【ep.9-1】認める先生 4.生徒が対峙する-1
「よい、下がれ」
王と思しき男がそう発すると、赤い絨毯の両脇に立っていた男たちは、足並みを揃え、一歩後ろに下がって控えた。
そのまま、先ほどまで案内をしていた男性に付き従って、王の目前、十メートルあたりにまで近づいた。
男性がこちらで、と告げると脇に退いた。
そして突然レグが跪くので、慌てて長谷川も合わせて跪き、見様見真似で頭を垂れた。
「我はレオナート・ミラージュ、この国の王だ」
(やはりそうか……でもここは港町じゃなかったのか!?)
あの風貌や態度に予想はしていたが、本当に名乗られると一気に緊張感が増した。
同時に何故隣国にまで来る必要があったのかと、その疑問を強くした。
「公式の場でない、そうあまり畏まるな。面も上げよ」
男性特有の中低音だが、見た目の若々しさも現れた美声が響いた。
「では失礼いたします」
レグは緊張を隠し、スクっと立ち上がった。
左後方で長谷川が顔を上げたのが見えた。
「ふむ。やはりたまには市井に興味を持つものだ。こんな珍客の来訪を楽しめるなら、渋々認めたこの宮殿の建設も無駄ではなかったな」
王はどこか楽しんでいるように言った。
「で、用件は聞いている。貴公が我が国に相応の利益となる情報をもたらすのだとか」
「はい、恐れながら。聡明なレオナート王におかれましては、我が国が現在、改革派と保守派で争っていることをご存じだと承知しております」
レグは怯まず堂々と繕った。
しかし相手への敬意を忘れずに切り出した。
「……。法と秩序を重んじる貴国なら、そういったこともあるだろう」
「ご推察の通りです。我が国のセルヴィウス王は国の繁栄を願い、その法と秩序も必要に応じた変革を望んでおります。それに対し、保守派の一部の貴族たちは自らの利権を守るため、その変化を良しとしておりません」
「伝統ある貴国ゆえ、そのような考えをするものも、当然おろう」
余裕のないレグに対して、レオナート王は軽くいなすように答えた。
「仰る通りです。しかし我が国の王は国の未来を、民を見ておりますが、保守派の貴族たちは自らの財と権力しか見ておりません。そんな彼らが見過ごされれば我が国はもちろん、レオナート王にとっても不利益だと考えております」
「ほう。どうして言い切れる。仮にセルヴィウス王がその貴族どもを排したとして、貴国が発展するのは分かる。しかしそれは隣国である我がアウレリオンにとって、当然脅威になるのではないか?」
(よし、食いついた!)
自分のことばに初めてレオナート王が興味を示したと感じた。
「確かにヴァレリアは前進できます。しかし先ほど申し上げたように、セルヴィウス王は民を見ています。仮に国力が高まったとして、その力は隣国の脅威となる軍事ばかりに注がれるでしょうか。争いはむしろ、民はもちろん国の未来にとっても有益にあらず……」
レグは続ける。
レオナート王は彼を見定めるようにじっと見つめている。
「故に、高まった国力は経済や民の幸福へと向けられること、必定と言えます」
「…………」
王は少し沈黙して、静かに口を開いた。
「……なかなかにほざく。ではその国力とはなんだ」
(今だ!)
レグの目に力が入った。
半身を逸らし、汗ばんだ手のひらを揃えて後ろを指し示した。
「彼です! 彼がそれを成し遂げます」
少し後ろで跪いていた長谷川と目が合ったが、彼はきょとんとしていた。
「……ほう、何者だ」
レグはこれまでで一番力を込めて答えた。
「彼はハセカー、ハセカー先生です!」
レオナート王は眉を上げた。
「先生……彼の村の……確か“塾”とかいう」
そう言われて視点が定まった長谷川は、レグと王を交互に見た。
「さすがレオナート王、ご見識に感服致します。はい、彼がその塾の教室長、ハセカーです。彼の教室で育った生徒たちが、やがて国を支える人材となります。即ち、国力とは人であり、その人を育てるのが“教育”です! 彼はそのことに卓越しているのです!」
「なるほど。貴公もその教え子の一人と言うわけか」
レグは力強く頷き、その右手を左胸に添えて畏まった。
「“レグナス”殿よ、そなたはまだしも、そなたのような大鳳のヒナが今どれほど貴国にいようか。仮に育つのを待つとして、それでは我が国の富はいつもたらされる」
「わかりません」
即答したレグに王はニヤリとした。
一方で“レグナス”と聞いた長谷川は戸惑った。
「しかしレオナート王よ、人はすぐに成長します。そして彼、ハセカーには原石を磨き上げる魔法の力がございます。五年もあれば成長を助け、十年すれば私程度は掃いて捨てるほど現れるでしょう。そうして成長した彼らは様々な方面で力を発揮します。例えば……陛下の好まれる文化においても、やがて大きな刺激をもたらす者も現れることでしょう」
レグがそう言うと、アルが後ろから何やら手渡した。
彼はそれを受け取り、先ほどの使用人の男性を通じてレオナート王に差し出す。
王が少しだけ飾られた袋の中から、チェスの盤と駒を取り出した。
長谷川は「ここで!?」と、そんな驚きの表情だった。
「これは……」
王の表情はおもちゃを手にした子供のようで、レグの顔も見ずに尋ねてきた。
「そちらはチェスと申します。それもハセカーがもたらした遊戯盤にございます」
「ほう……遊戯盤とな」
綻んでいた王の表情はすぐに戻った。
その反応にレグは少し不安を覚えた。
「……レグナス殿、ならば我とこのチェスとやらを遊んで貰えまいか」
レグの不安は的中した。
レグナスは口角を吊り上げた。




