【ep.5】鍛える先生 3.生徒たちと育つ
「せいっ! はっ!」
カーン! レグの一撃をアルは無言で弾き返す。
「レグ、踏み込みが甘いです。相手の次の動きも予測して自分の踏み込みを決めてください。その上で、自分の動きで相手の動きを制限させ、主導権を握るのです」
「承知! それなら……たぁ!」
ブロムの製作した木製の剣を使用して、レグはアルから指導を受けていた。
レグの姿とアルの指導は、長谷川の考えを証明するには十分だった。
さすがにここまでの剣技をみんなに身に付けて欲しいとは思っていない。
しかし、基礎体力に加え、簡単な手ほどきを受けた経験があると無いとではいざ窮地に立たされた時、その僅かな差が結果を大きく変えることがあると長谷川は考えていた。
「それにしてもレグがすでにこの域だと、あまりみんなのお手本にはならないかな……でもまぁ、きっと良い刺激にはなるかな」
彼はそう納得した。
一方アルにも想像以上に驚かされたことがあった。華美ではないが整った装飾のある長剣で、ある日試しに、と成人男性の腕ほどある太さの木を両断して見せた。
「なっ……!」
一緒に見学していたテッサと二人、長谷川は口をあんぐりさせた。
達人レベルだった。
しかしそれ以上に長谷川が感心したのはアルが担当する【護身術】の授業運びだった。
最初の頃こそレグと希望したテッサ中心の授業だったが、長谷川のリクエストにも応え、アルが考案した精度の高い基礎体力向上メニューでみんなのやる気も引き出した。
今では他の生徒たちでも、あくまで護身程度ではあるが、小さな短剣くらいは振れるようにまでなっていた。
生徒たちが自らを守れるようになることを目指す思想に、彼自身もおおいに感化され、とにかく熱心に指導してくれていた。
しかし何事も順調ではなかった。
活発なテッサやリヴァはまだしも、大人しいユイをはじめ、ヴェラやブリュナのように運動を得意としない女子たちから、大小不平も上がり始めた。
アルはそれさえも上手く対応していたが、難しい日もあった。
それはアルの責任ではなく、これまで自由参加としてきた長谷川が、ある時期から【護身術】だけは強制とし始めたことにあった。
そのある時――
「先生さぁ、ちょっとやり過ぎじゃないの? ユイはいつもヘトヘトだよ。ブリュナなんかちょっと痩せてきた気がするし……これじゃ怪我しちゃうよ!」
テッサが長谷川に抗議すると、裏の小川を走って往復するメニューからちょうどそのふたりが戻り、倒れ込んだ。
「……はぁ……はぁ……」
「ふぅふぅ……ふ、ふごっ」
ブリュナは何かが込み上げて、確かに少し細くなった体を大地に投げ出した。
するとそこへリヴァが水の入ったコップを二つ持ち、駆け寄ってきた。
家の前ではソフィアが心配そうにこちらを見ていた。
「はいこれ! ゆっくり、少しずつ飲むのよ」
差し出されたコップが受け取られ、ふたりの背中をテッサとリヴァがそれぞれさする。テッサは再び長谷川を睨んだ。
様子を見守っていたアルもちらりと長谷川を見た。
(確かにこの時間だけは、最近ユイたちの笑顔はないが――)
「ふたりともよく頑張ったな! 本当に偉いぞ!」
彼は強く褒めたが、それ以上はできなかった。
テッサは不満そうにため息をついた。リヴァも何かことばを飲み込んだように見えた。
「あれ? そう言えばヴェラはどうした?」
「えー、そう言えばいないねぇ。どうしたんだろ」
テッサはしらばっくれたが、恐らくさぼりだった。
だがそれは追求も咎めもしなかった。それをしてしまったらいよいよ授業が辛くなってしまうと思えたからだった。
(アルには少しメニューの相談をするとして……それでも、いつか役に立つ日が――)
と長谷川は自分に言い聞かせ、みんなの不満も理解しながらその矛盾に苦悩した。
* * *
少なからずの憂いを含んだアルの授業風景に対し、セリフィエルも別の意味で憂いを持っていた。アルに対抗意識を燃やしていのだ。
「あの無口な剣士めぇ……ヒトにしては顔も良いからってうちの女子たちを……」
やや寡黙で授業は厳しめ、しかし甘いマスクと紳士的な態度のギャップで女子生徒の人気を集めるアルは、どうやら旅エルフのプライドを逆撫でていたらしい。
彼女は美しい顔を歪めて「私の授業の方が絶対楽しいはずだわ!」と、最近長谷川に当たり出していた。
その様子を横で見ていたブロムが小声で、「あの娘は絶対に怒らせてはならんぞ」と、諫める彼より百五十歳は年上である彼女のお年頃を語った。
以前の襲撃があった際、その力量の一端を垣間見ていた長谷川は、激しく同意した。
美しく繊細な見た目とは真逆のお転婆で、奔放なところもある彼女だが、その芯の強さや根底にあるやさしさは本物だった。
授業で生徒たちにまっすぐ向き合う姿を見れば、長谷川には一目瞭然だった。
ある意味、アルにも同種の感想を持っていた。
そんな彼女はその貴重な知見を惜しげもなく提供してくれていた。
同じエルフであるリヴァは当然だが、ドワーフ娘のブリュナの努力にもキチンと寄り添い、認めていた。
「ブリュナ、あなたやはり素質があるわ。ひょっとしたら土属性以外にも目覚めるかも……例えば【光】とか。今はその調子でマナのコントロールに励みなさいな」
彼女のはっきりした物言いは、端正な顔立ちと相まって自信に満ちている。
それを受け止めるブリュナは顔を赤らめながら俯いても、喜びが伝わってくる。
「先生! 見て! また少しマナが大きくなったかも!?」
「テッサ! 魔法は集中力よ! こんなに早くマナを宿せるようになったんだから、あなただってもっとできる。力み過ぎず、ただそこにある意識を広げる感じで」
「はいっ!」
テッサはリヴァとはぶつかることも多いが、このセリフィエルには「先生!」と、慕っているようだった。
彼女の直線的な指導がテッサとの相性も良さそうだった。
リヴァが時折苦々しい顔をしていた。
言うまでもなくあっと言う間にテッサを超えたレグ、どうにか手のひらに微かなマナを宿したユイやヴェラにもセリフィエルは分け隔て無かった。
彼女はそれぞれの成長の場面で満足そうに頷き、小さな変化にも一緒にはしゃいだりした。
彼女曰く、
「結局のところ種族や適正なんて二の次なの! どんな才能があったとしても、それを磨かなければ何者にもなれない路傍の石と同じなんだわ」
さらには、
「あたしだってハセに出会わなければ、ここまで言い切ることなんてできなかった。正直ヒト族なんてと思っていたこともあるわ。けど、あなたの言う“教育”を見せつけられ、その上こんなにひたむきに努力して、変化する過程が見られるなんて、エルフには刺激が強すぎるのかも」
と、後半は翠玉色の瞳を輝かせて力強く語った。
奴隷制度にも一家言ある彼女は、長谷川の考える“教育”への一番の理解者のようにも思えた。
ちなみにエルフの【魔法適正】は特殊で、基本四属性の【火・風・土・水】を有していた。
しかしその思想と寿命が邪魔をして、自らの価値を高める努力を疎かにしている同胞が多い。
それも我慢ならなかったと、彼女が旅に出た理由を打ち明けてくれたことも思い返した。
――と、ちょうどアルが塾に入ってゆく様子が見えた。
セリフィエルは生徒たちを奪われまいと、彼女たちを背にアルを睨みつけ、片目の下を人差し指で押し下げ、舌を出していた……。
(それにしてもヒトの影響を受け過ぎじゃないか……)




