17.天使な娘
※セアラのセリフですが、演出として同じ言葉でも漢字表記にしたり、ひらがな表記にしたりしております。
(本当は全部ひらがなにしたいんですが、そうなると読みづらいのでバランスを見て一部を漢字表記にしています)
漢字への変換忘れとかではないので、ご理解のほどよろしくお願いいたします。
天使と叫ばれた少女は一瞬だけ不思議そうな顔をするも、すぐにトテトテとマリエルたちのほうへとやってきた。
だが、フェニアの前でピタリと止まる。
「だぁれぇー?」
「ええと、私はフェニアと申します」
「……フェニ!」
その瞬間、マリエルとフェニアが同時に噴き出す。
偶然なのか、セアラは母マリエルと同じ愛称でフェニアを呼び始めたのだ。
そして今度は元気よくピシリと片手を上げ、自身も名乗る。
「シェアラなの!」
「はい。シェアラ様ですね。どうぞよろしくお願――――」
「違うの! シェアラなの!」
「ええと……」
宣言通りの名前で返すも違うと言われてしまったフェニアが困惑する。
その状況に苦笑しながら、マリエルは小声で助け舟をだした。
「フェニ、この子の名前は『セアラ』よ。多分まだ上手く自分の名前が発音できないみたい」
「なるほど! セアラ様でございますね」
「うん! シェアラなの!」
どう聞いても『シェアラ』にしか聞こえないのだが、本人は一生懸命『セアラ』と言っているつもりらしい。
だが、ちゃんと伝わったことに気をよくしたのか、ニコニコしながら今度はマリエルのもとまでやってきて、その場にちょこんと座わる。
そして背中の巾着バックをおろし、そこからスポンとクマのぬいぐるみを抜いた。
娘の微笑ましい動きにマリエルは、つい声をかけてしまう。
「かわいいクマさんね」
「この子『アベル』っていうの。前のお誕生日におとしゃまがくれたの!」
『おとしゃま』というのは恐らく『お父様』、つまりサイラスのことだろう。
こうして間近で目にすると、先ほど人形と見間違えてしまうくらいセアラは整った顔立ちの美少女だった。
恐らく顔は父親のサイラスに似たのだろう。
それでも瞳の色や大きさは完全にマリエルの血が濃く出ている。
そんなセアラはクマのアベルを自分の横に座らせ、再び巾着バックの中をガサゴソしはじめた。
そして中から蝋のクレヨンとスケッチブックを取り出す。
「シェアラねー、お絵描きじょうずなのよー」
「まぁ! そうなの? いつもどんな絵を描いているの?」
「見たい?」
「うん。見たいなー」
「うんとねー、まずこれがおとしゃまでしょ? これがテレ!」
セアラは取り出したスケッチブックを一生懸命めくり、過去に描いた絵をマリエルに披露しはじめた。
ちなみに『テレ』というのは、メイド長のテレーズのことのようだ。
「こっちはレスでー。これはオネ!」
「これがレスリーね。こっちは執事のオネスト? じゃあ、この黒いのは?」
すると、先ほどまでニコニコしていたセアラがシュンとした様子を見せる。
「それは……怖いひとなの……」
その瞬間、マリエルの体が一瞬で冷えた。
恐らくこの黒い物体は自分のことだ。
そんな考えに至ってしまったマリエルは、震えはじめた手を必死で押さえつける。
「その怖い人は……どんな人?」
「黒いの……。すごく真っ黒なの……。それですごく怖いひとなの……」
娘の話にマリエルは、手だけでなく唇も震えだしたことに気づく。
恐らくセアラは、目の前にいるマリエルが『黒くて怖い人』と呼んでいる母親と同一人物だということに気づいていない。
そうでなければ、こんなにも平然とした様子で会話などできないはずだ。
この五年間のマリエルは、現在のマリエルと言動も好みも全て違っていたので、浮かべる表情なども対局なものだったと思われる。
周囲の話から想像すると、かなり気性が激しく傲慢で刺々しい雰囲気だったのだろう。
当然、化粧などでもきつめの印象に仕上がることを好んでいたはずだ。
まだ三歳のセアラでは、同じ人間でも化粧などの違いで別人に見えてしまうこともある。
自分が母親だとは絶対に名乗れない状況にマリエルが葛藤し始める。
同時に今の自分がセアラの目にどう映っているのか知りたくなった。
「じゃあ……その黒くて怖い人と私……どっちが怖い?」
すると、娘はまったく予想していなかった言葉を口にする。
「シェアラ、おかしゃま怖くないよ?」
「えっ……?」
「シェアラね、今日おかしゃまとお話ししにきたの。だっておかしゃま、ずっとおでかけしてたでしょ?」
「お、おでかけ? 私……おでかけしてたの?」
「うん! でも、おかしゃま帰ってきたから! シェアラ、会いにきたの!」
どうやらセアラは、今目の前にいるマリエルをちゃんと自分の母親だと認識しているらしい。
だが、そうなるとこの絵の『黒くて怖い人』が誰のことなのかわからない。
「ねぇ、セアラ。この黒くて怖い人のお名前って――――」
すると突然、部屋の扉がノックされた。
「は、入って!」
とりあえずノックしてきた相手の入室を許可すると、先ほど出ていったクラムが戻ってきた。
「奥様~、別邸周辺を確認しましたが、人形らしきものは……って、お嬢!? な、なんでここに!?」
「クラム~」
「お、奥様……これって非常にまずいのでは……?」
「やっぱり、そう思う?」
「ええ。旦那様に知られたら、かなりまずいと思います……」
クラムの深刻そうな様子から流石に危機感を抱いたフェニアが動こうとする。
「奥様! 私、テレーズさんかレスリーさんを呼んでまいります!」
「いや、その前に俺がお嬢を本邸に連れ帰る。お嬢! クラムと一緒にお部屋に戻りましょう!」
「やぁーん! シェアラ、ここにいる~! おかしゃまと一緒にあそぶの~!」
「いや、そもそも……ここには来ちゃダメってお父様に言われてましたよね?」
「シェアラ、おとしゃまがダメっていったほうには行ってないもん!」
「じゃあ、なんでここにいるんですか……」
支離滅裂なことを言うセアラにクラムがガックリと肩を落とす。
すると、フェニアがあることに気がついた。
「もしかしたら……旦那様に行ってはダメと言われた方向とは逆のほうにずっと歩いた結果、敷地内を一周し、結局ここに辿り着いてしまったのでは?」
「「あっ……」」
「シェアラねー、いっぱい、いーっぱい歩いてきたのー」
「嘘だろうぉ~!? この屋敷の敷地一周って、大人でも結構きついのに!」
「シェアラ、大冒険してここにきたのよ?」
「いや、それ大冒険じゃなくて、ただの遠回り……。ほら、お嬢。もう大冒険は終わりです! 俺と一緒に本邸に戻りましょう?」
そういってクラムが抱きかかえようと手を伸ばすと、セアラは後ろの長椅子に座っているマリエルの膝上に飛び乗り、そのまましがみついてしまった。
「いやぁぁぁ~!! シェアラ、ここにいるのぉぉぉ~!!」
「まいったな……。こうなるとお嬢はテコでも動かないんだよな……。奥様、ちょっと俺、本邸に行ってテレーズさんを呼んできます!」
「いいの? 今忙しい時間帯じゃ……」
「この時間なら料理は出し切ってて、厨房は落ち着いていますんで。それよりも少しの間、お嬢のことをお願いします」
「ええ、それは構わないのだけれど……。でも私って、確か娘に嫌われているのよね? 大丈夫なの?」
「そうなんですよね……。今までだったら奥様に遭遇すると、ものすごい勢いで逃げ出してたんですけど。でも今の状態なら大丈夫じゃないですか? もしなにかあってもフェニアちゃんもいるし」
「ちゃん付けはやめてください!」
「それじゃ、俺、ちょっと本邸に行ってお嬢をなんとかできる人を呼んできます!」
そういってフェニアの要求を無視しながらクラムは、足早に部屋を出ていった。
「あの人、ちょっと失礼すぎませんか!? 奥様に対しても言葉遣いが、ぞんざいすぎますし!」
「でも彼、恐らく爵位持ちの家の出よ。それも伯爵家以上の」
「ええっ!? な、なぜわかるのですか?」
「だって、先ほど謝罪した時のお辞儀の姿勢がすごくきれいだったもの。あれは幼い頃からしっかりマナー教育を受けた人のお辞儀の仕方だわ」
「流石、お嬢様……。相変わらずの抜け目のない観察眼……」
「それ、ほめ言葉よね?」
そんな会話をしていたら、しがみついていたセアラが先ほどの場所に戻って、スケッチブックの真っ白なページを開く。
「シェアラ、おかしゃまのこと描いてあげるー!」
「本当? じゃあ美人に描いてくれる?」
「うん! シェアラ、お絵描きじょうずだから、おまかせあれ!」
ところどころで変な言葉を使うのは、おそらく周囲の大人の会話から覚えてしまったのだろう。
そんな愛らしさ全開の娘にマリエルは、自分が怯えられていたことを忘れてしまうくらいその時間を堪能しはじめた。
だが数分後、それは予想外な人物の登場で終了してしまう。
先ほど出ていったクラムと共にやってきたのはメイド長のテレーズではなく、なぜか父親のサイラスだった。





