【ep.3】始める先生 1.異世界生活のはじまり-2
食料品の店は幾つかあったが、妙に威勢が良いご婦人に出くわした。
「あんたが例の奴隷娘の……」と、最初は値踏みするような目で訝しがられた。しかし相場や買い方なんかを聞いてるうち、物々交換はもちろん、ちょっとした手伝いなんかしてくれれば、野菜くらいは分けてやるさ! と、口を開けば商売柄もあってかありがたい申し出も聞けた。
【真理眼】の【スキル】のお陰かなとも思った。
次の重要施設、雑貨屋と思しき店先にはちょうど老人風の男が立っていた。顔の輪郭に沿って生えたなかなか立派なあご髭。体格は逞しく……いや寸胴だった。
何よりも人間なら顔の大きさと不釣り合いなその背丈は、中学一年の男子くらいだろうか、何なら等身が違う感じだ。
恐らくは話に聞いたドワーフだった。
「おお、さすが異世界ファンタジー……期待を裏切らない!」
長谷川は初めて目にする異種族に興奮した。
「すまない、今度村はずれの家に住むことになった、長谷川と言うんだが……この店の方かい?」
「これはご丁寧に、ハセカー殿。儂はこの雑貨屋のブロムじゃ。まぁ雑貨屋と言うよりは何でも屋じゃな」
がははと笑った彼は、村長は若いと言っていたが、彫の深い顔面はどう見ても六十代には見えた。
それにしてもこの世界では“長谷川”は言いづらいのだろうか。
「よろしく頼むよ! かなり遠くから来たんだが、この辺のこと含め不慣れなんだ」
「そうかそうか。遠くと言えば、その髪色、遥か東の方の……うーん、なんと言ったか、そっちの出身か?」
「まぁ……、そんなところだな」
長谷川は濁したが、ふとブロムの視線が気になった。興味深々でこちらを見ていた。
「ん? 何か気になるのか?」
「いやいやお前さんの恰好がな、それは東方のじゃろ? 衣類や履物を実際に見るのは初めてじゃて、ついな」
それはそうだ。
「そ、そうだよな。うん、ズボンなんかはオーダーメイドなんだ。靴も革製だ」
嘘ではなかった。シャツは某紳士服店の既成なんだが。ブロムの目がますます輝いた。
「お前さんの事情や家のことは村長から聞いておるぞ。必要なものを言ってくれたら、できる限りは都合してやるぞい」
「え、それは助かる! だが今は来たばかりで持ち合わせが無くてな……」
「問題ないわい。ただ、お前さんのその服……あとでじっくり見させてくれんか。儂の【クラフト魔法】で同じもんが作れんか試してみたくてな」
ブロムは興味津々だった。
(【クラフト魔法】!? 魔法か!)
「そんなことで良いのか? 構わないが……魔法って、すぐにできるのか?」
長谷川は高鳴る胸の鼓動を抑えられず聞いてみた。
するとブロムは店の奥から棒切れと金属の塊を持ってきて、ほれっ、と何とも簡単に畑作業で使うような鍬を作ってみせた。
「うぉ! すごい!」
「こんなことは初歩じゃよ」
ブロムはにんまり笑って見せた。その後も皿やスプーンなどを製作する様子を見せてもらった。
そうして後日、長谷川の家まで来てくれると約束してくれた。鍬や皿などは、出会いの記念にと持たせてくれた。
「いや~、初対面なのにすまない。歳の功と言うか、親切にとても助かるよ!」
「歳の功とはなんじゃい、儂はまだ四十三の好青年よ!」
「四十三!? 思ったより若っ! と言うか好青年って……」
その反応にブロムはがっはっは、と今度は大笑いした。聞けばドワーフの寿命は人間……いや、この世界で言うヒト族の倍はあるそうだ。
つまり彼はヒトに例えれば二十代前半と言うことだ。
エルフには敵わんがな、と世間知らずも笑われてしまった。
「いやぁ、想像以上に何とかなりそうで良かった……!」
ブロムから貰った雑貨をお土産よろしく、意気揚々と帰宅しようと村の出口に差し掛かると、これまですれ違った住民より少し身なりの良い男に声を掛けられた。
「おい、お前」
明らかに自分に向けられたと気付いていた。挨拶もろくにできない奴と関わるとたいてい良いことは無いと、長谷川は無視も考えたが――
「はじめまして……だよな。俺は長谷川と言う者だ。何か用かな?」
「村はずれの家に住むんだってな。俺はこの村の相談役だ」
「相談役?」
「ああ。町の役人とでも思っておけばいい。町長、いや領主様の命令なんかを村々に伝えて回る役だ。何やら厄介ごとの気配がするが……まぁよそ者は下手をしないことだ」
これまでの高揚を台無しにする忠告だった。
「それはわざわざすまない。助かるよ。御覧の通りこの辺出身じゃないから、気を付けるさ」
苛立ちもあったが、この男の態度はともかく、ユイのことを考えればそのことばにも一理あった。
長谷川は努めて冷静に返した。
「ふん。まぁそれだけだ」
ふてぶてしくも、その男は名乗りもせず、村長の家の方に歩き去った。
「まぁラノベのようには都合よく行かないか……」
長谷川は切り替えて、ブロムのお土産を見ながら、これからの生活に意識を向けた。




