【ep.10】見送る先生 1.見送られる
長谷川は結局五日間も王都に引き留められた。
王との謁見を果たした夜、そしてその翌日と翌々日は、理由を変え三夜連続で晩餐会が開かれた。
最初の夜は王や王女、レグを始めとした王の近親者、近衛や竜騎士団の団長、大臣などが参加した。
翌晩はレグが放逐直前まで彼の面倒を見ていた侍従やメイド、アルの古巣である近衛騎士団員たちとの場が持たれ、三日目の晩は、改革派貴族や文官、武官など、国政を担う者たちとの一席となった。
まだ非公式ではあるが、レグの帰還が告げられる場所となった。
その三日目には国難を救った英雄とまで持ち上げられた長谷川は、王とレグにその真髄をもっと聞かせて欲しいと乞われた。
それでその翌朝、早速呼ばれてやや二日酔いの頭を押さえながら、彼の考える“教育”について、僭越ながらと彼なりの想いを語った。
「なるほどのぉ」
彼の目の前で王が真剣に腕を組んで唸っていた。
そろそろ塾や待っているみんなのことが気になり始めた長谷川だったが、そのままふたりに拘束され、文字通り一日中質問攻めに遭ってしまった。
そうして今、五日目の朝を迎えていた。途中何度も王の体調を気遣う侍従長が顔を見せたが、王はその都度追い返した。
「ならばハセカーよ、農村の子らには今何が一番必要だと考える」
王は引き続き真剣だった。
長谷川は少し考えたあと、言葉を選びながら伝えた。
「恐れながら……、やはりまず文字の読み書き方です。それは単に読める、書けるができれば良しでなく、なぜ読み書きが必要なのかを教えることが本質かと。読み書きできれば自ずと知識が身に付きます。そして知識があって初めて目的が生まれます。目的が生まれれば自ずと行動が伴うはずです。その一つ一つが積み重なり、家庭や村、町、いつかは国の原動力となるのではないでしょうか」
「ふむ、なんと画期的な考えよ」
王は何度も頷きながら聞いていた。
「しかし、私は今回の件でこの教育が持つ“二面性”を痛感しております。ですから民だけでなく、彼らを導く方々にも教育の良い面を捉えて頂く……誰しもが家族や国を想い、それぞれの立場で同じ方向を向いて正解を考えて行ければ……理想論かもしれませんが」
少し熱くなり過ぎましたと長谷川は後頭部に手を当て、王の表情を窺った。
「…………」
ヴァレリア王の長い沈黙に彼は少し緊張した。
「ハセカーよ、よく申してくれた! そしてレグナス、よくぞ此度の一件にて我がヴァレリアの未来を示した! お前の言うように、ヒト同士で争う時代などもう古いのじゃ。子が正しく育てば人財となり、人財が育てば国が栄える。国が栄えればより豊かな世界へと導かれるであろう!」
王は今日一番の声を上げ、興奮していた。
「ありがたきお言葉ですが父上、私がそうした考えに至れたのも、再三申しておりますが、先生のご指導の賜物なのです。私は知識や考え方だけでなく、叶うなら……いつか父上を助けて国に力を尽くせるようにと、その想いを胸に、先生の背中からそれを成すための覚悟やタネを学んできたと心得ております……!」
(レグよ、とても嬉しいがあまり持ち上げないでくれ……)
良い意味で居心地が悪くなった長谷川は、頭を掻きながら親子の会話を聞いていた。
「よくぞ申した! この十年、余が近くにおらなんだことが少し歯がゆくもあるぞ」
と、王は長谷川をジロリと嫉妬の目で見た。
「し、しかし、やはりレグは本当に真っ直ぐで真面目な生徒でした。他の生徒もとても刺激を受けておりました。かくいう私自身、彼から学ばされてばかりです」
そうであろうと、どこか鼻を高くして王は何度も頷いた。
(十年離れていても親は親。こう言っては失礼だが親ばかは異世界でも共通らしい)
微笑ましく思っていたところ、アルが会話に入ってきた。
「セルヴィウス王、そろそろお時間が……」
「おう、そうじゃったな。長谷川よ、お主の考えしかと理解できた。それでも、改革を進めたい余自身でも、まだ受入れにくい部分もある。政とはそう単純にはいかんのじゃ……。じゃがそれを乗り越え、この先我が国の望む未来、子々孫々に受け継がれる世界の礎になりたいのじゃ。重ねて問うことになるが、率直に、今お主が取り組みたい“教育”とはなんじゃ? レグナスもじゃ、共に述べてみてはくれまいか」
長谷川は“こども”は宝であると、彼の考えるごくごく当たり前を最初に伝えた。
「これからも自分の身の丈に合ったやり方で塾を続けたいと思ってます。そして……そこでタネを得て巣立った生徒たちが、やがてそのタネをどこかでまいて回ってくれたら、そんなに嬉しいことはありません……!」
レグは何度も相づちを打っていた。
そして今度は彼自身が城を出たからこそ知り得た知識や彼なりの感性で、教育を語った。
王はふたりの意見を熱心に聞き、途中侍従長に持ってこさせた紙とペンでメモも取っていた。
(この親有りて、この子ありだな)
アルが声をかけてからもすっかり二時間が経っていた。三人はたっぷりと意見交換し、そうしてその場はようやくお開きとなった。
* * *
「ふぁぁぁ~」
王と別れたあと、城内で昼食を頂いた長谷川は眠い目を擦っていた。
「先生でもそんな風になさるんですね」
「レグ~、何度も言うが先生は完璧な人間じゃないんだ。毎晩飲んだあとに徹夜なんかしたらこうなるだろ」
そこでもう一度彼からあくびが出ると、レグは確かにと、並んで歩くアルと一緒に無邪気に笑った。
「やはり今日、出立なさるのですね?」
「あぁ。気が付けば塾を一ヶ月以上も空けてしまった。ソフィやユイ、それにみんなが不安でいるだろう。それを考えたら今度は別の意味で落ち着かなくてな……村まで馬車でも確か十日以上だったよな……」
「そうでした、一日でも早くお帰りになりたかったでしょう……父に代わり謝罪を……」
「そんなのやめてくれ! レグ、それにアル、君たちには助けられたんだ……。だいぶ遅くなってしまったが、今回はありがとう! 本当に、本当に救われたよ……!」
頭を下げ始めたレグを制し、長谷川は彼らに向き直り、姿勢を正して深く頭を下げた。
「せ、先生!! お止めください……! そ、そうだ! 父上から褒美について確認するように言われておりました。先生が望まれるもの、何か思いつかれているでしょうか」
彼は頭を上げた。
あらためて二人の恩人の瞳に目を移すと、温かい絆を感じた。
そこから調子を戻した彼だが、褒美のことなど考える余裕も無かったので、腕組して唸った。
「う~ん、う~ん……あ! あ……でもさすがにこれは無理かなぁ」
「先生! 何でしょう! 何なりと仰ってください」
何故か目を輝かせるレグに彼は恐る恐る答えた。
「えっと……リグナの村までその……あのワイバーンで送って貰えないだろうか?」
レグとアルが顔を見合わせた。
「もちろんです! アル、すぐにガルヴァン卿の許可を!」
「かしこまりました!」
(え!? いいの!?)
結局、夕方までにはワイバーンが二騎準備された。
長谷川はレグにお土産を買いに王都に行きたいと申し出たが、先生にそんなことはさせられませんと、ワイバーンの一騎には山ほどの土産が積み込まれた。
その中には貴重な上質紙やペンなど授業に使えそうなものも含まれおり、その物量も踏まえての二騎だった。
「このお酒はセリフィエル先生に! 王都の銘酒だそうです!」
「おぉ! 助かる! ポイントも抑えた気遣い! さすがは麒麟児だな」
「キリンジ? また新しい言葉ですね!? 次回お会いした時には是非ご教示下さい!」
いよいよ長谷川が発つ際には、セルヴィウス王にセレニア王女、近衛騎士団長のマキタやガルヴァン卿までもが見送りに顔を揃えた。
「しかし褒美がワイバーンで送ってくれとは、本当に欲の無い男よ」
王はそう言いながら長谷川の肩を何度も叩いた。
「ではな、教室長ハセカーよ! いつでも尋ねて来るが良い。再会を楽しみにしておる」
長谷川は深々と頭を下げ、アルに助けられてワイバーンの背、竜騎士の後ろに跨らせてもらった。
ヴァッサッ――
ワイバーンは一度大きく羽ばたくと、ふわりとその重たい体を持ち上げた。
それからさらに何度か羽きしながら上昇して気流に乗ると、見送る一行の上空を二度旋回した。
笑顔で見送る国王一家やレグ、手を振るアルの姿が目に入る。
(家族が揃って平和に過ごせる世界……こうでなければ)
長谷川は心から願った。
そして自分のやっていることが、生徒達を通じてほんの少しでもそんな世界に繋がっていけば良いなと、あらためて想いを新たにした。




