20.家族で外出
翌朝、八時頃にマリエルを迎えに別邸にやってきたセアラは、大はしゃぎで母の手を引いて本邸に停車している馬車まで連れて行こうとした。
「おかしゃま! はやく行こ! おでかけ行こ!」
「あ、あのね、セアラ。お出かけするのは九時からだから、まだちょーっと早いのよね……」
「でももう馬車いるよ! おとしゃまも待ってるの!」
「ええ!? サイラス様が!? そ、それはお待たせしてはいけないわね!」
「はやく、はやく!」
すでに身支度は終えていたので慌てて本邸に向かうと、馬車付近にサイラスの姿はなかった。
不思議に思っていると、なぜかセアラは本邸の中までマリエルを引っ張っていく。
そのまま邸内のサロンに到着すると、優雅にお茶を嗜むサイラスと目が合った。
「随分早いな。まぁ、すぐに出られる状態なので構わないが……もう出発するか?」
「……はい」
「おとしゃま! おかしゃま! はやくぅー!」
いつの間にかサロンの出口に移動していたセアラに急かされながら、屋敷の入口に停車している馬車にマリエルが最初に乗り込む。
すると、その隣を陣取るようにセアラが乗り込んできた。
最後に苦笑を浮かべたサイラスが、二人の向かいの席に座る。
結局、マリエルたちは予定よりも四十分も早く侯爵邸を出発した。
両親と出かけることがよほど嬉しいのか、ご機嫌な様子のセアラはお出かけ仕様の巾着バックからクマのアベルをスポンと取り出す。
「あら? セアラ、アベルも連れてきたの?」
「うん! アベルも行きたいって! あっ、おかしゃま見て! ウシしゃん!」
まるで初めて馬車に乗ったかのような興奮状態の娘にマリエルが首をかしげる。
「サイラス様、セアラは今日初めて馬車に乗ったのですか?」
「いいや。もう何度も乗っている。最近だと二カ月前にクラージュ家に連れて行った時だな」
「セアラは……クラージュ家に行ったことがあるのですか?」
「一歳になってから毎年お父上たちに顔を見せているから三回以上は行っている」
「あの! でしたらセアラは……私の母にも会っていますか!?」
「ああ。初めて連れて行った時、お母上にもセアラを抱いてもらっ――」
その瞬間、サイラスは言葉を失う。
なぜなら目の前のマリエルが、いきなり涙をこぼしはじめたからだ。
「なっ! ちょっ……ハ、ハンカチ! ハンカチ!」
「ああー!! またおとしゃま、おかしゃま泣かしたー!! なんで!? なんでいじわるするのー!?」
「ち、違う! 今回もお父様は、なにもしていない!」
ポケットから取り出したハンカチをマリエルに渡しながらサイラスが弁明するが、セアラは母親に抱きつきながら疑るように父親を睨みつける。
「おとしゃま、おかしゃま泣かしたらダメでしょ!? めっ!!」
「めって……本当になにもしていないのに……」
「セ、セアラ……違うの。お母様は悲しくて泣いているのではないの!」
「じゃあ、なんでおかしゃま、泣いちゃったの……?」
「これは……嬉しくて泣いてしまったの」
「おかしゃま、うれしいのに泣いちゃうの?」
「うん……。人はね、嬉しくても泣くの」
「なんで、うれしかったの?」
「それは……」
そう言いかけたマリエルは、自分に抱きついているセアラを抱き返した。
「セアラが……おばあ様に会ってくれていたから……」
ずっと母には、なにもしてあげられなかったと後悔と罪悪感に苛まれていたマリエル。
だが、夫のサイラスが娘のセアラを母に会わせてくれていたのだ。
最後の瞬間、自分は側にいてあげられなかったが、代わりにセアラが母に会ってくれていた。
少なくともマリエルは、母親に孫の顔を見せることができたのだ。
それはマリエルが最後にできた親孝行になったはずだ。
だが、そんな母の想いを叶えた当のセアラは『おばあ様』が、よくわかっていなかった。
その答えを求めるように父親の顔を見る。
「セアラはまだ赤ちゃんだったから覚えていないだろうけれど、昔お母様のお母様に会って抱っこされたことがあるんだよ?」
「おかしゃまのおかしゃま?」
ますますわからなくなってしまったセアラが眉間にキュッと皺を寄せる。
気難しい表情をしても愛らしい娘をマリエルは、さらに深く抱きしめる。
「わらなくてもいいの。でもセアラのお陰で今お母様は、すごく救われたの……」
「シェアラ、おかしゃまにいいことした?」
「うん。すっごく、いいことをしてくれた」
「シェアラ、えらい?」
「うん……。セアラはすっごく偉くて、すっごくいい子」
「おとしゃま! シェアラ、いい子だって!」
「そうだね……。セアラは凄くいい子だ」
よくわからないが両親から褒められたセアラは、照れくさそうにモジモジする。
そんな娘を微笑ましそうに見ていたサイラスだが、マリエルに視線を移した途端、深刻そうな表情をする。
「マリエル……もしかして君は、お母上が亡くなられた日や詳細を家族から聞いていないのか?」
「それは……その……」
押し黙ってしまったマリエルの様子から、なにかを察したサイラスが深いため息をつく。
「聞いていないのではなく、聞けるような雰囲気ではなかったのか……」
「…………」
「もしお母上のことで私が答えられる範囲でよければ、この移動中に君に話そう。気になることがあれば何でも聞いてくれ」
「サイラス様……」
「ただし、セアラが飽きだしたら、すぐ終了だ。この子は、かなり甘えん坊だから自分が置いてけぼりにされると、いじけてしまって後が大変なんだ……」
そう言ってサイラスは、マリエルからセアラを回収し自分の膝の上に乗せる。
「シェアラ、いじわるなんてしないよ?」
「『いじわる』じゃなくて、『いじける』と言ったんだよ」
「『いじける』って、なぁに?」
「セアラは、まだ知らなくていい言葉だね」
「そっかー」
そんな夫と娘のやりとりにマリエルは、いつの間にか笑みをこぼしていた。
それから三十分ほど馬車に揺られながらサイラスから母親のことを聞いたり、セアラの相手をしたりしていたら、あっという間に目的地に到着する。
その間、マリエルも大分落ち着きを取り戻していた。
だが、サイラスにエスコートをされながら馬車を降りたマリエルは、憧れのマダム・プリエールの工房と呼ばれる建物を前に固まってしまう。
そこは、どう見ても子爵邸ほどの規模の豪華な庭つきの立派なお屋敷だった。





