【ep.10】見送る先生 3.夢に囲まれる
――それから約二年の月日が流れていた。
王都より戻ったあの日からしばらくして、「まだ学びが足りない」と、レグとアルも塾に復活していた。
この世界では十六歳となれば成人として認められていた。
しかしそれは教育を受けられる層の考え方であった。多くは地域や家庭によってもその尺度は違っていた。
そこで長谷川はおよそ一年前、嫌がる生徒たちの反対を押し切って、卒業の日を定めた。
そこからの一年、みんなは見違えるほど集中して、それぞれの想いを胸に励んだ。
希望したミラ、レグやテッサなんかには、それぞれ得意な分野で、授業の補助、時には講師もさせてみたりした。
それは誰にとっても貴重な経験になったようだった。
その横で長谷川は、学び続けることに終わりは無い、そう伝えながら見守ってきた。
――そしてついにその日はやってきた。
それは明日、ユイが十六歳を迎える日の前日だった――。
「あっという間だったな」
いよいよ卒業の日が訪れ、長谷川は自分や講師たちとは反対側に並んだ生徒たちを前に、いつも通りの調子で告げた。
みんな一様に、真剣だがこれまでに見たことのない面持ちで彼に視線を寄せていた。
「なんだか先生が緊張してしまうな……」
そう言って自分の感情にまだ早いとフタをしたあと、
「それじゃぁ、今からひとりひとり、これから何をしたいのか、ひとによっては進路をみんなに発表して欲しいな。宣言でもいいぞ」
もう一度生徒たちを見渡して、
「うん、そうしたらユイ、一番だ!」
ユイは静かに頷き、立ち上がった。
「わたしは……わたしは、まだまだ勉強したい」
熱意を感じた。
「それで……えーっと、うん、やりたいことがあるの! それは東の……ううん、やっぱり一番だったから上手く言えないや……まとまったら言うね!」
(ユイ……そう言えば彼女は今何に興味をもってるんだろうか。この二年もあっと言う間に過ぎてしまって……今度じっくり聞いてみたいな)
そう思った長谷川だが、彼女のことばの最後のほう、どことなく控えめだったころの印象を少し思い出していた。
ソフィアも同じ気持ちだったのか、ユイの様子を見守る表情が印象的だった。
「そうだな、ちょっと急だったな……。すまん。ユイはまたあとでとして……次はテッサとヴェラだな! では先にテッサ!」
「はいっ!」
口は相変わらずぶっきらぼうなところはあるが、その態度や姿勢を目覚ましく変えたテッサが立ち上がった。
「私はこの前……、町の衛兵の試験に合格したの!」
「おぁ~!」
まわりから歓声と拍手が起こる。
「で、いつかは王都に行って、竜騎士団に入りたい!」
「テッサぁ、竜騎士団に女の子なんていないって聞いたよぉ」
ヴェラがすぐに突っ込んだが、テッサは私が最初のひとりになると、意気込んだ。
「うちはねぇ、町の冒険者ギルドの受付嬢になったの。凄いでしょっ!」
二年前、ママと衝突した彼女だったが、自分の信念を曲げず、母親を説得したのだった。
それは彼女なりの親孝行であり、家族を想う形だった。
それにギルドの受付は人気職だが、実務能力が高く要求される。
彼女はその難関を超えた。
「それでぇ、たくさんコネを作って、いつか商売を始めるの」
ヴェラはそうおどけながら長谷川に悪戯っぽくウィンクした。
「はは……折角いい感じだったのに、でもヴェラなら本当にやってしまいそうだな」
彼は迷わずに笑顔と肯定で返した。
「次は……」
「長谷川、次はあたしね。塾に入った順番なんだから、言わなくても分かるわ」
ヒト族とは違う時間の中で生きる彼女が、こんなささやかな節目をどのように捉えているのか、長谷川は気になっていた。
「どうしようかなぁ……あらためてこんな風に聞かれると考えてしまうけれど、もう少しあなたと一緒に、エルフの未来を考えるのも悪くないかもしれないわね」
彼女の事情を知る長谷川は、言葉とは裏腹にその小さな体に背負う運命を思った。
まだまだ自分にもできることがあるのではないかと、彼女に柔らかい笑顔で応えた。
「それにこんな楽しいところを自分から去ってしまうなんて、あたしにはできないわ」
出会ったころと変わらぬ姿の彼女は、あの時と同じ輝く翠玉色の瞳を長谷川に向けた。
「ブリュナ、君の番だね」
ブリュナはもじもじしていたが、自分の番を分かっていたからか、すぐに口を開いた。
「私も町に行きます。それで……神殿に入って神官見習いに……」
そこでセリフィエルとブロムが同時に何度も頷いた。
「それでそれで、ヴェラと一緒に住んで、可愛い雑貨を作る練習もするの。ブロムおじさんのように、みんなの役に立てること、何でもやってみたいの!」
彼女はクラフトスキルの上達もさることながら、目覚めた光属性を活かして、神官になることをずっと意識してきたのだった。
宣言した彼女はもう引っ込み思案な子どもではなかった。
ブロムが突然目頭を押さえると、横にいるセリフィエルが珍獣を発見したような顔をした。
「ブリュナならきっとみんなの役に立てる素敵な神官になれるな。先生もたまには祈りを捧げに行こう!」
そこで、すっとミラが手を挙げた。
「レグ君、ごめんね。私に先に発表させて欲しいな」
レグはどうぞと、丁寧に右手をお腹に当て、左手を腰に回してお辞儀した。
「ふふ。ありがと! ……先生! 私、この塾で先生がしたいです!」
快活な彼女の宣言に、まわりからどよめきが起きた。
「私もユイちゃんと一緒でもっと勉強したい! ……みんなみたいに特別な力も無いけど……でも、いつか先生が話してくれた“学校”を作ってみたいの! それでこの塾みたいにたくさんの生徒に囲まれて、こうやってみんなの夢を聞いてみたいの! その時はヴェラに資金の相談もするからよろしくね」
え~と嫌がるヴェラだが、嬉しそうに笑った。
ミラの成長を誰よりも期待していた母親は、彼女が遠くへ行ってしまうのではないかと少し複雑だったらしいが、王立学校もあり得るかもと話した途端、手のひら返しで応援してくれたそうだ。
その横で黙って父親が聞いてくれたことも、彼女の決心を固めたと言う。
「ミラがいてくれたら助かるなぁ。ちょうど講師が一人出張に出てしまうし……」
ちらりとアルを見て彼は続けた、
「君がいたら先生もだいぶ楽できるしな!」
そう言って笑い出すと、ハセ先生はお休みなしでしょぉ、とヴェラに突っ込まれた。
そこで一同、みんなが笑った。
教室の扉の向こうからそっと見守っていたソフィアまで、口に手を当てて笑っていた。
最後はレグの番だった。彼はすでに自身の素性を明かしていた。
「これはまだ非公式なんですが……実は、このたび王太子に就くことになりまして……」
彼にしては珍しく、歯切れの悪い物言いで、鮮やかなオレンジの髪を掻いた。
「すごいっ!」
「おめでとう~!」
わぁぁ――!
周りのあまりに盛大な反応にレグは顔を赤らめながら笑顔を見せた。
そして表情は真剣になり、切り出した。
「僕はこの塾での学びは決して忘れません。それにここで出会えた友人、先生たち……もちろんソフィも、みなさんは僕の宝です。ミラには先に言われてしまったけど、僕もハセカー先生のように、みんなのこんな笑顔が溢れる国にしたいんです!」
みんなでもう一度盛大に拍手した。
その様子はまるで小さな即位式のようだった。
この二年塾に通う傍ら、保守派も巻き込んだ改革の提案やアウレリオンとの国交安定化に貢献するなど、その功績と手腕はもはや誰もが認めるところで、満を持した決定だそうだった。
そしてアルを脇に呼び、レグは彼が近衛騎士に復職しつつ、彼のお付きとして新たな職位に就くことを紹介した。
「本当にご立派になられた……」
アルがそう言って肩をしゃくり上げると、普段は寡黙な彼の姿とのギャップに、その場の誰もが胸を締め付けられているかのようだった。




