【ep.5】鍛える先生 2.己を知る-2
外でアルの授業の様子を見ていると、村の方から母娘だろうか、ふたり連れが歩いてくるのが見えた。母親らしき方には見覚えがあった。
「あ~先生! 最近ご無沙汰じゃないか! 上手くやってるのかい?」
村の食料店、転生後間もなく色々と教えてくれた妙に威勢の良いご婦人だった。
ここ最近は村への買い物や物々交換なんかはソフィアに任せきりで、久しぶりの再会と言えた。
「えぇ、ご無沙汰です! お蔭様でどうにかやれてます」
長谷川が庭の向こうを見やると、森の近くでアルの授業が行われていた。
「そうかいそうかい。それは何よりだよ! ところでさ」
そこで初めて、彼はとなりの娘と目がった。
彼女の髪はミディアムヘアーでブラウン、利発そうな整った顔立ちも相まって、とても落ち着いて見えた。
村の子にしては身なりも整っており、白いブラウス、それに髪色とよく合ったネイビーのスカートは、全体として知的な印象も与えていた。
「うちの娘がさ、あんたの塾に行きたいってんだよ。村の子も何人か来てるだろ、同年代のあの子たちの様子を見てて、気になったんだとさ」
「あの……始めまして! ミラと言います!」
彼女は慎ましく、だが積極的に会釈した。母親は間髪入れずに続けた。
「あたしゃ駄目じゃないんだが、旦那がちょっとね……あの人は職人気質って言うか、口数も少ないけど、ろくに勉強なんかしてこなかったくせに、娘が勉強するのはなんだか気に入らないようなのさ」
娘を前にずけずけと物言うご婦人は、アルの授業の様子を見て言った。
「ほら、あんたのとこ前に襲われてるだろ。なんだか物騒だしさ、それに……」
ご婦人の目がユイを追ってるように見えた。長谷川は久しぶりに身元を確認されている気分になった。
実際のところ、旦那だけでなく彼女にも思う所があるようだった。
「お母さん! ……私……ここに来たい……」
「……はぁ、そう言うことなんだよ」
ご婦人は大きなため息をついて、そのまま長谷川をジロリと見た。
「そうですね……ミラ、だったね。遅くなってしまったけど先生は長谷川って言うんだ。君はここで一緒に学びたいのかい?」
「はい! いろいろ学びたいんです!」
このチャンスを逃すまいとする意志が感じ取れた。
「まぁわかってたことさね。お前はあたしとあの人の娘だ。一度言い出したら聞きやしない。でも絶対に無理しないでおくれ。店の手伝いもすること、それが条件だよ!」
「うん! ありがとうお母さん!」
入塾を認めた母親の腰にミラは抱きついた。
母親は表情を緩めて彼女の頭を撫でた。
(あいさつもできて利発。それに意志が強くて母親にもありがとうを言える、気持ちの良い子だな……それに結局ご婦人も応援したいんだな)
「それじゃ先生、くれぐれも頼んだよ!」
ええ、もちろん! と母親に返し、ミラにも一緒に頑張ろうと伝えた。
ミラは母親の後ろでペコリと頭を下げ、その日はそのまま帰って行った。
長谷川はふたりの背中を見送りながら、新たな遣り甲斐を実感した。
生徒や講師が増えたことに今日まで心を躍らせていた。
しかし一方で、あの襲撃のことが頭をよぎった。
思えば久しぶりに、大切な子どもを預ける親の感情にも触れ、守るべき存在が増えたことへの不安も滲んだ。
気が付けば久しぶりのプレッシャーを感じていた。
* * *
リヴァの誘拐未遂から早くも数ヶ月が経った。長谷川はもと居た世界との違いを考えていた。
人々の営みに本質的な違いは無いが、命の重さに決定的な違いを感じていた。
この世界には日本のような治安はおろか、それを守る法や仕組みは不完全だった。
中世ヨーロッパに似た封建的思考や神を中心とした思想に支えられ、絶妙なバランスで秩序が保たれている……そんな理解だった。
あり得ないことだが、例えばインターネットのような強力な情報伝達手段など現れでもしたら、すぐにでもこの秩序は乱れるだろう。
(だから自分自身で身を守る力を持てるかどうか……)
彼がこれまで大切にしてきた知識や情報、人との触れ合い方と同じくらい、ここで生きてゆく上で直接的に大事な要素なんだと、あらためて胸に刻んだ。




