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異世界先生 ~転生して塾を開いたら、世界を変えてしまう!?~  作者: きりたちのぼる


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【ep.9-1】認める先生 5.生徒に救われる

 宮殿を出て仲介の商人とも別れたあと、三人はしばらく無言で船までの通りを歩いた。


 船着き場が見え、人通りも少なくなってきたころ、長谷川は唐突に口を開いた。


「レグ! 本当にすごかった! いや、すごいなんてもんじゃない! とにかく立派だった! 先生なんか訳も分からずたじたじだったぞ」


 素直にレグの成長を褒めた。


 そして、

「あの時はすまなかった……」


 彼は唐突に謝った。

 レオナート王の前で語ったことは、レグに気付かされたのだと。


 すると少し前を歩いていたレグは立ち止まり、振り返った。


 彼は肩を震わせながらも深呼吸し、そして叫んだ。


「僕が先生から学んだのは考え方や知識だけじゃない! 守るべきものを守る覚悟、そしてその熱意も教えてもらったんだ!」


 長谷川はレグの思いもよらぬ訴えに、頬を張られたようだった。


「さっきだって……自分一人では何もできなった……」

 と、宮殿内での緊張と重圧を全て発散させたのかのように、初めて涙を見せた。


 不意を突かれた長谷川は動揺したが、すぐにレグを優しく抱きかかえた。

 彼は両肩をしゃくりあげ、嗚咽を堪えていた。


 長谷川はそれで大事なことを思い出す。

(俺は本当にバカだったよ……レグはまだ子どもなんだ。その子どもの前で大人が不安がっていたなんて……)


 レグには気付かれぬよう、目頭からそれがこぼれないように空を見上げた。

 するとアルも両目の上に腕をあて、涙を堪えているように見えた



 帰りの船内、今回のアウレリオン訪問の真相とレグとアルの素性が語られた。


「先生、まずはこれまで素性を隠してきたこと、心からお詫びします……!」

 ふたりは同時に深く頭を下げた。


「それはいいんだ。最初から何かありそうだなとは思ってたし、でもそれだけだ。俺が知っているのは一緒に五年間を過ごした君たちであって、それが全てなんだ」


 レグは再び青い瞳を潤ませたが、堪えて切り出した。


「私は現国王、セルヴィウス・ヴァレリア王の妾の子です。実の名をレグナス・ヴァレリアと申します。そして彼は私に仕える近衛です」


 レグがアルに顔を向けた。


「はい。“元”ではありますが、近衛騎士団所属、レグナス王子指南役のアルヴィン・セレスティオと申します」

 アルは右手を左胸にあて、礼をした。


「そうか……これまでのふたりの振舞い、何より今日の立ち回りを見せられたら、驚きを通り越して納得してしまうよ」


 合点がいった長谷川は笑顔になり、そのまま彼らが塾に訪れるまでの経緯も聞いた。

 その根っこはいかにもヴァレリア王国らしいものだった。


 現王には娘がいたが、息子が長らく生まれなかった。

 そこへ、妾の子ではあるが待望の男子が誕生した。


 本来、妾の子であること自体を完全に否定されるような習わしでは無かったが、保守派貴族が台頭する今、何かと不安が付きまとったそうだった。


 そこで現王は息子に危害が加わるような事態と、保守派からの突き上げを避けるため、レグが六歳のとき、当時の近衛騎士団気鋭の新人であり、王の信頼が厚い近衛騎士団長から推挙されたアルと一緒に、建前上、放逐されたのだった。


「放逐って……その……要は追放みたいなものだろ?」


「はい。しかし先ほどもお話したように、建前上です。城内ではかん口令が敷かれ、この事実を民が知ることはありません」


 レグがそう答えたあと、アルが補足した。


「王子の誕生は国の宿願、誕生した当時もそれはそれは王都中が祝い、沸いたものです。その幼い王子が追放されたなどとなれば、国民は現王や議会に不信を抱きかねません」


 アルの説明に少し照れくさそうにしていたレグだが、話しを続けた。


「放逐された僕……いえ、私はしばらくアルの生家に身を寄せていました。そこでアルから剣術、それにこの国や世界のことを学びました。それで私はこのままではいけないと、自分にできることを探そうと考えることができるようになったのです。そして彼の忠誠心からも、多くの気付きを得ることもできました。私にとって彼は兄でもあるのです」


「王子……! 本当に畏れ多い……。私程度では教えて差し上げることなどすぐに限界がやってきました。そこへ、リグナ村での襲撃の噂を耳にし、先生をお尋ねした次第です」


 長谷川はレグの熱意とアルの献身、そしてふたりの絆の根っこ、並々ならぬ苦労とその想いを感じ取れた気がした。



 船は行きとは比べられないほど穏やかに海を渡っていた。



 話題は“塾取り壊し令”とアウレリオン訪問の件に移った。


 ふたりは放逐こそされたが、協力者の助けもあり一定の情報網を持っていた。

 ユイの誘拐事件が起こる以前も時折塾を休んでいたのは、つぶさに市井や保守派貴族の動向を探っていたのだと言う。


 そして事件が起き、レグとアルの結論はすぐに出た。

 それが王の権威失墜、あわよくば失脚を狙ったドラウス公爵の狙いだった。


 さらに公爵は、ヴァレリアの国力低下を狙うレオナート王と思惑を一致させ、何らかの取引を働きかけたことまで突き止めていた。


「それじゃ、今回のアウレリア訪問は敵の本丸に突撃したようなものじゃないか!?」

 長谷川は思わず声を上げてしまった。


「はい。ですがそうでないとも言えます」


 冷静なレグに、長谷川は顔をしかめた。


「レオナート王はなかなかにしたたかな方で、本来争いを好みません。それはあの港町をご覧になったら分かりますが、戦争などしていたら、あそこまで見事な町や人々の豊かな暮らしは手に入りません。ですので、私は公爵が逆にレオナート王に利用されていると考えました。そこに望みを賭けたのです」


 筋書きはこうだった。


 ドラウス公爵の目論見通りとなれば、ヴァレリアは少なからず国力低下を招く。仮にそうならずとも、この件に関してアウレリオンが何ら具体的に動いたわけでなく、レオナート王にしてみれば、労せずして最低でもヴァレリアの混乱、或いはその芽を植え付けることになると。


「さすがに公爵がレオナート王からどのような後ろ盾を得たかまでは不明でしたが……しかし今回の訪問で、王はもっと興味を惹かれるものを得た筈です。その証拠にヴァレリア王への親書まで頂けました! これで後方の憂いもありません。あとはこれをセルヴィウス王に届けられれば、“塾取り壊し令”の撤回も成せるはずです!」


 レグは明るく言い切った。


「それにしたって、そのやり手のレオナート王を言いくるめたんだから、レグは本当にすごいな! はじめから勝算はあったのか?」


「いえ、彼の王を前に確実な勝利などとても……。けれど勝因は先生なのです。私は先生に“情報は武器”だと教わりました。集めた情報はノートに書き記し、因果関係や出来事を時系列に並べたり“見える化”もしました。先生もご存じのあの商人と出会ったのも、【社会】の授業を受けてからです。視野が広がりました。幸いにも彼はアウレリオンに出入りするかなり有力な商人でした。その彼から、レオナート王の人となりや考え方、好みまで聞き出し、そしてあの宮殿に滞在することさえも知り得たのです。多少の取引も致しましたが」


 レグは少し謙遜しながらもここまでに至った経緯や詳細を嬉しそうに語った。


「そうか、それでもそこまで考え、組み立てて行動したのは君だ。俺の授業内容を実践してくれたのは嬉しい。けどそれをちゃんと活かしたのはやはり君なんだ。本当に頭が上がらない……君は立派で、そして大事な俺の生徒なんだ」


 そこまで言うと、レグは今度こそ、以前の明るい表情を取り戻し、目を輝かせた。


(みんな成長してる……そして今回レグの姿を見て救われたんだ。やはり俺が間違っていた。そもそも俺が目指した教育ってなんだ……いや、教育なんてのはおこがましいな)


 彼は自分の考えをすぐに否定した。


(俺は……子どもたちの個性や興味を引き出せる塾にしたかったんだ。確かに時に教えることも必要だ。でもそれを目的にしてはだめだ。誤れば隙ができる。だからあんな事件も起きた。それが必要か不必要か、安全か危険かを彼女たち自身で考えられるように育むことが大事なんだ――。それでも心配なら目の届く範囲で見守ってやれば良かったんだ)


 長谷川は自身が強くあること、生徒達にもそれを強要してきた。

 そしてそれは少なからず成果として現れたことでどこか満足し、自らには隙を、生徒には思考の停止を招いていたんだと、じわじわと自分の未熟さが込み上げた。


 しかし今、自身やレオナート王の前で成長を示したレグの姿に彼は救われた。


(もう迷わない……!)

 そう心に固く誓った彼は、おもむろにレグの頭にポンと手を置いた。


「先生には新しい夢ができた」

 レグは突然何をと言った顔を向ける。


「お前たちが大人になってから、みんなで一緒に集まって酒を飲むことだ」


「なんですかそれは」とレグが真面目に答えると、

「そこでみんなの幼かったころの話や失敗談をつまみにするんだ。で、その時は王になっている君の驕りだからな」と長谷川は豪快に笑った。


 するとレグは表情を引き締めながらも満面の笑顔で力強く答えた。


「はい! 是非!!」


(そうだこの笑顔を守るべきなんだ)

 彼はひとりごちた。


 その様子を見ていたアルは、またしても目の上に腕を押し付けていたが、今度は涙を隠せないでいた。

 彼のこれまでの苦労も相応に推し量られた。



 船はヴァレリア王国の港町、ガルドリアを目指して穏やかな航海を続けた。

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