【ep.2】出会う先生 3.女神と再会する
彼女は恭しくソフィアと名乗った。
やはりあの時に現れたその人だと語った。動揺していた長谷川は、何故か彼女に促されるまま、大きなテーブルの角に九十度の位置関係で座った。
カウンセリングのようだった。
目線の先ではユイはまだぐっすり眠っていた。
「あの……ソフィア……様? さん?」
「ソフィアで良いですよ。普通にお話ください~」
あらためて神的な存在を前に緊張する長谷川に、対照的にマイペースなソフィアはニコッと答えた。
聞きたいことがどんどん浮かんできた。
「その……俺ってやっぱり転生……してるんですよね? だよね?」
まだぎこちない。
「えぇ、そうですね……」
「やっぱり……それって俺は死んだ……のかな? つまり元の世界には戻れない……」
一番の核心を恐る恐る尋ねる。
「う~ん……生死についてはなんとも言えません」
「え?」
「あの世界に顕現できたのが初めてで……でも生命力はかなり落ちていたのは間違いなかったんですよ!」
だから急いで転生させてみましたと。
話し方もあってなんだか軽いノリを感じないでも無かったが、続きを促した。
「元の世界に戻る、戻るですよねぇ……う~ん……」
あごに人差し指を当て、目を細めて美しいお顔を歪めて真剣に悩んでいる様子に、何となく難しそうなことは察してしまった。
それでも転生した理由はまだまだ曖昧だった。
「…………」
彼は目を閉じた。
元の世界の生徒たちのこと、そして両親や友人の姿が脳裏に浮かぶ。
「ふぅぅ……」
大きく深呼吸し、ゆっくりとまぶたを開く。穏やかな寝息を立てるユイが目に入った。
(切り替える……しかないよな)
「――」
ソフィアは相変わらず笑顔だったが、心なしか先ほどと違う表情で彼を見ていた。
「……それじゃあ、【ギフト】とか【スキル】とか言っていたと思うんだけど……」
気を取り直した長谷川は質問を重ねた。すると彼女はマイペースに説明をしてくれた。
要約すると、まず【ギフト】とは、簡単に言えば、元の世界とこの世界の差を埋めるために与えられた能力だそう。
ゲームで言えばパッシブスキルに近いと感じた。
この世界のことばを理解するための【言語理解】、分かりやすいのは元の世界には無い魔法と言う概念を埋めるための【魔法適正】などがそうだった。
他にもあるようだったが、今一番必要なことはこの辺ですね~と、教えてくれた。
(やっぱりあの時、本の表紙が変化したのがそれだったんだな……)
納得しつつも長谷川は密かに魔法という単語に少し心を躍らせた。
そして【スキル】については、ゲーム的にはアクティブスキルに近かった。
元々長谷川が持っていた優れた能力をベースに、この世界の理に合わせて【スキル】として最適化されたのだそう。
慰めてくれているのか、ソフィアは“優れた”を妙に強調してくれた。
「おススメは【マルチタレント】ですよ。この世界では剣や魔法もあるので、なんでもこなせます~。極めた専門職には敵わないですが、それなりに強くなれるかもしれません」
(魔法とくればやはり剣! 元ゲーマーとしては捗るかも――)
しかし、以前の職場の上司にお前って器用貧乏だよね、と言われたことを思い出し、嬉しさはすぐに半減した。
「……ほかにはどんな【スキル】が?」気を取り直して尋ねた。
「そうですねぇ、これまでの経験や知識を体系化したり、あるいは対人関係に力を発揮するような能力は【真理眼】としてまとめてみました~」
(なんかビジネススキルだな!?)
世界観を損なう説明に再びげんなりしそうだった。
(しかし派手さは無いが、地味に使えそうだな……!)
と元ゲーマーの直感が囁いた。
ちなみに、なんとかバースト! のような必殺技的なスキルがある訳ではないことも、残念ながら判明した。
(剣道とかやってれば違ったのかな……)
横でぐっすり眠るユイをよそに、まるでラノベのような展開に高揚してしまった長谷川だが、結局今はとにかく女神である彼女を信じるほか無かった。
聞けばこの世界に住む多くの人々の中で【ギフト】を授かることは極めて稀だそうで、【スキル】ももちろんそれなりに希少なものであり、それを授けてくれたのだ。
それにユイに接する態度、何よりも慈愛に満ち満ちた表情の彼女を疑う余地はなかった。
ソフィアからひとまず、そもそもの大事な話が聞けたせいか長谷川にも少しだけ余裕が生まれた。
流れでこの世界について、もう少し話を聞いてみた。
彼女曰く、この世界はヒト族中心に繁栄しているが、エルフやドワーフの他、少数だが亜種族も存在するそうだ。
(異種族かぁ)
異世界ファンタジーを夢見ていた彼は、再び心が踊ってしまった。
ヒト族は大小幾つもの国に別れていて、今は大きな争いこそないものの、平和な時代とも言い難いかもしれないです~と、神視点なのか緊張感無く彼女は語った。
ちなみにこの近くの村はヴァレリア王国に属しているそうだ。王を中心とした国で、神への信仰も厚く、この世界でも一、二を争う国家だという。
少しだが世界観を掴み始めた長谷川に、ソフィアはそうそうと付け加えた。
「この世界には魔物もいますから、遠出するときは気を付けないといけません」
「え!? 魔物……!」
重大情報をさらっと聞かされた。
「あ、そうですよね、長谷川さんの世界にはそのような存在もいませんもんね」
剣と魔法に、エルフにドワーフ。それはそうかと納得するが――
「も、もしかして魔王みたいなのも……」
少し焦る。
「マオウ?」
と、オウム返し。
魔物の王様のような存在だと説明すると、そのような方はいないですね~とのことだった。
魔物とは多くがダンジョンなどを住処にしており、地上などには滅多に現れないのだそう。
それでも地上に住まう種族たちの多くは、国の力、あるいは冒険者たちの力で、何かあれば対応にあたったりしていると言う。
魔物によっては、例えばヴァレリア王国のようにワイバーンを使役している国なんかもあるのだとか。
「ワイバーン!!」
そう聞いて長谷川は、机に両手をついて立ち上がった。
その時ちょうどユイが寝がえりをうつが目覚めない。
(いかんいかん。でもワイバーンがいるならやっぱりドラゴンなんかも……)
そう考えた長谷川だが、ユイの幼い寝顔が目に入ると、彼女の状況を思い出し、深く反省した。
奴隷だったと明かされたユイの事情、そして転生の際に授かった能力、人間以外の種族や魔物の存在を聞かされ、ここはもう異世界で間違いないと観念せざるを得なかった。
そして――
「そう言えばお伝え忘れてました! 私もここで一緒に住まわせて頂きますね~」
「ええぇ!?」
ソフィアはある意味これまでで一番の衝撃事実を言い放ち、よろしくお願いしますね、と満面のにこにこ顔でほほ笑んでいた。
長谷川の驚く声で今度こそユイが目を覚ます。
あらあら、とソフィアは起き上がろうとするユイに歩み寄り、慈しむように優しく抱擁した。
彼女のひと言に思考が止まった長谷川だが、この世界のことを何も知らない彼にとって、彼女こそこれ以上ない【ギフト】かもしれないと内心安堵した。
この転生さえも心から受け入れた瞬間だった。




