【ep.3】始める先生 1.異世界生活のはじまり-1
翌日から突然始まった三人の生活はなかなかの手探りだった。
まず、とにかく物が無い。そして何よりも優先されるのは食料だった。
幼く奴隷であったユイの生活知識には頼れず、また下界に住むのは始めてだというソフィアもあてにはできなかった。
「ふふ~ん」
と、彼女は口数少ないユイを積極的に伴って、楽しそうに家の中を掃除していた。ふたりで裏の小川の水を汲んできたかと思えば、どこからか見つけてきた、雑巾のような布切れを使って拭き掃除なんかを始めていたのだ。
昨日、目覚めたユイに彼女を紹介していた。同性だから安心できたこともあるだろうが、ユイはその時も泣き出した。きっとソフィアの包容力と言うか、何かを感じとってもいたように思えた。
そして先ほどの水汲みから帰った二人を見れば、すでに懐いているのは一目瞭然だった。雰囲気的にも大変な救いだった。
「お! 掃除、ユイも頑張ってるね!」
彼女はコクリと頷く。長谷川自身もユイとの距離感が出ないようにしようと、今朝から“ちゃん”付けはしないでいた。
「それじゃ昨日話した通り、村長さんのところに行ってみるよ」
「はい~お気をつけてぇ」
柔らかい見送りを背に受け、長谷川は村長に聞いていた方向にあぜ道を歩き出した。
* * *
二十分と歩かず、目的の村が見えてきた。そして村の中心部、分かりやすい場所に村長の住まいらしき少し大きな家を見つけた。
ごめんくださいと、長谷川は扉の前に立った。
「おぉ、お主、さっそく来たか」
「昨日は……と言うか今回は本当にありがとうございます! 本当に助かってます。とは言え、右も左もわからず、物も無いので早速お伺いしてしまいました……」
「それはそうじゃろうて。まぁ中に入りなさい」
村長は昨日の帰りに見せた表情と調子のまま、長谷川を迎え入れてくれた。
それから長谷川は、真実と作り話を混ぜ込みながら自分の身の上を話し、あまりの世間知らずと怪しまれないよう気を遣いながら、最低限必要な情報を集めることができた。
まずこちらの世界にも通貨があること。ここのような田舎では労働奉仕……要はお手伝いなんかで対価を得ることもできること。
さらに幸運にもこの村には食料品や雑貨を扱う店もあり、物々交換も可能だと分かった。無職無一文の身には色々とありがたかった。
「なんとかなりそうだな……」
雑貨屋の方は若いドワーフがやっているとも聞いて、少し期待もしてしまった。
他にも、以前のソフィアの説明では心もとなかったので、村長にもこの世界のことや近辺のことをそれとなく聞いてみた。
「この村はリグナと言ってな、規模こそ小さいが、それなりに古いんじゃ。お前さんに使わせてやっとる建物、なかなか立派じゃったろ?」
「あぁ、確かに。存外広くてとても使いやすそうです」
「あの家はこの村の開村時に、村造りの視察に来られた当時の領主様用に、最低限の拠点として建てられたんじゃ。無事に村も出来上ったあとは、荷物置き場になったり、ちょっとした宿屋になったり、まぁ今では偶然、使う者もいなくなっていたと言う訳じゃ」
「なるほど、それは運が良かったです。しばらく住まわせて貰えるとありがたい。今は偉そうなことは言えないけど、この恩はきっと返しますよ」
そう言うと村長は少し気を良くしたのか、そのうちで良いぞと笑った。
他にも、近くには町があり、そこから南に行けば港町なんかもあると言う。
この村を含め、貴族の中では最大の力を持つ、ドラウス公爵の領地になるのだった。
ちなみにこの国の王であるヴァレリア王が住まうその王都は、徒歩なら優に一ヶ月はかかる先にあるのだとか。
千年王国とも称されるくらい、その街並みや王城は立派なんじゃと、若き日に訪れたという村長は誇らしげに語った。
まだこの世界の広さも分からない長谷川だが、いつかそんな場所にも行ってみたいと漠然と思った。
村長の長い思い出話にも付き合ったあと、直近、最も重要な課題解決の糸口を探るため、彼は食料品や雑貨の店に向かった。




