第27話「帰還命令」
第27話
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エドザー王都の裏路地。
昼でも薄暗い細い道を抜けた先に、ひっそりと石造りの建物が佇んでいた。
壁には蔦が絡まり、窓は曇りガラスで中が見えない。
扉の上には色褪せた木製の看板がぶら下がり、
“古書整理室”と書かれている。
だが――
この建物こそが、ムツート連合国諜報機関・エドザー支部。
外観は朽ちかけた倉庫のようだが、
扉をくぐった瞬間、空気が変わる。
ひんやりとした静寂。
外界の音が一切消える不自然な沈黙。
魔道具による結界が張り巡らされ、床には魔力を吸収する黒石が敷かれ、
壁には防音と防視のルーンが刻まれている。
天井には淡く光る魔石灯。
その光は、外からは絶対に見えないよう調整されていた。
ここは、連合国の“目”であり“耳”。
王都の裏側で、静かに世界を見張る拠点だ。
その一室。
丸い木のテーブルを囲んで、三人が集まっていた。
支部長 コジン・サッド。
諜報員 アユナ・モーガスキー。
そして――諜報員 マサヴェイ・シロンドルフ(仮名:平民マクシム)。
王立学園を卒業して数日後の夜。
任務の総括と今後の方針を話し合うための集まりだった。
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「さて……王子殿下。任務の総括といこうか」
赤褐色の髪を後ろで束ねたコジンが、
鋭い目でマサヴェイを見た。
“王子殿下”と呼ばれても、
マサヴェイはもう慣れたものだ。
「はい。まずは……イネザベス先生の件ですね」
「そうだ。お前のメイン任務の一つだ」
コジンは腕を組む。
「魔道具発明家イネザベス・クスヴァリに接触し、
彼女の技術の源を探る。どうだった?」
「……まあ、形にはなりました」
マサヴェイは肩をすくめた。
「核心までは分かっていませんが、
上層部をごまかせる程度のレポートは書けました。
あれ以上深入りすると、逆に怪しまれますし」
「お前らしいな」
コジンが笑う。
「深入りしすぎず、しかし成果は出す。
“ほどほどでやめておく”のが殿下の流儀か」
「まあ……はい」
マサヴェイは苦笑した。
アユナが静かに頷く。
「マサヴェイ王子の判断は正しいと思います。
イネザベス先生には、あれ以上踏み込むと危険でした」
その声には、どこか優しさが滲んでいた。
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「で、二つ目の任務だが……」
コジンがニヤリと笑う。
「センナ王女、ムネルダ嬢、ミツルク閣下と
“自然な交友”を深める。
平民マクシムとして、よくやったじゃないか」
「……まあ、挨拶できる程度ですけどね」
「いやいや、それがすごいんだよ。
王族・貴族と平民が自然に話せるなんて、普通は無理だ」
コジンは満足げに頷いた。
「そういえば、センナとトシードの二人……」
コジンが急に話題を変える。
「卒業してすぐ、霧の都アーソンへ旅立ったらしいぞ」
「えっ……センナ様が?」
アユナの声がわずかに揺れた。
「センナの任務に、センナの願いでトシードが同行することになったそうだ」
コジンはニヤニヤしながらアユナを見る。
「若いっていいねぇ~、王子殿下?」
「せ、センナ様のことですよね……!」
アユナはプイっと横を向く。
その視線の先には――マサヴェイ。
目が合った瞬間、アユナの頬はさらに赤くなる。
「はっはっはっ、そうだよ。センナとトシードのことだよ」
コジンはからかうように笑った。
アユナはむくれたように唇を尖らせる。
マサヴェイは、なんだか胸がくすぐったくなった。
・・・・・・・・・・
だが――
次の瞬間、コジンの表情が一変した。
からかいの色が消え、
支部長としての厳しい目になる。
「……王子殿下」
マサヴェイは背筋を伸ばした。
「皇太子マサライ殿下から、
“王都アイーズへの帰還命令”が届いている」
部屋の空気が一瞬で張りつめた。
「……帰還、ですか」
「そうだ。殿下はすぐにアイーズへ戻らねばならん」
アユナが小さく息を呑む。
「……っ」
その声は、驚きと――寂しさが混じっていた。
コジンはそれを見逃さなかった。
だが、今度はからかわなかった。
代わりに、静かに言った。
「アユナ。
お前も王都アイーズへ戻って、家族に卒業報告してきたらどうだ?」
「……!」
アユナの顔がぱっと明るくなる。
「はいっ……!
行きます!」
その笑顔は、
マサヴェイの胸に温かいものを灯した。
(……一緒に帰れるんだ)
ほんの少しだけ、
心が軽くなった気がした。
・・・・・・・・・・
会議が終わり、
アユナが帰り支度を整え、
扉の前でこちらを振り返る。
コジンは弓を背負い直し、
ふとマサヴェイへ視線を向けた。
「……王子殿下」
いつもの軽口とは違う、
低く、重い声音だった。
「王都アイーズは……今、穏やかではない。
派閥争いも、継承問題も、表に出ていない火種が多すぎる」
マサヴェイは黙って耳を傾ける。
「殿下が戻れば、必ず“何か”が動く。
それは……殿下が望まなくても、だ」
コジンの緑の瞳が、
霧の向こうを見通すように細められた。
「これは忠告でもあり、警告でもあり……
ただの心配でもある」
その言葉には、
支部長としての冷静さと、
マサヴェイを守ってきた者としての温かさが混じっていた。
マサヴェイは静かに頷いた。
「……分かっています。
覚悟は……しておきます」
コジンは満足げに息を吐いた。
「それでいい。
殿下は殿下のままでいればいい。
だが――気を抜くな」
その言葉は、
マサヴェイの胸に深く沈んだ。
アユナがそっと近づき、
柔らかく微笑む。
「マサヴェイ王子……
一緒に帰りましょう」
その声は、
霧の夜に灯る小さな光のように、
マサヴェイの心を照らした。
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