第8回
セオドアの言葉にライラははっと息を呑み、肩越しにエドモンを盗み見た。
「彼、そんなに危険なの……?」
「分からない。わたしが考え過ぎなのかもしれない」
感覚的なことをどう伝えればいいか分からず、言葉を濁す。
何か、確たるものがあるわけではない。
エドモンの言葉、ふるまいにおかしなところはなく、むしろライラのように貴族なのに偉ぶるところのない好人物と、彼を評するのが普通だろうということはセオドアにも分かっている。
「…………」
黙り込むセオドアを見上げて、ライラは決心したようにうなずいた。
「分かったわ。あなたを信じる。
でも、それじゃあエイラスは大丈夫かしら」
「分からない。わたしにも、彼はただ酔っているだけに見えた。
きみたちがここに来ていることを隊の者たちは知っているし、隊長が戻らなければ彼らが黙っていないことは、彼も知っているはずだ」
「……そうね」
返答に納得し、安堵しているようだったからそれ以上言わなかったが、それも町ぐるみでなければ、という懸念がわずかにあった。
(……いや、もしそうなら、こんな回りくどいことはしないはずだ)
町に入った時点で襲えばいい。
わざわざ食事に招き、歓迎するなど無駄なことでしかない。
それに、商隊は自由に動いているように見えて、そうでもない。
セオドアも一緒に旅をしてから知ったのだが、商隊同士の情報の交換は頻繁に行われていて、小さな町や村などでかち合ったりしないように、大まかな行程も話し合いで決められる。
途中の町や場所で襲われて全滅など起きればそのうわさはまたたく間に広まって、他の商隊が寄りつかなくなってしまう。それはシャイアの町のためにならない。
「レディ? どうかしたのかい?」
彼の誘いに乗らず、いつまでも部屋から出ようとしない2人に、廊下のエドモンが声をかけてきた。
びくっとライラの肩が揺れる。
用心してもらいたかったのだが必要以上に彼女をおびえさせてしまったようだと反省し、彼の元へ向かおうとしたセオドアだったが、しかし彼女に一歩先んじてライラが彼の横についた。
「お待たせしてしまってごめんなさい。エイラスのことをセオドアと話していたの」
「そうか。じゃあ彼の様子を見に戻るかい? 目を覚ましているかもしれないよ」
「いいえ。せっかくめったに見られないものを見せてもらえるチャンスなんだもの、逃したくないわ。
あの酔っぱらいには、あとで話して悔しがらせてあげる」
ライラは大胆だった。
先のおびえなどなかったようにエドモンの腕をとり、笑顔でウィンクをして見せる。
そんなライラにエドモンははっはと笑って「それじゃあ」と彼女を先導するよう歩きだした。
話し込んでいた2人の様子に疑いを持っていたとしても、すっかり拭い去られたに違いない。
愛嬌を振りまくライラの演技力に感心しつつ、後ろについて歩く。
エドモンが2人を導いた先は、地下へ通じるドアだった。
ドアを開いた向こう側はがらりと雰囲気が変わって、壁も、下へと続く階段も、全てが石造りだ。切り出した石を運び込み、組んで造ったというより、天然の石を削って造ったように見える。
見るからに古く、中央がわずかにへこんでいるところから見て、人が昔から何度も往復してきているのだろう。
中は、奥まるにつれて暗くなっていて、先が見通せなかった。入ってすぐの所にたいまつと火打ち石が入った箱があり、それを使うようだ。
エドモンがしゃがみ込んであかりの用意をしている間に、こっそりとセオドアはライラに耳打ちした。
「ライラは引き返していい。ここから先は、わたしだけで十分だ」
ここまで連れてきてもらって2人とも行かないというのは、さすがに礼儀に反する。
それにセオドアは、ドアが開いたときからここに来て以来ずっと感じていたいやなものの正体がこの奥にあることに気付いていた。
今まで以上に強く感じる。
背筋が凍るようなぞくぞくとした寒気を感じるのは、絶対にこの地下から上がってくる冷気のせいだけではない。
それが何か、確認するためにも行かなくてはいけないだろう。
だがライラは違う。何も感じ取れていない、普通の女性だ。
やっぱりエイラスが気になる、とか、やっぱり気が変わった、とか、適当な理由を付ければいいと思っていたが、ライラはごくりと生唾を呑み、地下へ続く闇を凝視したまま首を振った。
「行くわ」
胆力のある女性だ、とセオドアは思った。
そして、絶対に彼女は護る、とあらためて決意する。
「さあ準備ができたぞ。
2人とも、足元に気をつけて。夜露で少し湿って滑りやすくなっている。落下防止用の柵はあるから転げ落ちることはないがね、きみたちの細くて美しい足首を痛めては大変だ」
「まあこわい。でも、私が転びそうになったら助けてくださるんでしょう?」
「もちろんだとも、ライラ」
「うれしいわ。大きくて、頼りがいがあって。あなたと一緒なら、きっとどこでも安心していられるわね」
ライラの褒め言葉にエドモンはうれしそうに笑って「約束しよう、マイレディ」と手に口づけた。
壁には、一定間隔で鉄製のトーチホルダーが設置されていた。
そこに入った脂が塗られた木片にたいまつの火を移しながら、エドモンは進む。ドレス姿の2人に合わせて、歩く速さはゆっくりだ。
「それで、私たちはどこへ向かっているのかしら?」
エドモンの手を借りて階段を下りながら、ライラが無邪気に問う。
「この谷に巣くっていた邪教徒の話をしただろう?」
「ええ」
「実は今の領主館は、やつらの首魁が住んでいた館を燃やして破壊した跡地に建てられたんだ」
「まあ。じゃあ、この地下道は」
「うむ。やつらが祀っていた化け物の祭壇へ通じている道だ」
「まあ! なんて恐ろしいの」
目を瞠り、下の暗がりを怖がるように身を寄せたライラの肩をとって抱き寄せ、エドモンはにっこり笑って見せる。
「心配ない。もう何百年も昔の話だ。邪教徒どもは王国軍によって1人残らず殺されたし、やつらが神と祀った化け物も、今はいない」
「……今は?」
引っかかって、思わず口にしたセオドアのつぶやきは、とても小さなものだったのだが、静かな地下ではよく響いてしまい、しっかりそれを聞き取ったエドモンが振り返り、ニィと口端を上げた。
「そう。かつてはいた。それも、初代男爵率いる兵たちによって殲滅されたそうだけどね」
かつん、と音を立てて、エドモンは足を止める。
そこは階段途中の踊り場のようにちょっとした広さがある場所で、落下防止用の柵も回り込んでついている。
エドモンはそこまで歩き、柵を両手でにぎった。
「そしてついにここへ追い詰められた邪教徒の首魁であり邪教の司祭でもあった者は、初代男爵に向かって言った。「神は何度でもよみがえる。そして必ずわれわれからこの地を奪ったきさまたちを食い殺す」とね」
「まあ! なんておそろしいのかしら」
「もちろん初代男爵たちは信じなかった。邪教徒の世迷い言を信じる騎士などいない。この場で首魁の首を刎ね、その首を王都へ持ち帰った。王は彼の手際の良さを大変喜ばれ、彼に爵位とこの地を与えた。このくだりは上で話したから、きみたちももう知っているね」
「ええ、エドモン」
ライラが答え、セオドアはうなずいた。
「そうして町の建設を進めていたある日。ついに彼はその世迷い言の真の意味を知ったんだ」




