【ep.6】実感する先生 3. テッサとリヴァエル-2
「なんだか面白いことになってるわね」
その時ちょうど、腰にレイピアを下げ、若草色のチュニックに細身のロングブーツ、旅のマントを羽織ったセリフィエルが、悪戯っぽく笑いながらこちらに近寄ってきた。
帰ったばかりですまんと、長谷川は遠出していた彼女に状況を伝えた。
「へぇ、可愛い教え子同士で勤勉なことね。いいわ、あたしが魔法戦の審判をやるわ」
数年前からテッサは火属性が見いだされていた。
その後、下位の火魔法を操れるほどまでに成長していた。
最初にその力を発現したとき、長谷川は度肝を抜かれた。
彼が【社会】の授業でその力を振るわないことを強く伝え始めたのも、この出来事が大きかった。
“自らの力で生きる力、守れる力を身に付けさせる”という目的は達せられるが、それはともすれば簡単に、他人を、村の大人をも害することができる危険な力だと実感してしまったからだ。
少なくとも、彼らの分別が付くようになるまではと戒めてきた。
しかし当時のセリフィエルに言わせれば、
「これくらい、才能を持つ者がたゆまず努力すれば当然よ。ただヒト族の中ではそんなことまで知識としてあまり伝わってないの。まぁその能力を見出すのも下手なんでしょうけど……或いは意図的に隠されているのか……」
とのことだった。
途中からはいつもの調子でヒト族の考えに怒りだす始末だった。
そんなことを考えていたが、リヴァはどこへと意識を向けたとき、彼女はテッサの前に走り戻ってきた。
先ほどの剣術戦のあとでは悔しい態度を隠しきれないでいたが、戻った彼女はいつもの勝気な表情に見えた。その腰には大きな腰袋がぶら下がっていた。
「揃ったわね。では魔法戦、ルールは簡単。一定の距離を保つ、そこから動かない。直接的に狙わない……まぁこんなところかしら。勝ち負けの判断は私がするのだわ」
両者はセリフィエルが指定した位置まで移動した。五十メートル近く離れていた。
「はじめ!」
セリフィエルはいつもの調子を崩さず号令した。
(そう言えば魔法での戦いなんて初めてみるぞ……! どんなもんなんだ……?)
固唾を呑んで見守る長谷川の周り、リヴァとテッサ以外の生徒たちも拳を握りしめて見守っていた。
何故かユイとヴェラが長谷川のシャツを掴んでいた。
今度も機先を制したのはテッサだった。
「【ファイアーボール】っ!」
彼女は素早く左手を空にかざすと、一瞬マナを宿したかに見えたそれはすぐに炎を纏いだした。
バレーボールほどの大きさがあった。
長谷川が度肝を抜かれたそれだった。
「やっぱり一番得意なやつできたわね。あの子は本当に筋が良いわ。自分に一番できそうなことをひたすら練習するの。彼女の【ファイアーボール】は大きさも十分だけど、狙いも良いし、それに――」
「速いっ!」
長谷川は唸った。
セリフィエルの解説が終わる前に放たれたそれは、ちょっとした轟音をたてながら真っ直ぐに、そして想像以上の速さでリヴァに迫った。
彼らの位置から見れば、それはリヴァに直撃するかに見えた。
しかしそれは当たらず、驚いたのは彼女は動じることもなく、その見事な黄金色の髪を揺らしただけだった。
「だよね……ならっ!」
テッサは再び、今度は両手を空に掲げ――
「【ファイアーボール】! 【ファイアーボール】…… 【ファイア……ボール】っ!」
両手のひらからそれぞれ火球を放ち、さらに左手からもう一発を放ってみせた。
「まじかっ!?」
これには長谷川や女の子たちはもちろん、レグやアルまでも驚愕した。
しかし――
バッシュゥ! バッシュゥ! ……バッシュゥ!
「えっ!?」
リヴァエルの十メートルほど先に、突然水の膜が形成され、それに包まれるように三発の【ファイアーボール】は鎮火し、消滅してしまった。
リヴァの【精霊魔法】だった。
彼女の【水の精霊魔法】は何度か見せてもらったことがある。
それは何もないところから水を発生させたり、小川を少しせき止めたり、時には人型の、まさに“精霊”の形として顕現させたりと、いわゆる魔法使いが唱える魔法よりも柔軟な現象だった。
今度ははっきりと、彼にはリヴァが何かを唱えているのが聞こえた。
それは呪文のようにも聞こえるが、“精霊”との意思疎通だった。
似た性質を持つ【召喚魔法】を指導してくれたセリフィエルに聞いていた。
同時にリヴァはいつの間にか腰袋の口を開いていた。
「お願い! ウンディーネたち!」
すると――
精霊たちが彼女の願いを聞き届けたのか、先ほど膜を形成していた空中の水、腰袋から流れ出るように躍り出た水とが合流し、一瞬でヒトほどの大きさの女性の姿を形どった。
その瞬間セリフィエルが目を見開いたがそれ以上の反応はしなかった。
女性の姿はすぐに球体へと変化していった。
しかし、そこに次々と現れては合流するソフトボール大の水球が幾つも幾つも加わり、みるみる大きくなる。
「なっ……」
「うそうそうそ! やばいって!」
みんなが口々に驚き呻いた。
球体は塾の建物の半分ほどある大きさにまで育ち、リヴァとテッサの中間地点の上空に滞留した。
やがてそれは円錐形となり、テッサに向いた。
テッサはもはや呆気に取られ、ただただ愕然とそれを見ているだけだった。
そしていよいよリヴァの右手が上がり、テッサの方向に振り下ろされかけたその時――
「そこまでよ!」
セリフィエルの号令が入った。
リヴァは残念とでも言うようにおどけたが、恐らく十分に制御できる自信がある様子だった。
テッサはいつのまにか尻餅をついていた。長谷川も開いた口が塞がらずにいた。
「ありがとう! ウンディーネたち!」
リヴァがウンディーネにお礼を告げると、先ほどまでの巨大円錐がピシャリと弾け、幾人かの人型になって霧散した。
満足げなリヴァが、地面を手につき硬直していたテッサに歩み寄り、手を差し伸べた。
「どうだったかしら?」
「な、なんかごめん……」
少しひきつったテッサがリヴァの手を取った。
長谷川はすかさずみんなを集め、総括するように力の扱いには十分注意するように念を押した。
「わかるな? な?」と。
それにはテッサ中心に全員が激しく頷いた。




