第28話「安らぎと兆し」
第28話
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王都アイーズ――。
僕が最後にこの街を見たのは、もう何年も前のことだ。
馬車の窓から見える街並みは、懐かしさと少しの緊張を胸に呼び起こす。
石畳の道、白い塔、王宮へ続く大通り。
どれも昔のままなのに、どこか違って見えた。
「……帰ってきたんだな」
思わず漏れた独り言に、隣のアユナがそっと視線を向けてくる。
「マサヴェイ王子……緊張、してますか?」
「少しだけね。久しぶりだから」
「……大丈夫です。私がいますから」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
馬車は王宮の正門をくぐり、ゆっくりと停まった。
・・・・・・・・・・
僕の部屋は――驚くほどそのままだった。
机の上の本の配置も、窓辺の観葉植物も、
ベッドの位置も、壁にかけた地図も。
「……全部、昔のまま」
思わず笑ってしまう。
その時――
コン、コン。
ノックの音。
「入るぞ」
低く落ち着いた声。
扉が開き、長兄――皇太子マサライが姿を見せた。
背が高く、鋭い目つき。
けれど僕を見ると、ふっと表情が緩む。
「おかえり、マサヴェイ」
「ただいま、兄上」
マサライは僕の肩を軽く叩き、椅子に腰を下ろした。
「今日はとりあえずゆっくり休め。
話すことは山ほどあるが……それは明日でいい」
「はい」
兄上は少しだけ真面目な顔になる。
「エドザーでの活動報告は聞いているぞ。
活躍したそうだな」
「……まあ、なんとか」
「ふっ。お前らしいな」
それ以上深掘りすることはなく、
代わりに昔のような他愛もない話が続いた。
「学園生活はどうだった? 友達はできたか?」
「ええ、まあ……それなりに」
「“それなり”か。お前は昔からそうだな」
「兄上ほど社交的じゃないので」
「ははは、確かに」
そんな軽い会話がしばらく続き、
やがて兄上は立ち上がった。
「明日、ゆっくり話そう。
今日は……おかえり」
「はい。兄上もお疲れ様です」
扉が閉まり、静かな余韻が部屋に残った。
・・・・・・・・・・
「マサヴェイ様、お疲れでしょう。紅茶をお持ちしました」
静かな声とともに、ゴシファーが入ってきた。
黒燕尾服に白手袋。
完璧な所作でティーセットを運んでくる。
その後ろには、地味なメイド服のシスモが続く。
「マサヴェイ君~、おかえりなさ~い。
はいはい、座って座って。紅茶冷めちゃうわよ~」
「シスモ、落ち着け」
「ゴシファーこそ固すぎなのよ~」
2人の掛け合いに、思わず笑ってしまう。
ゴシファーが紅茶を注ぐ。
湯気とともに、アールグレイの香りがふわりと広がった。
「……いい香りだ」
「マサヴェイ様のお好きな茶葉ですから」
シスモがクッキーの皿を差し出す。
「アールグレイクッキーも焼いておいたわよ~。
マサヴェイ君、甘いの好きでしょ?」
「ありがとう。いただくよ」
サクッとした食感と、紅茶の香りが口に広がる。
「……美味しい」
「ふふん、でしょ~?」
久しぶりに、心から落ち着ける時間だった。
胸ポケットから、黒い艶のある小さなトカゲ――ヴィオデスが顔を出す。
「余は、やはりアップルティーのほうが好きだな」
ティーカップに頭を突っ込み、
アールグレイをしっかり飲み干した後に主張してくる。
「はいはい、わかったよ」
僕は苦笑しながら受け流した。
・・・・・・・・・・
紅茶を飲み終えた頃、
ゴシファーが静かに姿勢を正した。
「マサヴェイ様……ひとつ、お願いがございます」
「お願い?」
「しばらく……お暇をいただきたいのです」
「えっ、ゴシファーが?」
シスモも驚いたように目を丸くする。
「ゴシファー、どうしたのよ?
マサヴェイ君のそばを離れるなんて珍しいじゃない」
「ええ。ですが……どうしても会いたい“昔の友”がおりまして」
ゴシファーの表情はいつも通り冷静だが、
その瞳の奥に、わずかな熱が宿っていた。
「そうか……」
僕はゆっくり頷いた。
「いつも休みなく働いてくれているんだ。
ゆっくり休暇をとるといいよ」
「マサヴェイ様……感謝いたします」
深く頭を下げるゴシファー。
「シスモ、マサヴェイ様のことを頼みます」
「任せときなさ~い。
マサヴェイ君のことはあたしがしっかり守るわよ~」
「……頼りにしています」
ゴシファーは微笑み、
静かに部屋を出ていった。
扉が閉まる。
その音が、妙に胸に残った。
(……昔の友、か)
ゴシファーが“昔の友”と言う時、
それはただの友人ではないはずだ。
紅茶の香りがまだ残る部屋で、
僕は静かに息を吐いた。
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