【ep.9_3】見守る先生 1.決着を見る
王都にはワイバーンで三日ほどの強行軍を経て到着した。
一行は慌ただしくヴァレリア王との謁見となった。
長谷川は初めての王都や王城を満喫する間もなく、目まぐるしく案内されるがまま、レグとアルに付いていった。
謁見の間――
「おぉ……!」
厳かで巨大な扉が開いた先、そこに足を踏み入れた長谷川は、アウレリオンの宮殿とは全く違う感想を抱いた。
彼の宮殿の数倍は広いその空間には、幾つもの白く太い柱が奥まで対を成して立ち並んでいた。
華美な装飾などないが、質実剛健、最奥にある天上から垂れ下がった純白の白い幕に、この国の紋章が大きく刺繍されており、一番に目を引いた。
その下の玉座には威厳と風格を備えた初老の王が、シンプルだがこの空間の中で一番の輝きを放つ王冠を頂いていた。
その横の小ぶりな玉座には若く美しい王女も座していた。
そして玉座のある段から、長谷川たち一行の足元まで長く赤い絨毯が伸びていた。
その両脇、王に近い位置にはガルヴァン卿と同じ白い全身鎧に見えたが、見事に彫金されており、それを身に付けた騎士たちが両脇に二十名ほど整然と直立していた。
その手前には貴族や文官だろうか、それぞれの意匠や装飾を凝らした服を着る者たちが騎士の倍以上、居並んでいた。
長谷川とアルはレグに従い、王の玉座付近まで進み、彼に倣って片膝をついた。
「陛下、大変ご無沙汰しております……! 突然の拝謁の非礼、どうかお許しくださいませ」
レグが恭しく礼をし、丁寧に口上を述べた。
「レグか……」
王はそれだけ言って、ゆっくりと右手を上げ、礼に返した。
レグは王に一番近い位置に直立していた騎士、羽飾りの兜の騎士をチラリと見た。
彼はレグの前に一歩進み出ると、レグから親書を受け取り、王に差し出した。
長髪だろうか、その時長谷川は彼の兜の下の黒髪を見た。
(黒髪……東の国の出身?)
書状を受け取った王は封を切り、黙ってそれを読み始めた。
すると――
「ドラウス公、前に」
「……はっ」
ふた呼吸ほど置いたあと、鼓膜にまとわりつくような、ねっとりとした声が響いた。
その男は長谷川たち一行の横まで進み出た。
中肉中背だが身にまとった生地の厚い派手なローブが彼の存在を誇張しているかのようで、それを後押しするかのように、あまり調和が取れていない宝飾類を身に付けた男が長谷川の真横に立っていた。
(こいつが……ドラウス……!)
長谷川は絨毯に押し付けていた拳を握りしめた。
しかし平時なら何らかの威厳や威圧を放ったであろうその男の出で立ちは、今は何も主張しておらず、むしろどこか落ち着きがない態度に見えた。
すると王が書状を読み上げ始め、ドラウス公爵は怯んだ。
「なっ……!」
その内容が進むにつれ、公爵は顔をしかめ、みるみる青ざめた。
周りで書状の内容を一緒に聞いていた貴族や文官たちもざわつき始めていた。
「でっちあげだ! 王よ! 公爵である儂よりも、敵国の蛮王のことばを軽々に信用なさるのか!? 儂が国家転覆を狙い、アウレリオンに交渉を持ちかけたなどと……!」
彼の声が裏返り、口調が速くなった様子は自らの企みを肯定しているようだった。
「そうか……ならば放逐したとは言え、余の息子を手にかけたのは何故だ?」
「何を仰る! 殿下ならこうしてここにおられるではないか!?」
どさっ――
その音でみなが謁見の間の入口を見た。
床にはドラウス家の騎士団長が縛られたまま、放り投げられ転がっていた。
その脇でガルヴァン卿が仁王立ちし、ニヤリと笑った。
「陛下、こいつが殿下一行を私兵で囲んでおりました故、ひっ捕らえて参りました。プレートの紋章は……ドラウス公、お主の家のものではないか?」
「ふざけるなっ! あんなやつは知らんし、そんなことなど儂は知らんっ!」
ドラウス公爵は口調や態度に焦りを滲ませたが、あくまで強く否定した。
「ほう、ではこやつが大事に持っておった命令書に押されたスタンプ、公の家のものに見えるが……いかがか?」
ガルヴァン卿が一切隙の無い表情で公爵をギロリと見た。
「くぅ……!」
いよいよ言い逃れ出来なくなったのか、ドラウスは逆上して王に詰め寄ろうとした。
すると瞬時に整列していた騎士たちに取り押さえられてしまった。
「ドラウス公よ、残念だがのちほど弁解は聞こう。ただしその時には……この奴隷権利証の件についても詳しく聞かせて貰おう」
「そ、それは……!?」
それで遂にドラウスは力なくうな垂れた。
王はどこから持ち出したのか長谷川にも見覚えのある一枚の書類を広げていた。
「お連れしろ!」
はっ! と、黒髪の騎士に指示された数名の騎士たちが、ドラウスを連れて謁見の間を出ていった。
「これにて謁見はお開きとする! みなご退室を!」
続けて発した騎士のことばを合図に、各々去っていった。
中には「遂にか!」と、遠慮なしに声を上げる者、一方小さくなって出てゆく貴族と思しき一団など、ここでの出来事がどのような意味を持っていたのか、長谷川にもそれとなく伺い知ることができた。
* * *
ガコンッ。
謁見の間の扉が閉まると、そこには王と王女、それに先ほどの黒髪の騎士、そしてレグとアル、長谷川のみが残された。
一行は礼を崩すように言われ、立ち上がっていた。
「レグナスよ……よくぞここまで立派になった……!」
王は一行に歩み寄り、レグを軽く抱擁した。
そしてそのまま肩をしっかりと掴んだ。
「父上っ! 十年でございます……!」
声が上擦っていた。
掴まれた手に右手を乗せ、お互いの青い瞳で向き合っていた。
「レグナスっ!」
すると今度はレグと全く同じ髪色をした王女が彼に抱きついてきた。
彼女はレグをしっかりと抱き、離さない。
「セレニア姉もお元気そうで……! あ、姉上、みなが見ております……」
年相応に少し恥ずかしがっていたレグがそう言うと、
「いえ! ……放しませんっ!」
解放されないレグは頭を掻きながら長谷川に目を合わせた。
「先生、紹介させてください。私の父と姉です!」
そう言った彼の顔は最高の笑顔に見えた。
すすり泣きが聞こえて長谷川が振り返ると、アルが両肩を吊り上げ、隠さずに涙を流していた。
「アルヴィンよ……お主にも本当に苦労させた……許してくれ」
「と、とんでも……ございませんっ! 陛下! 勿体ないお言葉……!」
そう言って彼はその場で素早く膝まづいた。
そして未だ肩を震わせる彼に、すでに兜を外していた黒髪の騎士が声をかけた。
「よくぞここまで殿下を支えてきたな」
「団長……! 先生、彼は近衛騎士団長のマキタです。私の上司であり、剣の師匠です」
マキタと呼ばれた騎士は、温和な優しい目つきで長谷川に一礼した。
そこで王が長谷川に向き直った。
「塾の教室長ハセカーよ、話しはみなから聞いておる。よくぞここまでレグナスを育ててくれた。そして此度はこの国の危機をも救ってくれた。ひとりの親として、そしてこの国の王としても礼を言わせてくれ」
王が頭を下げると、マキタやレグに抱きついていたセレニアまでもが慌ててレグから離れ、深く頭を下げた。
「いやいやいや頭をお上げ下さい陛下! 私はただ熱心な彼に少し知識を与えたに過ぎません! それに今回の件、私ひとりではどうにもできなかった。それを彼の知恵と勇気が助けてくれました。私はただその横にいただけでございます」
そのまま、長谷川は少し前にレオナート王に話したように、自分の率直な想いを話した。
これは自分の力ではなく、レグやアルの努力があってのことだと強調した。
ヴァレリア王は、保護者会に出席する父親のような顔で、息子の成長と活躍を満面の笑みで聞いていた。
先ほどの威厳はどこかにいっていた。
長谷川は話がひと段落すると、思い出したように「申し遅れました! 塾をやっている長谷川です!」と名乗った。
するとそこで一同が大笑いし、王は長谷川の肩を大きく強く、何度も叩いた。
(この国の偉い人たちの間では肩を強く叩くのが流行っているのか)と、長谷川は痛みに耐えながら恐縮した。
落ち着いた王は真面目な顔になり、長谷川に褒美を与えたいと申し出た。
「ならばその……“塾の取り壊し令”を取り下げては頂けないでしょうか……」
「ん? “塾の取り壊し令”とはなんじゃ? マキタよ、そのような令を余は出していたか?」
王は少しわざとらしくマキタに尋ねた。
「さて、少なくともこの一年、王は地方に何ら令を下してはおりませんな」
マキタもどこか白々しく答えた。
「ふむ、ハセカーよ、そう言うことだから取り下げも何もない。別の褒美を考えよ」
長谷川には王の顔が一瞬、レグに重なって見えた。
結局彼はあらためて褒美が思いつかず、それは後日決まったら申し出れば良いとなった。
「ところでじゃが……ハセカーよ、余に仕えてみる気は無いか? お主の“教育”とやらに余も興味があるのじゃ」
すると長谷川が答えるよりも早く、レグが割って入った。
「父上それはっ!」
「冗談じゃ」と言いながら、いずれまたと王は笑った。
レグが横でひやひやしていた。
(この世界の王の間ではイタズラも流行っているのか!?)
当の長谷川は苦笑いした。
「本当に今日はなんと素晴らしき日よ! マキタ! 宴の準備をせよ!」
「ハッ!」
マキタは素早く返答し、兜を抱えたまま踵を返した。
「まぁ! レグナス、今夜はあたしとお父様にたくさんお話を聞かせてちょうだい! アルヴィンもね!」
そう言ってセレニアはレグとアルの腕を掴んだ。
(元気で真っすぐなところはレグと一緒だな)
そう思いながら、長谷川は望まぬ決別を経て再会した家族の様子に、遅ればせながら胸を熱くしていた。
その日は遅くまで近親者だけの宴が続いた。
三人の親子が十年の時を取り戻そうとしているのを、彼は静かに見守った。




