【ep.1】転生する先生 2.急がば回る
「こ、こは……」
長谷川は意識を取り戻したと知覚した瞬間、何度かまばたきした。彼は森の中で横たわっていた。
起き上がり辺りを見渡すと、その森は針葉樹のような木々に囲まれ、適度に陽が差し込んでいた。
ほのかな土の臭いや森特有の青臭さを感じた。もちろん見覚えはなかった。
それで脳が落ち着いたのか、“さきほど”の女性とのやり取りを思い出す。
「【転生】とか【ギフト】だとかって言ってたけど……うん、やっぱりわからん」
それでも、往年のファンタジー作品でその世界観に慣れ親しんだ彼には、“転生”というワードと、この不可思議な状況に思い当たることはあった。
それでも――
「まさかな……」
ともあれ歩き出し、最低限の冷静さを取り戻すと、明日の授業を思い出した。
「あ、やば! あいつらの模試対策準備まだだった! こんなに明るいってことは、早く戻らないと、先生が遅刻とかマジでシャレにならない」
しかし未だどこにいるのかさえ判然としない。
先ほどから目に飛び込む見たことの無い草花や、聞いたことの無い獣の鳴き声が彼の思考を遮り、不安を掻き立てた。
近くに川のせせらぎが聞こえ始めたころ、車一台は通れそうなあぜ道を見つけると同時に、その先、ログハウス風の大きな木造の建物を発見した。
意を得た長谷川は思わず駆け出していた。
「あそこで何かわかるかも!」
建物に近づきながら薄々気付いていた。
外観は少し古ぼけ、所々傷みもある。だいぶ前から人が住んでいない様子だった。
それでも長谷川はあいさつしながら、期待交じりに恐る恐る中に踏み入る。
「えっと、こんにちは……」
入口にはいわゆる日本家屋のような土間は無かった。二十畳以上はありそうなスペースの奥に階段、左手の奥に部屋のような空間が在りそうだった。
長谷川は何の気もなしに、そちらへ入ってみる。中に入ると大小テーブルや木の器がいくつか並んだ棚の他、右手はキッチンのように見えた。なかなかに広いがやはり無人の佇まいだ。
しかしそれで長谷川は推測する。
「ここ……日本じゃなくない?」
ログハウス風な外観はともかく、中の造りやキッチンの雰囲気からは日本らしさを感じない。
そもそもまるで時代が違うようだった。当然電気の気配もない。
ふと、彼は大きなテーブルの上に散乱した本のようなものを手に取る。
その表紙には明らかに日本語ではない、とは言え英語でもない、これまで見たことの無い文字?の羅列があった。
訝しがりながらもその羅列を見つめていると、視界が一瞬ゆがんだように思えた瞬間、それらが目の前で日本語へと変換されてゆく。
「うわっ!?」
そんなことある? 試しに他の本も手にすると、既に日本語になっていた。
「これってやっぱり……」
長谷川は意識を失う前に読んでいたラノベを思い出す。
あの作品でも転生した主人公は女神から授かった力で、現地のことばを自然と理解できるようになり――
信じがたいが先ほどの視覚変化やこの建物の雰囲気、そして道中目にした草花、何よりも女神のような存在とやり取りした記憶が、結論を急がせた。
「いやいや。困る。アイツらにとって大事な時期なんだ、どうにか戻らないと……」
高校受験の三年生たちの顔が浮かんだ。
特に、最後まで県立か私立か悩み、子どもながらに家庭の事情を考えて県立に決めた、苦い笑顔の満里奈の顔が、最後に強く思い出された。その想いには応えねばならない。
「まだ決めつけるのも、諦めるのも早い。急がば回れ……だ!」
両の頬をパチンとはたいて気合を入れた。
そしてもと来た道をさらに進むべく、建物を後にしたのだった。




