鎧の男/堕天魔人エボラ
魔法陣によって空間が歪み、ある一点同士を繋がる。
トレーターの神殿、その奥地にて。かつて『秩序』と邂逅した一対の男女は、魔人と共に足を踏み入れる。
「久しいな。我が一端を受けし者よ」
何も無く、ただ開けた空間。周囲に響いた『声』と共に、片割れの男──コウスケは静かに頷いて、一歩前に出る。
「お久しぶりです、霊竜さん。その節は大変お世話になりました」
ただ堂々と、無に向かって頭を下げるコウスケ。
直後、彼らの前に出現した黒い渦。微かに竜の形をとったそれは、無造作に「声」で空気を揺らす。
「随分な姿勢のかわりようだな」
困惑する魔人の反応を他所に、高さを取り戻した彼は、どちらともなく番と頷き合う。
言葉通り、前回の態度を思い出し、苦笑を浮かべるコウスケ。もちろん、幾多の経験を経て成長したのもある。…が、それ以上に。彼にとって、彼女の恩威は有り難く、今の自分に影響していると、心身ともに感じている、といったことがあげられよう。少なくとも、彼女の力が無ければ今思考できていたかすらも怪しい。
閑話休題。
霊龍に促され、ポツポツと経緯を語っていく2人。相変わらずスミレは置いていかれ気味ではあるが、それは最早些細な問題ですら無い。
ここに来た目的、それは手紙に記された『勇者』なる存在のこと。
ライムを経由して、ミリンから手渡されたソレは、まるで御伽噺のようで。しかし、コウスケにとっては馴染みあるモノであった、とも。
しばらくの沈黙。
黒い渦、ソレは僅かに形を変形させると、徐に彼らの間を通り過ぎる。
「お前の推測は正しい。…が、ソレを説明するには、他の世界について話さなければならない」
曰く、物語は必ず終わりを迎えるのだ、と。
曰く、世界は互いに影響し合っている、と。
曰く、勇者とは定められた役割の一つである、と。
世界そのものをメタ的に見立てた、そんなスケールの大きな話。かつて、現実世界のユイの言っていた話の延長線。
すんなりと理解できたのは、彼自身が異世界人であるが故か。はたまた、そう考えるしか他にないと、彼女達が逃避に走ったからか。いずれにせよ、彼らにとって、それは認識として詰みかけたこの世界の未来を得たに等しい。
「はは…まぁ、そうか。そうなるよな」
乾いた笑い。
──魔王の対となる存在、勇者。
その結末は既に、結末へと進んでいて。それまでの過程は、ある意味必要な犠牲であった、とも。友の骸が脳裏に過ぎり、彼の握った拳から血が流れる。
「秩序たる貴女様が言うならば、きっと事実なんでしょう。…しかし、それでは僕ら魔人はまるで──」
「悪役として産み落とされた、だな。実際、貴様達は人族に対する必要悪であると。そう世界は成り立っていた」
「──っ」
口を閉じていたスミレの、自問するような声。
元々、元魔王軍─否、魔人の1人として、その真実を知るべきである、と。そう2人に付いてきた彼女である。人族と共に歩んできた彼女にとって、純粋な「秩序」である霊竜の言葉は、その存在意義に対する正面からの否定に他ならない。
息を詰まらせ、出そうとした声が止まる。振り返った秩序は、ただそこにいる。
「──が、今は違う」
何処からとも無く、周囲に響く前文の否定。黒い渦は虚ろへ変わり、ただ有るべき空間だけが彼らを包む。
「魔人も、勇者も。あくまでそれは、外界の定めたこの世界の理。──だが、そなた達はそうでは無いのだろう?」
何処か、挑発するようにも聞こえる霊竜の声。
その意図測りかねて──否、彼等が思考しようとした刹那。不意に神殿が大きく揺れると、瓦礫と共に2つの影が落下し現れる。
「未来を示せ、勇者達よ。そして、この秩序に証明してみせよ」
周囲に響く尊大な声。コウスケ達の視線の先、砂煙の中より出た影は、その姿を露わにすると、方や大剣、方や大杖を構え、彼らに向かって歩み寄る。
「エボラ…それに、カイト」
魔人の隣、鎧を纏った大剣の男。彼に眼光を構えたスミレは、ひとりそう呟いた。
ーーー
淡い光が天を貫き、空は有るべき形へと、その姿を大きく変える。
──神の顕現。
かつて、この世界を創造し、いつしか滅んでしまった空想のような神話の産物。
古の宝玉を用い、器を昇華するその技術は、机上の空論であった。が、しかし。
時は現代、神亡き滅びの時代。細々と、伝わっていた宝玉が揃い、遂に器は完成されたのだ。──それも、神の欠片を伴って。
小綺麗な祭壇の一角、光から解放された10歳ほどの少女がひとり。連れ添ったハーピィの女は、倒れる彼女を抱き支えると、寝顔を横目にその場を離れる。
「義母様、これは…」
「ローズの本来の姿、ね。貴女もお疲れ様」
狐面をかけた、和装の女の労い。
ハーピィの腕に眠る我が娘を撫でて、女そっと、歩みを進める。
一歩、また一歩。
僅かな砂埃が舞い、差し込む光を屈折させる。
まだ温もりの残る中央の台座。そこにそっと手を触れて、彼女は紅い瞳をそっと閉じる。
「どうか、今度こそ無事で帰ってきて」
確かにあった2つの気配と共に、彼女の声は、まだ見ぬ未来へと、静かに響き消えていった。
ーーー
「〈超光星砲〉」
ただ一閃、3人の頬を掠めた砲撃じみた斬撃跡。
コウスケにとっては、聞き覚えのあるその単語。淡々と、それを口にした鎧の男は、一瞬にして2人の距離を殺すと、禍々しい大剣を大きく振り抜く。
「──〈反転重力〉っ!」
一瞬飛ぶ火花。咄嗟に構えた黒い竜剣を盾として、勢いのまま後方に飛ばされ退く。
衝撃がコウスケの全身を襲い、砂埃に服が白く染まる。
少し構えるタイミングが遅ければ──或いは、あそこで魔法を使わなければ、今頃死んでいただろう。友と戦った時同様、本能的に『死』を感じた重い一撃。剣を杖にして立ち上がった彼は、金色に染まる瞳で相対する姿を見据え直す。
人間型魔人の種族固有スキル──《魔力操作》。
己の、周囲の魔力を観測、干渉できるスキル。…最も、格上相手では捉えることだけで限界であるのだが。
筋肉に伝わる魔力を見切り、次の動きを予測。鎧越しにも映るソレを用い、紙一重で直撃を受け流す。
「──ちッ、〈解放〉ッ!」
互いに、一撃必殺の間合い。
ほんの一瞬、遅れた反応を補うように。吐き捨てた言葉と共に、その姿を化物へと変える。
「──〈氷の槍〉」
「──雷の槍!」
静かな声と叫ぶ声。魔力より顕現した双槍が、ぶつかり煙を撒き散らす。
剣と剣がぶつかり合い、魔法によって魔法を相殺する戦場。その呼吸の一つ一つが、互いの死を震わせ焼き付ける。
カイト。それはかつての後輩であり、コウスケにとって、この世界の先駆者でもある男の名前。数刻前、スミレの呟きが鼓膜を揺らした地点で、その心は大きく揺さぶられたものである。
大剣が化物の鱗を掠め、突き出した右脚が鎧を背後へ押し退ける。
眼の前、全身を鎧で覆った得体の知れない男。魔人に与するその姿は、敵そのものである。──が、しかし。
「趣味が悪い」
視界の端、恋人達と対峙する魔人の男。そんな姿を一瞥して、構えた黒い竜剣を鎧の男へ投擲する。
「ぬるい。そんなものでこの我を──」
「──いいや、これで終わりだ」
大剣を振り被り、鎧の男が黒い竜剣を弾いた刹那。その一瞬、全力で跳躍した彼は、魔法陣から引き抜いた友の剣を片手に、薙ぎ払うように振り抜いていく。
「早乙女…せん、ぱ…」
ガチャリ、と。蚊の鳴くような声と共に、地面に落ちる金属の音。
転がる兜を踏み砕き、中折れた大剣へ視線を落とす。
人とは明らかに異なる、異質な魔力の流れ。人族が普通に対峙してはわからなかったであろう。…そう、彼のような例外を除けば。
時は少し前、金色の目で、動きを捉えることしばらく。
不自然な魔力の流れを看板した彼は、ずっとこの機を狙っていたのである。
「相変わらず、手間のかかる後輩だな」
異世界─つまり、この世界の外である創作物の知識、「魔剣」。時には使用者の意識すら乗っ取り、強大な力を放つ空想の産物である──否、空想で済むはずだったものである。実際に目にしたのは初であるが、こうも胸糞悪いものなのか、と。無論、彼とて思い至ったのは偶然で、それがここで雌雄を決するとは毛頭考えていなかったが。
内心そう吐き捨て、元凶たる魔人へと、その視線を向ける。
魔剣と同質、或いは紐付いていたであろう魔力を宿した存在。
自らを慕う後輩にさせた所業、その一端を噛み潰して、彼は大きく跳躍した。
ーーー
かつて、「自ら」が従っていた存在がいた。
名を与えてくれたソレは、いつしか壊れてしまっていて。あの日を境に、手の届かぬところへ行ってしまった。
「チッ…使えない」
訝しげに呟いて、迫りくる魔法を壊す。
視界の端、灰に変わるソレを見た彼は、痛くなる頭を抑えて、後方へ退き佇む。
魔王軍四天王──それは、彼に与えられた肩書きである。…最も、彼に「魔王」に対する忠誠心など毛頭無いのだが、結果として従っていることに変わりはない。他の四天王──マラリア、エイズ、ペストとは異なり、彼の目的、それが単純明快で、この盤面であることが好都合であった、というだけの話。
大杖を大きく振り払い、接近した狼を、片手間のようにあしらう。
「どいつもこいつも、煩わしい」
本来なら鎧の男─否、傀儡として呼び出した異世界人を相手させるはずの人狼。己の配下、中でも人間に最も近しい姿形を持つ彼女が適任であると、そう采配したのだが。あろうことか、自らの命を無視して、彼の逃亡の手助けを行い、こうして対峙ししている。
無論、彼とてその警戒はしていた。が、忌々しくも魔王が熱を上げたあの狐面女によって、いとも容易く食い破られたのだ。2人が同郷という背景を抜きにしても、彼には腸が煮えくり返る思いだった。尤も、大きな原因の一つとして、ユウ─と、瓜二つである狐面の容姿が人狼にとって最も好みであったことが挙げられるのだが…色恋沙汰に関心のない彼にとって、未来永劫それが結び付くことは無い。
結果として、紆余曲折の末、自らの力を用いた「魔剣」で傀儡にすることはできた。が、それが思うように機能したとは言い辛かったのだが。
仕掛けられた魔法に、不意打ちに反応して、破壊 をぶつけ相殺する。
2対1、しかしやや優勢。肩書きに偽り無く、武をもって2人を制圧した彼は、新たなる刺客へと、大杖を向ける。
「魔人エボラ、お前は──ッ!」
「──チッ」
刹那、目前の化物による斬撃。大杖が折れ、後方へ仰け反る。
意識外に舌打ち。だが、親近感のあるその力を目にして、口角が静かに上がる。
──なんて面倒な。
心の中で呟いて、短くなった杖を投げ捨てる。
神の一端、悪魔の力。忌々しくも、自らの左腕を盗った合成竜には劣るものの、驚異であることは相違ない。
ゆらゆらと立ち尽くし、その歯茎を見せるエボラ。
久しく、自らの存在を忘れていたものだ、と。内心そう呟いて、斬りかかる化物の剣を、己が左手で受け止める。
「な──」
「壊れろ」
驚愕を浮かべた瞬間、人形のように崩れ落ちる化物。直後、弾丸のように壁に刺さった身体が、倒れ伏す女性陣を吹き飛ばす。
「コウ、スケ…」
覚醒した彼ですら認識すらできなかった、意識外からの攻撃。尚、正確には蹴りであるのだが、出鼻をくじく役割は十分に果たしている。
「…悪魔め、余計なことを」
漆黒の翼を広げ、崩れかけた光輪を浮かべた姿。醜くも、神々しさすら感じるソレは、己の役割を嫌でも思い出させる。
──破壊を司る者、堕天魔人エボラ。
それは、彼の御方から与えられた、魔に堕ちた天使の名である。
ーーー
全身が軋み、変身が維持できずにヒトの姿へと戻る。
魔人スキルス──またの名を、スミレ。地に伏した彼女は、かつての上司を瞳に捕らえると、砂と共に拳を握りしめる。
「礼を言うぞスキルス。──こうして、あの御方から与えられた名を思い出せたのだからな」
圧倒的なまでの暴。格の違い。
徐々に近づくその男を、せめてもの抵抗と睨みつける。
魔人として、己がつけようとしたケジメ。それは、自らが魔人の謎を知り、──あわよくば、魔王軍を討つというもの。
慕っているヒトの為に。或いは、スパイとして情報を横流ししていた罪滅ぼしの為に。そんな建前を並べて、のこのこと付いてきたのだ。
「──っ、僕…は」
脳裏に過ったのは、帝国によって殺された人々。無論、彼女自身も、必要であればそうしてきた。──が、しかし。
視界の端に、倒れ伏す男女を捉えて、転がる眼鏡に手を伸ばす。
──僕を信じて、そして仲間と言ってくれた人々。魔人とわかっても尚、慕ってくれた乙女達。ヒトに絆された魔人もそうだ、誰だって種族関係なく互いの手を取り合えるのだ、と。ヒトの身を捨ててまで、神を救おうとした男に、そして散ってしまった彼に、このままでは顔向けできない。
「──僕はスミレッ!ただの、スミレだッ!」
レンズの欠けた、フレーム歪んだ眼鏡。だが堂々と、ソレを欠けた彼女は、ヒトの姿のまま、その両足で立ち上がる。
「ほざけ。壊れ──」
「させねぇよ…ッ!スミレさんッ!」
元上司が一瞬、手を動かそうとした刹那。間に割り込んだ化物が、その反応を鈍らせる。
パァン、と。化物の身体から鳴る破裂音。『破壊』の権能、それを正面から受けた彼を横目に、駆け出したスミレは、拳を握る。
「──ッ!」
途切れた呼吸、それは誰のものだったか。ただ、黒い羽根が舞い、打撃音が響く。
戦闘開始から数刻、遂に尻餅をつく天使の肉体。身体に遅れて、自らの頬に触れた彼は、スミレの血塗れた拳と、己が掌へ視線を移り変える。
「…これだから、女という奴は嫌いなのだ」
満身創痍、しかし明確な反抗を持った瞳。それでも尚、拳を突き出したままの彼女を前に、彼は静かに吐き捨てて、ゆらりと立ち上がる。
怒りか、憎悪か、はたまた羞恥心か。口元から血を流す姿は、一瞬にしてかき消えて。彼女が、硬直から解けかけた瞬間、その首元を掴まれる。
「──っ、ぁは…」
「何が可笑しい」
ひび割れたレンズ越しに、天使を捉える瞳。生殺与奪権はこちらにある。…にも関わらず、だ。その姿が、その表情が、彼に早鐘を打つ。
権能を使うでも無く、ギリギリと首を絞める天使。指を、手を、足を、腕を。先程とは異なり、明確に苦痛を与えようとする攻撃。
身体の内部から、破裂し血が噴き出ても尚、彼女の表情は変わらない。
「…この、程度…なんて、こと──ぅ゙っ」
「──ッ!」
動脈が押さえつけられ、遂に手放しかけた意識。最期に、屈辱に浮かぶ男の表情を焼き付け──
「──罪無き者を護るのは、神である私の使命です」
瞬間、閉鎖していた空間に、白い羽根が舞い落ちる。
「──!」
誰が息をのんだのか、彼女の全身を包む安心感と共に、周囲の空気が移り変わる。
「死に損なったか…小僧」
「えぇ、おかげさまで」
天使の言葉にそう返す、美しく響く声。
懐かしくも、見慣れた女性服を着崩した片翼の天使は、彼女を抱き抱えたまま舞い降りると、ひれ伏せる友へと、短く視線を交わす。
「お待たせしました、コースケさん。わたくしユウ──ただいまカムバック、です」
ex.『ユウ達の母親、ユアの行動と目的』
☆本編前☆
・ひょんな事故から、生前の姿のまま『異界オルビドゥス』へと転生した女。趣味はオカルト、仮面集め。
・カズヤ、ルイン、ガウラの姉らとパーティを組み、世界の真実──封印された天使『エンゲル』の元へとたどり着く。
・紆余曲折、大恋愛の末にカズヤ結ばれたが、諦めの悪いストーカーと化したルインの策略により、ローズ妊娠中に拉致される。
★本編★
・『目的』離れ離れになった家族5人の再会、ならびにローズとイヨの解放、世界の正常化。
・ルインの呪いに抵抗した結果、物理的接触のできない霊体へと自らの肉体を変化。その為ローズが不安定な状態で出産、ルインに付け込まれる。
・コウスケが転移するのと同じ頃、イヨの脱出を手引き。その後、ルインの計画に直接関与しない形で、連れてこられたこども達を誘導、天使の復元を成功させる。
・最終的な代替手段、『器』に神の力そのものを定期付け、新たな神を生み世界を存続させようとした。
ex-2.『ドラゴンと神の残滓』
・互いに理を司る存在であるため、反発し合う。方や生物としての頂点、方や神の肉体そのものであるため、プライドの高さ故か出会った際に戦闘となる。(このため、元竜王は悪魔との接触時に敵であると明言した)
・かつて、古の竜王は悪魔の1人とぶつかり合い、共倒れ消失したことがある。
・一部の権能を持つ存在を除き、互いに存在を察知することはできないが、目的を持たぬ者は第六感のような回避行動をとることがある。(例:10年前の竜の里襲撃)
・竜人はドラゴンの一種であるが、ドラゴンのような傲慢さを持つものが発生した例はなく、協力関係になることが多い。(前例3件、総接触件数4件)
・尚、合成竜が厳密には神、模倣機竜であるため、上記のいずれにも該当しない。




