19.誕生日の贈り物
セアラが別邸に突撃しにきてから四日が過ぎた。
今のマリエルの朝食は、本邸にいた頃以上に豪華なメニューとなっている。
クラムの話では、一週間もマリエルに酷い食事が出されていたことに料理長が責任を感じ、朝食を豪華にしてしまうそうだ。
ちなみに犯人は昨年クラムと副料理長の座を争っていたベテランの料理人で、副料理長を選定する最終審査で突然マリエルが強引に参加し、クラムを強く推したことを恨んでの犯行だったそうだ。
ただ料理長曰く、マリエルの意見がなくても審査結果はクラムを採用することで話がまとまっていたらしい。
犯人がこれまで動かなかったのは、記憶を失う前のマリエルの報復を恐れていたからだ。
だが今のマリエルは記憶を失ったことで大人しくなったという噂が使用人の間で流れているため、今回行動にでたそうだ。
現状その犯人は料理長がサイラスに報告後に解雇している。
今回のマリエルは過去の自分が余計なことをしたせいで逆恨みを買い、そのとばっちりを受けた状態である。
カレンのようにこの五年間で抱かれた恨みを、今の記憶にない自分にぶつけてくる人間もいるということだ。
そのことを改めて痛感したマリエルは、今の状態の自分でも侮られぬように気を引き締めた。
ちなみに娘のセアラだが父親の許可を得てからは、午後になると毎日のように別邸にやってくるようになった。
セアラの一日は、朝六時半に起床し、七時前後に朝食を取り、九時ごろからテレーズに書き取りの勉強を見てもらっているそうだ。
家庭教師に関しては、現在サイラスがセグレート王家に紹介を依頼しているらしい。
王家の紹介であれば、またマリエルが豹変して同じような指示をしても新たな教育係は拒否することができる。セアラを守るための対策を夫はしっかりと準備してくれているようだ。
マリエルにとっても、その状況はありがたかった。
そんなわけで、セアラがマリエルのもとへやってくるのは昼食後になる。
セアラはこの四日間、せっせと自分の玩具などを別邸に少しずつ持ち込み、マリエルに遊んでもらっていた。
中でも特にお気に入りなのが、お絵描きと人形遊びである。
特に人形遊びは、これまで使用人たちが恥ずかしがって誰も対応できなかったらしい。
テレーズに関しては息子ばかりだったため人形遊びで上手く対応できず、セアラに落胆されてしまったそうだ。
その点、マリエルは孤児院で鍛えられているので、ごっこ遊びは得意である。
一緒に遊んでくれる人間が現れたのが嬉しいのか、今日もセアラは人形遊びをはじめた。
「コンコン。ウサギしゃん、こんにちは~」
「こんにちは、クマのアベルさん。今日はどうしましたか?」
「きょうは、シェアラのおたんじょうび会のおさそいにきました!」
「まぁ! セアラちゃんのお誕生……」
そこでウサギ役をやっていたマリエルがピシリと固まる。
「そ、そういえばサイラス様が、もう少しでセアラは四歳になるって言ってたわ!」
「あーん! ダメぇー! おかしゃま! ウサギしゃん、ちゃんとやってー!」
「ご、ごめんね! で、でも……もうすぐセアラは四歳になるのよね!?」
「うん! あのねー、シェアラのおたんじょうび会、すっごく楽しいのよー」
「えっと、それは……いつやるのかな?」
「うーんとねー」
そう言ってセアラは誕生日会までの日数を指折りで数えはじめた。
ピョコピョコと動く娘の小さな指をマリエルが固唾をのんで見守る。
だが、その指は途中から怪しい動きをはじめたかと思うと、すぐに解除された。
「もうちょっとしたら、やるのー」
どうやら数えている最中にわからなくなったらしい。
その状況にマリエルがガックリと肩を落とすと、部屋の隅に控えていたテレーズが苦笑しながら教えてくれた。
「奥様、お嬢様のお誕生日会は一週間後でございます」
「一週間後!? い、今から贈り物の準備をして間に合うかしら……」
あまりにも少なすぎる準備期間にマリエルが焦りの呟きをこぼすと、それを聞いていたセアラの瞳がキラキラと輝きだす。
「おかしゃま、シェアラに贈り物くれるの!?」
「そうしたいのだけれど……贈り物を準備する時間が……」
「シェアラ、おかしゃまがくれるなら、なんでもいいのー!」
「でもお母様は、セアラにすごく喜んでもらえる物をあげたいなー」
そう口にするもマリエルが娘の誕生日プレゼントを用意するには、色々と段階を踏まなければならない。
まずはサイラスに贈り物を贈っていいかの相談をし、許可が下りればメディウム侯爵家御用達の商会や工房などを教えてもらう。
その際、その商会や工房をマリエルが利用してもいいかサイラスに確認を取らなければならない。
仮に商会や工房で良い品を見つけても、侯爵令嬢であるセアラに既製品をそのまま贈ることは抵抗があるため、最低でもセミオーダーとなる。
果たして一週間で、その準備が整うのだろうか……。
マリエルが唸りながら考え込んでいるとテレーズがある提案をしてきた。
「奥様、まずは旦那様にご相談されてみてはいかがでしょうか?」
「でもサイラス様は、今お忙しいでしょう? お手を煩わせるのは……」
「現状は奥様がセアラお嬢様と過ごされている分、お仕事に集中できるようで、かなり捗っているご様子です」
「そ、そうなの? なんだか私の得にしかなっていない状況なのに役立っているのなら良かったわ……」
「よろしければ今から旦那様にご相談が可能か確認いたしましょうか?」
「そうね……。フェニ、お願いできる?」
「かしこまりました」
急に指名されたフェニアは一瞬だけ驚くが、すぐに動き出し部屋を出ていった。
逆に取り残されるような形になったテレーズは、気まずそうにマリエルに問う。
「あの奥様……旦那様への確認は私でも――」
「ダメよ。セアラが別邸に来れる許可が下りたのは、あなたかレスリーが側いることが条件なのだから」
「そうで……ございましたね……」
「テレーズ、今の私は一般的な常識を持ち合わせている状態だけれど、またいつ五年前みたいになるかわからないの。だから……私に気を許してはダメよ?」
「ですが、奥様はもう……」
「お願い。私が自分を信じられない状態だから、周囲にいるあなたたちにセアラを守ってもらうしかないの。だからもし私が五年前のようになってしまったら、最優先でこの子を守って」
「……かしこまりました」
できればそんな状況など二度と来てほしくないのだが、自分が豹変した原因がわからないマリエルは周囲にセアラの安全を託すことしかできなかった。
それでも今はセアラと一緒に過ごせる時間を大切にしたい。
そのためには義姉のフリーデよりもらった『もっと周りを頼りなさい』という助言を素直に受け入れることが一番だとマリエルは考えたのだ。
周囲に目を向ければフェニアやフリーデ以外にも自分に力を貸してくれる人間は、ちゃんといる。
そのことに気づいたマリエルは、もう一人では抱え込まないと決めていた。
すると、先ほどのテレーズとのやり取りに重苦しさを感じた様子のセアラが、マリエルの袖を引っ張ってきた。
「おかしゃま、元気ない……? シェアラとあそんだら元気でるよ」
心配してくれているのか、ただ自分が遊びの続きをしたいだけなのか判断がつかない励まし方をしてきた娘にマリエルが噴き出す。
「じゃあ、セアラと遊んで元気にしてもらおうかな!」
「うん! シェアラ、おかしゃま元気にする!」
セアラと人形遊びの続きを再開するとフェニアが、すぐに戻ってきた。
だが、なぜかサイラスも一緒にやってきたので、マリエルは慌てて立ち上がりデイドレスの裾を整える。
「サイラス様、今はお忙しいのでは?」
「ここ最近は、君がセアラの相手をしてくれているから大分仕事が捗った。フェニアから聞いたが、セアラに誕生日の贈り物をしたいそうだな」
さっそく本題を切り出されたマリエルの体が強張る。
もしダメだと言われたら、セアラを落胆させてしまう。
だが、それはマリエルの杞憂に終わった。
「なにを贈りたいのかわからないが……。よく利用する商会や工房の人間なら、すぐに屋敷に呼び出せるが、どうする?」
「可能であればお店に出向いて、できるだけ多くの商品と見比べたいのですが。その……外出の許可はいただけますか?」
「それは構わないが……」
すると、マリエルのデイドレスの裾をセアラがクイクイと引っ張る。
「シェアラも行く!」
「「えっ!?」」
「シェアラもおかしゃまとお買い物する!」
「ええーと、でもお母様、セアラをびっくりさせたいから内緒で贈り物を選びたいんだけどなー」
「なら、シェアラ、おかしゃまが選ぶとき、おめめつぶってる!」
「そ、それだと別にセアラがついてこなくても……」
「おかしゃまと、おでかけしたいのぉ~!」
両手で握りこぶしを作って主張してきた娘にマリエルとサイラスが困惑する。
どうやらセアラは誕生日の贈り物選びよりも、ただマリエルと出かけたいだけのようだ。
その場合、テレーズかレスリーの同行が必須となるのだが、その前にまずサイラスが許可しないだろう。
だが、セアラのほうは出かける気満々な様子である。
さて、どうしたものかとマリエルが困り果てていると、隣のサイラスが意外なことを口にした。
「私も同行しよう。それならばセアラを連れ出してもいい」
「ええっ!? いや、ですがサイラス様は今はとてもお忙しい身では……」
「先ほども伝えたが、今は大分仕事が片づいてきたので問題ない」
「ですが――」
しかし、その話に足下にいたセアラが大興奮しはじめた。
「おとしゃまも一緒!? おとしゃまも、シェアラたちとおでかけするの!?」
「うん。お母様がいいと言ったらね」
「おかしゃま、行こ! おとしゃまと三人でおでかけしよ!」
ピョンピョンと跳ねだすほどの喜びを見せる娘にマリエルが折れる。
「そ、それではサイラス様、お願いいたします」
「ああ。ちなみに購入する店は決めているのか?」
「いえ、その件に関してもメディウム侯爵家が、よく利用する商会や工房をご紹介いただきたいのですが」
「セアラの衣装などは、いつもマダム・プリエールの工房に依頼しているが……」
「マ、マダム・プリエール!? あの予約が三年待ちの大人気ドレス工房ですか!?」
「うちは数名いるパロトンの一人でもあるから優先して対応してもらえるんだ」
「さ、流石、三大侯爵家……」
「装飾品などのセミオーダーであれば、三日ほどで品物は仕上がると思う」
「あ、あの……それでは是非、マダム・プリエールの工房でお願いします!」
今この機会を逃したら、恐らく二度と利用できることなどない。
そんな好奇心に負けたマリエルは、翌日セアラだけでなくサイラス付きの状態でマダム・プリエールの工房へと出かけることになった。





