。
「マリエル奥様、お初にお目にかかります。私は一カ月ほど前から、このお邸でお世話になっておりますラリアと申します」
「彼女と同期のポーリンと申します。まだ至らぬ点が多いですが、精一杯お仕えしますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「え、ええ。こちらこそよろしくね。それと、セアラに可愛らしい贈り物を用意してくれて、ありがとう」
「い、いえ。こちらが勝手に用意したものなので……」
「むしろ受け取っていただき、ありがとうございます!」
そう言って二人はペコリと頭を下げ、さがっていった。
だが、マリエルは二人がここで働きはじめた時期が少し気になった。
一カ月前といえば、ちょうどマリエルが記憶を失った頃なのだ。
すると、苦笑を浮かべたサイラスが補足をしてくる。
「この一カ月間で屋敷の使用人を三分の一ほど入れ替えたんだ」
「えっ……?」
「一部はカレンのような問題ある使用人だったので解雇したが、残りは希望の勤め先への紹介状を出すことを提案し、その上で退職を希望する者がいたら応じるという対応で入れ替えた」
「そ、その対応が必要だったのは、この五年間で私が使用人を虐げていたからですよね!? お手数をおかけして申し訳ありません……」
「いや? 私は特になにもしていない。今回、一番動いてくれたのはオネストだ。カレンの件でテレーズが使用人の見直しを彼に提案し、二人で精査してくれたそうだ」
その話でオネストに視線を向けると、ニコリと微笑まれた。
「オネスト……ごめんなさい。本来なら私が中心となって対応しなければならなかったことなのに……」
「奥様はしっかりご対応してくださいましたよ? カレンの件で動いてくださったから、我々も行動を起こすことができたのです。使用人の精査に関しては、その役職の長である私どもの仕事なので、どうかお気になさらないでください」
「ありがとう……」
「それよりも……まだ奥様に挨拶をしたい者がいるようですよ?」
「えっ……?」
振り返ると、セアラを取り囲んでいる使用人たちがチラチラとこちらを伺っていた。
「以前から仕えている者たちには、奥様がこのお屋敷にお見えになる前までの記憶しかお持ちでないことを伝えてあります。お声がけするを際は、必ず初対面であることを念頭に対応するよう周知させておりますので、どうぞご安心ください」
「そこまで配慮を……。オネスト……ありがとう」
「私よりもお礼は、セアラお嬢様にお伝えください。この一カ月間、お嬢様が奥様との交流を嬉しそうにお話しされていたことで、既存の使用人たちの奥様に対する印象が大分変りましたので」
「セアラが……?」
すると、横で二人の話を聞いていたサイラスが噴き出した。
「まぁ、当人はただ母親に遊んでもらうことが嬉しくて話していただけだろうな」
「たとえそうだとしてもセアラお嬢様の言葉は、多くの使用人たちの心を変化させました。本当に素晴らしいお嬢様です」
そう言ってセアラに視線を向ける二人とともにマリエルも娘を見やる。
すると、マリエルの視線に気づいたセアラがにっこりと微笑む。
「おかしゃま! シェアラ、贈り物いっぱい! すごくうれしいの!」
テーブルの上にどんどん積まれていく誕生日プレゼントの量から、これまで使用人たちが、とてもセアラを可愛がってくれていたことが伝わってくる。
五年間、母親から見放されていた分、使用人たちからたくさん愛情を注がれていたのだろう。
そのことに安堵するも、その期間まったく愛情を注げなかったマリエルは悔しさを噛み締めていた。





