【ep.9_2】立ち回る先生 2.乱戦する
最初に気付いたのは砂煙だった。
この船着き場から町の中心部の広場まではまっすぐ石畳が伸びている。
それはその東側、フォルナへと通じる門の方角から立ち昇っていた。
ドドド――
「ん? ――!」
アルが警戒した。
ドドドドドド――!
迫る轟音に長谷川とアルも流石に気が付いた。
「騎馬ですっ!」
アルが言い放ったときには、その一団は広場を折れ、こちらを目掛けて猛進していた。
「十……十五、いや、二十騎以上!」
アルの表情は緊張していた。
怒涛に迫る騎兵の姿が長谷川の目にもはっきりと見えた。
「その後ろからもだ! 走ってきている!」
レグが叫んだ。
後続だろうか、軽装だが良く見ると騎馬兵と同様、統一感があるような装備に身を包んでいた。
二人は腰に下げた剣の柄に手を掛けた。
長谷川もそれに倣った。
船と並行して枝のように伸びた船着き場の根本のあたり、石畳が広がる広場にさしかかるところでその一団と対峙することになった。
アルとレグが横に並び、斜めうしろに長谷川が身構えた。
前方には次々と騎馬が集まり、すぐに物々しい三十騎ほどの群れとなった。
素人の長谷川でも、どう見ても野盗などの類でないことは一目瞭然だった。
「ドラウス公爵家の紋章です」
アルは相手から目を逸らさず、端的に説明した。
長谷川は強烈な胸騒ぎがした。
すると一騎の騎兵が群れの中から姿を現した。
「我々はドラウス伯爵家所属の騎士団である」
他の騎士たちと違い、いささか大仰な装飾が施された兜と、左胸に紋章が入ったこれまた派手なプレートを身に付けていた。
その男が馬上から名乗りを上げ、恭しく礼をした。
目線の先にレグを見ていた。
「不敬である! レグナス殿下と承知の上かっ!」
アルが声を張り上げた。
「これはこれは、馬上から失礼。良く見れば“元”近衛の副騎士団長、アルヴィン殿ではございませんか。就任したのも束の間、大変なご苦労に見舞われたとか」
そいつは不敵に笑った。
アルが剣の柄を強く握りしめたのが分かった。
「何用か。公爵の命を受けているのであろう。出迎えなら間に合っている」
普段のレグとも、アウレリオンで見せた時とも違う、威厳を含んだ態度で彼は質した。
「どこか外遊されていた御身には知る由も無かったことでしょう……、殿下には反逆の疑い有りと、公爵閣下から捕縛の命を受けて参ったのです」
騎士団長を名乗ったその男は高らかに言い放った。
アルの体が僅かに動いた。
しかしレグは変わらず質した。
「……捕縛? 私には身に覚えが無い。罪状はなんだ」
「これは異な。“塾”とやらにおられた殿下なら説明も入りますまい。ここに公爵閣下の書状もありますが……まぁ、それも不要ですかな」
問答無用、騎士団長は静かに剣を抜いた。
それに合わせて取り巻きの騎士たちも剣を構え始めた。
この僅かなやり取りの間に、騎馬から遅れた歩兵らしき一団、百人はいようかという人数が、後方に合流しつつあった。
レグとアルはお互いに一度だけ目を合わせ、それぞれ剣を抜いた。
レグは長谷川をチラリと見た。
それで彼もゆっくりと剣を構えた。
先ほどのやり取りを黙って見守っていた長谷川だが、冷静に地形を確認していた。
そして相手方がいよいよ間を詰めるため、一歩踏み出した瞬間叫んだ。
「アル! レグ! 後ろだ!」
背水の陣になるが、船と並行するこの船着き場であれば石畳の幅は狭く、不規則に置かれた大きな木箱が邪魔になり、まず騎馬では侵入できないはずだった。
「承知っ!」
長谷川が後ろに駆け出すと、アルが答えて、レグが続いた。
そして十メートルの幅もないあたりで敵の一団に向き直った。
一瞬の動きと数に驕ったか、その間、敵は身動きひとつできなかった。
「くっ! そんな位置取りをしたところでこの数には敵うまい。騎馬隊、下馬して奴らを捕らえよ! 先発の軽歩兵隊も準備ができた者から援護せよ!」
およそ冷静とは言えない指示が聞こえてきた。
(それでも数の差は歴然、物量に物を言わせるのは正攻法っちゃぁ正攻法だな……)
「アル! やれるのか? 俺もやれることはやる!」
「問題ございません! 殿下、私が討ち漏らしたのを頼みます。“殺さず”で参りますが、よろしいか?」
「そうだね、アル、それでいこう! この程度、アルの【授業】の方が何倍も厳しい!」
「よくぞ仰った! 無理に斬らず、場合によっては海に突き落としてしまいなさい!」
キンッ!
すでに間近に迫った最初の騎士がアルに剣を振るい、それを彼は受け止めた――
ドボンッ!
そう思いきや、剣は受け流すだけで相手の体勢を崩し、足をかけて海に突き落とした。
「まずは一人! 殿下! これがお手本です!」
「あい分かった!」
何だか嬉しそうにレグは答えたが、一人目の騎士がいきなり脱落した様子を見た敵一団はざわついた。「何をやっている!」そんな声が後方から聞こえてきた。
「よし! 今だな……、【ロビン】! 【ロッキー】!」
タイミングを見計らっていた長谷川は、アル達が交戦している脇にあったひと際大きい木箱の上に、成犬ロビンと子犬ロッキーを召喚した。
「グルルゥゥゥルゥゥ……ヴォワォウッ!」
「う、うわわぁ!」
「な……ま、魔物かっ!?」
成犬ロビンは鍛えた末、その大きさは今では牛ほどにまでなれた。
彼も最初は気付いていなかったが、セリフィエルに指摘され、今や【精霊フェンリル】だと認識していた。
突如現れた眼光するどいそれの激しい咆哮と、その威容を目にした騎士団長をはじめ、敵の一団はおののいた。
中には興奮した馬に押されて海に落ちた者までいた。
「ロビン! いいか、殺してはダメだ! いつものスキルも強すぎる! 咥えて海に放り出すなり、とにかく戦えないようにしてくれ! でも無茶もだめだぞ……!」
ヴァウゥ! ロビンが吠えるとすぐさま飛び跳ね、後方の軽歩兵の一団に突っ込んだ。
つぶらな瞳でこちらを見ているロッキーが木箱の上に残された。
「ロッキー! お前はロビンのそばでとにかく走り回れ! キャンキャンも忘れずにだ! いいか、ロビンを応援するんだ!」
キャンキャン! と、ロッキーは木箱を跳ね降りると、敵一団の足元、股をくぐってロビンの元へ猛スピードで走り抜けていった。
(これで三人と二匹……ロビンやアルが本気を出せないのはキツイがこの感じなら……それにしても地形を活かしてるとは言え、アルがあそこまで強いとは……)
その頃にはアルだけでも恐らく十人近く、海に落としたか、或いは利き腕や足を斬りつけ戦闘不能にしていた。
そこで長谷川も善戦するレグの加勢に向かった。ちょうどレグも敵の軽歩兵を海に落としていた。
「相手はたかが三人だ! 負傷したものは邪魔だ! 後退させ、数で畳みかけよ!」
「魔物は距離を取りながら槍兵を前へ!」
しかし敵も賊などではなく、訓練された兵士だと思い知らされた。
騎士団長や恐らく隊長級の兵士の号令で、ロビンによって乱された士気や統率を立て直し始めていた。
それでもどうにかなっていたのは、大勢で押し寄せられない船着き場の幅と、そこに乱雑に置かれた木箱が作り上げた地形のお陰だった。
アルはその状況を巧みに活かし、個で敵兵を圧倒していた。さらにはレグに負担が掛からないような位置取りをしているのを、ふたりの絆を知る長谷川には感じ取れた。
ギンッ!
「くっ! ぐぐぐ……」
その時長谷川のショートソードが敵兵の一撃を受け止めた。
大柄な相手は膂力で剣の鍔を押し当ててきた。
アルにはまず敵わないものの、その彼にお墨を貰っていたが、相手も兵士、且つ“殺さず”ともなれば、器用に戦闘力を削ぐなど簡単ではなかった。
「先生っ! そりゃぁ!」
――ぐあっ。
突然レグにわき腹を蹴られた大柄は体勢を崩した。
「どりゃぁ!」
長谷川はすかさずそいつを思い切り突き出し、海面に弾き落とした。
「先生やりますねっ!」
レグが軽口をたたいてきた。
「俺だってアルの特別メニューをめげずにこなしてきたんだ! それに君たちが去っていた時だって、欠かさず鍛えていたんだぞ!」
長谷川も軽口で返したが、その表情は真剣そのものだった。
敵はすぐに入れ替わり押し寄せてくるのだ。
「レグ! そう言えば魔法は使わないのか!?」
「はい! この乱戦では致命傷を与えてしまいます! その上私はご存じのように火属性、繊細なコントロールに向かないのです! 相手が弓を使えないのでそこはお互い様ですね!」
なるほどと、長谷川は返したが、レグの方にはすでに新手が取り付き始めた。
長谷川は少しだけ、眼前のアルとレグが対応する敵方の奥、港の広くなっているスペースの方に目をやった。
そこではロビンが巧みに飛び跳ね回っているのが見えた。
頭の良いロビンはヒットアンドアウェイのような動きでかく乱していた。
積み荷の上に駆け上がったかと思いきや、その巨体からは想像できない跳躍力で敵が密集する中に飛び掛かり、大げさに前足を振るったり、或いは噛みつき、敵兵を放っていた。
(どうにか上手くやってるな。それでもボア狩り時のような鋭さがないのは、本気を出せないからだろう……無理はするな、よっ!)
――キンッ、キン!
ゆっくり状況を見ている暇などなく、長谷川の前にもショートソードに盾を構えた兵士が切り結んできた。
彼がその初撃を躱すと、敵は素早く二撃目を繰り出してきた。




