【ep.10】見送る先生 2.塾に帰る
竜騎士の駆るワイバーンは途中の休息を取りながらも、四日でリグナ村まで到着した。
長谷川の希望もあり、ワイバーンには塾の庭部分の端に降り立ってもらった。
(流石にちょっと緊張してきたな……みんなにどんな顔したらよいのやら)
挙句にセリフィエルあたりに怒られる想像までした長谷川は、恐る恐る塾の玄関まで歩み寄った。
すると――
バンッ!
突然、塾の扉が開かれた。
「ハセ!」
「長谷川! 遅い!」
中からユイにリヴァ、ミラとブリュナが飛び出してきた。
そして一番にユイが駆け寄り、彼の首元に飛びついた。
「おわぁ、ど、どうして!」
すると今度はいつの間にか後ろに回り込んでいたテッサとヴェラまで抱きついてきた。
「先生ぇ、お帰り~!」
「怪我とかしてないの!?」
皆一様に、涙を滲ませながら笑っていた。
「本っ当に遅いのだわ!」
今度は奥からセリフィエルとブロムが現れ、その後ろに嬉しそうなソフィアがいた。
「そんな、なんでみんな揃ってるんだ!?」
長谷川はやはり分からなかった。
「それはですねぇ、二日前に村長さんのところに王様からの急ぎの知らせだ~と、お知らせがあったんです~。ワイバーンが飛んできて、みんな大騒ぎだったんですよ」
事も無げにソフィアが答えた。
「え?」
「それでブロムが血相変えて走ってきたのよ。明日か明後日には長谷川が戻るだろうって。あたしはドワーフがあんなに早く走れるなんて知らなかったわ」
セリフィエルが補足すると、それで“塾取り壊し令”の取り下げを知ったらしかった。
(レグだな……。何というサプライズを! しかしこれはちょっと今度、本当のサプライズを教えてやらねば)
長谷川はそう心に誓ったが、その表情は緩んでいた。
「貴之さんもお腹が空いたでしょう。あ、あちらにいる騎士さんやワイバーンにも食事を用意しなくては」
そう言ってソフィアはもう一度、長谷川に目を合わせた。
琥珀色の瞳が心から彼の帰還を喜んでいるように見えた。
大人たちのやり取りをよそに、喜んだかと思えば泣きついたりする子どもたちに囲まれ、長谷川は身動きがとれないでいたが、彼女たちをなだめながら教室に入った。
ワイバーンに興味津々なセリフィエルとブロムに声をかけ、竜騎士たちも呼んでもらった。
そのあと、突然の誘いに恐縮しきりの騎士たちを交えて食事を済ませると、みんなで国王からのお土産を塾に運び込んだ。
「うわぁぁ……」
生徒たち全員が初めて見るワイバーンに驚き、歓声を上げていた。
「ね、先生。触らせてもらってもいい?」
意外にもテッサが長谷川に頼んできた。
それを聞いた竜騎士のひとりが、お嬢さんどうぞと、ワイバーンの頭をもたげさせた。
するとワイバーンはクルクルと喉を鳴らした。
「すごい! 固い!」
嬉しそうに撫でるテッサを見ていたユイも、恐る恐る近づき、撫でさせてもらった。
「本当だ! それに少しひんやりしてる!」
私も私もと、結局全員で少しの間、ワイバーンとじゃれ合った。
みんなで竜騎士とワイバーンを見送ると、長谷川は一同からこの約一ヶ月の出来事を教えて欲しいとせがまれた。
彼はレグと打ち合わせていた通り、彼らの素性とドラウス公爵の一件があった謁見の間の出来事は伏せた。
他はあらかたそのまま話した。
ひと段落すると、今度は長谷川がみんなそれぞれどんな勉強したかとか、何ができるようになったとか尋ねた。
各々が我先にと嬉しそうに報告してくれた。その間に日も沈みかけた。
「今夜の食事は特別豪勢ですよ~。今までで一番かもしれません」
と、ソフィアが声をかけると歓声が上がった。
「おいおい、お前らは帰らないで大丈夫なのか?」
「私の家はもともと放任なんで! 全然大丈夫!」
「ウチも~。ママにはちゃんと言ってあるし」
テッサが即答して、ヴェラはウィンクで返した。
「私はお母さんから野菜も持たされてますし、むしろちゃんと手伝って来いって!」
「わ、わたしは、ブロムおじさんが一緒だし」
ミラとブリュナも即答だった。
その日はちょっとした宴のようだった。
「ソフィ! これ本当に美味しいよ!?」
「うん! このシチューも最高っ!」
テッサが目を丸くして声を上げると、みんなが口々に美味しいと彼女の料理を称えた。
長谷川も初めて聞いた“美味しい”の感想に驚いていると、それが意外だったのか当のソフィアは目を潤ませ、人差し指で拭ったあと、それこそ満面の笑顔になった。
(ソフィアもなんだか本当に人間らしくなった気がするなぁ)
そのあとも再会を喜び大いに盛り上がった。
特に、みんなの前で三つ首のロッキーを召喚するとそれぞれに仰天した。
ロッキーはケルベロスになっても三つの首が忙しそうに各々愛想を振りまいた。
そこへレグから渡された酒を片手にセリフィエルが現れると、ロッキーは怯えたように成犬ロビンの後ろに隠れてしまった。
それを追いかける彼女、その様子に大笑いする子どもたち。
ブロムは土産の中にあった、見事な細工が施されたグラスを惚れ惚れ眺めながら、自慢の髭を上下に擦っていた。
それぞれがこれまでの不安を吹き飛ばすように笑っていた。
「ソフィア……ありがとう。ここを守ってくれて」
長谷川はソフィアに向き直り、小さく声をかけた。
「貴之さんも本当に頑張りましたね。私もとっても嬉しいのです~」
そう言いながら彼女は手にした王都自慢の酒を、長谷川と自分のコップに注ぎ始めた。
「ソフィア!?」
長谷川は彼女が自ら酒を勧めてきたこと以上に、彼女の口から“嬉しい”と聞けたことに驚いた。
そしてそれは彼にとっても“嬉しい”であり、ふたりはコップを当てて小さく乾杯をした。
「ああ! ふたりで何を良い感じにしてるのよ! 長谷川! あたしはあたなにまだまだ言い足りないの!」
そう言われてふたりはすぐに三人になり、気が付けば私も混ぜて! とユイが隣にやってきて四人になる。
周りを見れば彼を中心にみんなが近くに集まっていた。
(色々なことがあった……。そして塾や教育の存在を国が認めてくれた。なんだか俺もこの世界に本当の意味で認められたみたいだ。それに……俺は愛する人達のこんな顔を見たかったんだ。間違いもしたがこうして失わずに済んだ。俺もまだまだ、ずっと勉強だな)
その時ひと際笑顔のユイが目に留まった。
今日は本当に饒舌だなぁ、と彼女を眺める長谷川に、ソフィアもにこにこ顔を向けていた。




