第10回
階上へ戻ったとき、エイラスは起き上がれるくらいに回復していた。
アルフォンソの薬湯を飲んでいた彼に、セオドアがエドモンにプロポーズされ、それを受けたことを告げる。
「えっ!? そうなの!?」
エイラスは驚きに立ち上がり、セオドアをまじまじと見返してきた。
それはそうだろう。エドモンとはほんの数時間前出会ったばかりだ。しかも食事中、2人はほとんど口をきいてもいなかった。
納得させるのは無理だと思い、黙ったセオドアに代わって、となりに立ったエドモンが説明をした。
「きみがいない間、館を見て回っていたんだが、そのときいろいろと話をしてね。意外にも話が合って、われわれは意気投合したんだよ」
本当に? と、エイラスがライラに視線を移す。
ライラはまだ血の気の戻らない顔で、それでも必死に笑顔を取りつくろった。
「本当よ。あたしも驚いたわ。地下で、エドモンがあらためて自分のルーツについて話して、突然プロポーズしたのよ。そしてセオドアがそれをお受けしたの」
「式は4日後だ」
「ええっ!?」
ライラから聞いても半信半疑だったエイラスは、4日と聞いてさらに驚く。貴族の結婚式がそんなに短い期間で行われるなど聞いたことがなかったからだ。
領地内に告示するだけで1カ月はかかる上、日程調整、友人の貴族たちへの招待状の配付、会場の準備などに数カ月は要する。結婚式のドレスやタキシードを用意するだけでも最低半年はかかるはずだった。
それを、4日だって!?
「そうなのよ。驚いちゃうわよね、エイラス」
ライラが同意を示す。
「われわれは早く一緒になりたいのだ」
「それでね、エイラス。あたしもお式までこの館でお世話になることにしたの」
「え? でも……」
「セオドアとはもう4日しか一緒にいられないでしょ? それに、きっとセオドアも知らない者の多いここで1人で過ごすのは心細いでしょうし。一緒にいてあげようって思ったの」
セオドアが、そんな細い神経をしているか? と言いたげなエイラスに、ライラは必死に心の中で「納得して」と訴える。
ライラが残ることを提案したのは、エドモンだからだ。
セオドアは「自分が残る。2人は無事に戻らせろ」と訴えたのだが、エドモンは聞き入れなかった。
セオドアはプロポーズを受け入れたが、それはあの場をしのぐためのうそで、4日あれば逃げられると考えているのかもしれない、とエドモンが疑うのは当然だった。それでセオドアが逃げないように、ライラを人質にとったつもりなのだろう。
(逃げる気はないんだが)
ライラが一緒に帰らないことに驚いて、彼女に詰め寄ろうとしているエイラスの肩に、セオドアが手をかけた。
「エイラス、頼みがある」そしてエドモンを見、「彼にドレスを頼みたい。いいか?」と尋ねる。
「そうは見えないかもしれないが、これでも結婚に対してそれなりに夢を持っているんだ。着るドレスは自分でデザインしたい」
「わたしも聞いていいかね?」
「もちろんだ。あなたも合わせないといけないだろう。意見を聞きたい」
自分を締め出し、エイラスに事情を話して何か企むつもりではと思ったのだろう。しかし一緒にいていいということで、エドモンは納得した。
「そうだね。彼は商隊を持っている。それなりの品質の物と腕のある縫製師がいるに違いない」
これが本物の結婚式なら、おそらく認めはしなかっただろう。しょせん『流れ』の商隊などでは用意できる物もたかが知れている。
だがこれは偽りのものであり、式を挙げ、セオドアを妖鬼たちの穴へ落としてしまえばすっきり忘れてしまう程度のものだ。
それならばセオドアの意思を通しても問題はない。
セオドアも、エイラスに詳しく話す気はなかった。そんなことをすればきっとエドモンはエイラスも帰さない。それは困る。
「エイラス、いいか?」
「う、うん」
エイラスはまだこの展開について、夢ではと疑っているような顔をしていたが、とにかく紙とペンを持って、セオドアの言うことを書きとった。間違いのないよう、絵に描いても見せた。
アルマンレースを用いることを提案したのはエドモンだった。
「きっとセオドアの桃色の肌を美しく引き立てるはずだ。明日のうちに隊へ届けさせよう」
「ありがとうございます」
「それに、翠玉を散らせてほしい。大きくなくていい、小粒の丸い物だ。こう、雨の滴のように吊って」
髪飾りにも、とセオドアが言うとエイラスはうーんと考え込んだ。
「在庫にそんなにあったかな……」
「わたしの荷物の中にもあるから、それを砕いて使ってくれていい」
「分かった。
じゃあこれでいいね?」
ひととおり要望を書き取ったエイラスは、それでもまだこれが本当のことか、自分はだまされているんじゃないか、といった顔をしている。
そんなエイラスに、セオドアは思いだしたように言った。
「それから……レンダーに、もし可能なら、式に参列してほしいと伝えてもらえないだろうか」
「レンダーとは?」
「わたしの兄のような人だ」
エドモンに説明をする。
「前に通った町で用事があって今は別行動をとっているが、サミンでまた隊に合流する予定なんだ」
「セオドア、無理よ。サミンからここまで片道2日半はかかるわ」
彼を呼び寄せるには間に合わない、との意味を含んだライラの言葉に「そうなのか」とセオドアは応じ、エイラスを見た。
「それならしかたない。ただ、一応事情を知らせておいてくれ。隊から離れることになってすまない、と」
「分かった。そうするよ」
セオドアがなんでレンダーに? といったことを、エイラスは口にしなかった。
黙ってこちらの要望に応じてはいるが、彼もこの展開にうさんくささを感じるようになったのかもしれないし、ただ単に、リィアに滞在期間中、レンダーとセオドアの仲がそれだけ深まったのだろうと考えたのかもしれない。
「じゃあ、隊に戻り次第手配するよ」
「必ず4日後の朝に間に合わせるように」
「分かりました、男爵さま」
馬車に乗る直前、見送るライラを見つめたその視線は、本当に帰らないのか? と訊いているようだった。
今は余計なことは口にするなと、セオドアは内心で彼にぶつける。
エドモンの気が変わり、彼も帰さないと言い出されたら困る。
そんなセオドアの願いが通じたか。エイラスは無言で、思い切るように背を向けて、客車の中へ入った。
ばたん、と戸が閉まり、馬車が動き出す。
「エイラス……」
涙ぐむライラを抱き寄せ、肩を貸し――セオドアは決意を固めた。
きっとライラは無事に帰す、と。
◆◆◆
そのすぐあと、別々の部屋をあてがわれて、セオドアがライラと会うことはなかった。
ライラに会わせてくれと頼んだが、2人で結託して逃走されることを懸念したか、聞き入れてもらえなかった。
「わたしは逃げない。約束は守る」
「あのときはそうだったかもしれないけれど、時間がたって、考えが変わるというのはよくあることだからね。特にご婦人は」
かわりにエドモンが毎日部屋を訪ねてきて、ライラがどう過ごしているかについて教えてくれた。
ライラはセオドアほど厳しく部屋に閉じ込められているわけではないらしく、館から出ることはできないものの各部屋を見て回ったり、読書をしたりしているようだった。
「わたしも何時間かご一緒させてもらっている。思っていた以上に会話を楽しませてもらっているよ。
案外、彼女に家をあてがってもいいのではないかと思っている。きみたち商隊ふうに言うなら、第2夫人か」
食事の間、その後も、エドモンはライラを好ましい目で見ていた。ちらちらと、その肉感的な体に好色な目を向けていると感じるときもあったから、彼がそう考えていると聞かされても驚かなかった。
セオドアたちが来なければ婚約者を妻にして妖鬼たちに喰わせようと、1度でも考えた男が婚約者に誠実なわけもない。
「彼女はエイラスを愛している」と言ったところで、鼻で笑うだけだ。
そう考え、セオドアは何も言わなかった。
「きみは彼女と反対に、無口だな」
頬づえをつき、退屈そうにエドモンは言った。
女は、彼といれば常に彼を喜ばせようとするものだと思っているのだろう。
「そう思ったのはあなたが初めてじゃない。あいにくと、昔からひとを楽しませるようなことはできない性質なんだ」
「そうか。まあ、たしかにきみは、わたし向きの女ではないようだ」
エドモンは立ち上がり、伸びをすると戸口へ向かう。
「明日はいよいよ結婚式だな。
きみは退屈で偏屈な女性のようだが、それでもきっと美しい姿を見せてくれるだろう。それを楽しみに寝るとしよう。
ではおやすみ、セオドア。またあした会おう」
そう言ってウィンクを飛ばすとエドモンは部屋を出て行った。
遠ざかる足音に、セオドアは窓へ身を寄せ、月明かりの下、エイラスが彼女の希望どおりのドレスを仕立ててくれていることを願った。
それだけがこの危機から脱するための、わずかな希望だった。




