【ep.9-1】認める先生 1.少年と再会する
長谷川がアルの担当できない授業を調整するため時間割を考えていると、血相を変えた村長が教室に駆け込んできた。
「ハセカー! 一大事じゃ! こ、国王からの、お、お達し……」
村長は息荒くことばを詰まらせた。
長谷川はソフィアに水を頼みつつ、村長の背中を擦った。
彼のただならぬ訪問の音を聞き付けたユイも二階から降りてきた。
長谷川はソフィアからコップを受け取り、何があったんだと村長に飲ませた。
「……はぁ、生き返ったわい……と、それよりもじゃ! お主! 国王からこの塾の取り壊しの命が下されてしまうぞ!」
「ええっ!?」
長谷川は思わず声を上げた。
近くにいたソフィアはユイを抱き寄せた。
村長から詳しく話を聞くと、正確には二ヶ月のうちには、国の家令である一行が町に訪れ、町長に正式に取り壊しが言い渡されるだろうとのことだった。
「どうして村長がそんな話を……」
「町の相談役から、町長を代理した連絡があったのじゃ……」
(あの男か……)
町と村には直接従属関係は無いが、有事のときも含めて、重要な通達などは町長から各村に伝えられる仕組みで、効率と速さが重視されているそう。
今回はまさにその伝達が成されたのだった。
王の勅命であればなおさらで、その話を聞いた長谷川は、あの相談役や領主の陰謀である可能性を一旦外に置いた。
「王からの命など、儂が村長になってから初めてじゃ!」
「事情を説明すれば何とか……」
「そんなこと無理に決まっておるだろ! 町長はもちろん、領主様にだって拒否権はあるまい……」
村長は更に興奮してそう答えた。
「……何か理由は聞かされてないのか?」
この五年で村長ともすっかり打ち解けていた長谷川は、砕けつつも冷静に尋ねた。
「詳しくは分からんが反逆行為の恐れがあるとか何とか……」
村長はチラリと、ユイや教室を見渡した。
そうしてどこか我が事のように頭を抱えた。
それで、自覚のあった長谷川にはついに恐れていた事態が起きたのだと瞬時に察した。
それはテッサが火属性の力を発露したことや、先日のユイ誘拐事件の時に感じていた“教育”の抱える危険性が、想像通り管理する側の不都合になっていたことを示していた。
いきなり騎士だとかが来て強制されるよりはマシじゃがと、村長は未だおろおろしていた。
「いや村長、教えてくれてありがとう。助かったよ」
「儂とてこの五年、お主のやっとることや、村の子どもたちの成長を感じて期待しておったんじゃ……しかし国王からの命とあっては……あぁぁ、悪く思わんでくれよ」
申し訳無さそうにそう言ってくれた村長のことばは、あらためてこの世界に認められたような気がして、それは救いだった。
「あなたや村には迷惑はかけたくない……とにかく、ありがとう」
長谷川は村長に礼を言って帰したが、振り向いた先に不安の色を隠さないソフィアとユイの姿が目に入った。
「大丈夫! 二ヶ月あるんだ……なんとか考えるさ!」
精一杯微笑んでみせた彼に、ふたりはどこかぎこちない笑顔で返してきた。
翌日、長谷川はブロムとセリフィエルの三人で話していた。
「ふむ……」
「この国の王は改革熱心な賢王と聞いていたけど、見込み違いだったみたいね……。結局は保身ばかりを考えるただのヒト族でしかなかったのかしら!」
黙り込んだブロムに対し、セリフィエルはいつものように率直に語気を荒げた。
「何か弁解するなり、対抗するなりできないだろうか……」
「流石に相手が相手じゃしのう……儂のようなただの細工師には想像もつかん」
ブロムの言い分を無言で聞き入れた長谷川は、セリフィエルの発言を待った。
「長谷川、いっそのことみんなを連れて亡命なさい。そうね……噂に聞く遥か東方の国なら受け入れてくれるかもしれないのだわ。あたしも用が済んだら向かおうかしら」
彼女は本気とも冗談ともとれる提案をした。
長谷川は苦笑いで答えたが、同時にまだまだこの世界に、ましてこの村周辺より外の世界に疎い彼は、代案など浮かぶはずが無かった。
何より二ヶ月後では時間の猶予も無さ過ぎた。
気が付けばその場を沈黙が支配した。
(ようやく手に入れた異世界での暮らしや遣り甲斐……、何より生徒たちの成長を垣間見てきた今、道半ば彼らを放り出すなんて絶対にできない……!)
それはかつて長谷川が経験した元の世界での、“大人の事情で子どもの心を揺らす”行為であり、嫌い、憤った事態だった。
そこへ――
ガラガラガラ……ゴトン。ブルルッ。
教室の外から荷車のような音が聞こえた直後、馬の鼻を鳴らす音が聞こえた。
すると、
コン、コン、コン。
何者の来訪かと長谷川が玄関に向かい、扉を開けた。
「お久しぶりです……先生」
長谷川は驚き、目を丸くした。
ユイの事件以来、どこかへ去っていたレグとアルが、馬車を背にして目の前に立っていた。
あの事件から二ヶ月が経過していた。
「先生、時間が無いので単刀直入に申し上げます。僕と一緒に、隣国……アウレリオンに一緒に行って欲しいんです」
レグは唐突に切り出した。
あの日、ユイ救出を願い出た時と同じ迷いのない意志をその青い瞳に込めていた。
アルはそのやや後ろに控えるように立っていたが、同じ目を向け、レグの申し出に対して少しあごを下げ、彼への同意を示した。
「ふたりとも急だったね……おかえり。実は今塾のことでそれどころでは……」
行き詰まり、気を落とし始めていた長谷川がそこまで言いかけると、
「“塾取り壊しの命”ですね。把握しています。だからこそなのです……! どうか僕を信じて、ご同行願えないでしょうか」
レグがそう言うと、右手で左胸をおさえ、お辞儀をした。
アルもそれに倣った。
要領を得ない長谷川は頭を掻き、大きく息を吐いた。
「事情は……話してくれるね?」
「もちろんです! しかし今は時間が惜しいのです。先生の準備が整い次第出発したいと考えています。まずはフォルナに向かい、そこから南、一番近い港町のガルドリアを目指します。その道中にお話しできればと……」
長谷川の返答を聞いたレグは素早く頭を上げ、あの事件以来の笑顔を見せた。
ブロムは黙って腕を組み、セリフィエルは両手をすぼめ、肩をすくめた。
そして少し離れて見守っていたソフィアと目を合わせると、彼女はただ真剣な眼差しで頷いた。
「……わかった。でも一つだけ確認させて欲しい。これは塾を救うのに必要なこと、なんだよな?」
「はい! 必ず!」
再びレグとアルは右手を左胸にあて、先ほどよりも素早く頭を下げた。
「正直どうしたら良いのか、皆目見当もつかないでいたんだ。君とアルを信じるよ……いや、こちらこそ助けて欲しい……! 塾を、みんなの居場所を守りたいんだ!」
「もちろん僕たちもです! 先生!」
とても思慮深く優秀で、それ以上にこの五年間を共に過ごすことで認識を深めたレグとアルの人となりを考えれば、疑う必要はなかった。
むしろこれほどまでに心強い仲間を得て、長谷川は解決の入口に立てた気さえした。




