【ep.4-1】驚く先生 1.ここはやはり異世界-1
エルフ娘たちとの同居が始まって間もなく、「ちょっとその辺まで」と、二人そろって出かけたまま帰らないなど、彼女たちは時折家を空けた。
またセリフィエルだけで外出することもしばしばあり、彼女は拠点として活用しているようにも見えた。
「旅をしている割には意外と細々忙しいんだな?」
長谷川はなんとはなしにセリフィエルに尋ねた。
「そうね。あたしも予想外たわ。ここでの出会いがこんなに興味深いものになるなんて」
彼女は思わせぶりに答えたが、それ以上の説明はなかった。
別の日、リヴァにもふたりで出かけていることなど、最近の様子を聞いてみたのだが、
「お姉さまは私なんかよりずっと旅慣れてる。だからいろいろと教わっているの。特に見知らぬヒト族の土地に足を踏み入れるなら、情報は自分を守る武器にもなるもの」
加えて、精霊との向き合い方なんかも手ほどきを受けていると、ちょっとした野外授業のようで、リヴァ自身も思わぬ出会いを有意義なものにすべく過ごしている様子だった。
(まぁセリフィエルの行動は気になることもないではないが、長命の同族同士でしか分かり得ないことや事情なんかもあるんだろうな)
長谷川はそんな風に考えることにした。
そうしてまた何度目かの夜を迎えたとき――
「ヴゥゥゥ……」
ロビンの唸り声で長谷川は目が覚めた。
瞬発的にロビンに目を向けると、まだ短い牙を剥き出しにて、その眼光はどこか一点を見つめるように見開き、唸っていた。
長谷川は咄嗟に二階の自室から飛び出ると、ロビンも爪音を立てて一緒に駆け出した。
そして――
階段の踊り場に出てすぐ、一階の玄関扉近くの窓の下には、セリフィエルが短剣を構えて腰を落としていた。
「恐らく野盗よ……」
彼女は小声で、そして手短に言った。
予想もしなかったひと言と、ただならぬ様子に動揺した長谷川は、慌てて静かに隣に屈んだ。ロビンはすぐそばで低く唸り続ける。
「この辺ってこんなに治安悪かったかしら」
「俺もまだこの地に来て日も浅いが、ちょっと想像できないな……物取りの類なのか?」
「そんなの私にもわからないわ。でも精霊たちが向うの敵意だけは教えてくれてる。ハセは戦える?」
「そんな経験はないぞ」
「そう。正確な位置はわからないけど、複数いるわ。私が出て気を引く。上手くいけば私のところに集まってくるでしょうけど、もしもの時はその大きな体でなんとかなさい」
長谷川の返事を待たず、彼女はわざと大きな音を立てて扉を蹴破ると、草原に吹き抜ける風のように滑らかに駆け出した。長谷川も玄関の外に出て、入口を背に警戒した。
しばらくすると、ゴォォォォ――と、遠くで強い風の唸るような音が何度も聞こえてきた。
同時にうわぁぁと、男たちの悲鳴も複数聞こえた。彼女がやったのだと直感した。
「ひょっとしてあいつめちゃくちゃ強いのか!?」
長谷川は少し安堵した。中にいるソフィアたちにも声を掛けようと、扉に手を掛けた。
その瞬間――
キャンッ! ロビンが大きく吠えて気付いた。
黒い布を口元に巻き、見慣れぬ装束の男……賊がナイフを振りかざし、眼前に迫った。
「どこから!? って、うお! あぶねっ!」
ロビンの反応が無ければ危なかった。
高校までだがバスケ経験のあった彼は、その動体視力でかろうじて、横に薙ぎ払われたナイフとその腕の下をかいくぐった。
相手は一撃で仕留める意図だったのかよろめいた。
長谷川は迷わず相手の手首を力任せに叩きつけ、賊のナイフを落とした。
しかしそいつはすぐに体制を整えようとする。が、長谷川は間髪入れず、無我夢中で男に掴みかかった。
キャンキャン! ロビンが周りで吠えたてる。
「くっそっ! ふ、ざ、けんな……よぉ」
長谷川は呻く。
相手は長谷川よりは小柄だが、腕の逞しさや恰好からして素人では無いと思えた。賊の視線は一瞬階段に向かった。
(こい、つ……上を……狙ってんのか……)
二階を案じる長谷川だが、せめぎ合いにより徐々に片膝を落とし始めた。
「くっ……まじ、で……行かせる、わけには――」
その時――
「グゥゥゥ……グルルゥ……」
え? ロビンが先ほどよりもさらに低く唸り出し、そして淡く光り出す――
「ヴワァゥーーー!」
ひと際大きく、狂ったような咆哮を放つと同時に光は収まり、ロビンは成犬になっていた。
しかもショルティにしては逞し過ぎる体躯、大きさも通常成犬の数倍以上だった。
(いや、むしろ狼……!?)
相手も突然の出来事に怯み、力は抜けてないが目が引きつっていた。
そして――
「ガァウッ!!」
「ぐわぁっ!」
ロビンが賊の腿に噛みついた。
そこで初めてそいつの低いしゃがれ声が響いた。
その瞬間、長谷川は相手の力が緩んだその機を逃さず、体を大きく掴み直し、家の壁まで一直線、ラグビーさながらに自分の体ごと突っ込み、文字通り大きな体で相手を打ち付けた。
「がはっ!」
再び短く叫んだ賊は白目を剥き、黒い布の下から泡を吐き出し、崩れ落ちた。
「ふうぅぅ」
膂力を使い果たした長谷川もその場でガクリと両膝をつき、息を吐いた。
その時、開け放たれた玄関扉からつむじ風のようにセリフィエルが舞い戻ったのと、階段の踊り場からソフィアが顔を覗かせたのは同時だった。
彼女の憂いの表情を初めて見た。




