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魔断の剣11 人妖の罠  作者: 46(shiro)
エピローグ-妖獣の谷-

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第9回

「エドモン、暗くて危ないわよ」


 ライラが、戻ってくるように、と心配そうに声をかける。

 何度もここへ来ているに違いないエドモンは、笑って取り合わず、むしろ柵に手をかけたまま身を乗り出して、ライラにも来るように手招きをした。


「ここからいいものが見えるよ。きみものぞいてごらん」

「私は……いいわ。遠慮する」


 怖がっているのは、おそらく演技ではない。

 両肩を抱いてセオドアのとなりへ退くライラと入れ替わるように、セオドアが前へ出た。


「セオドア?」

「ライラはそこにいて」


 背筋にぞくぞくくる悪寒は強くなる一方だ。その答えがあそこにある、と踏んでセオドアはエドモンのとなりへ行き、彼が見ている下をのぞき込む。

 そして、そこにある()()を見て、はっと息を呑んだ。


 穴の底にはうすぼんやりと光る灰色の玉のような物があった。下には光源となるものがなく、セオドアたちのいる場所からの光に頼るしかないが、おそらくその数20はくだらないだろう。大きさはまちまちだ。セオドアの腰ほどの高さの物もあれば、小脇に抱えられそうな物もある。それが、穴の底でひしめきあっている。


 細い、糸のような物が十重二十重と折り重なって構成されたそれを、セオドアは宮の野外学習で見たことがあった。

 教え長の案内で入った岩場で見せられたものはこれの半分ほどの大きさで、数も3つほどだったが、間違いない、同じ物だ。


巣魂(すだま)だ)


 下級魅魎の妖鬼や魎鬼たちの繭玉。

 空中を漂う負の気溜まりが下級魅魎の群れに実体化する前段階の物である。

 糸の層の薄いところから内側の光が漏れていて、その光でぼんやりと光っているように見えているのだ。


 1個の巣魂から、大体1~5匹の妖鬼が孵化するという。20以上あるということは、最大100匹以上の妖鬼が孵える計算になる。


「なぜ、こんな物がここに……」


 たとえ1個でもこんな物が町の近くにあったら、法師が気付かないはずが――――――


「……!」


 セオドアは、ばっと上を仰いだ。

 ここは地下のため仰いでも岩の天井が見えるだけだ。

 しかしセオドアが視ていたのは実際にそこにある物ではない。

 天井を突き抜けた、はるか上空。


 セオドアは、そこにあるはずのものを感じ取ることができず、愕然となった。


「……結界が、ない……?」


 通常、どんな町でも法師が最低1人は配備され、結界を張って魅魎の侵入を防いでいるものだ。だがシャイアの町にはそれがなかった。


 迂闊な。

 今ごろになって気付いたことに、セオドアは、ぎり、と奥歯をかみ締める。


(こんなことにも気付けなかったなんて……どこまでわたしの頭はだめになってしまっていたんだ)


「この町に法師はいない。必要ないんだ。特に、この子たちがいる今はね」


 セオドアのつぶやきにエドモンが答えた。

 その声に彼の存在を思いだしたセオドアは、怒りにかられてエドモンへと詰め寄る。


「どうしてこんな物を放置している! これは魅魎の繭玉だぞ! 町の者たちが危険だ! 今すぐ彼らを避難させ、王都に連絡を取って退魔師の派遣要請をしろ!!」

「まあまあ。落ち着いて、レディ」

「落ち着けだと! おまえこそよく見ろ! 今にも孵化しそうな状態だ! あれが孵化すれば、真っ先に狙われるのは館の者で、その次は下の町の住民たちだ!」


 彼女が怒鳴りつけても笑みを消さない、まるで子どもの癇癪に向き合う大人のような態度をとるエドモンに、一瞬、彼はこれが何か知らないのかと迷ったが、エドモンと目を合わせた瞬間、確信した。

 彼は知っていて、このままにしているのだ。


「まだ大丈夫だよ、レディ。孵化にはあと4日はかかる計算だ」

「……なぜ、それを知っている……」

「代々の男爵が書き残した記録書に、そう書かれているから。

 繭玉ができて、大体20日前後で孵化する。ほら、あの玉を見て。周りの灰色の物より黄土色が強くて、中の流動がとても活発だろう? 昨日からあの状態になっていて、書にはあの状態から約5日後に孵化するとあった。だから――」

「記録……? 代々の……?」

「そう。

 さっき言ったように、邪教の司祭は「神は何度でもよみがえる。そして必ずわれわれからこの地を奪ったきさまたちを食い殺す」と言い残した。

 ここは、この繭玉が何年かおきに自然発生する場所なんだよ」



「なぜそんな場所に町を築いた!!」



 セオドアは激怒していた。

 平然としていられるこの男のほうが信じられなかった。


 繭玉ができるにはいくつか条件がある。その条件が、ここは整いやすいのだろう。それに気付いた邪教徒たちは、ここに祭壇を作って聖地と崇めた。それは分かる。

 だが初代男爵たちは邪教徒じゃない。魅魎の生まれる繭玉を崇めたりなどはしなかったはずだ。

 王都に連絡をして、どうすべきか王の采配を待つのが常道。


 そう説いたセオドアに、エドモンは質問を投げた。


「そうしたら、どうなっていただろうね?」

「決まっている! 退魔師を派遣してこの地の繭玉をすべて掃滅したあと、人が間違って立ち入ることのないように、この地は完全封鎖だ!」


「そう。初代も、きみと同じことを考えた」


 だがここは、彼が初めて得た領地だった。

 ずっと、夢にまで見ていた爵位、自分のものである領地。

 それを、取り上げられるのか?

 住民たちも移り住んできていて、もうじき町が出来上がるのに?


「そして初代は、彼らにエサを与え、腹を満たしてやることにしたんだよ」


 最初に、捕らえた邪教徒の残党たちを。改宗を拒み、拷問で死んだということにして、彼らに喰わせた。

 そして次に、たとえ苦難の道でも正道を歩めとうるさい妻やその小間使いたちを。


「そうして分かったこととして書かれていたんだけれど、こいつらは腹が満ちると糸を吐いて、また繭を作るんだ。そして大きくなるんだが、結構な確率で変態に失敗する。大きくなって、また繭玉に入って……そこから孵化したものはいない」


 妖鬼から魎鬼へ、そして魎鬼から魎鬼帝に成る、とセオドアは習っていたが、魎鬼が魎鬼帝になれるのは万分の1の確率だということだった。


「……つまり、おまえたちは、事を隠蔽するために、人をこいつらのエサにしてきたと……?」


 エドモンは肩を竦めた。

 柵に肘をつき、下の繭玉を眺める。


「中には、邪教徒たちが崇めていた魎鬼帝とやらが本当に誕生するのか、試していた人もいたみたいだね。その人の書いた記録書が一番詳しく、量も多かった」


 先祖の行いを恥じている様子はなく、殺された者たちへの呵責の念に胸を痛めている様子もない。

 ただ淡々と語るエドモンの姿に、セオドアはじりじりと後退し、ライラを背にかばう。


「わたしたちをここへ連れてきて、それを話したということは、わたしたちをこいつらのエサにするつもりか」

「そう」


 エドモンはあっさりと肯定し、こちらを向いた。


「ただ、少々面倒なことがあってね。

 初代が妻をこいつらの生け贄にしたことから、いつしか『最初の妻を与えること』という決まり事ができてしまっているんだ。

 わたしは王都に婚約者がいるんだが、とても気立てのいい、従順な子でね。伯爵家の令嬢でもある彼女を、こいつらに喰わせるのはいろいろ問題があるなと考えていたところだったんだよ」


 しかし4日後には繭玉から妖鬼が孵化してしまう。どうするべきかと悩んでいたところへ、エイラスの商隊がやってきた。


「これぞ神の采配だと思ったよ。それで、きみたちのどちらかを妻にしようと思ったんだ。これなら万事解決だとね」

「そんな、エドモン……!」

「ああ、ライラ。ショックを受けているね。すまない。

 だけどきみが悪いんだよ? あの酒を口にしなかっただろう? 飲んでいたなら、きっと今ごろ心穏やかにわたしの提案を聞いていられたのに」


 やはり自分たちの酒にも何かを入れていたのか……セオドアは背後の階段へ目を走らせた。

 はたしてエドモンが自分たちへ襲いかかるより早く、あそこへたどり着けるだろうか。

 普段着ならともかく、今はドレス姿でヒールを履いている。しかもライラ連れだ。階段を上がれたとしても、ドアに着くまでに追いつかれるのは間違いない。


 素手でこの大男に勝てるとは思えなかった。おそらくまともな勝負にもならないだろう。

 ライラだけ逃がすことはできるかもしれない。ドアまでたどり着く時間くらいは稼げるかも。だが階上にはこいつの部下たちがいて、エイラスは薬を飲まされている。

 ライラはエイラスを見捨てて自分1人逃げたりできないだろう。たとえ、助けを呼ぶという名目のためでも。


 逃げられない。


 そんな計算をしている間も、エドモンの話は続いていた。


「きみたちのどちらかはモンティエール男爵夫人となり、その名前はわが系譜に永遠に刻まれることになる。平民には望むべくもない栄誉だ。きみたちは運がいい。

 さあ、どちらがこの幸運を手にするのかな?」


 差し伸べられた手を、じっと見つめて。

 セオドアが進み出た。


「セオドア!?」


 驚き、止めようとするライラに、黙って、と後ろ手で制止する。



「わたしだ。わたしがあなたと結婚しよう」



「きまりだ」


 エドモンはにっこり笑うと彼女の足元に膝をつき、求婚者として手に口づけた。


「美しきセオドア嬢。どうかわたしの妻となり、わたしにあなたの夫となれる喜びを与えてください」


 形ばかりの言葉に、セオドアの心がわずかも揺らぐことはなく。

 碧翠色の瞳に冴え冴えとした光を浮かべてセオドアはエドモンを見下ろし「お受けいたします」と答えたのだった。

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